ルルーシュの言葉に…スザクは嬉しさを感じているのだが…
「あの…申し出は有難いんだけれど…僕…これから2時間近くかけて自分の住んでいるアパートに帰らないと…」
スザクは現在の時間を考えた上で、そう答える。
この辺りは社会人の辛いところなのだが…
ルルーシュがそれ以上、何も云わずに下を向いてしまったのを見て、大きな罪悪感を抱く事になるのだが…
「あ…あの…えっと…」
なんだか、小さな子供を苛めているような感覚になるのだが…
「そう…だよな…。枢木さんは…大人だから…」
ルルーシュの中でいくら、これまでルルーシュが見てきた大人とちょっと違っているように見えたとしても…相手は社会人でサラリーマンだ…
片道2時間の通勤…話には聞いた事はあったが、ルルーシュがそう云った現実の中を生きる大人と直接話をするのは初めてだ。
「えっと…ルルーシュ君の、学校が休みで、僕の会社が休みの時に…お邪魔してもいい?一応、土日祝日は休みって事になっているし…。結構休日出勤もしているんだけど…」
「あんたは…約束…守る…?」
ルルーシュが下を向いたままスザクに尋ねる。
流石にこんな質問を投げかけられるとは思っておらず…スザクは驚くが…
でも、ルルーシュの両親の事情とか少しだけミレイやジノから聞いてみると…そんな事を尋ねなくてはいけない環境に育ってしまったのだろうと考えてしまう…
「まぁ、出来るだけは…。流石に僕も今の会社で働いているからお金を貰って、生活をしている訳で…。だから、君との約束を最優先できる保証はないんだけど…。でも、会社以外の約束は、君との約束を一番優先するよ…」
帰ってきた答えに…ルルーシュは驚いて顔を上げて、スザクを見た。
多分…嘘はない…
そして…ルルーシュのこうした質問に対して、こんな返答をした大人も初めてだった…
『枢木スザク』と云う人物は…ルルーシュにたくさんの『初めて』を体験させてくれる大人だと…ルルーシュは思った…
「えっと…携帯電話…持ってる?」
スザクがルルーシュに尋ねる。
そして、スザクは自分の背広のポケットからプライベート用の携帯電話を取り出した。
「赤外線通信…出来るよね?僕の携帯電話の番号とメールのアドレス…送るから…」
スザクの言葉に従って、ルルーシュは携帯電話を取り出し、赤外線通信をキャッチできるモードにすると…すぐにスザクからスザクの携帯の番号とメールアドレスが送られてきた。
「仕事中は僕、この携帯電話の電源は切ってあるから…。留守番電話でも、メールでも入れてよ…。一応、会社の人に聞いて、君の事、少しだけ聞いたんだ…。おうちの事とか色々あって忙しい時にお邪魔するのもなんだから…ルルーシュ君の都合のいい時に連絡入れておいてくれるかな?僕も、都合の悪い時はちゃんと連絡入れるから…。とりあえず、今は僕の携帯だけ解っていればいいよね?」
かなり勢いのある話し方で…ルルーシュが圧倒されている。
スザクとしては、ルルーシュにそんな風に云われて嬉しくなっていた事もあるかもしれない。
「あ…ああ…」
「あと、『枢木さん』って云いにくいだろ?『スザク』でいいから…」
スザクの言葉に又、ルルーシュは驚いた表情を見せる。
「でも…俺よりも…」
「確かに君の方が年下かもしれないけれど…なんでかな…。君にはそう呼んで欲しいと思っているんだよね…」
ここまで素直に自分の気持ちをぶっちゃける人間がいたのか…とルルーシュは心の中で思う。
