枢木卿に命じられ、シュナイゼル宰相のもとへ向かった使者がシュナイゼル宰相の側近であるマルティーニ伯爵に事の次第を伝えた。
「なんですって…!?ルルーシュ殿下が?」
マルティーニ伯爵が使者に怒鳴りつけて使者を睨みつけた。
使者の方はと言えば、マルティーニ伯爵の迫力にやや後方にのけぞる。
「シュナイゼル殿下がそれはそれはルルーシュ殿下を大切にしておいでなのよ!あなたたちは何をしていたの!」
「も…申し訳ありません…」
「こんなことなら…ルルーシュ殿下の我儘を通すんじゃなかったわ…」
そんな事をぶつぶつ言いながらその部屋から出て行き、シュナイゼル宰相閣下の執務室へと入って行った。
「カノン…どうかしたのかい?」
「先ほど、枢木卿からの使者がまいりまして…。その…ルルーシュ殿下が例の組織のものと思わしき連中に連れ去られたと…」
何とか顔色を変えないようにと事務的に説明しようとするが、ルルーシュ皇子を溺愛するシュナイゼル宰相にこの事実を教えたら、きっと、この宰相閣下も血相を変えて、軍を動かしかねない。
「!…ルルーシュが…?」
やはりシュナイゼル宰相が顔色を変える。
しかし、多少いつもよりは時間はかかったものの、いつものシュナイゼル宰相の顔に戻る。
「今回、ルルーシュにこのことを命じたのは私だ…。とりあえず、私たちも、現地に向かおう…。枢木卿もそこにいるのだろう?」
「はい…。使者の説明によると、護衛についていたものを一人だけ従えて、アジトに乗り込んでいったそうですが…」
「そうか…。我々も準備が出来次第、出発する!」
「イエス、ユア・ハイネス」
ルルーシュ皇子は目隠しされた状態で狭い部屋に幽閉されていた。
人の気配が感じるので、捕虜などをとらえた時などに使用している牢にでもいるのだろう…。
カチャ…
カギの開く音がした。
「ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア様…このような手荒なご招待となってしまい、申し訳ありません。我が主があなた様にお会いするとのことです。」
女の声がしたかと思うと、目隠しと拘束が解かれた。
「あなた方の主とは…名前くらいは教えて頂けませんか?お会いしたら、私もきちんとご挨拶をしたい…」
「桐原泰三様…です。あなた様が大人しくされている限りはあなた様の身の安全の保障はこの私がいたしますゆえ…」
そう答えた女は、メイドの恰好をしていたが、その雰囲気は、普通のメイド・・・と言う感じではなかった。
「解りました…。では、桐原翁の元まで案内を頼みます。」
口元には笑みをたたえているが、目は決して笑っていない状態でルルーシュ皇子が答えた。
「私は篠崎咲世子と言います。あなた様の護衛とお世話をするよう、命じられております。」
そんな会話をしている内に桐原翁に会うための部屋に着いた。
「桐原翁、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア様をお連れいたしました。」
部屋の中に入ると、ブリタニア国内ではあまり見たことのない作りの部屋になっていた。
枢木卿から聞いた、日本の部屋の雰囲気に似ている…ルルーシュ皇子はそう思った。
「手荒なまねをして申し訳ない…。しかし、我々としても、それ相応に話をしないとまずい状況でね…。私は桐原だ…」
「……ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアです。で、早速ですが、ご用件は?」
ルルーシュ皇子がその、少年らしからぬ雰囲気を醸し出して桐原翁の向かいに正座をして答えた。
桐原翁はルルーシュ皇子のその所作にやや驚いたようだが、すぐに表情を戻した。
「単刀直入に言いましょう。枢木スザクを日本に返して頂きたい…」
ルルーシュ皇子はその一事に眉をぴくっとさせた。
枢木卿の家庭事情は一応知ってはいたが、ルルーシュの騎士となる際に、日本国と外交レベルできちんと話し合われていた。
何かの事情でその約束を反故にするにしても、こんなテロまがいな事をして、どういうつもりなのかが解らない。
「いきなり、こんな、私たちが動き出すような事態に陥れなくても、外交レベルでの会談で何とか出来なかったのですか?第一、日本政府からの打診は一切なかったようですが?」
「ふっ…こちらとしても、色々事情がありまして…。それに、現日本国首相の嫡子が、ブリタニアの皇子…それも、第17位皇位継承者と云う特に、重要であるとは言えない皇子殿下の騎士と云うのも…おかしな話でしょう?」
