ルルーシュ皇子がシュナイゼル皇子の作戦指揮官として、シュナイゼル皇子の軍に従軍し、帝都に帰ってきた。
ルルーシュ皇子に従って、枢木卿も一緒に従軍していたのだが…
いつも、遠征から帰って来ると、ルルーシュ皇子は辛そうな顔をする。
それはそうであろう…。
ルルーシュ皇子は確かに、天賦の才に恵まれたのか…神聖ブリタニア帝国の第二皇子にして、帝国の宰相であるシュナイゼル皇子にも認められる程の功績を残している。
シュナイゼル皇子は自他共に認める、次期皇帝の最有力候補である。
シュナイゼル皇子自身、自身が皇帝になった時の宰相にはルルーシュ皇子を…と考えている。
そして、シュナイゼル皇子自身、ルルーシュ皇子を心から溺愛している。
しかし、ルルーシュ皇子の母君、マリアンヌ皇妃は庶民の出自であると云う事から、ルルーシュ皇子を高い地位に置くには、周囲を納得させなければならない。
それ故に、シュナイゼル皇子はいつも、ルルーシュ皇子を遠征に連れていく。
ルルーシュ皇子の強さ、優しさを知るからこそ、シュナイゼル皇子自身も辛いと思う事は多いし、本当なら、ルルーシュ皇子を真綿でくるむように守ってやりたいとさえ思うのだが…。
でも、そんな事をしたら、ルルーシュ皇子はシュナイゼル皇子の後ろ盾がなければ何も出来ない事になってしまう。
頭の良いシュナイゼル皇子は現在の神聖ブリタニア帝国と言う国をよく理解していた。
だからこそ、ルルーシュ皇子に過酷な命令も下す。
ルルーシュ皇子が初めてシュナイゼル皇子の遠征について行ったのはまだ、枢木卿がルルーシュ皇子の騎士となる前であった。
ルルーシュ皇子と枢木卿が初めて出会ったのが、12歳の頃…。
で、枢木卿がルルーシュ皇子の騎士となったのが、14歳の時…。
枢木卿はあまりその辺の詳しい事を聞いた事はなかったが、多分、初めて枢木卿がルルーシュ皇子に会った時には、シュナイゼル皇子について行って、戦地とか戦場と言うものを見ていたのかもしれないと思う。
確かに、ルルーシュ皇子の立場は、王宮の中では微妙ポジションなのかもしれない。
今はまだ、母君が健在でその母君が民衆の支持を集めていると云う事で、その母君の皇子ともなれば、大きな後ろ盾であろう。
しかし、親は子供より先にこの世を去る。
母君がいなくなった時、ルルーシュ皇子の身を守るのは、恐らく、母君の後見となってくれている貴族のアッシュフォード家ではなく、自身の能力…と考えた母君の決断で、ルルーシュ皇子は幼い頃から、他の皇子や皇女では考えられない努力をさせられている。
そして、ルルーシュ皇子もその努力に見合うだけの結果を出してきているのだ。
でも、そうであったとしても、いつもそばでルルーシュ皇子を見ている枢木卿には辛いものであった。
戦場の惨劇に、ルルーシュ皇子はいまだに慣れる事が出来ずにいる。
当たり前だ。
ルルーシュ皇子の年齢はまだ、17歳…。
普通なら、学生をして、友達と遊んで、クラブ活動で好きな事をしたり、定期試験の度に慌てふためいたり…そんな事をしている年齢だ。
「ルルーシュ…大丈夫か?」
戦後処理が一通り終わり、ルルーシュ皇子が帝都に戻る帰路である。
ルルーシュ皇子はこの時、枢木卿以外、誰も寄せ付けない。
ルルーシュ皇子としては、同じ年で、そして、皇族以外で唯一、ルルーシュ皇子を『ルルーシュ』と呼んでくれる枢木卿が誰よりも信用しているのだ。
喧嘩もできるし、一緒に笑う事も出来る…
枢木卿を騎士にしたばかりの頃は、枢木卿が慣例に従ってルルーシュ皇子を『殿下』と呼ぶようになってしまって…悲しかったが…
でも、枢木卿は程なくして、二人だけの時には『ルルーシュ』と呼んでくれるようになった。
それが心地いい場所である事は間違いなくて…
「大丈夫…。ごめん…いつも…。情けない…な…。僕は…皇子なんだから…こんな事で…」
一生懸命強がるルルーシュ皇子の姿が余計に痛々しい…。
確かに、巨大帝国の皇子ともなれば、戦場に出て行く事、政治の中で政略を行う事は当たり前で…。
力がなければ…波に飲み込まれる。
ルルーシュ皇子がルルーシュ皇子でいるためには仕方がない事だと…力がなければ、この権力闘争の絶えない王宮内では、すぐに亡き者にされてしまうのだ。
