そして、ナナリーのパレードの日が来た。
コーネリアを含めた護衛達が周囲のビルに潜んでいる。
改めてナイトオブワンになったスザクは、パレードを見守る衛兵紛れ込んだ。
ナイトオブツーとなったカレンと、引き続き、ナイトオブスリーの名を受けたジノがルルーシュとナナリーが対峙するであろう中間点を見下ろせるビルの中にいた。
そして、周囲を警戒する。
これだけの人ごみの中…扇たちがどのように動いてくるか解らない。
ルルーシュも、スザクも、カレンも、ジノも…ナナリー一人が『悪の名』を背負って死んでいったところで…その為に誰かを英雄にしたところで、世界は平和になどならないと、気づかされている。
ルルーシュとスザクの考えた『ゼロレクイエム』もナナリーのやろうとしている事と同じだった。
そして、ナナリーに拘束され、逃走を見逃され、コーネリア達と合流し、黒の騎士団の一部が、再びテロリストとして、ナナリーを暗殺しようとしている事を知って、自分たちの立てたプランの愚かさを思い知った。
だからこそ、ナナリーを何としても止めたかった。
「ナナリー…」
ルルーシュは久しぶりの『ゼロ』の衣装に腕を通しながら、思わず呟いた。
元々、ナナリーの為に『ゼロ』の仮面を被った。
しかし、これまでルルーシュが出来た事など何もなかった。
結局、大切な者を失って行っただけだった。
だからこそ思う…。
―――ナナリーだけは…絶対に失わない…絶対に…
と…。
『ゼロ』の仮面を被り、準備が整う。
無線機を取り出し、コーネリアに連絡を取る。
「準備が出来ました…異母姉上…」
『そうか…こちらもこれからパレードが始まる…。タイミングはこちらから指示する。すぐに出られるようにしておけ…』
「解りました…」
ずっと、敵として戦ってきた異母姉…
自分の力となった時にこれほど心強い相手だったと、ルルーシュは今になって初めて知る。
コーネリアの気持ちは…恐らく複雑だろう。
ただ、コーネリア自身、同じ事を繰り返せば、同じ結果を生み出す…そんな事をルルーシュに言った。
同じ過ちを犯さない為に…ルルーシュは再び、『ゼロ』の仮面を被る…
ルルーシュはその場で、何かを祈るような思いで目を閉じた。
『時間だ!』
コーネリアからの通信が入り、ルルーシュは大きく深呼吸をして、パレードが行われているメインストリートへと向かう。
そして、ナナリーの乗るパレードカーの前に『ゼロ』の姿をしたルルーシュが立ちはだかった。
「我が妹、ナナリー=ヴィ=ブリタニア…」
ルルーシュはそこで妹の名を呼び掛けて、パレードの動きを止めた。
『ゼロ』の姿でそう云い放たれ、周囲は騒然とする。
死んだはずの『ゼロ』がいきなり現れ、そして、パレードカーに乗っている相手に、『我が妹』などと云っているのだ。
『ゼロ』とは、これまで、ブリタニアに対して敵対行動をとり、ブリタニア軍を苦しめてきた黒の騎士団のリーダーだ。
それが、現皇帝の兄であると名乗っているのだ。
民衆が驚くのも無理はない…。
辺りは騒然とする。
しかし、二人はその場を微動だにしない。
「あなたは何者です?私の兄は、私との戦いに敗れ、牢の中で息を引き取りました…」
そう云ってナナリーはキッとゼロの姿をしている兄を睨む。
そして、衛兵に命じて、『ゼロ』の仮面を壊すように発砲させる。
『ゼロ』の仮面の下には…確かに、ナナリーの兄であるルルーシュの顔があった。
「どうやって…」
ナナリーは焦ったような声を発しているが、ルルーシュにはそれが本心ではないとすぐに察しがついた。
「私は『ゼロ』…。奇跡を起こす男だ!」
ルルーシュが仮面を外した状態でそう、声を上げた。
その言葉が真実であると知る扇たちはこのチャンスを逃さないとばかりに二人の照準を合わせている。
『ゼロ』を裏切り者としている蓬莱島から出て行った黒の騎士団メンバーたちが二人を狙って爆弾を投げつけ、『ゼロ』とナナリーのパレードカーの周囲を炎で囲んだ。
周囲の人々は混乱状態で逃げ惑っている。
そこまで言うと、扇たちの一斉射撃が始まった。
もちろん、『ゼロ』に扮したルルーシュと、ナナリーを狙ってのものだ。
扇たちは『ゼロ』の秘密を知っている。
それ故に、『ギアス』と云う人ならざる能力を極端に恐れている。
そして、ナナリーのこれまでの行為に対しても、憎悪を抱いている。
自分たちをコマ扱いした…『ゼロ』の妹…
そんな認識しかない。
やがて、扇たちの銃乱射も派手になってきて、ナナリーを取り囲んで守っている衛兵たちの数も減ってきた。
流石に、のんびり構えていられないと思い、皇帝としての顔になる。
「スザク!カレン!ジノ!」
「「「イエス、ユア・マジェスティ!」」」
