守りたい者


 ここは、アッシュフォード学園…。
ルルーシュやナナリー、スザクが通う学校である。
いつもの様に、朝のホームルームの時間を迎えている。
担任が入ってきて、出欠を取った後、時期的には珍しい、転校生の紹介があった。
その転校生に…ルルーシュは顔色を変え、スザクは驚きの表情を隠せない。
と云うのも…その転校生は…
「ユーフェミア=リ=ブリタニアです。皆さん、どうぞ宜しくお願い致します…」
そう、深々と頭を下げている。
そして、担任は無情にも、ユーフェミアに、
「それでは…皇女殿下…ルルーシュの隣の席へ…。ルルーシュ!手をあげて…」
ルルーシュが皇族である事は、ここではアッシュフォード家の人間とスザクしか知らない。
そこにもう一人、秘密を知る者が増えた事になる。
「はい…」
浮かない顔をしてルルーシュは右手を上げた。
そして、ユーフェミアはそんなルルーシュを見て、嬉しそうな…本当に幸せそうな顔で駆け寄ってきた。
「ルルーシュ!会いたかったです!」
皇女殿下に礼を払おうと立ち上がったルルーシュにユーフェミアが抱きついてきたのだ。
ルルーシュは頭が真っ白になり、スザクは驚愕と怒りの入り混じった表情をして、他は…担任も含めて呆然とその姿を見つめているのだった。
そして、ルルーシュは抱きついてきたユーフェミアの耳元で小声で話しかける。
「ユフィ…ここでは、俺は『ルルーシュ=ランペルージ』だ!それに、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』は死んだ事になっている…。ユフィもそれは知っているだろう?」
恐らく誰にも気づかれない程度の声で話していると言うのにユーフェミアはその事を知っていてワザとスルーしているのか、本当に気付かないのか…その辺は計り兼ねるが…普通に笑顔でルルーシュに向かって話してくる。
「何を言っているの?ルルーシュはルルーシュでしょ?私…ずっと会いたかったのよ?ねぇ、ルルーシュ…私との約束…覚えている?」
無邪気なお姫様にルルーシュは頭を抱えてしまう。
さっきから、視界の端っこに突き刺さってくるスザクの視線も痛い…。
こんな時くらい役に立て!このぼんくら教師!と、頭の中で自分の担任に文句を言ってみるが、相手も超能力者ではないのでそんなルルーシュの考えなど解る筈もなく…。
仕方なく、ルルーシュが口を開いて、その場を収めようとした。 「ユーフェミア皇女殿下…これから授業ですので…。とにかく、席に着いてください。他の生徒たちも驚いていますから…」
ルルーシュのそんな言葉にユーフェミアはちょっとムッとして、悲しそうな顔をしたが…ここは、学校である事を思い出して、ルルーシュの云う事に素直に従った。

 午前中の授業の休み時間には、ユーフェミアの席の周りにはクラスメートが集まってきている。
ルルーシュはユーフェミアに色々聞きたい事もあったが、事情が事情だけに、教室で聞く訳にも行かず、昼休みまで待つ事にした。
それに、ユーフェミアの騎士であり、ルルーシュの恋人であるスザクが何だか…さっきから、怪しげなオーラを隠しきれずに醸し出している。
朝のやり取りで、ユーフェミアとルルーシュの関係を尋ねられてはいるが、流石にユーフェミアも皇族と云う事だけあって、笑って誤魔化してくれている。
ルルーシュは自分の身分を隠してアッシュフォード学園に来ている。
ユーフェミアは自分がブリタニアの皇族である事を公表してきている。
アッシュフォード学園側としても、このややこしい状況に頭を抱えているだろうが、ブリタニア皇族が相手ではそう無碍にも出来なかったのだろう。
そして、授業中、ユーフェミアに小さなメモを渡した。
―――昼休みに屋上で…
と…。
短い一言が書かれたメモにユーフェミアはニコッと笑って、頷いた。
そして、昼休みになった時、ルルーシュはスザクに対して、自分の襟元を引っ張った。
昔、二人で決めたサイン…
―――屋根裏で話そう…
そのサインにスザクは頷いて、ルルーシュとユーフェミアが教室を出たのを確認してから、屋上へと向かった。
この唐突な行動を取ってくれる主にも困ったものだ…スザクは午前中の授業は殆どみが入っておらず、殆どノートも取れていない。
しかし、そんな事を考えている時間もない…。
―――後でルルーシュにノートを借りるか…
そんな事を考えながら、自分の主の考えている事がつかめないまま、自分の昼食を持って屋上へと足を向けた。
屋上に着くと…ルルーシュとユーフェミアが何やら話していた。
その姿にスザクはちょっと妬けてしまうのだが…いくら長い事母国を離れていたとはいえ、ルルーシュにとっては大切な異母妹である。
スザクは自分のそんな複雑な気持ちを払拭しようと大きく深呼吸をして、二人のもとへと歩いていく。

