執務室でのルルーシュ皇子と枢木卿…。
今日は何だか様子が変です。
「スザク!なんで僕をそうやって子ども扱いする!?スザクだって僕と同じ年じゃないか…!」
「自分は殿下よりも、宮廷の外を知っていますからね…。子ども扱いではなく、殿下の知らない事をお教えしようと…」
枢木卿の言葉遣いがルルーシュ皇子の嫌いな騎士としての言葉遣いになっていて、ルルーシュ皇子も普段はあまり、大声で怒鳴り散らす事も少ないのだが、今日は、枢木卿に対して大声を出している。
どうやら、些細な事で喧嘩をしたらしい。
「僕だって、母上の言いつけで、城下を歩いている!スザクが云う程は…」
「なら、なんで、この間、城下に降りた時、あんな見え見えのだましの手口に引っ掛かりそうになっていたんです!ああやって、気の毒な身の上を装って…と云うのは彼らの常套手段です!。自分が行かなければ、今頃、怪しげな店に売り飛ばされていたところです!」
「怪しげって…彼らは…」
「実際には自分の恰好を見て驚いて逃げたでしょう?殿下に良からぬ事を考えていた輩ですよ…」
これは、数日前、ルルーシュ皇子と枢木卿が城下に降りた時の出来事だ。
身にまとった服があまりに粗末な少年たちがいて…ルルーシュ皇子に助けを求めてきたのだ。
実は、その少年たち、ある、違法な店の売り子を物色する少年たちだった。
世の中には色んな趣味の大人がいて…ルルーシュ皇子はそんな事とはつゆ知らず、その少年たちについて行こうとしていた。
枢木卿がちょっと目を離した隙の、本当に短い時間の出来事だった。
まさか、ルルーシュ皇子をそう言った趣味の店に売り飛ばされたともなれば、神聖ブリタニア帝国始まって以来、前代未聞の大事件である。
その少年たちも、正体を隠しているルルーシュ皇子の正体を知らずに声をかけてきたのだろう。
ルルーシュ皇子はどうも、自分の容姿が老若男女に好まれる傾向にある自覚が欠けている。
よって、城下の街の中でも、ちょっと、暗い通りに入ったりすると、そう言った悪い事を考える大人たちの町になっている事をよく解っていないルルーシュ皇子は、そう言った輩にのこのこついて行ってしまいそうになる。
この事が、ジェレミア卿にばれた時には、二人揃って、こっぴどくお説教を食らった。
ルルーシュ皇子自身の自覚の足りなさに流石に枢木卿も頭を抱えてしまう。
まぁ、王宮育ちの世間知らずの皇子様だ。
人が人を騙すのは、別に、政争や戦争のときばかりではない。
普通の生活を送っていく上でも、悪意の下の騙し合いがある事を覚えて貰わなくてはならないのだが…。
しかし、ルルーシュ皇子の優しさが、こう云う時には災いする。
ルルーシュ皇子の本質はとても優しい。
助けを求められるとどうしても、放っておけなくなる。
確かに、ルルーシュ皇子の兄君、シュナイゼル皇子の手伝いをして、戦略や政略を考える事はある。
しかし、その犠牲者を見るたびに、ルルーシュ皇子は心を痛めている事を枢木卿はよく知っている。
そして、不運な事に、そう言った争い事が好きではないルルーシュ皇子ではあったが、シュナイゼル皇子と対等にチェス勝負が出来るだけの事はあり、そう言った事を考える才能は…兄弟の中でもずば抜けていた。
だからだろうか…城下町に暮らす人々に対しては、殆ど疑いと云うものを持たない。
と云うか、持ちたくないのだろう。
見ていると、とても幸せそうに暮らしているように見えるからだ。
笑いながら歩いている人や、何が原因か解らないが喧嘩をして言い合いをしている人、仕事でせわしなく歩いて行く人…そんな人々を見ていると、ルルーシュ皇子が王宮内や戦場で見ているような人々とは、違うと…そう思いたかった。
基本的には、ルルーシュ皇子の願望の混じった幻想に近いといえる。
そんな中、枢木卿と城下に出た時に、どこぞの怪しげな店に売り飛ばされそうになっていたのだ。
枢木卿も最初は喧嘩するつもりもなく、心配だったが故に、少し口調が強くなってしまった。
ルルーシュ皇子としては、確かに怖い目に遭ったのだけれど、やはり、一般の住民を疑うのが嫌で…つい、枢木卿に言い返してしまった。
「僕は…疑う事から始めるような事はしたくない!」
と…。
それも正論ではあるが、それでも、もし、ルルーシュ皇子がそんなところに売り飛ばされた時、枢木卿だけではなく、ルルーシュの周囲の人々に責任が及ぶ。
