ルルーシュ皇子


 ここはブリタニア帝国。
そして、ここにいるのはブリタニア帝国第11皇子、第17位皇位継承者、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア皇子…。
その傍らでルルーシュ皇子の仕事を見守っているのが、ルルーシュ皇子の専属騎士である枢木スザク卿。
ルルーシュ皇子とは同じ年で、たまたま、ルルーシュ皇子のお眼鏡にかなった稀有な、とても人当たりが良く、優秀な人物である。
ルルーシュ皇子は、頭が良く、要領もいいのだけれど、運動がどうも苦手で、普段から『運動不足になっちゃいますよ…』と枢木卿に叱られてはいるのだけれど、何かと仕事を理由に、運動不足解消の努力はしていない。
もう少し、護身術くらい身につけて貰わないと、いくら体力馬鹿、体力大魔王、体力と運動神経に自信のある枢木卿でも、大変である。
「殿下…」
「……」
枢木卿がいつものようにルルーシュ皇子の事を呼んでみるけれど、ルルーシュ皇子は書類から目を離す事もなく、そして、枢木卿に返事を返す事もしない。
また、いつもの我が儘が始まったようだ。

 もともと、ルルーシュ皇子と枢木卿の出会いと云うのは、ブリタニアに留学していた枢木卿を街で見かけたルルーシュ皇子が一目惚れ…じゃなくて、一目見て気に入ったと云う。
その時、ルルーシュ皇子は、母君の側近であり、ルルーシュ皇子の教育係であったジェレミア卿と一緒に、市民の生活の視察をしに、王宮近くの町に出ていた。
お忍びの視察なので、自然体の市民の生活を垣間見る事が出来る。
しかし、皇子殿下と云う事は伏せられているので、当然と言えば、当然だが、世間知らずな皇子は危険な目にも遭う。
そして、皇子の悪戯心でジャレミア卿を撒いて、一人で街中を歩いている時、一応、一般市民の恰好をしていたのだけれど、もともと、皇子の気品と云うものが備わっているうえに、女の子とよく間違われてしまうようなかわいらしい顔をしていた為に、何も知らないちょっと不良さん達に絡まれてしまった。
その時、たまたま通りかかった枢木卿に助けられたという、妄想の世界であれば、絶対に使い古されている様な、でも、ネタとしては腐っていないような状況に陥った。
『君、大丈夫?』
見た感じ、ブリタニア人ではなさそうだった、
アジア系の民族だろうか…ルルーシュ皇子はその時に思った。
そして、『なんて綺麗な目をしているのだろう…』とその少年の瞳にすっかり魅入られてしまった。
『あ…助けて貰って感謝する…。お前…名は?』
皇子である事を隠してのお忍びでの外出と云う事をすっかり忘れて、しっかり皇子様の口調でその少年に話しかけたルルーシュ皇子…。
母君からも一般市民との話し方は教わってきたのに…。
何でも一度聞けば覚えられるルルーシュ皇子の頭から、そんな母君の教えが吹っ飛んでいた。

 そんなルルーシュ皇子にその少年は、むっとした表情を見せた。
ルルーシュ皇子はその時、はっとして、自分の間違いに気付いたのだが、後の祭りだった。
こんな失態をした事がなく、どうしようもなく動揺する。
『なんだよ…お前…随分偉そうだな…』
『あ…えっと…その…』
ルルーシュ皇子はその時、おろおろしてしまって、どうしていいか解らなくなっていた。
失敗そのものをした事があまりなく、そして、失敗したとしても、いつも、周囲にいる大人たちがフォローしてくれていて…人に対して謝る事など殆どなかった。
相手が起こっているらしいと察してはいるが、どうしたらいいか解らない。
『で…殿下…』
後ろからジェレミア卿の声がした。
『あ、しまった…』
更にルルーシュ皇子が困ったような顔をしたので、その少年が、きょとんとしていたが、後ろから目の前にいる女の子みたいな少年に声をかけた男が物凄い形相で走ってくる。
そして、思わずルルーシュ皇子の手を掴んで走り出す。
『来い!』
そう云うが早いか、ルルーシュ皇子はその少年に手を引かれて走り出す。
その少年に手を引っ張られて走るルルーシュ皇子は…なんだかとても楽しい気持ちでいた。
初めて経験する…こんな追いかけっこ…。

