ガタン…ガタン…
電車が揺れている。
普通なら、皇族が乗るような列車ではない…。
と言うか、皇族が列車に乗る事など、このブリタニア帝国内において、考えられない事である。
VIP用の車両でもなく、一般人と一緒に一般の車両に少年が二人…。
一人はブリタニア帝国第11皇子 第17位皇位継承者ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア皇子…。
もう一人は、ルルーシュ皇子の専属騎士である、枢木スザク卿…。
しかも、二人とも、本当にただの学生らしい服装をしている。
ルルーシュ皇子は普段、王宮内で着ている窮屈な皇族用の服装から解放されて結構ご満悦の様子…。
一方、皇子である事を隠しているとはいえ、こんな、誰でも入ってこられるような一般車両に自分の主が乗っている事に気が気ではない枢木卿…。
あんまり気にし過ぎていると、かえって怪しまれる事は解ってはいるが、それでも、ルルーシュの傍にいる護衛は枢木卿一人である。
勿論、ブリタニアの皇子であるのだから、見えないところにはちゃんと護衛がいるのだが…それでも、今回の任務の為にいつもより距離を置いたところでの配置で、目の前に不届き者が現れたら、まずは一人でルルーシュ皇子を守らなくてはならない。
「おい!スザク…もっと寛いで楽しまないか?」
ルルーシュ皇子は枢木卿の心配をよそに、初めて見るもの、初めて聞くもの、初めて体験する事にかなり興奮気味だ。
元々庶民であった枢木卿としては、まさか、ここまでルルーシュ皇子が喜ぶとは思わず…この緊張感のかけらも見えない状況にちょっと頭を抱えていた。
「でん…」
枢木卿がそう呼びかけようとした時、ルルーシュ皇子が慌てて枢木卿の口を自分の手でふさいだ。
「おい!ここではルルーシュと呼べ…。王宮じゃないんだぞ…」
枢木卿の耳元でルルーシュ皇子が小声で叱責する。
一応、自覚はあるらしいと、枢木卿は一安心した。
今回の任務は、ブリタニア帝国第二皇子 ブリタニア帝国宰相であるシュナイゼルからのものである。
帝都から離れたある地域で、不穏な動きがあるとの情報が入り、ルルーシュに先行し、内情を調べておいてほしいとのことであった。
つまり、その地域の制圧前の事前調査である。
それほど大きな動きでなければ、ルルーシュが納めてくれば良し…ルルーシュの手に余るようなら、すぐにシュナイゼルに知らせるようにとの指令であった。
要するに、潜入捜査なので、あまり目立つ恰好も出来ないし、皇子である事がばれる訳にもいかない。
よって、普段とは違う、普通の少年の恰好をしており、一般人の使う列車で任地に向かっている。
「良かった…ちゃんと自覚はあるんだね…」
枢木卿の言葉にやや眉を吊り上げてルルーシュ皇子が反応した。
「どういう意味だ?」
「だって…ルルーシュってば、王宮出る時から完全に浮かれモードだったから…。大丈夫かなって…俺は心配だったんだよ…」
ほっとしたように、まるで弟を見る様な眼で枢木卿はルルーシュ皇子を見つめる。
「失礼だな…。僕だって、任務だと云う自覚は持っているさ…。ただ…見た事もないようなものが多いし、それに…」
そこまで口にすると、ルルーシュ皇子は下を向いてしまって、それ以上言葉に出来なくなってしまった。
「それに?」
きょとんとして、枢木卿はルルーシュ皇子に聞き返した。
「……」
聞き返しても返事は返ってこない。
枢木卿は何となく腑に落ちないながらもそこはスルーした。
ルルーシュ皇子は時々、恥ずかしいと思ったり、認めたくないと思ったりした時には下を向いて黙ってしまう。
枢木卿もそんなルルーシュ皇子には慣れているらしく、ふっと笑って、ふわっとルルーシュ皇子の髪を撫でた。
そんなこんなしている内に、列車は目的地の最寄りの駅に着いた。
「ルルーシュ…結構人が降りているから、離れないようにして…」
両手に荷物を持っている枢木卿はルルーシュ皇子に対してそう注意する。
なにせ、こうした鉄道を使うのは初めてのルルーシュ皇子…。
目を離すときっと迷子になってしまう。