枢木卿としてはそんな事はどうでもよかったが、ルルーシュの優しさを利用する輩が出てくる事を恐れていた。
だからつい、
「ルルーシュ!世の中にいるのはルルーシュの思うような優しい人たちばかりじゃない!」
言葉足らずな一言を怒鳴ってしまった。
その時のルルーシュの凍りついた顔が、枢木卿の頭からこびりついて離れない。
傷ついた顔をしていたが…。
『枢木…よく言ってくれた…。殿下のお優しさは美徳であると同時に、敵に付け入る隙を与える事になる…。少し、殿下にも自覚して頂かなくては…』
普段は、枢木卿のルルーシュ皇子への態度を渋い顔で見ているジェレミア卿が枢木卿にそう声をかけた。
今回の事は、ルルーシュ皇子の教訓にして欲しいとのジェレミア卿の思いでもあったのだろう。
『すみません…ジェレミア卿…。また、殿下に対して…』
『貴様のその、不敬な態度は、殿下も居心地が良いと気にいられている。私にはそのような事は出来ぬが、貴様なら…ルルーシュ殿下の御為によき助言者となってくれるであろう…』
そう言って、ジェレミア卿はルルーシュ皇子と目を合わせられなくなった枢木卿の肩をポンと叩いた。
そうは言われても、かなり、言葉の足りない形になってしまった。
そうして、そのまま落ち込む事になるかと思いきや…
翌日の朝、ルルーシュ皇子は枢木卿のモーニングコールを無視、食堂、執務室でも一切目を合わせる事を避けていた。
最初は、枢木卿の一言に傷ついていたのかと思いきや…
単純に駄々っ子になっていただけだった。
枢木卿を一切近づけず、ジェレミア卿の部下であるヴィレッタ卿に用事を頼んだり、話しかけたり…。
そこまでなら分かるが、時々、なんだか、不機嫌そうな目つきで枢木卿を睨んでいるのだ。
いかにも
―――僕は悪くない!
と言わんばかりである。
枢木卿も、所詮はルルーシュ皇子と同じ年の少年である。
頭の中では
―――ルルーシュがちょっといじけているだけだ…
とは言い聞かせるのだが…。
しかし、時間が経つにつれてその態度がエスカレートしていく。
ルルーシュ皇子は枢木卿の主…枢木卿はそう、思うのだが…
そんな、対等の立場でものを言うべきではない…そう云い聞かせていた。
「ヴィレッタ…今度、僕が城下へ行く時、お前がついて来い!」
その一言に…枢木卿もぷっちーんと切れてしまった。
その一言にヴィレッタ卿も困り果てたような顔をして、ジェレミア卿と枢木卿の顔を交互に見る。
そして、枢木卿もよせばいいのに、売り言葉に買い言葉…と言うのはこの事を云うのだろう。
「ヴィレッタ卿…殿下はすぐに迷子になりますので…目を離さないようにお願いしますね…」
コメカミに青筋を立てながら引き攣った笑顔を作ってヴィレッタ卿に頭を下げた。
「枢木?」
更に困った顔をして、今度はジェレミア卿に助けを求める。
しかし、この二人の状況を見て、ジェレミア卿も、子供の喧嘩に口を出す気もなかったようで、ヴィレッタ卿に目で合図する。
そのジェレミア卿の態度に、ヴィレッタ卿もただ…ため息をつく事しか出来なかった。
数日後、ルルーシュ皇子は城下に出た。
その日は、枢木卿とではなく、ヴィレッタ卿とである。
「行ってらっしゃいませ…」
枢木卿はそう頭を下げてルルーシュ皇子とヴィレッタ卿を見送った。
そう言って、見送って、枢木卿はルルーシュの執務室へと戻っていく。
「枢木…本当に良かったのか?恐らく、ヴィレッタでは殿下の…」
「ええ…解っていますけれど…。殿下のご命令ですから…」
ジェレミア卿も流石に慣れないヴィレッタ卿にルルーシュ皇子のお守りをさせるのは流石に酷だろうと思い、枢木卿に声をかけた。
―――これは、ホントに子供の喧嘩だな…
そう思ってジェレミア卿がため息をついた。
とりあえず、この状態では枢木卿もルルーシュ皇子が帰ってくるまで仕事にはならないと思った。
そして、枢木卿に一言言った。
「お前は、ちょっと外の空気を吸って、頭を冷やして来い!」
そう言って、枢木卿を執務室から追い出してしまった。
執務室から追い出されてしまうと、何をしていいのかも解らない。
ただ、喧嘩したままのルルーシュ皇子の事は、やっぱりちょっと気になってしまって…。
ちょっと、王宮の外でも歩こうと王宮を出て行った。