 スザクが二人に近づいていくと、ルルーシュがスザクに気がついた。
「スザク…これはどういう事だ?」
ルルーシュがやや怒ったようにスザクに尋ねた。
そこにユーフェミアが割って入る。
「ルルーシュ…スザクは悪くないの…。私が…ルルーシュに会いたくて…ルルーシュと一緒にいたくて…」
そう云いながらルルーシュの胸に手を添えてルルーシュを止めようとしている。
そんなユーフェミアを見て、ルルーシュはやれやれと言った表情でため息をついた。
「ルルーシュ…本当に僕も知らなかったんだ…。ユーフェミア殿下が突然行動を起こす事を知っていたから…僕も気づかなかったのは間抜けだったけれど…」
スザクの表情を見るとそれは本当だろうし、ルルーシュもユーフェミアの性格はよく知っている。
「だって…ルルーシュ…ルルーシュだって悪いのよ?私をお嫁さんにしてくれるって約束してくれたのに…エリア11に来てから、ちっとも連絡下さらないんですもの…。だから…お姉様とシュナイゼル異母兄さまにお願いして…」
その一言にルルーシュは全身の力が抜けてがくっとその場に崩れ落ちた。
―――コーネリア異母姉上…どこまでユフィに弱いんだ…
そう思いながら泣きたくなった。
ユーフェミアを日本に送るにしてもルルーシュ達と同じ学校に入れる事もないだろうに…。
本当なら、ユーフェミアは今頃、トウキョウ租界の政庁にいる筈だ。
「お…お嫁さんって…?」
スザクがこめかみをひくひくさせながらルルーシュに尋ねる。
「昔の話だ…。第一、俺とユフィは半分だけとはいえ、血がつながった兄妹だぞ…」
「ええ?ルルーシュ…私は…ルルーシュのお嫁さんになる為に…エリア11まで来たのに…」
涙ぐみながらユーフェミアがルルーシュを見つめている。
そのユーフェミアの表情に、ルルーシュがうっとたじろぐ。
その言葉にスザクがさらに怪しげなオーラを醸し出している。
「ルルーシュ?これは一体どういう事?これは、僕がユーフェミア皇女殿下の騎士になった事に対するあてつけ?」
真っ黒な笑顔でルルーシュに尋ねてくるスザク…。
ルルーシュはこの時、思った…。
―――こう云うのを…四面楚歌…と云うんだろうな…
そう思いながら、背中に冷たい汗をかいていた。
この先…このじゃじゃ馬な異母妹が、この学園に来る事になるのか…と思うと…ルルーシュとしては頭の痛いタネが増える事になる。

