スザクはその日…珍しく夢を見た…
普段、仕事の疲れもあって、眠りが深く、目が覚めた時にはその夢の内容など覚えていない…と云うのが本当なので、実際には、珍しく夢の内容を覚えていた…と云う方が正しいか…
鮮明に覚えている言葉は…
『生きろ!』
今夜の夢…
目が覚めた時…身体中汗びっしょりとなっていた。
本当に夢だったのかどうか…良く解らない。
あまりにリアルで…起きた時には身体中が汗びっしょりで、震えてさえいた…
夢を見ていて…その眠りから覚めてここまでの状態に陥ったのは生まれて初めてだった…
そして、これほどまでにリアルな夢を見たのも初めてだ…
スザクは『夢』が『夢』であると解るタイプらしく、夢の中で『これは夢なのだから…』と云う意識で、自分が自在に動いている状態だ…
しかし…今日の夢は…
まるで自分のコントロールが効かない状態だった…
何かに操られているかのようで…
スザクにとって…怖い夢だった…
内容もさることながら…あの、あまりにリアルに感じると云う事は…
素直に怖かった…
何が…と云う事は説明できない。
そんな夢を見た事がなかったと云う事や、その夢の内容…
それは…
自分が大切だと思う存在を敵として…殺し合っていたと云う事…
夢の中の世界は…戦争やテロが絶えなくて、それぞれが…自分の居場所を守るために、自分の信念を貫くために、自分の守りたいものを守るために…誰かを傷つけ、殺していた…
「何だったんだ…あの夢は…」
スザク自身、初めて見るものばかりだった…
古いが、豪奢な和風建築の住まいに、由緒ある神社…土蔵に、それらを取り巻く林の木々…
そして…そこに住んでいた…幼い…兄妹…友達…
戦争…暗殺計画…人殺し…別離…敵…殺し合い…裏切り…葬送曲…
なんだか…今のスザクには聞き慣れない言葉ばかりが頭を過ってくる…
これが夢だったのだと素直に思えたなら…いつものように、『なんか…何かのドラマの主役みたいだな…』などと、のんきに考えたのかもしれない…
しかし、今日のあの夢は…
「あまりに…リアルだ…。全く覚えがないのに…僕は…」
自分の両の掌を見て…その掌に…現在自分の顔を流れている汗がポトリと落ちた。
それを見て…またも怖くなった…
その汗の色が…次第に血の色に見えて来て…
恐ろしくなり、声も出ない…
ただ…体が震えて…流れていた汗が冷えて行くのがよく解る…
時計を見た時…普段起きる時間の1時間ほど前だった…
今はただ…自分の身体に纏わりついている汗が気持ち悪い…
まるで、その汗が血の様に思えて来て…
夢の中で…人殺しをしていた…
周囲の状況を見れば…恐らく戦争のさなか…
戦争で人を殺してしまうのは…ある意味仕方のない事…
でも…今、スザクが生きているこの世界に…そんな舞台はない…
「あれは…一体…」
ただの夢と切って捨てるには…あまりにリアリティのある…現実感のある夢…
ゆっくりとベッドから降りて、バスルームへと向かった…
とにかく…身体中に纏わりついている冷や汗が…気持ち悪かった…
頭に降り注ぐ温かな湯を浴びながら…いつもならそのシャワーですっきりするのだが…
あの夢の所為なのか…あの時にかいていた冷汗は全て流した筈なのに、身体が何かぬるりとしたものが纏わりついている感覚が拭えない…
「何か…古い写真の世界の中にいるみたいだった…」
多分、その場に立った事などはない…
しかし、なんとなく見た事があると思うのは…
「多分…昔、何かの本で見たんだ…。なんだったっけ?あれ…」
シャワーを浴びて目が覚めて…記憶を整理してみると…あの夢の中の世界は…いつだったか、歴史関連の写真集か何かで見た一場面に似ているのだ。
かつて、スザクが暮らしているこの日本列島は、日本の歴史の中でたった8年間だけ、他国に主権を奪われていた時期がある。
