ルルーシュ皇子はヤキモチ焼き?


 今日も朝からルルーシュ皇子は執務室にて、異母兄君のシュナイゼル皇子から言い渡されている仕事をこなしている。
枢木卿はと云えば、書類仕事などで手伝える事は殆どないので、ルルーシュ皇子が仕事を施した書類を順番に並べ、コピーの必要なものはコピーをとり、冊子としなければならないものは製本する…と言った、雑用をしている。
ルルーシュ皇子は頭もよく、仕事も正確で速いのが、シュナイゼル皇子にも気に入られているらしく、いつも、シュナイゼル皇子の下で働いている異母兄君、異母姉君や、貴族たちよりもたくさんの仕事を持ってくる。
ただ、枢木卿としては、もっと、ルルーシュ皇子と遊びたい…じゃなくて、ルルーシュ皇子に外に出て欲しいと願っているので、いつもいつも、ルルーシュ皇子の仕事の速さを持ってしても、相当な時間のかかる綾の仕事を押し付けてくるシュナイゼル皇子が苦手だ。 「殿下…そろそろお茶でも淹れましょう…」
そう云って枢木卿はその場を立ちあがるが…
「……」
仕事に集中していても、枢木卿が二人きりの時に『殿下』と呼ぶ時には絶対に、返事をしない。
いつもの事ではあるのだが、いつ、あのおっかないジェレミア卿が入ってくるかも解らないので、毎回、『最初はきちんと呼んでいるけれど、ルルーシュ皇子が返事をしてくれない』と云う既成事実を作る為に、毎度、ご苦労な事だが、こんなやり取りをしているのである。
そして、いつものごとくため息をついて、もう一度、言い直す。
「ルルーシュ、お茶を淹れるから、少し手を休めて…」
枢木卿がそう云うと、ルルーシュ皇子がやっと書類から目を離し、枢木卿の方を見る。
「ああ…。今日はほうじ茶とみたらし団子がいいな…」
枢木卿の影響で、ルルーシュ皇子はどうも、日本茶と和菓子がお気に入りの様で…。
そんなルルーシュ皇子を見ていて、枢木卿も、ルルーシュ皇子付きのメイド、篠崎咲世子さんにそう言ったものを取りそろえてくれるよう、頼んでいる。
「ルルーシュは…本当に日本のものが好きになったね…」
嬉しそうに微笑みながら、急須に茶葉を入れながらルルーシュ皇子に話しかける。
「ああ…日本の文化とは面白い…。食べ物にしても、歴史にしても、習慣にしても…。一度、行ってみたい…」
ルルーシュ皇子が目を輝かせて枢木卿に自分の今の希望を話す。

 ルルーシュ皇子がここまで日本文化に興味を持つとは思わなかった。
一度、枢木卿の従妹から来た、『富士山』の絵葉書を見てルルーシュ皇子はすっかり『富士山』を気に入り、枢木卿に、日本の事を聞き倒していた。
枢木卿の話を聞くたびに、ルルーシュ皇子は日本への興味が増していくばかりで…いつか、連れて行ってやりたいと思うのだが、ルルーシュ皇子はこれでも、ブリタニア帝国の皇子で、宰相閣下の片腕だ。
枢木卿の前では、好奇心旺盛に子供らしいところも見せるが、一歩外に出れば、ルルーシュ皇子は皇子としての顔となり、シュナイゼル宰相閣下の副官の顔になる。
そんなルルーシュ皇子を見ていると時々切なくなるのだが、枢木卿も出来るだけの事をしたいと思い、日本にいる両親に日本のお菓子やお茶、写真などを送って貰って、ルルーシュ皇子に見せている。
その度にルルーシュ皇子が嬉しそうに目を輝かせているのを見ると、枢木卿としては嬉しいのだが、反面、直接日本へ連れて行ってやれない自分の無力さに悲しくなる。
「なぁ、スザク…この間貰った、写真集…あれは、日本の秋の風景を写したものだろう?」
ルルーシュ皇子がほうじ茶の入った湯呑を持ちながら、枢木卿に尋ねた。
「ん?そうだけど…」
「僕はあんな風にきれいに彩られた山なんて見た事がないから…。あまりピンとこないんだけど…実物は…綺麗なんだろう?」
数日前に、日本から届いた秋の風景写真を集めた写真集の話だ。
枢木卿が日本にいた頃にはそれほど意識をした事はなかったが、ルルーシュ皇子に言われてみると、確かに、日本の四季とは面白いものかもしれない。
ブリタニアに来て、帝都に暮らしていて…確かに四季はある。
しかし、日本ほど季節の変化がはっきりしている訳でもなく、ブリタニア人も季節に関して、日本人ほど楽しんでいるようには見えない。
ただ、その時々のフェスティバルでは大いに盛り上がるが、普段の生活の中で季節を感じるというのはあまりないかも知れない。
「まぁ…綺麗は綺麗だよ…。俺も、それほど、意識はしていなかったけれど…。それでも、その季節の変化は感じていたよ。『季語』なんて言葉もあったくらいだしね…」
「キゴ?」
初めて聞く言葉にさらにルルーシュ皇子が関心を示す。
「うん…。前に、俳句の話をしたよね?あと…川柳の話も…。『季語』って季節を表す言葉なんだけど、俳句には『季語』が使われていて、その季節の風景を詠んでいるんだ」 「そうなのか…本当に日本って、面白いな…。そうやって、五・七・五の言葉を組み合わせた詩でも、季節を表すか表さないかで名前が違うのか…」
ルルーシュ皇子はずっと表情が輝きっぱなしである。
そんなとき…

