守りたい者2


 神聖ブリタニア帝国の第3皇女であるユーフェミアがルルーシュとスザクのクラスに転入してきて以来、ルルーシュの周囲は一気に賑やかになった。
大好きな異母姉であるナナリーがユーフェミアの転校に声をあげて喜んでいたのも束の間…。
いつもなら、ルルーシュとスザクが放課後まで一緒にいる事が多かった訳だが、ユーフェミアによって、ルルーシュが独占されている(ように、スザクの目には見えている)。
ユーフェミアはと言えば、ルルーシュと一緒にいようとすると、スザクがいつも割り込んできている(ように、ユーフェミアには見える)。
しかし、この状況に一番困り果てているのはルルーシュの方だ。
これまで、絶対に自分の正体がばれないように地味に、目立たないようにしてきたと云うのに、ユーフェミアが来た事によって、本人の意思に関係なく、ルルーシュは目立つ存在となってしまった。
ルルーシュが皇族である事がばれた訳ではないのだが…学園内では、突然のブリタニアの皇女様の転入に加え、同じクラスにいるルルーシュにかなりのご執心の様子だ。
それで、興味を持つなと言う方が無理な話である。
ルルーシュが皇族である事を知るのは、アッシュフォード学園の理事長とその孫娘である1学年上のミレイ=アッシュフォード、そして、スザクとユーフェミア、ナナリーそして、ルルーシュだ。
ルルーシュが皇族である事は絶対の極秘機密だ。
ルルーシュの母であるマリアンヌが謎の死を遂げている事もそうだが、ルルーシュはブリタニアにいた頃から利発な子供であると云う評判が立っていた。
と言うのも、第二皇子であるシュナイゼルが殊の外、ルルーシュを可愛がっており、チェスの相手などをすると、シュナイゼルが良く、ルルーシュを褒めていた事もある。
それ故に、ルルーシュの方は命を狙われる可能性が高い。
ルルーシュが殺されてしまったら、ナナリーが一人になってしまう。
ナナリーは目も足も不自由で、一人で生きていくなど、出来ない…ルルーシュはそんな風に思っており、とにかく、ルルーシュは暗殺を恐れていた。
故に、ユーフェミアの出現によって、ルルーシュはとても目立つ存在となった事にあまりいい顔を出来ないのは当たり前のことである。
本当は、ユーフェミアの騎士であるスザクを傍に置いておくのだって、危険な事である。 それでも、スザクは
『僕が絶対にルルーシュを守るから…』
と、絶対に傍を離れようとしないのだ。
その度にルルーシュは思う。
―――スザクはユーフェミアの騎士のくせに…
と…。
それでも、スザクは学校にいるときはルルーシュの傍を離れない。

 ルルーシュはスザクとユーフェミアの約束事を知らないから首を傾げる。
「ユフィ…いつもスザクが俺の傍にいるけれど…いいのか?スザクはユフィの騎士だろう?しかも、どうせ、異母姉上の反対を押し切って、スザクを騎士にしたんだろ?」
昼休み、ルルーシュはユーフェミアに尋ねる。
「あら…。スザクは私の騎士ですけれど…でも、私には他にもたくさんのSPがいますから…。心配はいりません…。ありがとう…ルルーシュ…私の事を心配してくれて…」
ユーフェミアは心底嬉しそうな笑顔をルルーシュに向けた。
今のルルーシュの立場では騎士どころか、SPをつける事も困難だ。
スザクは昔からルルーシュと仲がいいし、元々、エリア11の出身者でナンバーズだ。
だから、ユーフェミアの騎士にする時には、ユーフェミアの姉であるコーネリアにはひどく反対された。
しかし、ユーフェミアがエリア11におり、そして、ルルーシュを見つけた時、ユーフェミアはスザクを強引に自分の騎士に据えたのだ。
コーネリアには、
『私にはいくらでもSPをつける事が出来ます。しかし、ルルーシュとナナリーは…』
言葉を濁しながらユーフェミアはコーネリアに訴えた。
『でも、枢木スザクでしたら、ルルーシュと仲がいいと云いますし、一緒にいても不自然ではありません。彼には私の警護と言うよりも、ルルーシュとナナリーの敬語をお願いしているのです。あの二人には…騎士をつける事も、SPをつける事も叶いませんから…』
その言葉にコーネリアは納得していた。
ユーフェミアがルルーシュを好きである事は知っていたし、コーネリアとしても、ルルーシュとナナリーはかわいい異母弟妹だ。
『解った…。ユフィ…お前にはきちんと、私の軍からグラストンナイツをつけてやる。お前が傍に行って、時が来るまで、ルルーシュを守ってやってくれ…』
そういって、コーネリアはスザクをユーフェミアの騎士とすることを認めてくれたのだ。
コーネリアとしても、一刻も早く、ルルーシュ、ナナリーを取り戻したいし、顔を見たいと思っている。
今は、まだ叶わない事であるが、いずれ、ルルーシュもナナリーもブリタニアに帰って来る事になる。
恐らくは、ルルーシュにとって、辛い環境になる事は間違いないのだが…。
ただ、スザクをユーフェミアの騎士にしておけば…スザクもルルーシュと共にブリタニアへ来る事が出来る…。
正直、ユーフェミアとしては面白くないのだが、ルルーシュがスザクを信用していると云うのなら…一緒にいさせた方がいいとも思う。