 そして、10分ほど走り続けただろうか?
普段あまり走ると云う事をした事のないルルーシュ皇子が声も出ないほど息を切らせていた。
『お前…体力ないんだな…。見た目だけじゃなくて中身も女の子みたいだな…』
『はぁ…はぁ…う…うるさい…』
息を整えながら必死に言葉を紡ぎ出すが、こんなには知った事など、ルルーシュ皇子の記憶の中に殆どない。
膝に手をあてて下を向いて息を切らせているルルーシュ皇子を見て、その少年はちょっと呆れて言葉を発した。
暫くその少年はルルーシュ皇子に対して何を云うでもなく…ただ、ルルーシュ皇子の息が整うのを待っていた。
『少しは落ち着いたか?』
そう言いながらその少年はルルーシュ皇子に手を差し出した。
『あ…ああ…。ありがとう…』
そう言いながら、ルルーシュ皇子はその少年の手を取った。
『なんだ…普通に喋れるんじゃないか…。さっきのあの態度じゃなくて、そう云う風にしていれば、誰にでも好かれると思うぞ…。お前、見た目もかわいいし…』
『な…僕は男だ!かわいいなんて言われたって嬉しくはない…』
ぷいっと横に顔を向ける。
『なんだ…コンプレックスだったのか…ごめん、ごめん…』
これまで、ルルーシュ皇子に対してこんな風に話しかけてくれた者はいなかった。
皇子と云う立場だから仕方ないと言えばその通りなのだが…。
『なぁ、お前、名前は?』
『ルルーシュ…』
ぼけーっとしながらつい、本当の名前を云ってしまった。
お忍びで出てきた筈の街で市民に名前を云ってしまった。
『へぇ…綺麗な名前だな…。俺は枢木スザク…日本からブリタニアに留学しに来たんだ…』
『留学?』
『ああ、親父にもっといろんな世界を見て来いって…。もうすぐ、帰国なんだけどさ…。こんなことなら、もうちょっと早くルルーシュに会っておきたかったな…』
『…何故…そう思う?』
『だって…お前、凄く綺麗だし、それに、ちょっとの時間だけだったけど、凄く面白かったしな…』
枢木スザクと名乗ったその少年は太陽のような笑顔をルルーシュに向けた。

『……の方が…ずっと綺麗だ…』
 ルルーシュ皇子は俯きながらスザク少年に言った。
『え?』
『君の…その真っ直ぐな瞳の方が…ずっと綺麗だ…。』
なんだかよく解らないけれど、ルルーシュ皇子は泣きそうになっていた。
『お…おい…なんで、そんな泣きそうになっているんだよ…』
スザク少年は、ルルーシュ皇子のその様子に驚いて、おろおろし始める。
『スザク…君は…いつまでブリタニアにいるんだ?』
『来月の今頃は日本に帰るんだ…』
『え?』
こんな風に話をしてくれた人は初めてだった。
皇子だと云う事を知らないからかも知れないが…。
でも、スザク少年はもうすぐ日本に代えると云う…。
これまで、皇族の権力を使って何かを手に入れた事などなかった。
でも、このスザク少年は、今まで使った事のない権力を使ってでも、日本に返したくない…そう思った。
『殿下…やっと見つけました…』
後ろからジェレミア卿の声がする。
『まったく…あなた様はもう少し、ブリタニアの皇子と云う…』
『わぁ…ジェレミア…』
スザク少年に、皇族である事を知られたくなかった。
その時、ルルーシュ皇子はそんな風に思っていた。

