ここはブリタニア宮殿にある…アリエスの離宮…
そこに、その離宮に住まうマリアンヌ后妃の指示によって造られた美しい庭園がある。
元々武人であったマリアンヌ后妃だが、ルルーシュ皇子が生まれた後、前線から退き、子供達の為にこの離宮で静かに暮らしている。
勿論、皇帝の妃であるのだから、最低限の公務はこなしている。
元々、平民の出でありながら、その実力で騎士候にまで上り詰め、更には皇帝の目に留まり、后となった。
その有能さ、そして、平民の出である事もあり、平民の気持ちをくんでくれる后として平民からの支持はブリタニアの王宮に住まう皇族の誰よりも高かった。
それ故に、皇族の血を引く、貴族の血を引く数多くの皇帝の后たちも表立ってマリアンヌ后妃を批難する事も出来ず…その分、陰での嫌がらせは多かったが…。
しかし、元々平民から騎士候まで上り詰めた女性なのだ。
温室育ちの皇族、貴族の娘たちの嫌がらせなど、気にする事もないと…受け流していた。
マリアンヌ后妃にしてみれば、軍にいれば、女と言うだけでもかなり目立つ存在。
そして、下位軍人でいるうちは周囲もちやほやしてくれるが、やがて、マリアンヌ后妃がその頭角を現し始めるとそれこそ、王宮内での温室栽培された姫君達の嫌がらせよりも遥かに過酷な嫌がらせを受ける事にもなる。
元々、身分や地位に対して重点を置くこの帝国で、己の出世の妨げになる者はさっさと排除するのが一番…そう考える者達はそうやって、出る杭を打ち続けてきた。
逆に、それに対して真正面から立ち向かい、その事にも負けないだけの精神力を培った者たちはその実力を十分に発揮できる地位を手に入れて、自分の居場所、立ち位置を確保するのだ。
マリアンヌ后妃は女性ながら、軍隊と云う男社会の中でそう言った過酷な中を生き抜いて、そして、地位を手に入れ、騎士候と言う身分を手に入れたのだ。
それを考えれば、ぬくぬくと育ってきたお姫様達の嫌がらせなど…彼女にとっては大した事ではなかったし、この王宮内でも、そんなマリアンヌ后妃の姿を知る者は彼女に心酔していたし、やはり、姫君の中にもいろんな人種がいるという事もあり、そんな強いマリアンヌ后妃の姿を見て、彼女に憧れる后も皆無ではなかった。
これも人心掌握と言うのであろうか…
そう言ったマリアンヌ后妃の姿があったからこそ、子供が出来てからは最低限の公務を行うだけで良い立場になれたのだろう。
そして…マリアンヌ后妃は、自分が生んだ子供たちをこよなく愛した。
愛したからこそ、長子であるルルーシュ皇子に対しては厳しい教育を施していた。
何の後ろ盾もない皇子なのだ。
だからこそ、実力を…人々が認めざるを得ない実力を…と…そう願って…。
そうは思いながらも、ルルーシュ皇子の安げる場所を…と、アリエスの離宮に小さな箱庭の様な美しい庭園を作った。
季節によって姿を変えるそこは…確かに、ルルーシュ皇子にとっても…そして、ルルーシュ皇子自らが選んだ騎士…枢木卿にとっても数少ない心落ち着ける場所でもあった。
春に日差しの降り注ぐその箱庭に…ルルーシュ皇子と枢木卿がその庭園に植えられた太い幹を持つ木の下で束の間の時間を過ごしている。
ルルーシュ皇子はこう云う時は決まって、異母兄君であるシュナイゼル皇子から借りてきた(枢木卿が見るとうんざりするような)厚い本を開いて読みふけっている。
その隣では、そんなルルーシュ皇子を見て、あくびを隠そうとしない枢木卿が腰を下ろしている。
「なぁ…ルルーシュ…そんな字ばっかりの本を読んでいて…肩が凝らないか?」
いよいよ退屈になってきた枢木卿がルルーシュ皇子に声をかける。
いくら休みとは云え、アリエスの離宮の中とは云え、騎士は皇子の傍にいるものだと解釈している枢木卿はどんなに退屈でもルルーシュ皇子の傍を離れる事はない。
「退屈なら…僕につきあう必要はないぞ?今日はオフだし…お前も城下にでも行って好きなゲームとか漫画とかを買ってくればいいじゃないか…」
本から目を話す事もなくルルーシュ皇子が枢木卿にそう答える。
どうやら、ルルーシュ皇子にとっては、その分厚い本はとても面白いものらしい。
大体、ルルーシュ皇子が、軍の為の勉強以外で読む本と云えば…基本的にはルルーシュ皇子がまえがきを読んだ段階で読みたいと思うか、思わないか…で決まる事が多い。