と云うのも、目の前の『枢木スザク』と云う人間の目を見ても…云っている事にウソを感じられないからだ…
ルルーシュの育ってきた環境の所為か、ルルーシュは相手の目を見て嘘があるかどうか…余程の相手(例えば父親など)でなければ大抵、解るようになっていた。
大人は良く嘘を吐く…
そう云う認識になったのも、いつの間にか身についてしまった相手のウソの有無を見分けられるようになった所為だろう…
特に、自分の担任に関しては毎日顔を合わせる事もあり、本当に嫌気がさしているのだが…
でも…この目の前の男は…
「なら…俺も…ルルーシュで…いい…。えっと…スザクは…土日祝日は…休み…なんだな…?」
ルルーシュがなんとなく、恐る恐ると云った感じで尋ねてきた。
スザクにしてみれば、何故か解らないけれど…こんなルルーシュを見ていて、うっかり赤くなってしまう…
「最近、あんまり休めていないから、結構あのコンビニでお昼ごはんとか…調達している事多いけれどね…」
苦々しい普段の生活…現実に引き戻されて、スザクが表情を変えると…ルルーシュはまた、珍しい物を見ているような表情をした。
そんなルルーシュの表情に気がついて…スザクがルルーシュに尋ねる。
「何?何か…僕…変かな…?」
そんな風に水を向けられて…はっと表情が戻る。
普段、それほど人に対して表情を変える事がないのだろう…とスザクは思った。
なんだか、不思議な分意味を持っている少年だけれど…
でも、それは彼の本質ではなく、周囲の環境がそんな風にしている…スザクの中ではそんな風に解釈している。
ジノの話を考えれば…
―――確かに…大変そうだもんな…。話しを聞いていると…
まして、こんな子供の段階で、それが板についてしまっている事に…少しだけ…『いい方は失礼だけれど…』と付け加えながらも寂しいんだろうなぁ…と思ってしまう。
確かに…初めて彼を見た時の印象は…まずは…『綺麗だ…』と思ったのだが…その次に来たのは…『寂しそうな…目をしているな…』だった…
「あ…多分、変なのは…俺の方…。多分…スザクの方が…普通なんだ…。俺や…俺の周囲が変な…だけで…」
そう云ってルルーシュは少し、切なそうに俯いた…
恐らく…ルルーシュ自身も解っているのだろうと思う…
でも…今のルルーシュが着ている鎧を脱いでしまったら…きっとルルーシュは自分を守れない…そう思っているのだろう…
スザクの同僚であるジノも…普段があんなに明るいから、気づきにくいけれど…でも、あれだけもてるし、人付き合いもうまいのに…一番近い距離にいるのがスザクなのだ…
そのスザクさえも、ジノの懐に入っている気はしていない…
―――尤も…僕もあんまり自分の事、話していないけど…
そうやら、おうちがお金がいっぱいあったり、権力を保持すると、子供は色々苦労するらしい…
庶民には解らない事ばかりだが…
しかし…そんな事よりも…
「ごめん…僕、変な事云っちゃったね…。でも、僕も結構変わっているって云われるから…」
にこりと笑って、現在のところ、会社での自分の評価をそのまま告げる。
―――尤も…あのミレイ部長の『奴隷』になり下がってしまって、それでも欠勤0と云う事実に驚かれているんだけれど…
その辺りはオフレコだ。
「そう…なのか?って云うか…やっぱり俺は変なんだな!」
少しだけルルーシュがムッとした表情を見せて、スザクに返す。
そんなルルーシュを見て、更にまたも不思議な感覚に襲われる…
―――この怒鳴り声…どこかで…?