「……」
ルルーシュ皇子はぐっと黙り込んでしまう。
確かに皇族ではあるけれど、母が庶民の出であり、他の皇族と同じ評価をされるためには他の皇族の3割増しの手柄を立てないと同じ評価される事はない。
今の地位は、シュナイゼル宰相の寵愛を受けているからだろう。
「恐らく、私たちが言ったところで、彼は首を縦には振らないでしょう…」
「なるほど…将を射んと欲するならまず馬を射よ…と言う訳ですか…」
やや声を震わせてルルーシュが声を絞り出した。
「あなた様は頭がよろしくて有難い…それに、誰に習ったのかは知らないが、日本の事も良く知っておいでだ…」
「何となく、答えは解るのですが、一応聞いておきましょうか…」
ルルーシュ皇子は、無理矢理気持ちを鎮めて口を開いた。
「なんでしょうか?」
「お断りします…と言ったら?」
ルルーシュ皇子のその答えを予想していたように桐原翁がうっすら口元に笑みを浮かべた。
「なら…この地を…シュナイゼル宰相閣下に制圧して頂く事になりましょう…。シュナイゼル宰相閣下のあなたへの溺愛ぶりは海の向こうまで届いています。あなた様がここに捕らわれているともなれば…」
「では…ここ最近の、この街での地下の動きの糸を引いていたのはあなたですか!」
ルルーシュ皇子のその一言に桐原翁がくくっと笑って返事する。
ルルーシュ皇子はその返事に怒りを隠せなかった。
「ここが…日本ではないとは言え…この地には日本人もたくさん住んでいる…。そして、こんな騒ぎになるまでは…あの平和な状態がずっと維持される事が保障されていた…。桐原翁!あなたは仮にも、蔭からとはいえ、国の政治に携わる者として…恥ずかしくはないのですか!」
さっき、枢木卿と目にした街の風景を思い出すと怒りを抑えられない。
仮にもルルーシュ皇子とて、シュナイゼル宰相の配下の一員として、政治にも携わっている。
統治者が望むのは、その統治している土地と住民たちの平和…。
母君からはそう教わってきたし、統治者が自分勝手な事を射ている領内の惨事を見てきている。
「あなたは…天秤にかけるとしたら、どちらを選びますか?その土地の平和と、ご自身の騎士と…」
「なぜ…そこまで枢木スザクを…」
「今の日本に必要だからですよ…」
「なら、正式な外交ルートで交渉すればいい話です。少なくとも、皇族の専属騎士となった時点で、その者たちはブリタニア帝国から籍を外す事は出来ない…」
「それでも必要だから、このような方法を使ったのではありませんか…。外交ルートを使ってどうにかできるのであれば、とっくにそうしていますよ…」
ルルーシュ皇子はぐっと膝の上の握りこぶしに力を込める。
「私は…」
ルルーシュ皇子がそう言いかけた時、部屋の外ががやがやと騒々しくなってきた。
「?」
「一体、何の騒ぎだ?」
咲世子が部屋から出て行き、状況の確認に行った。
ルルーシュ皇子も何が起きたのかと騒ぎのある方に顔を向ける。
そして、すぐに咲世子が戻ってきて、桐原翁の耳元で状況を知らせた。
その知らせを聞いた時、桐原翁が顔色を変えた。
ずっと、余裕を見せ続けて、不敵な笑みをたたえていたのに…
『…シュ……こだ…』
部屋の外から聞こえる声…。
いつも…自分の隣にいた騎士の声…。
そして、今回の交渉の主人公…
「ルルーシュ!」
バァンと襖を開けられ、そこには、数え切れないほどの擦り傷、切り傷を作った枢木卿の姿があった。
「ス…スザク…」
物凄い勢いで入ってきた枢木卿にルルーシュ皇子がその勢いに目を丸くして、のけぞって背中側に手をつく。
枢木卿がルルーシュ皇子の姿を見つけると、一直線にルルーシュ皇子の元に駆け寄って、ルルーシュ皇子に抱きついた。
「よ…良かった…無事で…。俺がいたのに…ごめん…」
「お…おい!スザク…」
周囲の人間も呆然とその姿を見ているしかなかった。
そして、不意に枢木卿が立ち上がり、桐原翁の方を向く。
「桐原さん…一体どういうつもりですか?俺は、日本に戻る気はありません。まさか、今回の事件が、あなた絡みだったとは…俺は…」
「スザク…日本へ帰って来い!おまえは日本の…」
「帰りません!俺は、ブリタニア第11皇子ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア皇子の騎士です。それに、それについては、父と散々話し合って決めた事でしょう…。今さらあなたの出る幕ではありません…」