「ルルーシュ…ここには俺しかいないから…。無理しなくていいから…」
膝の上で拳を握り、下を向いて肩を震わせているルルーシュ皇子に枢木卿がそっと、ルルーシュ皇子の髪を優しく梳いてやる。
シュナイゼル皇子の作戦指揮を執っているルルーシュ皇子の作戦で今回の戦いにも勝利した。
しかし、その時には当然…犠牲が出る。
戦争と言うものはそう云うものだと解ってはいる。
それに…枢木卿はシュナイゼル皇子の側近である、カノン=マルディーニ伯爵から言われたのだ。
『ルルーシュ殿下のお陰で、双方の犠牲は最小限に抑えられたわ…。他の作戦指揮官では…恐らく、こちらが負けるか…敵を全滅…と言うか、戦争ですらなくなってしまうような作戦だったかも知れないわ…』
マルディーニ伯爵のこの言葉をルルーシュ皇子は知らない。
それに、この言葉を伝えたところで、ルルーシュ皇子にとって慰めにはならないだろう。
それでも、今回に限らず、ルルーシュ皇子は最小限の犠牲に抑える様に作戦を立てる。
中には、頭脳プレイで、相手に『卑怯者!』と罵られるような作戦もある。
それでも、ルルーシュ皇子は…その言葉を…甘んじて受け止めているのだ。
ルルーシュ皇子は相変わらず、下を向いたまま…何かを話し始めた。
「スザク…僕が…スザクみたいに、強ければ…あんな、騙し討ちみたいな事をせずに…済むのかな…。僕は…弱いから…だから…卑怯な手しか…使えない…」
涙声に聞こえるのは枢木卿の気の所為ではないだろう。
「ルルーシュ…別に、腕力が強かったり、戦術に長けていたりする事が正々堂々としている訳じゃないし、ルルーシュみたいに戦略に長けている事は、卑怯な事じゃないよ…。腕力が強い人間はその腕力を武器に戦う…。戦略に長けているなら、その戦略を武器に戦う…それだけの事だろう?」
ルルーシュ皇子は立場上、どうしても、戦後処理で敵将と顔を合わせたりしなければならない。
敵将も、こんな年端の行かない少年にしてやられたと思うのは癪なのだろう。
いらない事を云う輩が多い。
「俺は確かに…ルルーシュよりも腕力はある。この腕力で戦略を使わないルルーシュを叩きのめしたら、これも卑怯者だと思うけれどな…」
確かに、その通りである。
腕力を武器にするか、頭脳を武器にするか、それだけの違いなのだが、腕力に長けている者はどうしても、頭が足りない者も多いと云う事も事実なのだ。
「え?」
ルルーシュ皇子が驚いて枢木卿の顔を見上げた。
やはり、目元には涙をためている。
「ルルーシュは、自分の使える武器を使っただけだ。大人のくせに、子供に負けたからって、八つ当たりなんて…カッコ悪いよな…」
と、枢木卿はからからと笑って見せた。
「ルルーシュ…守りたいものがあるんだろう?」
ふと真剣な顔をして、枢木卿はルルーシュ皇子の眼を見る。
「守りたいもの…ナナリー…」
ルルーシュ皇子は枢木卿の顔を見ながら、そう呟く。
「そう、ルルーシュは、ナナリー皇女殿下を守りたいから…だから、強くあろうとするんだろう?それに…ナナリー皇女殿下も、ルルーシュに何かあったら、きっと悲しむ…」
ルルーシュ皇子は自分の複雑な立場をよく解っている。
そして、シュナイゼル皇子のルルーシュ皇子に対する溺愛ぶりに、周囲からあらぬヤッカミを受ける事もある。
それ故に、ルルーシュ皇子は強くあらねばならなかった。
「俺でよければ、いつでもルルーシュを守るし、一緒にいる。でも、外では…そんな顔を…絶対にしちゃダメだ!泣きたければ、俺のところで泣けばいい。弱音を吐きたければ、いつでも俺が王宮から連れ出してやる…」
「スザク…」
この時、ルルーシュ皇子は枢木卿を自分の騎士にした事を…否、自分の騎士に出来たこの事実に、心から感謝した。
枢木卿が騎士になる前は…ジェレミア卿が護衛役としてシュナイゼル皇子の軍に従軍していた。
初めて、シュナイゼル皇子の軍について行ったのは…後学の為と言う事で、軍人としての従軍ではなかった。
しかし、その時、シュナイゼル皇子と余暇の時間にチェスをしていた時の一言で、ルルーシュ皇子の策を取り入れられ、その時の戦いに勝利を齎したのだ。