ルルーシュがその場で大声で、自分のナイトオブラウンズ達を呼んだ。
3人の動きは超人的であった。
元々、名誉ブリタニア人でありながら、ランスロットのパイロットとして抜擢され、第98代皇帝のナイトオブセブンにまで上り詰めた枢木スザク。
女でありながら、黒の騎士団で紅蓮を駆り、『ゼロ』の親衛隊長として『ゼロ』の全幅の信頼を寄せられていた紅月カレン。
貴族出身ながら、その能力の高さを認められ、若くしてその実力で、ナイトオブスリーの座についたジノ=ヴァインベルグ。
この3人の護衛に敵う人間が今の黒の騎士団からのテロリストの中にはいない。
カレンとジノが周囲で発砲している連中を駆逐して行った。
スザクはナナリーの身柄を確保しようとパレードカーに飛び上がるが…
「ナナリー!」
スザクが血相を変えて、ナナリーの名前を呼んでいる。
スザクの様子にルルーシュも思わず顔色を変える。
「どうした?スザク!」
先ほどの射撃で一発、ナナリーの背中を撃ったらしい。
「ナナリー!」
ルルーシュは形振り構わず周囲が燃えているパレードカーに飛び乗った。
「ナナリー!しっかりしろ…」
ルルーシュが必死に妹の名を呼んだ。
「お兄…さ…ま…」
ナナリーがその一言だけ口にすると…ナナリーは静かに目を閉じた。
「ナナリー!」
ルルーシュがナナリーの身体を抱き締める。
スザクがナナリーの手首にそっと触れて、脈を見る。
「ルルーシュ…大丈夫…。生きているよ…。早く、混乱が収まる前に…」
そう云って、スザクはナナリーを抱き上げた。
ルルーシュもその場から立ち去った。
ナナリーは病院へ収容された。
背中に受けた銃弾の傷はちゃんと治ると診断された。
しかし、問題は精神の方だった。
これまで、自分の心を捻じ曲げながら傍若無人に振舞っていた。
元々そんなものを望むような子ではなかった。
しかし、ルルーシュとスザクの考えた『ゼロレクイエム』を開始した為に、ナナリーは全身全霊で二人を止めようとしていた。
そして、銃弾に傷つけられた。
それ以上に自分の心に銃弾を撃ち込み続けていたのだ。
こんな事にならないようにと…ナナリーを救い出そうと…そう思って、このパレードに赴いたというのに…。
結局、扇たちをはじめとするテロリストたちの銃弾に倒れた。
ルルーシュはもう、2日もそのままナナリーの傍に付き添ったままだった。
顔はやつれ、顔色が真っ青になっている。
「ルルーシュ…」
ナナリーの病室にカレンが入ってきた。
「……」
「あの…扇さんたちが…捕まったって…」
あの銃撃事件の後、いったんは逃走を許したのだが、ナナリーが演出した、フレイヤを止めようと叫んでいるルルーシュに対して、民衆の支持が集まったらしく、そのルルーシュに対して、銃口を向けた事によって、逆に、彼らは墓穴を掘ったと云う。
「そうか…。ナナリー…お前がやろうとした事…俺がやろうとした事…お前の策の方が一枚上を行っていたという事か…」
ルルーシュはやつれた顔でナナリーの寝顔を見ている。
「ルルーシュ…しっかりしなさいよ!あんたは今、『ゼロ』で『ブリタニア皇帝』でしょ?私が、日本人だという事を拘っているのを知りながら、ラウンズにしたのよ!きちんと、その分の責務は果たしなさいよ!」
カレンが、かつて、ルルーシュがナナリーが総督に就任した時にリフレインに逃げようとした時に見せた時と同じ表情を見せる。
「……」
ルルーシュはその言葉に何も答えられない。
結局、『ゼロレクイエム』は失敗に終わり、スザクとの約束も果たせない。
「そんな事じゃ、何の為にナナリーがあんたを人間に戻したか、解らないじゃない!私は、ブリタニアの捕虜だった時、ナナリーからあんたの話をいっぱい聞かされたわ!ナナリーの云っていたあんたは、『優しくて、強くて、約束を守ってくれる』って…そう云ってたわ!」
カレンは掴みかからんばかりにルルーシュに怒鳴りつけた。
「約束…結局…俺は…スザクとの約束も…。『ゼロレクイエム』失敗して…」
ただ、呟くようにぼそぼそとルルーシュが喋っている。
「『ゼロレクイエム』の終わりに…スザクの手で、ユーフェミアの仇である俺を…殺す…。それが…スザクとの…」
カレンはその一言にかっとなって、ルルーシュを無理やり立ち上がらせ、襟首をつかみながら、思い切りルルーシュの頬を張った。
「いい加減にしなさいよ!そんな事をして誰が喜ぶのよ!そうやって、あんたは逃げるつもりだったの?あんた一人が死んだって、世の中、何も変わりゃしないわよ!だったら、ナナリーの為に、立派な皇帝になって、あんたが理想とした、ナナリーが理想とした世界を作ればいいじゃない!スザクがルルーシュを殺そうとしたって、私が守ってあげるわよ!私は、『ゼロ』の親衛隊隊長、紅月カレンよ!」