恐らく、その時の資料分権か何かに掲載されていた当時、日本のあちこちが『租界』と『ゲットー』に分けられ、日本人は支配者となっていたブリタニア人に虐げられ、『ゲットー』と呼ばれる戦後荒れたままの状態の中に暮らしていた…
日本人は差別される側の立場になり…奴隷や家畜の様な生活を強いられていた…と、歴史で学んだ。
その時の資料写真の風景に似ていた…
夢の中の世界…
そして…スザクは…日本人の立場で、ブリタニア軍に入り…日本人たちと戦っていた…
その中でたくさんの大切なものを失った…
自分の大切に思うものが…端から自分の手から離れて行った…
最後には…
「僕は…一体…」
普通なら…夢じゃないかと…それで終わる筈なのに…
あんなドラマみたいな設定の世界…
夢と云うのは…望んで見られるものじゃないし…
「多分…ちょっと前から…見ていた不思議な夢が…鮮明になって来たんだ…きっと…」
不思議とそんな言葉が自分が驚くほど自然に出てきた…
大切なものをたくさん手放して…最後に得た結果…
自分でも、それが…一体なんであったのかはよく解らない…
あまりにリアリティのある夢だったから…そんな風に思うのかもしれない。
夢の中のスザクは…その手でたくさんの血を流していた…
そして…
「僕の一番大切なものを…自分の手で…」
そう口にした時…涙が出てきた…
何故かと聞かれれば…悲しい夢を見たから…としか答えられないだろう。
しかし…あの夢が…ただ、夢だと始末してしまっていいのか、解らない自分がいた。
誰かに…銃口を向けていた…
誰かの胸を…自分の手に持つ剣で刺し貫いた…
それでも…その前に…その『誰か』はスザクに…『生きろ!』と…そう云ったのだ…
その…『誰か』の顔の部分だけは…ぼやけていて…思い出せない…
声も…どこかで聞いた事があるとは思うけれど…思い出せない…
あれだけはっきりとした夢だったと云うのに…肝心な事だけが…解らない…
ただ…はっきりしているのは…
「僕は…どこかで…誰かを殺していて…そして…その後…何かから逃げ出したくて…最終的には…全てを…僕が最後に殺してしまった『誰か』に押し付けていた…。そして…その大切な『誰か』を…僕がこの手で殺したんだ…」
その『誰か』を知れば…ひょっとしたらもっと苦しむ事になるかもしれないけれど…でも…知らなくてはならない事だと…スザクの中で無意識に思う。
何故かは解らないけれど…
ぽたぽたと髪から落ちる滴を見つめながら…良く解らない感覚に襲われる。
多分…スザクにとって辛い事実がたくさん詰め込まれているだろう事は解るのだが…
しかし、どうやって探せばいいのかよく解らない…
あの夢の中の光景は…なんとなく歴史の資料写真にあった光景に似ている。
多分、中高生くらいの頃に…歴史の授業の時に見せられていたような気がする…
初めて見た時に…何か不思議な感覚だったのを…今でも覚えているが…
その時にはそれが何であったのかはよく解らないけれど…
今も良く解らないけれど…
でも、多分、さっきまで見ていて夢の事が…解る様な気がした。
ここ最近の自分がおかしいと云う事も…ひょっとしたら、あの夢に関連しているのかもしれない…
なんでそんな風に思うのだろうか…
余程スザクにとって重要な事だったのだろうか…
「何なのかな…。ひょっとして…あの…『ルルーシュ』と…関係があるのかもしれないな…。あの、時々頭を過って行く変な言葉も…あの子に会ってからだし…」
一応、一通りの事を整理してみるものの、接点が見当たらない…
正直、こんな状態では、そう云った資料を見たところで何か浮かんでくるのだかどうだか…
「と云うか…僕…いつそんな者を調べる時間があるんだろう…」
今日は、週末ではあるが、数日前に部長であるミレイから今日の接待は付いてくるように言われている。
今日の接待内容によっては明日、明後日も休日出勤させられてしまうかもしれないし…
