―――学校に行きたくない…
その時のルルーシュの素直な気持ちだった…
眠っていてもすぐに目が覚めてしまったし…正直…身体が怠くて仕方がない…
夢を見ていたのかさえ…解らない…
満たされない想い…
伝わらない願い…
正直…今の自分が、この場所にいる事が何かの間違えではないかと…思えてくる…
大体…何で自分がこんな事を考えてしまうのか…そこにまず、疑問を抱くべきなのかも知れないのだが…まだ15歳の少年に求めるのは酷と云える。
昨日…マオに云った『ノイズ』の一言…
マオは泣いて怒ってくれたが…ルルーシュ自身はそれが一番『今の自分』に相応しい単語だと思う…
そんな事を考えつつ…もう一度…ベッドに倒れ込んだ。
―――学校に行きたくない…
再び、頭の中をその言葉に支配される…
昨日…一年の厄日が一点集中したかのような日で…
今日もあのいけ好かない担任に会わければならないと思うと…普通に気が滅入る。
他のクラスメート達は彼は『いい担任だ』と評価している者が多い…
が、ルルーシュは…『あんな優柔不断で、独りよがりで、身勝手な男のどこがいい担任なんだか…』
と云う評価だ…
それは…ルルーシュがランペルージ家の一人息子故に担任の方も色々気を遣っているのかも知れないが…
それにしても…
あの担任のルルーシュに対する態度はそれとはまた、違った何かを感じる。
だからこそ…ルルーシュもあの担任に対して嫌悪感を抱くのだが…
ただ…少し離れた目線で見ると…『相手も同じ事を考えているんだろうな…』とも思える。
大体…ルルーシュの場合、扇のような態度で接して来る大人はそう珍しい人種でもない…
その原因となっているのは…ルルーシュの生まれた家にある。
仕方ない事であると…自分の中でいつの間にか考えるようになっていたし、一々気にしていたらキリがない…
ただ、扇の場合は…それとは別の何かを感じていた…
ある意味…スザクに対して感じる何かに…似ている気がする…
抱く思いが…スザクに対してのそれとは…正反対である事は確かだ…
扇がルルーシュに対して抱いている気持ちもスザクがルルーシュに向けてくれるそれとは正反対だろう…
―――そう考えると…俺の身の周りの人間全てがそんな風に感じる…
両親も、マオも、扇も、玉城も…そして…スザクも…
自分が、いいとか、悪いとか、関係なく…それぞれが…何か共通している何かが…ある気がする…
その『何か』が何であるのかなんて…解らないけれど…
―――扇とスザクに共通の何か?冗談じゃない!あんな奴とスザクとを結び付けるなんて…スザクに失礼だ…こんな俺に…何か…大切な何かをくれたのに…
ルルーシュの中でマオも大切な存在だと思っているのだが…
―――彼は…マオとはまた…何か…違う何かがあるんだ…。何だか…色々…入り混じっていて…どう…云えばいいか…解らない…けれど…
そう…思いながら…いつの間にか…いつも、すぐに手に取れる場所に存在するようになった…スザクから貰った…折り鶴のチャームの付いた…ストラップ…
これを見ていると…なんだか不思議な気持ちになる。
ずっと見ていたい気もするし、見ていると居た堪れなくなる気もする…
それが…何を意味しているのか…さっぱり解らないのだが…
ただ…そのストラップを眺めている時の不思議な気持ちには、きっと意味がある…不思議とそんな風に考えてしまう。
そして…枢木スザクと云う人物の存在は…確実にルルーシュの何かを変えている…
以前、マオに云われた事があった…
『ねぇ…ルル、誰探してるの?』
と…
本人に誰かを探している自覚など全くなかった。
でも、いつも、ルルーシュ以上にルルーシュを理解しているマオがそう指摘したのだ。
だから…深層心理で誰かを探しているのだと思う…
でも、それが誰であるのかなんて、ルルーシュにも解らない…
見つかれば…それが、解るのだろうか…と思うくらい…
―――そう云えば…最近、マオにそう言われる事がなくなったな…
そんな事を思う。