 ユーフェミアはいつもの様に、『ルルーシュ!大好きです!』オーラを全開にして、にこにことルルーシュに近寄って来る。
しかし、ルルーシュは筋金入りの鈍感…。
かつて、スザクがルルーシュにキスした時ですら、言葉にしなかったが故に、
『スザク…俺にこんな事をして…お前の彼女にでもばれたら大変だぞ?』
などと、真剣に言われてしまった。
どうやら、天は、ルルーシュには、『色恋沙汰』に対するアンテナを与えてはくれなかったらしい。
ユーフェミアが聞いたら、大笑いしそうな話である。
しかし、ユーフェミアもこれだけ、『ルルーシュ!大好きです!』オーラを全開にしていても、当のルルーシュが気付いてくれないので、スザクの事は笑えない。
休み時間、ユーフェミアが珍しく一人で屋上に来て、地団太を踏んだ。
「ルルーシュったら…なんで私の気持ちに気づいて下さらないんでしょう…。と言うか、昔、私とした約束まで…忘れてしまっていたなんて…」
そんな事を呟きながら、ちょっと、涙が出てきてしまう。
ユーフェミアもルルーシュの異母妹だけあって、肝心な部分は意地っ張りで、素直になれない。
昔から、ルルーシュの事が大好きで…。
ルルーシュの母がルルーシュとナナリーを連れて、ブリタニア宮殿を出て行ってしまった時には、泣きに泣いて、コーネリアを困らせた。
コーネリアは事情を知っていただけに、その時のユーフェミアを宥める事くらいしか出来なかった。
そして、エリア11からの訃報…。
ルルーシュとナナリーの母が何者かによって殺されたという報せ…。
この知らせで、二人はブリタニアに帰って来るかも知れないと、ユーフェミアは不謹慎と思いつつ、彼らの帰りを期待した。
しかし、ブリタニアの関係者が犯人であるかも知れないという事実は、ユーフェミアに更なる絶望と失望を与えた。
ユーフェミアにしてみれば、大好きな異母兄と異母妹にまた会える…それだけが望みだったと云うのに…。
結局、彼らはエリア11にいるアッシュフォード家に匿われる事になった。
ブリタニアの王宮に戻ってきたら、あんな幼い子供たちでは、後見を持たない身では、さっさと闇に葬り去られてしまうだけだから…。
コーネリアにそう説明されても、ユーフェミアは絶望を隠す事が出来なかった。