「社会人って時間は作らないとない…って云うけれど…本当だよね…」
これが大学生の時だったら、すぐにでも図書館に行って色々調べたに違いない。
きっと、インターネット上にもそう云った資料があると思われるけれど…でも、自宅にはパソコンはないし、会社のパソコンを私用で使うわけにもいかない…
バスルームから出ると…いつもの出発時間の30分前まで時間が過ぎていた…
「そんなに長い事…シャワーを浴びていたのか…」
普段、朝、シャワーを浴びて会社に行くと云う事は基本的にないので、少し焦る。
と云うのも、髪の毛が濡れたまま…と云う訳にはいかないし、このスザクの癖毛は濡らしてしまうと結構厄介なのだ。
「さっさと乾かさないとな…」
そう一言呟いて、バスタオルで体を拭いて、下着を身につけて鏡の前でドライヤーの音を響かせる。
こう云う時、ストレートの髪の毛が羨ましいと思ってしまう。
とにかく、寝る前にシャワーを浴びると乾かしておかないと朝は見るも無残な状態になるし、シャワーを浴びた後で乾かすにも、癖毛と云うのは結構めんどくさいものだ。
「彼と同じような真っ直ぐな髪なら楽なのにな…」
その一言に…スザクの動きが止まった…
「『彼』って…誰…?」
スザクは…鏡に映る自分の姿に尋ねていた…
当然、答えが返ってくる筈もなく…またも一つ…謎が増えた…
ルルーシュの今朝の寝ざめは…最悪だった…
時間差で両親が来て、相変わらず勝手な事ばかり云うし、玉城のグループにも絡まれるし…
唯一の救いは…少しだけスザクと話せた事だった…
何故かは解らないけれど…あのサラリーマンと一緒にいると…ほっとする自分に気づいた。
マオが…ルルーシュよりも早くその事に気づいていた…
だから、マオはルルーシュに対して色々スザクについて尋ねてきた…
「めまぐるしい日だったな…昨日は…。とりあえず…学校へ行かないと…」
ルルーシュはのそのそと起き上がり、酷い顔になっている自分の鏡の姿にはぁ…と大きくため息を吐いた。
良く眠れなかった事もあるし…昨夜は遅くまで父親に付き合わされた。
カノンが何度も『先生…時間です…』と云っても聞く事もなく…
時々、ルルーシュの背筋が寒くなるような視線が…向けられる事もあって…
それが、今のルルーシュにはどんな意味の込められているものであるのかは解らない。
しかし、ルルーシュはその、シュナイゼルの視線が苦手だった…
いつの頃からだっただろうか…
その視線に気づいたのは…
シュナイゼルが食事をしながらシュナイゼルの今手がけている議案についての話しは面白いと思うし、興味深いと思う。
しかし、ルルーシュの話になると…その、ルルーシュの背筋が寒くなる視線が送られてきている事に気づいた。
だから…出来るだけ、ルルーシュがシュナイゼルに質問するようにしているのだが…
それでもシュナイゼルもルルーシュの事を知りたいと思っているのだから…当然、ルルーシュの話題にもなる訳だ。
最初の内は学校の事とか、成績の事とか、友人の事などを聞かれる。
尤も、ルルーシュに友人らしい友人はマオくらいしかいない事をシュナイゼル自身も解っているのだが…
それでも、普段、構ってやる事の出来ない息子を心配して、色々と尋ねて来る。
ここまでの会話なら、普通の父と子の会話だと思うのだが…
ただ…最近になって、『大人の話』と称して、色々と話しにくい事も話しをさせられる。
普通の家庭だと…そう云う話しをするのだろうか…と考えるのだが…
相談する人もいない。
唯一、相談できそうなマオも…あの家は母子家庭で、父親がいない。
そう思うと、他のクラスメートに聞くなど冗談じゃないし…
と云うか、仲のいい友人であったとしても…こんな事を相談できるものなのだろうか…と考えてしまうのだが…
やたらと、ルルーシュの身体の成長について尋ねて来る。
ルルーシュはまだ15歳で、思春期の真っただ中で…