ルルーシュとしても全く自覚していない自分についてはマオの観察力に頼っているところが大きい。
ルルーシュは、とにかく、自分の事に無頓着だ…
それは、最初は自覚がなかったが、マオに自覚させられた。
確かに、ルルーシュの周辺で鬱陶しい事があると、イライラするし、そう云った現実を放り出したいと思う事はあるが…
でも、それが治まってしまえばあとは、何も思わない。
実際に、玉城が絡んできても、自分が無事だと判断すると…『また、これで帰るのか…』と、酷く冷静にその状況を受け入れる。
何故…自分の事に対してここまで酷く冷めているのか…自分でも呆れてしまうが…これも持って生まれた性格なのだろうと…思うようにしているが…
それでも、良く、ルルーシュは中学生らしくないと云われる。
中学生らしい…というものがどう云うものなのか、良く解らないのだが…
それでも、周囲のクラスメートたちを見ていても、確かに、自分は一種独特だと感じる。
それは、生まれた家の所為なのか、持って生れた性格の所為なのか…
それも解らないのだが…
自分でも可愛げのない子供だと思うが…
恐らく、ルルーシュに関わってくる大人たちみんながそう思っているだろう…
両親以外は…
ルルーシュの両親に関しては例外中の例外だ。
というか、本当に両親がルルーシュに対して愛情を持っているのかすら怪しんだ時期だってあるのだ。
単に、夫婦で負けず嫌いをぶつけ合っているんじゃないかと思っていた時期だってある。
その時期に、ルルーシュは二人から離れて生活するようになったのだが…
タイミングが、母の仕事がブリタニアに拠点を置くようになり、父の仕事も表に出て来ない存在ながら、国会内で大きな影響力を持ち始めた頃だった…
その後…二人は中々ルルーシュに接する機会が減り、それまで以上に…ルルーシュへの独占欲を露わにするようになったのだが…
そして、それまではルルーシュがマオと一緒にいてもそれほどうるさく言わなかった母親が、ルルーシュがマオとの約束を優先させるようになると…母親の方はマオに対しての態度が変わったのだ。
そんな…色々と面倒な感情を抱えながら…ルルーシュはルルーシュなりに色々考えている…とは思っているのだ。
ただ…表現の仕方が下手という事も手伝って、かなりの誤解を招いている事は事実だ。
それに、玉城がルルーシュを気に入らない…ルルーシュ自身も、なんとなくそれは解る気がする。
恐らく、逆の立場ならルルーシュも嫌いになるに違いないから…
ただ、物理的な問題に関して、生まれた家に関しては本人にはどうしようもないところで動いている場合もある。
玉城の場合、ルルーシュが気に入らないと云う事と、『ランペルージ家』そのものに対して何か思いがあるらしいから…
その辺りは、ルルーシュに怒りをぶつけられてもただ、出来る相手に八つ当たりしているだけ…という事になる訳なのだが…
しかし、それでも、昨日の父、シュナイゼルが登場した時の玉城の態度は…恐らくルルーシュは嫌いじゃないのだ。
玉城自身、『気に入らないものは気に入らない』と断言しているし、あの玉城の態度は正直、あまりにしつこいし、やる事が結構乱暴な事もあるから鬱陶しいとは思うが…
でも、玉城がルルーシュに絡んで来る根底には…マオと同じように、ルルーシュを一人の人間として、同年代の少年として見ている証拠だから…
多分、玉城が絡んで来る事に対して、鬱陶しいと思いながらも、ルルーシュに構って来なくなったらそれはそれで寂しいものになるに違いない…と、客観的に自分を見ているも一人の自分が判断している。
そう云う点では、スザクと云うあの、サラリーマンはルルーシュにとっては非常に不思議な生き物に見える。
大人たちは…ルルーシュがランペルージの一人息子だと解ると態度を一変させる事が殆どだ。
名乗った時にフルネームで名乗っているから…スザクの方はルルーシュの事を大体は知っている筈だ…
あんな一流企業に勤めていて、『ランペルージ』の名前を知らない方がどうかしているし、テレビでも幾度となく、顔を出している。