あり得ないのだけれど…
でも…彼の頭はいいくせに、云われている事を理解するのに一瞬の時間が必要で…そして、驚いたり、怒ったり…
スザクは割と現実主義だ…
テレビに出て来るような、『〜の生まれ変わり』とか云う事に関しては、単純に面白いネタとしてしか見ていない…
最近ではそれも飽きて見る事もないし、同じ部署の女子社員の妄想を聞いていても何も感じなくなっている。
そもそも、デジャヴと云う事もあんまりピンとこない。
そんな事を考えていると…
「おい!俺を変だと云って、その後は無視か!?」
ルルーシュの怒鳴り声が聞こえてくる。
「あ、ごめん…」
ここ最近、ぼんやりしている事も多かった訳だが…こんな感じで考え事をしているのは…多分、初めてで…
「ふん…人を変人呼ばわりしたかと思えば、今度は、考え事…。あんたの方がずっと変な奴だ…」
どうやら、今のスザクの態度には…かなりの御立腹のようだ。
「あ、ごめん…本当に…。無視していたつもりはないんだ…。ホントに…」
さっきまでの浮かれていた…と云っても過言ではない気分から、一機に堕ち込んでしまう…
懐かしいとか、デジャヴとか、それ以前に、ルルーシュに対して不快感を与えてしまった事に少々…と云うよりもかなり、スザクを落ち込ませてしまっている。
そんな風にあからさまに感情を露わにしているスザクを見て…
「ぷっ…あはははは…あはははは…」
スザクの様子を見ていたルルーシュが声を上げて笑い出した。
「え?」
落ち込んでいたスザクが驚いて笑っているルルーシュを見る。
―――こんな風に…笑えるんじゃないか…
きょとんとルルーシュを見ていたスザクの素直な気持ちだった…
そして…
「あんた…何を赤くなっているんだ…こっちが恥ずかしくなるじゃないか…」
ルルーシュの一言で、再び現実に舞い戻る…
ルルーシュもそう云いながら、顔を赤くしていた…
「ごめん…君が、声を上げて笑っている顔が…あんまり可愛くて…」
からかっているつもりはなかったのだが…ルルーシュとしてはどうもその一言が気に入らなかったらしく…
「俺は男だ!可愛いなんて云われて喜ぶ訳がない!その良く回る口で女を口説いて、食事を作って貰うんだな…」
ルルーシュがそう一言云うと、なんだか今度は、『彼女がいない』と云う現実への寂しさではなく…なんだか切ない気持になる。
本当にルルーシュの云う通り、スザクもかなり変なのかもしれない…
確かに綺麗な顔をしていて、それこそ、女装していたら確実にナンパしていたかもしれないと思ってしまうのだが…
でも…
―――男の子だよね…。最近、完全に声変わり出来たみたいな感じだけど…
そう思う。
しかし、声を聞かなければ今の彼の服装(黒いスラックスに白いワイシャツ)でも、男か女かの判別がしにくい…
最近の女性の服装の傾向の影響もあるだろうが…
そんな風に考えているところに…
「あれ?ルル…?」
ルルーシュの背後から恐らくルルーシュと同じくらいの男の子がルルーシュに声をかけて来た。
「あ、マオ…。さっきは済まなかったな…」
ここでスザクの解らない話題へと入って行く…
そろそろ、ここは席を外した方がいいかもしれないと…スザクはルルーシュに声をかけた。
「あ、ルルーシュ…。君のお誘いはまた今度…って事で…。仕事の時間じゃなければ携帯に電源は入っているし、電源が入っていなくても留守番電話に繋がるから…」
スザクがにこりと笑ってルルーシュに告げると、踵を返した。
その時に…ルルーシュが『マオ』と云う少年の顔が眼の端に映った…
なんだか…凄い目をして、スザクを睨んでいた…
まるで…恋人にちょっかいを出した男を睨みつけているような…
スザクはその少年にもにこりと笑って見せたが…さらに鋭い目つきで睨まれてしまった…
―――どうしたものかな…
スザクはそんな事を思いながら、少し冷めてしまっている自分の買ったコンビニ袋の中身で手を温める。
そして、背中から、後から現れた少年と、ルルーシュの会話が少しだけ聞こえてくる。
『ねぇ…ルル…あの人…誰?』
少し怒ったような、『マオ』の言葉…
それに対してルルーシュは特に気にするでもなく返事している。
『別に…。この間、マオが『オジサン』って呼んだ相手だよ…。ほら、俺が100円貸した…。返さなくてもいいって云ったのに、律義に返してきた今時珍しい大人…』
ルルーシュの説明に納得できていないような口調で、『マオ』が何か喚いているのが聞こえるが…