実際に帝都の駅でも、迷子になりかけていた。
「わかった…。スザク…僕も荷物…持とうか?そしたら、僕の手、スザクが引っ張ってくれるだろう?」
「否…多分、ルルーシュじゃ持てないから…だから、絶対に俺の傍を離れないで…」
そう言って、枢木卿は二人分の旅行荷物を持っている。
確かにルルーシュ皇子の腕力では持ち歩くのは無理だろう。
「そうか…ごめん…スザク…」
しゅんとなって、ルルーシュ皇子が枢木卿に謝った。
「何言ってるんだ…。これは俺の仕事…。ルルーシュにはルルーシュの仕事があるだろ?」
「うん…」
何となく納得出来ているのか出来ていないのか解らないような返事をルルーシュ皇子が返した。
「とりあえず、ホテルにチェックインして、荷物を置いて来よう…。そうしたら、俺も身軽になれるよ…」
ルルーシュ皇子を安心させようと、枢木卿は柔らかく笑って言葉にする。
「うん…。そう言えば、僕、ホテルと言うところに泊まるのは初めてだ…」
また、ルルーシュ皇子は目を輝かせている。
そんなルルーシュ皇子にちょっと、微笑ましいなと思いつつも、不安がよぎる。
何でもかんでも王宮の給仕にやって貰っているルルーシュ皇子が中堅クラスのホテルで、とりあえず、本人がやらなくてはならない事もある状況にどれだけ対応できるのだろうか…。
恐らく、枢木卿が手とり足とり教えながらやる事になるだろう。
皇族と言う身分を隠してのお忍び任務とは、任務を仰せつかっている皇族本人よりも周囲の人間の方が大変なのだ。
そう言えば、同僚であるユーフェミア皇女の専任騎士もこうした任務の後はぐったりしていた。
チェックインを済ませ、ルルーシュ皇子と枢木卿はホテルの部屋に入った。
ルルーシュ皇子は部屋に入って、またも驚いた様子である。
「狭いなぁ…」
「そりゃそうだ…。一般人が普通に使うホテルだからな…。アリエスの離宮と一緒だと思う方が間違っている…」
荷物の整理をしながら、枢木卿がさも、当たり前のように言うが、ルルーシュ皇子としては、全てが珍しい。
確かに、ルルーシュ皇子の母君方針で、ルルーシュ皇子は良く、街に出てはいる分、他の皇族達よりも、庶民の暮らしを知っているが、本物の庶民である枢木卿ほど知っている筈もない。
「でも、僕はこのくらいの方がいいかも知れないなぁ…」
「?どうしてそう思うの?」
ルルーシュ皇子の一言に枢木卿が驚いて聞き返す。
「だって…誰かと話すときの距離が短いじゃないか…。広過ぎて、大き過ぎるテーブルを挟んでの会話は…どうしても話が遠くなるし、普通の会話でも、会話をしているって言う感じじゃない…。だから、僕はこの部屋、ちょっと気に入った…」
一通り部屋の中を眺めて、ルルーシュ皇子は荷物の整理をしている枢木卿の傍へ行き、荷ほどきの手伝いをし始めた。
「ル…ルルーシュ…。これは俺が…」
「僕もやる!」
「しかし…」
「これは命令…。僕にもやらせて…」
そういって、ルルーシュ皇子は枢木卿のまねをして、荷解きを手伝い始めた。
こんな時に…と思いつつも、嬉しそうに手を動かしているルルーシュ皇子にふっと、ため息をつきながら、様子を見る事にした。
大体の荷解きを終えた。
「さて、そろそろ街に出ようか…」
「そうだな…。ルルーシュは、この町の配置は解るか?」
「地図は覚えている…。ただ、地図で覚えているだけだから…実際には歩いてみないと…」
「解った…。とりあえず、市庁舎とその周辺を見て回ろう。実際の調査は明日からだな…」
枢木卿は自分のスーツの中に銃を忍ばせた。
今回の枢木卿の任務はルルーシュ皇子の護衛であり、この街は…かなり、危険な街である。
だからこそ、シュナイゼルが制圧の為にルルーシュ皇子を送り込んだのだ。
二人はフロントにキーを預けて、街の中を歩き始めた。
「見た感じは…凄く平和なのにな…。でも…」
ルルーシュ皇子が下を向いた。
この街にシュナイゼルの軍が来る事は決定事項である。
ルルーシュ皇子と枢木卿は街の配置や、施設の調査の為に来ているのだ。
「でも…証拠は揃ってしまっているんだろう?」
「うん…」