その時にルルーシュ皇子のお眼鏡に適わなければさっさとその本から興味をなくす。
そして、次を探す…
基本的にルルーシュ皇子の事を熟知しているシュナイゼル皇子が貸してくれる本に関しては、ルルーシュ皇子は全部読んでしまう。
枢木卿自身、ルルーシュ皇子の事をそれなりに理解しているとは思うのだが…ルルーシュ皇子の本の好みまではよく解らない。
元々、身体を動かす事が大好きな枢木卿…
そして、太陽の光を浴びながら汗を流す…と言う事が嫌いなルルーシュ皇子…
そう考えてみると、この二人…相手の趣味に合わせようとするとどうしても無理が生じて来てしまう。
全く性格が逆だからこうして気があって、皇子殿下とその騎士と言う立場でありながら、ルルーシュ皇子が枢木卿に『殿下』と呼ばれる事を極端に嫌うのだろう。
今となっては普段の会話の中で枢木卿がルルーシュ皇子を『殿下』と呼ぶ事はない。
時々、普段通りの話している時にルルーシュ皇子の教育係であるジェレミア卿が入ってきたりすると、こっぴどく怒られるのだが…
その時に、マリアンヌ后妃が仲裁に入ってくれると比較的早く話が終わるのだが…そうでない時には、ルルーシュ皇子と枢木卿纏めてお説教…と言う事にもなる。
ジェレミア卿は悪い人ではないのだが…その辺の立場の区別をしっかりつける事を大切にしている人なので、ある意味仕方がないと云えば仕方がない。
それにしても…ポカポカの春の休日…
そして…手入れが行き届いて一度腰を下ろしてしまうと立ちたくなくなってしまうようなこの状況…。
夜、きちんと睡眠時間を取っていたとしても眠くなってしまうこの状況…
おまけに隣では見ているだけで頭の痛くなりそうな細かい字がびっしりと詰まっている分厚い本を開いているルルーシュ皇子…
この状況の中、眠くならない方がどうかしている…。
ルルーシュ皇子がシュナイゼル皇子と共に戦場を駆ける時にはこんなに穏やかに考える事も出来ない。
それに、戦場ではこんな穏やかな時間があるなんて思いだす事さえ出来ない。
そう思うと…
―――このまま…こんな時間がずっと続いてくれればいいのに…
そんな風に思ってしまう。
ルルーシュ皇子の騎士になってから色々あった。
王宮の中でもきっと、ルルーシュ皇子にとって絶対に安全と言える場所がない。
だからこそ、枢木卿はルルーシュ皇子の傍を離れない。
ルルーシュ皇子も、枢木卿が傍にいる事に安心している部分も多い。
光栄に思うとともに、ルルーシュ皇子のその苛酷な現在の状況を考えると…
ルルーシュ皇子も枢木卿も…ただの子供で、ただの友達としていられたなら…どんなに幸せだろう…
ないものねだり…と言う奴だろうが…ついそんな事を考えてしまう。
尤も、ルルーシュ皇子がこんな、過酷な運命を背負っている皇子であるからこそ、枢木卿はそんなルルーシュ皇子に惹かれたのかも知れないが…
でも…つい考えてしまう…
ルルーシュ皇子が皇族ではなくて…枢木卿が首相の息子じゃなかったら…
そんな事を考えつつ…降り注ぐ春の日差しと爽やかな風に抗う事が出来ず…枢木卿は優しい夢の世界へと足を運ぶのだった…
見回すと…そこは…日本…
どこにでもある様な…普通の団地…
多分…枢木卿は見た事のない街だ…
「おい…スザク…」
後ろからポンと肩を叩かれて声をかけられる。
「ルルーシュ…?どうして…日本に…?」
枢木卿が目をぱちくりさせる。
目の前にいる、ルルーシュ皇子は…日本の中学生の恰好をしているのだ。
「何を言っている?お前…熱でもあるのか?」
そう云いながらルルーシュ皇子は枢木卿の額に手を当てる。
「熱はないみたいだが…春のこの気候で頭がぼーっとしているのも解るけどな…」
そう云いながら、中学生の恰好をしたルルーシュ皇子が枢木卿の目の前を歩いていく。
枢木卿はそんなルルーシュ皇子の姿を見ながら、歩き出す事も出来ずボー然としてしまう。
「おい…スザク!学校遅刻するぞ!どうせ、お前、宿題をやっていないんだろ?ノート見せてやるから…」
まるで…普通の少年が…枢木卿に話しかけているみたいだ。
「あ…今行く…」
呆然としている自分の頭を切り替えて…何とか最初の一歩を踏み出すと…驚くほど軽やかだ。
―――ここは夢?それとも現実?