それでも、早いところ駅に辿り着きたいと云う思いから、少年たちの会話を聞いている事よりも駅に歩みを進める事を選択する。
そして、彼らから見えなくなっただろう距離まで歩いて、コンビニの袋の中身を漁る。
『ぐぅぅぅ…』
ルルーシュと話をしていた時にはそれほど感じていなかった空腹感だったが…
それでも、その場から離れてしまうと、まず自分の身体が訴えるのは本能だった…
「しかし…『オジサン』ってのは…結構失礼だな…。と云うか、僕…そんなに老けて見えるのかな…。確かに最近疲れているし、潤いのない生活を送ってるけどさぁ…」
そんな事をブツブツ呟きながらさっき買った中華まんを探り出して、一つ、手にとって被りついた。
まだ、ほのかに残る温かさ…
受け取った時には、素手で持つには少々熱いと思うくらいの温度だった筈なのに…
―――そんな寒い中…僕は…あの子をあそこに立たせていたのか…
それだけの時間、ルルーシュと話せた事よりもあの寒い中に彼を立たせていた事に対して、なんとなく申し訳ないと思ってしまう自分がいた…
―――風邪…引かないといいけれど…
コンビニの前に残されたルルーシュとマオだったが…
「ねぇ…ルル…あの人…ルルの何?」
マオがルルーシュに対して問い詰める様な口調になっていた。
ルルーシュも、マオの独占欲…特にルルーシュに対してのソレは把握していたので…まずいところを見られたかもしれないと…思ってはいるのだが…
「別に…。ただ、珍しいから、からかっていただけだよ…」
ルルーシュがそっけなくマオに告げると、マオがムッとしたようにルルーシュを見る。
「ルルの…あんな風に笑うところ…僕、小学校低学年以来…見た事無いよ…。ねぇ…ルル…あのオジサン…ホントにルルの何?」
マオの瞳には…明らかに怒りと…そして、何となしか…悲しそうな色も見える…
ルルーシュとしても…ルルーシュにとってスザクがなんなのかと聞かれても…良く解らない。
自分でも、理解不能な行動をしていると…思っているくらいなのだから…
確かに…あんな風に声を出して笑ったのは…一体何年ぶりの事だっただろうかと振り返る…
マオに云われた通り…小学校低学年以来…と云われて納得できてしまう程…
否、『お前は不遜な笑いしか見た事無い…』と誰かに云われた事もあった…
つい最近、ルルーシュを騙そうとして、ルルーシュから金をせしめて、ルルーシュの事を目の敵にしている連中に貢ごうとしたあの連中からも云われたような気がする…
「ホントに…良く解らないんだよ…俺にも…。あいつのやってる事が俺にとっては珍しい事だからな…。そのうち飽きるだろ…」
ルルーシュはそんな風に流してみるが…自分の中でそんなポジションにある事は…絶対にあり得ない…そんな風に思っているのも事実だ。
そんな時…
「よぉ…ルルーシュ…」
ルルーシュはそんな声に振りかえり、今度は、はぁ…と大きくため息を吐いた…
千客万来とはこのことだ…そんな風に思い、マオの方もそれまでのルルーシュへの不機嫌な表情は消えて、その声をかけてきた相手を睨みつけた。
「また…お前たちか…。いい加減飽きないのか?俺なんか、玉城の連れている連中の一番弱い奴と喧嘩したって、絶対に勝てない相手だぞ?」
ルルーシュはしれっとそんな事を云う。
そして頭の中で…『代わりに頭を使うけどな…』と付け加えるが…
「お前には随分借りがあるからな…。おまけにあいつを警察に売りやがって…」
玉城の云っている『あいつ』とは、ルルーシュから金をせしめて玉城に貢ごうとした男の事だ。
「それは、俺の方が被害者だろ?俺は自分の身を守る為に行動したまでだ…」
「なんだと!あいつがお前に何をしたって云うんだ!」
どうやら、玉城はあの男がルルーシュにした事を何も知らないらしい…
「あいつは俺を騙して金を持ってお前のところに行こうとしたんだよ…。それって、窃盗だろ?後詐欺にもなるのか?」
適当に言葉を並べるだけで玉城はぎりりと歯を食いしばってルルーシュを睨みつけているが…
どうやら、玉城はその事を知らなかったらしい…
単にルルーシュが自分の家の力を使って、気に入らない奴を排除しようとしたと思っているようだ…
玉城は『嘘に決まっている!』そう云いながら、コンビニの前だと云う事も忘れているのか…自分の連れている仲間たちと一緒にルルーシュをマオを取り囲んだのだった…
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