「ナナリーの…理想とした世界…」
ルルーシュはカレンの言葉にそう呟いた。
程なくして、ルルーシュは再びブリタニア皇帝に即位した。
ダモクレスとブリタニア軍との戦争の戦後処理、ナナリーのパレードの時のテロ行為に対する対応、あの戦いで破壊された、ペンドラゴンや、日本の都市の復興…。
ルルーシュには目の回る忙しさだった。
そして、結局、あんなテロ騒ぎのお陰で、様々なところでテロ活動が頻発している。
結局、『優しい世界』にはまだまだ道のりは長い。
しかし、ルルーシュとナナリーの起こした戦争は、世界の何かを変える事になった。
ダモクレスに搭載されていたフレイヤは、ロイドたちの手によって、解体された。
現物がなくとも、ブリタニアにはそう云った技術があると、世界に誇示出来ればそれで、平和への布石になる。
平和である内は、作りもしないし、持つ事もしない。
ただ、必要とあらば、もう一度、同じものを作って、そのスイッチを押す覚悟があるとの意思表示だけで、今はそれでいい。
「ルルーシュ…」
「スザクか…S地区の暴動は治まったのか?」
「ああ…やっぱり、平和って、難しいんだな…」
スザクが苦笑して、ルルーシュに報告する。
あれから、二人は『ゼロレクイエム』の話をしなくなった。
しかし、ルルーシュは心のどこかで気になっていた。
「あ…あの…スザク…」
ルルーシュは意を決して、その話題を出す事を決めた。
有耶無耶のままにしておいていい訳がない。
「何?」
「Cの世界でお前と約束した事…」
再びルルーシュが皇帝となってしまい、スザクにルルーシュを殺させるという約束が不可能になってしまった。
「ああ…あれか…。あれは、『ゼロレクイエム』が成功していたら…の話だし…。それに、ルルーシュを殺したら…ナナリーが目覚めた時に、きっとまた、悲しむ…」
スザクは事もなげにルルーシュに返した。
「しかし…それではお前は…」
「ルルーシュ…人の心は変わるんだよ…。確かに、ユフィの事はきっと、僕は一生忘れない。でも、そんな風に、仇を討って、その仇を好きだという人がまた僕を仇として僕を憎む…。そんな連鎖は…終わりにしないと…ナナリーの望んだ『優しい世界』は…きっと来ない…」
スザクはふっと笑って、窓の外を見た。
「その代わり…君が君の責務から逃げる事は許さない!絶対に…。だから、僕は君のナイトオブワンになったんだ…」
そう云って、スザクはルルーシュに笑いかけ、部屋を出て行った。
―――半年後…
その後、混乱が続いたが、ルルーシュが再び皇帝の座に即位し、ブリタニアの執政を敷いている。
相変わらず、争い事は絶えないし、スザクもジェレミアもカレンもジノも大忙しである。
時折、ジェレミアの持つ領地に足を向けてはいるが…
「咲世子…ナナリーの様子は?」
ナナリーが横たわっているベッドの隣でナナリーの世話をしている昔馴染みのメイドにルルーシュが声をかける。
「容態は落ち着いています。しかし、精神的に相当な負担をかけていたのでしょう。背中の損傷もありますが、心が…」
「そうか…」
ルルーシュは肩を落として、ナナリーの方を見る。
以前の様な笑顔はない。
でも、ルルーシュと戦った時の様な悲しそうな、切なそうな、そんな表情もない。
殆どの時間、ナナリーは夢の世界にいると、医師が云っていた。
「なぁ、咲世子…夢の世界では、ナナリーは…笑っているのかな…」
ふっと、窓の外に目を向けてルルーシュが呟いた。
「時折、ナナリー様は、表情を変えられます。その時には、きっと笑っていらっしゃると思いますよ…」
咲世子はルルーシュを案じる様にそう声をかけた。
本当のところはよく解らない。
でも、少しでも、眠っている間に表情を変える様になったと云う事は、進歩だと思う。
「ナナリー…早く戻ってこい…。折角、目を開けたのに…あんな悲しい世界しか見ていないじゃないか…お前は…。お前は…まだ、何も…見ていない…」
ルルーシュはあの戦いの後、再び帝位についた。
そして、ナナリーの無理矢理敷いた圧政を全て、解放した。
ナナリーの本当に望んだ世界を作る為に、今、ルルーシュは生きている。
様々な過ちに気付かされた、今回の戦い…。
その罪を背負い、そして全ての罪に対して償っていく…
ナナリーに気づかされた『優しい世界』の真の姿を、目指して…
再びナナリーに笑いかけて、ルルーシュはペンドラゴンへ帰っていく…
ナナリーの望んだ、『優しい世界』を創造る為に…
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