本当にどちらなのか解らない…
でも…枢木卿の頭の中には…皇子として存在する…自分の守るべき主として存在するルルーシュ皇子の姿もある。
否、どちらかと言うとそちらの方が鮮明だ。
しかし、今、己が立っているこの世界…これも…自分の頭では解らなくても、身体が知っていると言った感じだ。
そして…学校に到着して、教室に入って行くと…ユーフェミア皇女やクロヴィス皇子の姿…
「おはよう…」
そう声をかけられると、
「おはようございます…」
そう答えてしまい、その場の空気が一瞬凍りつく…。
枢木卿は皇子殿下としての、皇女殿下としての記憶が鮮明なのでついそんな風に言ってしまった。
言ってしまった後に、はっとした。
ここは…ブリタニアの王宮ではないと…
あまりにリアルな夢の中…
―――そう…この世界が夢の中…だとは解る…。なら…これは…俺が望んだ世界が構成されているのか?
普段はあまりそんな事を考えない頭で、いろいろ考えては見るが…
それでも答えが出てくる様子もない…。
「ま、いいか…」
一言呟くと、ずっと隣にいたルルーシュ皇子が怪訝そうに枢木卿に声をかけてきた。
「だ…大丈夫か?ほら…これ…宿題のノートだ…」
そう云いながらスザクにルルーシュ皇子のノートを手渡してきた。
すると枢木卿は遠慮なくそのノートを受け取りぱらぱらとめくってみると…
―――こっちの世界でも…ホント几帳面な性格をしているんだな…
そう思ってしまう。
そして、自分の持っていたカバンの中からノートを取り出してさらさらとそのノートを見ながら問題を解いていった。(一応、解らないところ以外は自分でやってみる)
全て書き終えた頃…ちょうど予鈴が鳴りだした。
「ルルーシュ…ありがとう…」
そう云ってノートを返した。
そうして、教室の前の扉から…担任らしき男性が入ってきた。
―――シュ…シュナイゼル殿下…!?
枢木卿の知るシュナイゼル皇子は…神聖ブリタニア帝国の第二皇子で、宰相閣下で、ルルーシュ皇子の異母兄君で…
一応、意識して、現在の状況を把握しようとするのだが…
それでも、何だか普段見ている姿と全然違う…
「やぁ、みなさん、おはよう…。では…今日の欠席者は…」
そう云いながら、名簿を開こうとして、その上に置いてあるチョーク入れをばらばらと床の上に落とすと…教室中、それを見て笑いの渦に飲み込まれていく。
「先生…ダメですよぉ…ちゃんと上に置いてあるものを確認しないと…」
一人の生徒がそう指摘すると、シュナイゼル皇子(の姿をした担任)が少し恥ずかしそうに笑いながら床に落ちたチョーク入れを拾い集めている。
「いやいや…面目ない…」
枢木卿は呆然としてしまう…。
ブリタニア帝国で宰相を務めあげている人物が…学校で教師をしているなどと…
そして…見た目は相変わらず美形であるが、雰囲気は枢木卿の知るシュナイゼル皇子ではなく…やわらかな笑みを崩さない…そして、ちょっとドジで…そんなところが生徒の人気を集めているのだろう…
「相変わらずだなぁ…シュナイゼル先生は…。でも、俺、あの先生…ホントは凄い人なんだと思うんだよなぁ…。絶対に頭の悪い人じゃない…」
隣の席でルルーシュ皇子がそんな風に呟いている。
確かに…枢木卿の知るシュナイゼル皇子とは何となく雰囲気が違って見えるが…中に何かを秘めている感じは…確かにある様な気がする…。
―――そんな事より…ルルーシュはこちらの世界では一人称…『俺』なのか…なんだか新鮮だなぁ…
驚く事がたくさんあって、様々なサプライズを貰いながら、その日の午前中はあっという間に過ぎ去った。
そして…お昼休み…
「スザク…今日も屋上でいいだろ?天気もいいし…」
そう云ってルルーシュ皇子が枢木卿を昼食に誘っている。
と言うか、枢木卿の昼食…カバンの中を探すがそれらしきものが見つからない…
「あ、ごめん…俺、購買に行ってパン買ってくる…」
そう云って立ち上がると、ルルーシュ皇子がまたまた怪訝そうな顔をする…