枢木卿がきっと桐原翁を睨んで言った。
「そのお前の父の力が足りないから、お前が必要になっているのだ…。日本の為に…」
「そこまでです…」
桐原翁が言い終える前に、枢木卿が入ってきた襖から聞き慣れた声がした。
「シュナイゼル宰相閣下…」
この騒ぎを聞きつけて、黙っているとは思ってはいなかったが、こんなに早く到着するとは思っていなかった。
「ルルーシュ…けがはないかい?」
「は…はい…」
そう言って、シュナイゼル宰相がルルーシュ皇子の手を取り立ちあがらせた。
「桐原泰三…あなたはすでに国際指名手配になっています。日本国内の騒動をわが国にまで火の粉を飛ばした事は万死に値します。とりあえず、ブリタニアの法廷で裁いた後、国際法廷に出廷して頂きます…」
マルディーニ伯爵が顔色ひとつ変えずに桐原翁に告げる。
そうして、シュナイゼル宰相の配下の者たちが近くにいた者たちを含めて連行していった。
しかし、そこに一人、篠崎咲世子だけが残っていた。
ルルーシュ皇子が咲世子の傍に行く。
聞きたい事がたくさんある。
「ルルーシュ殿下…私はアッシュフォード家に仕えるメイドで、この度はマリアンヌ后妃殿下からも頼まれておりまして…」
「じゃあ…今回の事は…」>
ルルーシュ皇子が驚いてシュナイゼル宰相の方に向き直る。
「今回はルルーシュの騎士の事もあったからね…。私たちだけで始末をしても良かったけれど、枢木卿の意志確認もしたかったからね…」
「そう…だったんですか…」
そう、今回、桐原翁は枢木卿を日本に連れ戻したいと思って、こんな事件を引き起こした。
一歩間違えれば、この土地に暮らす人々に犠牲が出たかも知れないような事件だった。
「スザク…お前はどうしたいんだ?桐原翁の事は別にして、私はお前の意志を聞きたい…。お前の口から…」
皇子としての口調で枢木卿に問いかける。
枢木卿はルルーシュ皇子の前に跪き、ルルーシュ皇子の右手を取る。
「私はルルーシュ=ヴィ=ブリタニア殿下の騎士です。私の帰る場所は殿下の下だけです…」
そう言って、忠誠の証としてルルーシュ皇子の右の手の甲にそっと口付けた。
「そうか…なら、もう二度とは聞かない。だから、生涯、私のもとを離れる事は許さない…」
「イエス、ユア・ハイネス」
その場を見守っていた人々もほっと胸をなでおろした。
この地を戦場にしなかった事、何一つ失わずに済んだ事に、安堵した。
二人はシュナイゼル宰相の反対を押し切って、チェックインしていたホテルに戻った。
「いて…」
「ほら、じっとして…一体、何人の人間と殴り合いをしたんだか…」
枢木卿のけがの手当てをしながらの会話…。
確かに枢木卿はよく、けがをして帰ってくるが、いつも、これだけ無数の傷を作る訳ではないので、基本的に手当てをしなくても治っていた。
しかし今回は数が半端じゃないので、消毒とばんそうこうを張っている最中なのである。
「頼むから…もうちょっと優しく手当てしてよ…本当に痛いんだから…」
「ごめん…僕、こう云うのも初めてやるから…。シュナイゼル異母兄上のところで手当てした方が良かったか?」
ルルーシュ皇子がしゅんとなって手を止める。
「あのね…消毒綿をもっと、そっとあてるだけでいいんだよ…。ルルーシュはギュッと押し付けるから痛いの…」
「そ…そうか…」
そう言ってルルーシュ皇子は消毒綿をつまんだピンセットを持ち直す。
そして、枢木卿に言われたとおりにやってみると、なるほど…さっきほど枢木卿は痛いと騒がない。
そんな一生懸命なルルーシュ皇子の姿に枢木卿はふっと微笑んでしまう。
あの桐原翁と対等に話をするのに、実際には世間知らずのお坊ちゃんなのだ。
「ルルーシュ…無事でよかった…」
「スザク…助けに来てくれて…ありがとう…。嬉しかった…」
ルルーシュ皇子が顔を赤くして枢木卿に感謝の言葉を並べる。
「ルルーシュ…俺は、自分でブリタニアに来るって決めたんだ…。ルルーシュの傍にいるから…」
「うん…ありがとう…」
今回の任務は、結局のところ、殆ど、シュナイゼル宰相とマリアンヌ后妃の茶番みたいなものだったが…。
でも、枢木卿の意志を確かめるうえでも、きっと必要な事だったのだ。
「あとで、異母兄上と母上に、いろいろ聞かないと…」
色々忙しかった一日も…こうして終わりを告げて行った…
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