執務室の窓から枢木卿が外に出て行くのを見たジェレミア卿がやれやれとため息をついた。
そして、ポケットの携帯電話で、電話をかける。
「キューエルか…枢木が、今、王宮を出て行った。ヴィレッタと殿下から目を離すなよ?枢木と違って、ヴィレッタは殿下の行動パターンを読み切れていない。万が一に事がないように!」
そう言って、携帯電話を切った。
何も起こらないとは思うが、枢木卿が城下に出ていてくれれば、ルルーシュ皇子の危険が少しは減る。
ルルーシュ皇子にとって、枢木卿は専属騎士以上の存在である事を、ジェレミア卿自身、認めていた。
ルルーシュ皇子の枢木卿への接し方を見ても、枢木卿のルルーシュ皇子への貢献を考えると、認めざるを得なかった。
やっと、ルルーシュ皇子が対等に付き合いたいと思う他人を見つける事が出来たのだと…。
枢木卿は結局城下に来ては見たものの、歩いてるのは、ルルーシュ皇子が行きそうなところばかりだった。
本当は行ってみたいところとかもあった筈なのに…。
こうしてみると、専属騎士になってから、本当にルルーシュ皇子の事ばかりになっていた事に気がつく。
「本当に…ルルーシュ中心になっているんだな…」
そんな独り言をつぶやきながらつい笑ってしまう。
街ゆく人々は…ルルーシュ皇子が自分の中に描いているように、本当に幸せそうに歩いて行っている。
王宮内や戦場での、騙し合いの中、こう云う普通に暮らす人々の姿が眩しかったのは事実だろう。
そんな中にも、悪い奴がいると云う事を、信じたくなかったのかも知れない。
ふと、前を見ると、ルルーシュ皇子とヴィレッタ卿が二人で歩いている。
ルルーシュ皇子の様子が、いつもと違っていた。
いつもの楽しそうな表情ではない。
「ルルーシュ…?」
ルルーシュ皇子の表情だけでなく、何か…違和感がある。
枢木卿はすぐに二人のもとへ駆け寄った。
「ルルーシュ!」
そう言って、ルルーシュ皇子を抱き上げた。
「な…スザク…お前…何をする!おろせ!」
「枢木?」
ルルーシュ皇子が喚き散らし、ヴィレッタ卿が驚いた顔をしている。
そして、抱き上げたルルーシュ皇子の額に自分の額をくっつけた。
「やっぱり…」
そう言って、ヴィレッタ卿の方を向いた。
「すぐに殿下の寝室の準備と医者を呼んで下さい。殿下は、熱を出されています」
「え?」
ヴィレッタ卿が驚いて、枢木卿の顔を見る。
そうして、ルルーシュ皇子の額を触ると…確かにかなり熱い…。
「早く!自分は殿下に負担をかけないように王宮にお連れします。」
「わ…解った…」
そういって、ヴィレッタ卿はその場を走り出した。
ヴィレッタ卿を見送って、枢木卿はゆっくり歩き出した。
何も喋らず、ただ、ルルーシュ皇子を抱き上げたまま、ゆっくり歩いている。
「スザク…」
やっとの思いで、ルルーシュ皇子が枢木卿に声をかける。
「ルルーシュ…俺は怒っているんだ…。なんで怒っているか解るか?」
「僕が、スザクを無視して、ヴィレッタと城下に来た事か?」
「違う!ルルーシュが、俺を嫌になって遠ざけるのは仕方ない。そんな事じゃない!なんで、具合悪いのに、ヴィレッタ卿に伝えない?俺と違って、ヴィレッタ卿はいつもお前の傍にいる訳じゃないんだ!」
怒りの翡翠がアメジストに向けられる。
「俺が嫌ならそれはそれで仕方ない…。でも、自分の事をちゃんと出来るようになれ!具合悪ければ、ちゃんと言わなければ、解らないんだ!」
「ごめんなさい…」
ルルーシュ皇子は枢木卿の本気の叱責に素直に謝る。
他人に対して気を使える事、優しく接する事は悪い事ではない。
しかし、それで、自分自身を傷つけていたら何にもならない。
「ルルーシュ…頼むから…もっと、自分に優しくなってくれ…。出来ないなら、お前が嫌がっても、俺がずっとそばにいて、お前を止めてやる!」
枢木卿の強い言葉に…ルルーシュ皇子は泣き出してしまった。
こんな風に言われた事などなかった。
「スザク…ごめん…ごめんなさい…」
そんなルルーシュ皇子にそっと微笑んで枢木卿が耳元で囁いた。
「もう、無茶しないでくれ…。俺が守れるところに、ちゃんといてくれ…」
こうして、くだらない子供の喧嘩が終わった。
と云うか、喧嘩の原因が吹っ飛んだ…
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