そう云った事に興味は持つが、人に相談するとか、誰かに尋ねるとか…そんな事が出来る訳でもない。
時々教室の中で同級生達が、色々と『エロ本』と呼ばれる雑誌を持ち込んでいて、担任に見つかって没収されていたり、携帯の待ち受けに水着姿の巨乳のグラビアアイドルの画像を張り付けて居たりしているものもいるが…
ルルーシュとしては、一応年相応の興味はあるのだろうが、特に彼女が欲しいだとか、女の裸がどうとかいう感覚があまり生まれてきていない。
それが異常であるのかどうかは…考えた事もない。
ただ…シュナイゼルと話をしていると、そう云った話題が増えて来た。
だから、最近では、本当に話したい事を話していない気がする。
これから受験だと云うのに…
―――尤も…行く高校は決められているんだけど…
考える事もせず、親の敷いたレールの上を歩いている…
今のところは…
自分で考える必要もないし、自分自身、今のところ何をしたいのかもよく解らないし…
ただ、ちゃんと上の学校に行く事が出来れば、超エリートコースでもエリートコースを外れた道でも歩く事が出来る。
学歴と云うのは結構重要らしく、現在のシュナイゼルの同僚たる国会議員然り、母、ギネヴィアの周囲にいる人間…本人含めても相当高学歴で、また、実力を磨くための努力はしている。
大学を出ておけば、高卒で出来る仕事にもつく事が出来る。
しかし、高卒では大卒が条件の仕事は非常に難しくなる。
今のところ、日本国内で大学に出なければ絶対になれない職業とは『医師』と『薬剤師』と『弁護士』くらいだ。
そちらの方変を目指すのなら確実にそちら方面の大学進学の為に準備をしなければならないが…
「俺は…一体何をしたいんだろう…。あの…スザクってサラリーマン…大変そうだけれど…俺よりも遥かに充実している生活っぽく見えたよな…」
目の前の鏡に映る自分を…あの、童顔のサラリーマンの顔を思い浮かべて見つめてしまう。
どれだけあの両親に反発して見ても…
結局、ルルーシュは彼らがいなければ何もできない…
そんな自分に腹も立ってくるが…
否、そんな状況だからこそ…スザクが輝いて見えるのかもしれない。
片道2時間かけてこの近くの企業に勤めているという。
いつもルルーシュにくっついて歩いているマオも…実際の家庭環境は恵まれている訳じゃなく、マオ自身、生活の足しに…と、毎朝新聞配達をしていると云っていたし、全日制高校ではなく、夜間の定時制高校に通って、昼間は働きたいと云っていた。
そう思うと、マオはルルーシュを頼りにしているように見えて、しっかりと自分の足で立っている。
「寧ろ…マオがいなくなって困るのは…俺か…」
もうすぐ中学も卒業となり、高校進学となる。
ルルーシュは確実に全日制の高校に通う事になるし、マオは定時性のある高校に通う事になる。
時期に、これまで一緒にいたマオと別々の学校へ通う事となる訳だ…
そう思った時…目の前の自分が…誰であるのかが解らない…
『お前は…生きた事などない…』
そんな言葉が過って行く。
誰に言われたとか云う記憶はない。
でも、鮮明にその言葉が…頭に思い浮かんだ…
そして…次の瞬間に…
「確かに…俺は生きた事なんてない…。与えられて…守られているだけの…存在だ…」
そんな風に自嘲してしまう。
自分の足で歩いているスザク…自分の道を自分で選んでいるマオ…全てに恵まれたルルーシュを蔑んでいる玉城…
認めたくはないが…ルルーシュの目には輝いて見えた。
大人たちは、ルルーシュの家の力を恐れて…ただ、ご機嫌とりをするような真似しかしない…
―――俺は…何故生きている?何故ここで息をしている?俺がここにいる理由は…なんだ?俺の生きる理由って…なんなんだろう…
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