 で、落ち込んでいるばかりいる事は性分ではない…そう思った時に、ユーフェミアは行動に移した。
コーネリアにはユーフェミアが何かを思いつくたびに、いろいろ頼んでみるが、コーネリアは絶対に首を縦には振らなかった。
確かに、コーネリアがユーフェミアを大事にしてくれている事はユーフェミア自身も良く解っている。
だけど、ユーフェミアとしては、時間が経つとともに、ルルーシュに会いたいと云うその気持ちが募るばかりだった。
そして、その頃、かつての日本と呼ばれていた頃の最後の首相…枢木ゲンブの息子がブリタニアに訪れていた。
確か、かつて、ルルーシュからの手紙に彼の事が書かれていた。
『大切な友達が出来た…』
と…。
ユーフェミアがスザクを騎士にした理由は簡単…。
かつての首相の息子であれば、ルルーシュを探す事に協力してくれるかもしれないし、ルルーシュが彼を大切な友達だと手紙に書いていたのだ。
だとしたら、ユーフェミアの望みを叶えてくれる救世主になってくれるかも知れないと云う思いが心に過り、今度は、コーネリアを何とか言いくるめて、枢木スザクを半ば強引に自分の騎士にした。
スザクは最初、『自分には守りたい人がいるから…』とユーフェミアには断りの返事を持ってきたのだ。
その、『守りたい相手』がルルーシュであると解った時、ユーフェミアはスザクに交換条件を出した。
いずれ、自分はエリア11へ行く。
その時にはスザクも同行して、ルルーシュを守って欲しい。
その代わり、ユーフェミアは持てる皇族としての権力を全て使ってルルーシュとナナリーを守れる体制を作る。
そして、ルルーシュとナナリーの傍にはスザクがいつもいる事…
ルルーシュとナナリーの事に関する報告は必ずユーフェミアにする事…
そのような条件でスザクをユーフェミアの専属騎士に据えたのだ。
スザクはこんな強引な取引に素直に首を縦に振った。
ユーフェミアが不思議そうな顔をしていると、
「自分は…ルルーシュの事が好きですから…」
と、あっさりと(ユーフェミアにとっては)ライバル宣言をしてくれたのだ。
ルルーシュに会いたくて、ルルーシュを守りたいユーフェミアにとって、最悪で、最高の騎士が、誕生したのだ。
ルルーシュを守りたい…その心が一緒であれば、こんな、男である恋敵など、ユーフェミアの敵ではない!そんな風に思っていた。

 そして、エリア11に来た時にユーフェミアが云ったスザクへの言葉…。
「スザク!あなたは私を守らなくてもいいです!私にはもっと優秀なSPがついています。しかし、あなたなら、ルルーシュを守ってくれるでしょう?だから、私からあなたに対する命令はたった一つです!」
ユーフェミアは勇ましいばかりに仁王立ちして、スザクの前に立った。
スザクはそんな勇ましいお姫様を呆然と見ている。
「スザク、あなたのお仕事は…ルルーシュとナナリーを守る事!アッシュフォード学園に通っているのでしょう?」
ユーフェミアは既に知っている情報をわざわざ疑問符をつけて言葉にした。
スザクはその言葉に素直に頷いた。
「はい…。同級生です…」
その言葉にユーフェミアはニッコリ笑ってスザクに言葉を続けた。
「ならば…その命に代えてもルルーシュとナナリーを守りなさい!今のルルーシュ達は…SPどころか、自身の専属騎士を持てない立場です。それでも、彼らの命を狙っている人たちがいるのです…。だから…私からあなたへの命令はたった一つ…ルルーシュとナナリーを守る事があなたの最優先事項であると…心得て下さい…」
そう云って、ユーフェミアは頭を下げた。
もう、5年ほど前の話だ。
その時には正式な叙任式は行われなかった。
一応、ユーフェミアの騎士である騎士章は手にしていたが…。
でも、変に公にして、ルルーシュの傍にいると、危険が及ぶ…そう思ったからだ。
その時、ユーフェミアは絶対にルルーシュを守りたかった。
幼いながら、あの日にルルーシュと交わした約束が…忘れられなくて…。
ユーフェミアはルルーシュが大好きなのだ。
異母兄としてではなく…多分…恋心を抱く相手として…。

 ユーフェミアはかつての無茶苦茶にルルーシュの為に動いていた自分を思い出す。
あの頃は…こうしてルルーシュと顔を合わせる事も許されなかった。
でも、今は、近くにいるのに『ルルーシュは全然気がついてくれない…』なんて泣き言を言っている。
そんな事、望む事も出来なかった筈なのに…。
でも、今はそれが現実で…。
ルルーシュはユーフェミアの傍にいてくれて…。
コーネリアやシュナイゼルに目一杯の我儘を云った自覚はある。
それでも、大切な存在があると云う事は、人を我儘にするものなのだ。
ユーフェミアは精一杯伸びをした。
そしてその後で…
「ルルーシュ…絶対にルルーシュをスザクから取り返して見せますからね!覚悟していてくださいね…」
そう、空に向かって呟くのだった。

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