そんな状態だから…スザクがルルーシュの家の事を知らない訳はない。
でも、それについて尋ねても来ないし、知ったからと云って、わざとらしく機嫌取りをする様子もない。
これまでは…ルルーシュの事に勘付いた時点で、態度が一変しているのを何度も見て来ている。
だから、名乗る時に最初からフルネームで名乗るようにしている。
雑誌などのインタビューで父親も母親も『子煩悩振り』を見せる目的もあるのか、ルルーシュを名前で呼んでいるのだ。
正直、普通に生活していたいルルーシュにしてみれば、迷惑極まりないと云えるのだが…
その度に、変な意味で注目されるし、変な意味で目立つ事になる。
そんな親を持っている事は学校では周知の事実だから、成績は優秀で当たり前という空気が出来上がっていて…
少しでも点数を下げれば教師たちがごちゃごちゃといらない事をするようになるから…
だから、『大人たちがうるさく云えない程度』に頑張ると云うか、テスト攻略をするのだ。
ルルーシュはその教師の問題の傾向を知れば、どんな問題が出るか、予想して、殆ど外す事がない。
それをマオに教えていると云うわけだ…
ルルーシュは一つため息を吐いて…再びむくりと起き上がる。
行きたくはないが…行かなければあの、鬱陶しい担任が家に押しかけて来る。
それはそれで、迷惑極まりないのだ。
「仕方ない…学校へ行くか…」
そう云って、ベッドから降りて準備を始めた。
シャワーを浴びて、出社の準備をしっかり整えて、現在、通勤電車の中だ。
朝早くからの出勤で…それでも、電車の中にはスザクと同じ境遇のサラリーマン達が既に身支度を完璧にした状態で乗り込んでおり、通勤時間をしっかりと不足している睡眠を補う時間としている者たちも多い。
スザクも…普段なら、そうしているのだが…
今日は…見た夢の事が気になって、眠る事が出来ない。
起きた時の感覚も…なんだか不思議なもので、なんであんな事になったのか…皆目見当がつかない。
ただ…知らなければならない…
何となくそう思ってしまう…
あんなにリアルに感じる夢は初めて見た。
自分で…夢の中にいると解っていながら…あんな風に自分のコントロールが効かず…否、誰かに操られているかのようにすら感じられた。
殺されたから…恨んで…憎んで…そして…殺した…
その内容だけは鮮明に覚えている。
自分自身が怖くなる程…
―――僕は…誰かを憎んでいた…そして…それと同じくらい…
こんな話は…誰に云ったところで、信じては貰えない…
相手のよっては頭がおかしいと思われるに違いない…
でも…今、スザクが感じているこの感覚は本物であり、あの夢の中で夢と思いながら、自分が誰かを殺す事を自分自身が止められなかった…
否、夢でなくても、自分が誰かを殺そうなどと考えるのは…
確かに、最近、ニュースなどで凶悪犯のえげつなさが報道されると、その相手に対して嫌悪感を抱く事はある。
こんな人間が生きていて、殺されてしまった人は還ってはこない…そんな不条理に怒りを覚える事はある。
でも…
本当に自分が人を殺してしまう事が…
たとえ夢の中の話だったにしても…恐怖を抱いてしまう。
夢と云うのは自分の深層心理を表している事があると聞いた事がある。
もし、あんな風に人を憎んで、殺してしまうと云う…そんな自分も知らない自分がいると云う事に…
恐怖を覚えない方がどうかしている。
スザクは殺人鬼でもなければ、普通に時に社会の仕組みに不満を抱きながらもこの、日本の中で日本の風土に合わせた感覚を持って、生きている…
それに不満はないし、それが当たり前だと思っている…
―――あの夢の中の自分は…本当に僕だったんだろうか…
もし、あれも、スザクの知らない自分だとしたら…自分が怖くなる。
今は確かに、そんな風に恨む相手もいないし、殺したいと思う程誰かに、何かをされた事もない。
そもそも、あの夢の中の自分は、自分が死にたいと考えている様だった。