『殿下?皇子?』
『あ…あの…その…』
 ルルーシュ皇子は困ったような顔で、切なそうな顔で、スザク少年の顔を見た。
『殿下?』
ジェレミア卿のとどめの一言だった…。
その場にいるのが辛くなり、ルルーシュはカタカタ震え出した。
『ご…ごめん…スザク…。今日はありがとう…楽しかった…』
その一言を残し、ルルーシュ皇子はその場を走り出した。
知られてしまった…。
ほんの短い時間だったけど…あんな新鮮な話し方をして、皇子と云う事を感じずに話す事が出来たのに…。
あのスザク少年も、ルルーシュ皇子がブリタニア帝国の皇子だと知れば、きっと態度が変わるに違いない…。
今までにもあんな風に接してくれた人はいた。
でも、それはルルーシュ皇子の事を何も知らない時間だけだった。
ルルーシュ皇子が皇子だと解ると、態度が一変した。
機嫌取りに必死になり、薄気味悪い猫なで声で話しかけてくる。
『また…僕は…』
皇子として生まれてきたかった訳ではない。
たまたま生まれた家がブリタニア皇家だっただけだ。
いつも、寂しくて、孤独で…ルルーシュ皇子は友達が欲しかった。

 とぼとぼ狭い路地を歩いていた。
周囲を見ると、どこにいるのかが解らなかった。
『しまった…』
一応、ジェレミア卿に直接つながる無線機は持っていたが、今のこの状況でジェレミア卿を呼びたくなかった。
闇雲に歩き出したが、その辺は、王宮育ちの皇子様…。
広い通りに出る事も出来ず、知らない人しか通らない狭い路地の中を彷徨い歩く。
泣きそうな気持を必死に抑えて、なんとか、広い道に出ようと歩くが、絡んだ糸を解こうとして、更に絡まっていくような感覚に襲われていた。
『ルルーシュ…』
後ろから…さっき聞いた声がした。
『え?』
振り返るとスザク少年が立っていた。
『ルルーシュ…道も解らないくせに、一人でどっかに行っちゃうなよ…』
さっきと変わらない態度のスザク少年が、ルルーシュ皇子に手を差し出した。
『……』
涙が出てきそうなのを必死で堪える。
『ルルーシュ…帰ろう…。ジェレミアさんだっけ?心配してたよ…』
『スザク!』
スザク少年の変わらない笑顔にほっとしたのか、スザクに抱きついてわんわん泣き出した。
『ル…ルルーシュ…』
そんなルルーシュに驚いてスザクは困った顔をするが、そんな子供みたいなルルーシュを見て、優しく笑う。
『ルルーシュ…大丈夫だよ…』
それが、彼らの出会いだった…。

 執務室で相変わらず、枢木卿の言葉を無視し続けていたルルーシュ皇子であったが…。
「ルルーシュ!」
枢木卿がやや声を荒げてルルーシュ皇子の名を呼んだ。
「なんだ?スザク?」
やっぱりか…と云う表情を隠さずに枢木卿がため息をついた。
「もう…なんで、君はそうやって、我が儘ばかり…」
「公の場では、ちゃんとしているが?」
「だからって…この間だって、プライベートだからって『殿下』って呼ばなかった時にジャレミア卿が入ってきて…その時にさんざん俺は怒られたんだぞ…」
「僕の騎士になったんだ…それも仕事の内だ…」
さらっとルルーシュ皇子が笑顔で返す。
枢木卿自身、ルルーシュ皇子のこの笑顔に何度騙されてきた事か…。
そんな事を思うが、どうしても枢木卿はルルーシュ皇子に厳しく接する事が出来ない。
「とにかく…そろそろ、お時間です。早くお出かけの準備を…」
そう言ってルルーシュ皇子を促す。
「わかったよ…じゃあ、下で待っていてくれ…」
そう言って、ルルーシュ皇子は出かける準備をする為に部屋を出て行った。
枢木卿はやれやれと言った表情で机の上の書類の整理を始めた。
「まぁ…惚れた弱みかな…」
と、ため息交じりに笑顔を作って、ルルーシュ皇子の後を追って部屋を後にした。

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