「おい…スザク…。お前、いつも俺が作ってきた弁当を食べているだろうが…。朝からホントに変だぞ?それに…いつもは自分の事、『僕』って言ってるくせに…」
またまた訪れるサプライズ…
―――俺…ここではどういう設定の存在なんだろう…
そんな事を思いつつもルルーシュ皇子と一緒に屋上へと向かっていく。
身体が覚えているらしく、どこに何があるのかは解っているようだ。
そして…どうやらいつも二人で昼食をとっているらしい事は解った。
広げられる、ルルーシュ皇子特製の弁当…
彩り豊かなおかずがぎっしりと詰められていた。
「おいしそうだな…頂きます…」
そう云いつつ、その弁当を頬張ると…見た目を裏切らず、本当になんだ方懐かしい…そんな味のする弁当だ。
これまで、アリエスの離宮での食事が殆どで…こうした形での食事は本当に久しぶりだ。
夢の世界の中であったとしても…これを至福と言わずして何と言う?と言う感じだ。
そして、その弁当を平らげると、今度は生理現象と言うべきか…睡魔が襲いかかって来る。
美味しい食事でお腹を満たし、春のやわらかな日差しと風の中…眠くならない方がどうかしている…。
「なんか…眠くなってきた…」
「お前…食べた後はいつもそうだからな…。予鈴が鳴ったら起こしてやる…」
ルルーシュ皇子のそんな呆れた様な…でも、その奥に優しさが溢れている様な…そんな言葉が耳に入って来ると…本当に眠りの世界へと足が進んでいく…
―――ルルーシュが…俺が…ただの中学生だったら…こんな感じ…なのかな…
意識が眠りの世界に入って行くとき…そんな事を感じていた…
「スザク…スザク…」
誰かの呼ぶ声…
身体を揺さぶられて…眠りの世界から呼び戻しに来ているのだろう…
「あ…ルルーシュ…昼休み…終わり…?」
寝ぼけ眼でそんな事を口にする…
「おい!何を寝ぼけているんだ…。お前…僕が本に夢中になっている間にすっかり寝入ってしまっていたのだぞ?そんなに疲れていたのか?」
枢木卿がよく知る…ルルーシュ皇子のそんな言葉…。
「あ…ルルーシュ…」
少しずつ意識が覚醒していき…先ほどまでの事が夢の中の世界だと…少しずつ理解し始める。
リアルな夢だったと思う…。
でも…少し違ったルルーシュ皇子を見る事が出来た。
あの夢の中のルルーシュ皇子も話していて楽しかったけれど…やはり、枢木卿が一番好きであると思えるのは…
「スザク…体力には自信のあると言っていたお前がこれだけ長い時間眠っているなんて…。少し…休暇を取るか?僕の事は心配いらない…」
ルルーシュ皇子が心配そうに枢木卿の顔を覗き込んでいる。
でも、枢木卿にして見れば…ずっと、幸せな夢を見ていたのだから…ルルーシュ皇子が気に病む事ではないと…そう断言できる。
「ごめん…。でも俺は大丈夫だから…。少し…いい夢を見ていて…その夢の中に浸っていただけだから…」
「夢?」
「ああ…。俺もルルーシュも…ただの中学生になっていたんだ…。戦いもなくて、皇位争いもない…ただの普通の子供としての俺達を…見てきたんだ…」
枢木卿の言葉に…ルルーシュ皇子が少し寂しげな顔をする。
「やっぱり…今の…僕の騎士である事が…辛いのか…?」
そんなルルーシュ皇子の姿に枢木卿はクスッと笑ってしまう。
「違うって…。ルルーシュが普通の中学生になれればいいのにとは思うけど…でも、ルルーシュが皇子様だったから俺はこうしてルルーシュの傍にいられるんだ…。俺は、ルルーシュの傍にいたい…」
「スザク…」
確かに幸せな夢だったけれど、あれは夢の世界だから幸せだと思えるものだと枢木卿は理解する。
だから…
「さぁ…日も落ちてきたし…。ごめんな…俺につき合わせて…。早く帰ろう?」
そう云って枢木卿は立ち上がり、ルルーシュ皇子の手を取った。
そして、ルルーシュ皇子の手を引きながら、アリエスの離宮へと…帰って行った…
END
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