それなのに…恐らくスザクの大切な『誰か』を殺したのだ…
自らの手で…
その『誰か』が誰であるのかは…解らない。
でも、なんとなく解る…
スザクにとって…かけがえのない、大切な存在であると同時に、殺したいと思う程憎んだ相手であった…と…
「これは…お前にとっても罰だ…。お前は英雄として…仮面をかぶり続ける…『 』として生きる事は…もうない…。人並みの幸せも全て…世界の為に捧げて貰う…永遠に…」
スザクは…自分でも気付かない内に…そんな事を呟いていた。
悶々とそんな事を考えている内に…あっという間に時間が過ぎていた…
気がつけば…ちゃんと乗り換えもしっかりして、ちゃんと目的の駅で降りて、会社に来ていた。
「おぅ!スザク!」
後ろから肩にのしかかってくるように挨拶して来たのは…
「あ、ジノ…おはよう…。あのさ…そうやって僕に乗っかかってくるの…やめてくれない?重い…」
通勤時間の貴重な睡眠時間を…考え事に潰してしまったのだから…正直、いつものジノの悪ふざけに付き合えるほど余裕がない。
「あれ?ノリが悪いなぁ…今日だろ?部長が行っていた、ランペルージグループの社長の接待って…」
「あ、そうだった…。今日はそんな気分じゃないんだけどなぁ…」
「あれ?スザクにしちゃ珍しい発言だな…。どうした?好きな女の子にでも振られたか?」
「僕がジノみたいに女の子を口説いている時間がある様に見えたら凄いと思うよ…色んな意味で…」
げんなりしながら、朝から元気なジノに、沈んだ声で答える。
正直、今のところ、女とかそんな者に構っていられるだけの余裕がない…
あらゆる意味で…
「おいおい…本当に大丈夫か?朝飯…ちゃんと食わないからそうなるんだぞ…」
「普段は、ジノの我儘で僕に回ってくる朝御飯を頂いているけれどね…」
ジノのふざけた口調に、少々嫌みを込めて返すが…
しかしジノの方は全く堪えている様子はない。
確かに、このジノの能天気には色んなところで救われているとは思うのだが…
それでも、それでも、今のジノに軽く返せる程余裕がない。
それほど、今朝の夢は衝撃だったのだ。
「そう云えば…今日、あの、ランペルージの息子…学校へ行った様子がなかったなぁ…。普段なら…ちゃんと学校行くんだけど…。相当嫌そうな顔をしながら…でもさ…」
ジノの一言でスザクはジノの方を見た。
「よく知っているんだね…。どこか…具合でも悪いのかなぁ…」
ジノに対しての返事は適当に済ませて、ルルーシュへの心配の言葉がさらりと出て来る。
「さぁ…俺も、朝、学校に出かけて行く姿を見た時はちゃんと学校へ行っているってのが解っているだけだしな…」
「え?サボっているとか思わないの?」
スザクがジノの言葉に素直な疑問を投げかける。
「相手はランペルージ家の長男だぞ?もし、学校に来なければ、担任じゃなくて、雇われ校長が血相を変えて様子を見にくるよ…あのうちは…。ホント、色んな意味で気の毒だよなぁ…」
ジノがそんな風に云っているのを聞いて…
スザクも頭の中で同意してしまう。
確かに学校のサボりは良くない事ではあるが…
それでも…学校を欠席したら校長が出て来るなんて…
「そんな…なんで…」
「ま、ああ云うお坊ちゃんが一人暮らしで、もし、何かあった時に学校としては色々云い訳を準備しておかないとまずいからな…。ま、体のいい監視だよな…どう見ても…」
ジノの言葉に…スザクは今夜会う、彼の母親に対して…複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。
「あ、でも、あの子の両親云々って云うよりも、多分、学校側が変な方向に気を回し過ぎなんだよな…。スザク…今日の接待で会う相手は、そうやって子供に対しても様々な形で影響を及ぼす様な…そんな女だぞ…。頑張れよ…」
ジノのその一言に…更にスザクは自信がなくなって行くのを感じていた…
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