―――コンコン…
 執務室のドアがノックされた。
一体こんなに楽しい時間に誰だ?とルルーシュ皇子の機嫌は急降下する。
「どうぞ…」
ルルーシュ皇子がそのノックに返事をすると…
「やぁ…ルルーシュ…」
そこにいたのは、いつもルルーシュ皇子にチェスで負けるクロヴィス皇子であった。
「異母兄上…一体どうされたのです?シュナイゼル異母兄上から頼まれた仕事…もう終わったんですか?」
珍しい来客にルルーシュも目を丸くする。
時折、プライベートルームにはチェスの対戦をしに来るのだが…執務室にクロヴィス皇子が来る事は基本的にはない。
「否…ユフィから枢木卿に日本から荷物が届いたと聞いたので…。また、写真集を見せては貰えないかと…」 ルルーシュ皇子の異母兄君、ブリタニア帝国第3皇子、クロヴィス皇子は、シュナイゼル皇子から頼まれる仕事は好きではないのだが、絵を描いたり、楽器を弾いたりする事が好きで…。
で、ある時、ルルーシュ皇子のプレイベートルームで見つけた、枢木卿の故郷から届いた日本の風景写真を見て、ルルーシュ皇子同様、一目で気に入ってしまったらしい。
「クロヴィス殿下…あなたも日本の風景を気に入られたのですか?」
枢木卿は目を丸くしてクロヴィス皇子に尋ねる。
「私も?と云う事は、ルルーシュもかい?」
「ええ、ルルーシュもそうですけれど、ユーフェミア殿下やナナリー殿下もお気に召されたようで…。時々、ここに来ては、それは楽しそうに眺めて行かれます…」
枢木卿がクロヴィス皇子に丁寧に答えた。
枢木卿も、ブリタニア皇族の日本好きには驚かされる。
「まぁ、私たちは割と好みが似てくることが多かったね…。だから、時々、マリアンヌ様が遠征に出られて返ってきた時のお土産などは取り合いになったものだ…」
クロヴィス皇子の言葉に、ルルーシュ皇子は本当は認めたくない…と言った表情だったが、否定はしなかった。
どうも、アリエスの離宮に遊びに来る皇族は皆、好みが似ているらしい。
「クロヴィス異母兄上…僕は仕事中なんです!写真集は後でクロヴィス異母兄上の離宮に運ばせますから…」
ルルーシュ皇子が何となく不機嫌そうにクロヴィス皇子を追い出しにかかる。
「何を言っているんだい…。こんなにお茶の香りを充満させて、茶菓子まで出しておいて…」
クロヴィス皇子はくすくす笑いながらルルーシュ皇子に返す。
その時、枢木卿がはっとしたように席を立つ。
「申し訳ありません!クロヴィス殿下…。すぐにクロヴィス殿下の分もご用意いたします…」
「ああ…いいのかい?日本のお茶もお菓子も美味だからね…。飾り気がないのに…食べるとほっとする…」
クロヴィス皇子が嬉しそうに枢木卿にそう話す。