以来、シュナイゼル皇子はルルーシュ皇子を連れて戦場に行く事が増えた。
シュナイゼル皇子もルルーシュ皇子の才能に気づいた。
そして、その才能が他の皇族に気づかれ、ルルーシュ皇子を亡き者とする輩が現れる事、シュナイゼル皇子と対立する輩に利用される事を極度に恐れた。
だから、シュナイゼル皇子はまだ、年端もいかないルルーシュ皇子には辛い事だと知りながら、シュナイゼル皇子の軍に従軍させていた。
これなら、シュナイゼル皇子の傘のもと、ルルーシュ皇子を守れるし、他の皇族達にルルーシュ皇子が有能な皇子である事を知らしめることが出来る。
そして、功績を上げさせ続ければ、他の皇族達も下手にルルーシュ皇子に手を出す事が出来なくなるのだ。
シュナイゼル皇子は、この時、ルルーシュ皇子の母君がせめて、貴族出身者であれば…と心から思ったものだった。
でも、今は、枢木卿がルルーシュ皇子を支えてくれている。
時に、あまりに仲睦まじいこの皇子と騎士に妬く事もあるのだが…今はそれでいいと思っている。
少なくとも、まだ、シュナイゼル皇子はやらなくてはならない事があり、ルルーシュ皇子個人にばかり目を向けている訳にも行かないのだから…。
しかし、最近のルルーシュ皇子を見ていて…利発に、聡明に、そして、美しく成長していく様を見ていると、気持ちが複雑になって来る。
―――私は、いつまで、国とルルーシュを天秤にかけた時に、国を選び続けられるのかな…
皇族が…まして、こんな大帝国の宰相が個人的な感情で軍を動かすなど…あってはならない事だ。
理屈でも、理性でも解ってはいるのだ。
―――かわいいルルーシュ…こんな形でしか、お前を守ってやれない無力な私を許して欲しい…
シュナイゼル皇子は目を瞑って、そんな風に考えていた。
―――コンコン
「どうぞ…」
執務室の扉をノックされ、扉を開けてやる。
「宰相閣下…ルルーシュ殿下が無事、帝都に戻られたとの報告が、先ほど、入りました。枢木卿の報告では…やはり…まだ、ルルーシュ殿下は…」
マルディーニ伯爵の報告をシュナイゼル皇子は黙って聞いている。
「そうか…優しい子だからね…あの子は…。一刻も早く、私もあの子にそんな思いをさせないだけの力を手に入れなければならないね…」
そう云って、シュナイゼル皇子は組んだ手の上に顎を乗せて呟いた。
ルルーシュ皇子と枢木卿がアリエスの離宮に戻ると、母君とナナリー皇女が出迎えてくれた。
「おかえりなさい…お兄様、スザクさん…」
「よく生きて帰りましたね…ルルーシュ、枢木卿…。さぁ、二人とも、ゆっくりお風呂にでも浸かって、疲れを落としなさい…」
そう云って、二人を促した。
枢木卿が日本から来たと云う事で、この母君、アリエスの離宮の中庭に、日本式の露天風呂を作っていた。
ルルーシュ皇子がやたらと日本文化に興味を持つようになっていたので、母君が中々日本へ行く事を許されないルルーシュ皇子と、故郷を離れた枢木卿を慮って作らせたのだ。
「ありがとうございます…母上…」
「お気遣い…痛み入ります…皇妃殿下…」
そう軽く挨拶をすませて、母君が作らせた露天風呂に直行した。
そんな二人の後ろ姿にナナリー皇女はやや羨ましそうな表情を浮かべ、母君は嬉しそうに目を細めた。
「お母様、お兄様…スザクさんが来てから、いつも一緒ですね…」
やや面白くなさそうにナナリー皇女が母君に不満を漏らす。
ルルーシュ皇子がナナリー皇女を溺愛するように、ナナリー皇女もルルーシュ皇子が大好きな兄上であるのだ。
「ナナリー…ルルーシュもやっと、いいお友達が出来たのです。喜んで差し上げなさい…。ナナリーにも、そのうち解りますよ…」
ナナリー皇女はよく解らないと言った表情で母気味を見る。
「戦の後なのです…。妹姫のナナリーにも見られたくない部分がルルーシュにもあるのですよ…。それを理解して差し上げなさいな…」
そう云って、母君がナナリー皇女の車いすを押して、奥の部屋へと入って行った。
―――強くおなりなさい…ルルーシュ…。あなたが、守りたいと思う全ての者の為に…
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