宰相のシュナイゼルが認めるほどの軍略、謀略を考案するルルーシュ皇子でも、所詮はまだ、16歳の少年…。
枢木卿は時々、ルルーシュ皇子は何故、普通の、凡庸な少年として生まれてこなかったのだろうと思ってしまう。
枢木卿がルルーシュ皇子と出会ったのが12歳の時…正式に専属騎士になったのは14歳の時だった。
初めて見た時から、なんだか、同じ年の筈の少年であるのに、自分とは全く違うものを感じていた。
それが、間違いではないと確信したのは、ルルーシュ皇子の専任騎士となり、常に、ルルーシュ皇子の傍にいるようになってからだ。
頭が良く、先の事を正確に予測出来てしまい、大人も顔負けの謀もできる。
ただ…そんな頭脳に、彼の精神がついていけていない気がしていた。
そんな彼を見ていて、時々切なくなった。
ルルーシュ皇子が望むのであれば…と、出来るだけ傍にいる様にしている。
大体の街の下見が完了した頃には日も暮れかけていた。
「ルルーシュ…そろそろ帰ろう…。もうすぐ日が暮れる…」
「そうだな…。異母兄上にも報告しないとな…」
ルルーシュ皇子はなんだか元気がない。
今日の街の下見の中で、平和に暮らしている人々の姿を見ていたからだ。
統治者としては、問題分子は潰さなくてはならない…そんな事は解ってはいるが…
それでも…普通の生活をしている普通の人々の笑顔を見ていると、これからなされる事を知っているルルーシュ皇子は切なくなるのだろう。
「スザク…出来るだけ…犠牲は少ない方がいいよな…」
「ああ…そうだね…。俺も庶民だからな…。ルルーシュがそう思ってくれているのが嬉しい…。統治者の中で、ちゃんと、そうやって、心を痛めてくれる人がいると云うのは庶民としては心強いよ…でも…」
「でも?」
「お前の騎士としては…お前を見ているのが辛いよ…」
枢木卿は切ない笑みをルルーシュ皇子に向けた。
「スザク…」
ルルーシュが何かを言いかけた時、細い通りから腕が出てきたかと思うとルルーシュの口をふさいでその細い路地に引き込んだ。
「ルルーシュ!」
「ん…んん…」
枢木卿がルルーシュ皇子の名前を呼んだ時には枢木卿の周囲には5〜6人の男たちが取り囲んでいた。
その程度なら枢木卿一人でも何とかするが…ルルーシュ皇子が…
「そこを動いたら…皇子の命はない…」
ルルーシュ皇子を捕まえている男が枢木卿ににらみを利かせて言い放った。
「ひ…卑怯者め…」
その男はルルーシュ皇子を後ろ手に縛り上げていた。
「スザク!僕の事より、すぐに…異母兄上に…。それに、こいつらは、絶対に僕を殺さない!いや、殺せない!」
「ルルーシュ!」
その場で立ちつくしている枢木卿にルルーシュ皇子は必死に叫んだ。
「これは命令だ!ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの名において、枢木スザクに命ずる!すぐに、異母兄上に連絡をとり、そして…僕を助けに来い!」
その一言を残し、ルルーシュは男たちに連れて行かれた。
その場に枢木卿と彼を取り囲んでいた男たちが残される。
「お前に、メッセンジャーになって貰っても困るんでな…」
「悪いが、死んで貰うぞ…」
そう言って一斉に襲いかかってきた。
「お前らにやられるような力量で…ルルーシュの騎士になんてなれないんだよ…」
口の中で低く呟き、枢木卿が襲いかかって来た男たちを粉砕した。
「枢木卿!」
異変を察知した護衛たちがやっと到着したらしい…。
「殿下が…連れ去られた…。相手は、調査書に会った連中に間違いない…。すぐに、シュナイゼル宰相閣下に連絡を…」
「イエス、マイ・ロード」
「そして、お前、俺と一緒に来い!アジトは解っているんだろう?」
「は…はい…」
「なら…殿下を…ルルーシュを救出に行く…」
怒りを湛えた枢木卿の目に護衛たちがひるんだ。
「し…しかし…」
「俺はルルーシュ殿下の騎士だ…。シュナイゼル宰相閣下の部下ではない!」
そう一言吐き捨てて、上着を脱ぎ捨てて走り出した…
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