 クロヴィス皇子の穏やかな表情に対して、何故ルルーシュ皇子はこんなに愛想が悪いのか…枢木卿にはよく解らない。
嫌っている訳でもないようだが…
「クロヴィス殿下…日本のお菓子は別に、この団子のように地味なものばかりでもないんですよ?京菓子のように本当に、食べるのが勿体ないほど綺麗なものもありますし…」
枢木卿はクロヴィス皇子の分のお茶を淹れ、団子を用意しながら云った。
「キョウガシ?」
「ええ…繊細な作りなので、食べるのが勿体ないと眺めてばかりいる女性もいるくらいですよ…。また、両親に頼んで、送って貰いますよ…」
「スザク!僕にはそんな話をしてくれた事はないじゃないか!」
ずっと黙っていたルルーシュ皇子がいきなり大声を上げる。
『キョウガシ』という言葉をこの時初めて聞いたのだ。
しかも、最初に話したのがルルーシュ皇子にではなく、クロヴィス皇子にだった。
「え?興味…あったの?そんな事一言も言わなかったし…。それに、ルルーシュは団子とかまんじゅうを気に入っていたみたいだったから…」
「僕は、日本人じゃない!僕の日本に関する知識はスザクから教えて貰っている事しかないのに…」
―――いつも、どこから仕入れてきたのか…と云うような日本の知識をひけらかしているくせに、なんで、今は『僕は日本人じゃない!』とか言い出すかな…この皇子様は…
と思いながら、枢木卿は苦笑して、クロヴィス皇子の前にお茶と団子を置いた。
「ん?私は何か、いけない事でも言ったのかな?」
「いえ…今回は自分のミスの様です。さぁ、クロヴィス殿下、冷めない内に召し上がって下さい…」
そう云って、枢木卿はその場を取り繕った。
クロヴィス皇子も、これは、枢木卿も後が大変だ…と思いながら、差し出されたお茶と団子を楽しんでいた。
クロヴィス皇子がそう思うのも無理はない。
クロヴィス皇子の向かい側に座っていたルルーシュ皇子が今にも飛びかかりそうな勢いで睨んでいたからである。
意外とそう云う異母弟君を気に入っているので、クロヴィス皇子も、ルルーシュ皇子を怒らせる事を知りながら、ついつい、構ってしまう。
以前と違って、後始末は枢木卿がしてくれるので、今となっては遠慮なしである。

 やがて、クロヴィス皇子がお目当ての写真集を手に執務室から出て行った。
そして、枢木卿はお茶の片づけをしている。
ルルーシュ皇子は、さっきから不機嫌そうに書類を手にして黙々と仕事をしている。
枢木卿が湯呑などを全て洗い終えて、ルルーシュ皇子の仕事の雑用をしようとした時…
「ねぇ…ルルーシュ…。この書類、サインの場所…間違ってるよ?」
ふと目に入った書類のサインの場所を間違っていたのに気付く。
いつも正確に仕事をこなしているルルーシュ皇子にしては珍しい。
他の書類を見ると…日付が違っていたり、チェックする項目を間違えていたり…
「!」
ルルーシュ皇子ははっとして、お茶の後、処理した書類を枢木卿から取り上げる。
「ちょ…ちょっと考え事をしていただけだ…!ちゃ…ちゃんと訂正する…」
ルルーシュ皇子は枢木卿から書類を取り上げて、訂正印を押し、改めてサインを入れたり、日付を入れたりする。
そして、ほぅ…っとため息をついた。
「ダメだな…僕は…」
そんな一言を呟く。
枢木卿は何の事だか分らないと言った表情でルルーシュ皇子を見つめる。
「どうかしたの?」
「スザクは…僕の騎士で、僕の事が最優先だって解っている…。でも、異母兄上に僕の知らない日本の事を教えているスザクを見ていて…なんだか…」
ルルーシュ皇子は下を向いて、認めたくない事を認めるような…そんな気持ちで言葉を口にしている。
どうやら、さっきのクロヴィス皇子とのやり取りが気に入らなかったらしい。
「そんな事で怒っていたの?」
枢木卿がおかしそうに笑った。
「そ…そんな事とはなんだ!スザクはいいよ…僕と違って、誰とでも仲良く話せるんだ…。でも…僕には…それが出来ないし…」
ルルーシュ皇子が俯いて、自分の独占欲に嫌気がさしていると云いたいらしい。
枢木卿はそんなルルーシュ皇子を見て、優しく微笑んでルルーシュ皇子を背中から抱きしめた。
「ルルーシュ…俺にとって、クロヴィス殿下も、ユーフェミア殿下も、ナナリー殿下も…否、それ以外の人たちも、ルルーシュにとっての身内だったり、大切な人だったりするから、俺も愛想をよくしているんだよ?だって、そうしないと、ルルーシュに迷惑がかかるだろう?」
ルルーシュ皇子のそんな、子供じみた独占欲に、不謹慎ながらもちょっと優越感を感じてしまう枢木卿だったが…まさか、こんな形で表現されるなんて思ってもみなかった。
「だから…ルルーシュ以外の人に俺が笑うのは、社交辞令…。ルルーシュに対するそれとは全然違うんだよ?」
まるで、ルルーシュ皇子に言い聞かせるように枢木卿が言葉を紡いでいる。
「だから…ルルーシュはもっと、自信を持ってよ…。俺はルルーシュの騎士なんだから…」
「スザクは…僕の…騎士…」
ルルーシュ皇子がそっと呟く。
「うん…そう…。俺は、ルルーシュの騎士…」
最後に枢木卿が念を押すと、やっと、ルルーシュ皇子が笑った。
普段は、年齢以上に大人びているルルーシュ皇子ではあるが、枢木卿の前ではついつい、お子様な部分を見せてしまった…と云う、一幕であった…

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