 その日の放課後…帰りの準備をしていると、人影の少なくなった教室でユーフェミアが声をかけてきた。
「ルルーシュ!」
そう云って、ルルーシュの腕に抱きついてきた。
「ユーフェミア皇女殿下…お戯れを…」
ルルーシュは今は、皇族と云う身分を隠しているので、そこは礼を払う。
「一緒に帰りましょう?」
そこまで言うと、ユーフェミアの騎士であるスザクが割って入る。
「殿下…今日はすぐに政庁へお戻りください…。自分が、お送りしますので…」
「まぁ…スザク…また私とルルーシュの間を邪魔する気ですの?許せませんわ!」
この台詞にはスザクも困ってしまう。
今日は、ユーフェミアをさっさと連れて帰って来いとの、上からの強い命令があったのだ。
「ユーフェミア皇女殿下…明日も俺は学校へ来ますから…。その時にお話ししましょう…」
そう云って、計算づくの100万ドルの笑顔を見せる。
「そ…そうですか…。解りました…。でも、ルルーシュ…」
少しさみしげな表情でユーフェミアがルルーシュを見た。
「今、あなたが身分を隠している事は知っています。事情も知っています。でも…私がここに送られてきたと言う事は…どういう事か…解っているのでしょう?」
ルルーシュはユーフェミアにそう云われて、ビクッと肩を震わせた。
恐らく…ルルーシュはもうすぐ…
「私は…早く帰ってきて欲しいですわ…。それは、シュナイゼル異母兄さまもクロヴィス異母兄さまも、もちろん、お姉さまも…それを望んでいますわ…」
ルルーシュはその言葉をぎゅっと噛み締めた。
自分の…子供の時間が終わる時…それが近付いてきているのだ。
かつて、幼いころにルルーシュの母親はブリタニア皇帝に見初められ、ルルーシュとナナリーを生んだ。
しかし、ルルーシュの母は庶民の出で魑魅魍魎の住まうブリタニア宮殿の生活に耐えきれず、そして、愛する我が子の身の安全を案じて、このエリア11に逃れた。
今名乗っている自分の名前は偽りの名前…。
「解っている…ユフィ…」
ルルーシュは小さく呟いた。
その姿にユーフェミアもスザクも、何となく切なそうに見つめている。
ルルーシュの母はエリア11に渡って、女手一つで二人を育ててきたが、ブリタニア皇族の何者かに襲われ…この世から去っていた。
警察はある程度まで調べがつくと、あと一歩のところで操作が中止された。
ルルーシュはその時に一番真っ先に疑ったのが神聖ブリタニア帝国…だった…。
ユーフェミアもずっとその事を心配し続けていた。
ユーフェミア自身、ルルーシュに対しては特別な感情を抱いている。
スザクを自分の騎士にしたのも、ルルーシュの事をよく知る人物だったから…。
「また…明日お会いしましょう…ルルーシュ…」
ユーフェミアが優しく言葉を口にした。
その言葉にルルーシュは複雑な笑みを浮かべてこう云った。
「イエス、ユア・ハイネス…」

 スザクはユーフェミアと並んで歩いていた。
これがスザクの仕事である。
ユーフェミアの騎士…。
スザクとしては複雑な思いではあったが、この二人の間にはある約束が交わされている。
スザクはユーフェミアにルルーシュの情報を伝える事…
ユーフェミアは彼女の身分を使ってルルーシュとナナリーの身の安全を確保する事…
二人とも、ルルーシュとナナリーを心配していた。
特にルルーシュに対しては、この二人は恋敵の様な存在である。
「ねぇ…スザク…。ルルーシュは…ちゃんと笑っている?」
ユーフェミアがスザクに話を切り出した。
「色々思うところはあるようですよ…。過去が過去ですから…。でも、これまでは…自分が何とか守ってきました…。これで、殿下もルルーシュを守る為に動いて下されば…自分も安心できます…」
スザクはルルーシュの過去を知る数少ない人間の一人…。
ユーフェミアが持つ、ルルーシュに対する感情を知っているし、ユーフェミアもルルーシュとスザクの関係を知っていた。
「私は…スザクの為に皇族の権限を使う訳ではありません!あくまで、ルルーシュの為に…。それに…ルルーシュがブリタニアに連れ戻されたら…」
マリアンヌ皇妃の長子…それだけで理由は十分だった。
宮殿内の権力争いに巻き込まれる。
それに…マリアンヌ皇妃に似て、幼い頃から利発であった印象が強い。
その事を覚えている者であれば、ルルーシュがブリタニア宮殿に戻ってきた際…彼をどうするか…何故、マリアンヌ皇妃がわざわざ二人の子供を連れて、宮殿を離れたのか…その理由を知る二人には、気が重い話である。
「そうなれば…自分は殿下の命令通り、自分もブリタニアへ行って、自分がルルーシュを守りますよ…。自分はその為に殿下の騎士になったのですから…」
「まぁ…自分の主を差し置いて…。私も人の事は言えませんわね…。スザク…どうか、ルルーシュを頼みます…。あ、でも、ルルーシュのお嫁さんになるのは私ですからね…。これだけは絶対に譲れませんわよ?」
そう云って、スザクに宣戦布告した。
スザクも望むところ…とばかりにユーフェミアに笑って見せる。
「自分も引くつもりはありませんから…。その相手が皇族の姫君であっても…」
この先訪れるであろう、ルルーシュの過酷な運命の助けになれば…二人は恋敵であり、同じ目的を持つ同士…。
それ故に、絶対にルルーシュを守ろうと思うし、絶対に目の前の相手にルルーシュは渡せないと思うし…。
生真面目なスザクとしては、最初のうちは複雑な思いではあったが、最近では、こう云う主従関係も悪くない…そう思い始めていた。

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