100円玉と…何かを握らされた…
ルルーシュが手を開くと…そこには、まだ発行されたばかりであろう新しい100円玉と折り鶴を模ったチャームのついた携帯電話用のストラップがあった…
「なんだ…これは…」
ルルーシュは不思議そうにそのストラップを眺めていると…
「ルルゥ…何しているの?ルルがいないと、僕、マンションに行っても入れないんだけど…」
10mほど先でマオがルルーシュを呼んでいる。
「あ、ああ…今行く…」
ルルーシュはその100円玉と携帯用ストラップをポケットにしまい、マオの方へと走って行く。
そしてマオに追いつくと…
「ルル、あのオジサン…誰?」
マオの方が、なんとなく面白くなさそうにルルーシュに尋ねて来る。
マオは独占欲が強い。
ルルーシュ自身、マオしかルルーシュに近寄らせない事をマオの中で安心感を与えている。
その事はルルーシュもある程度は理解していたが…
「ああ、いつだったかな…。夜、コンビニに行ったときに財布の中の金が足りなくて困ってた間抜けなサラリーマンだよ…。返さなくていいって云ったのに…律義に返しに来たみたいだ…」
ルルーシュがそう答えると…マオが不思議そうな顔をする。
「ルル…珍しいね…。見ず知らずの人に…お金出すなんて…。それに、そんな人の事…覚えているなんて…」
そのマオの言葉は…ルルーシュが気づいているかどうかは解らないが、少しだけ棘があった…
「なんだか…ああいう間抜けな奴もいるんだな…と思っただけだ…。俺の周りの大人…そう云う大人…少ないから…インパクトがあった…。それだけだよ…」
マオの言葉にルルーシュはさらっとそう答えたが…
マオの方は…なんとなく表情を曇らせている。
恐らく、ルルーシュ自身が気づいていない何かを…マオが感じていたのかもしれない。
「とにかく…早く帰るぞ…マオ…」
ルルーシュはマオを追い越して先に歩いた。
マオもそのルルーシュの言葉につられて歩き始める。
「あ、待ってよ…ルル…」
いつもと変わらないルルーシュを見て、マオは少し、ほっとした表情を見せる。
マオの中のルルーシュの存在の大きさは絶対的な大きさを占めている。
ルルーシュがいくらマオを邪険に扱っていても、ルルーシュはこれまで、マオ以外の人間をルルーシュに近づけなかった。
だから、マオ自身、安心していた部分は否めないし、ずっと、そのまま続くと考えていた。
この時、マオに生まれた不安が…これから先、どう変化して行くのかは…マオ自身にも解らない。
そして、ルルーシュ自身は当然の様に気付く筈もない。
ルルーシュが向けるマオへの、他の人間に対してのものより、ほんの少しだけ柔らかな表情…
マオはそんなルルーシュの表情を見ると幸せを感じていた。
だから、ルルーシュに対して危害を加えようとする者は徹底的にぶちのめした。
小学校の頃、苛められていたマオを救ってくれたルルーシュの為なら…強くなれると…自分自身に言い聞かせた。
そして、小学校卒業の頃には、その小学校では喧嘩でマオに敵う者はいなくなっていた。
―――ルルは…僕だけのルルだ…誰にも渡さない…
二人がマンションに辿り着くと…そこには…
「ルルーシュ…遅かったのね…」
そこには…ルルーシュの母親が立っていた。
ルルーシュの事を愛している事は確からしいが…その愛情の向け方が異常だ…
そう云う点では父親も大して変わらないのだが…
「母さん…今日は…また、突然…ですね…」
ルルーシュが少し身体を強張らせているのが解る。
ルルーシュがその一言を告げると、母親の方が『はぁ…』と大きくため息を吐いた。
そして、マオの持っている買い物袋を一瞥した。
「ルルーシュ…少しお話があるの…。マオ君、申し訳ないんだけど…今日はおばさんにルルーシュを…貸して下さるかしら…?」
にこりと笑ってマオに云う。
笑っているものの、その表情と声色は確実に逆らう事を許さないと云う意思表示がされている。
「あ…ハイ…。あの、ルル…」
マオがうろたえたようにルルーシュに声をかける。
「母さん、マオの方が先約です。今日は、マオの好きなものを作るって約束しているんです…。出直して…頂けませんか?父さんとも…暫く会っていませんし、ちゃんと連絡下されば…時間は作りますから…」
ルルーシュがきっぱり云い放つと…
「そう…ま、仕方ないわね…。じゃあ、今度の日曜日…いいかしら?今月中は日本にいるから…たまには母子水いらずで過ごしたいの…」
母のその言葉にルルーシュの身体が更に強張り、びくりと震えたのが解った。
それでも、ルルーシュはそれ以上、逆らえない事を承知していて…
「解りました…。日曜日…ですね…。このマンションで…お待ちしています…」
ルルーシュがそこまで云うと、ギネヴィアがコツコツとハイヒールの音を響かせ、マンションの入り口から離れて行った…
そして、ルルーシュの横を通り抜ける時に、ルルーシュの耳元で、ルルーシュにしか聞こえないようにこう囁いた。
『暫く見ない間に…また綺麗になったわね…。あの人が…あなたを独り占めしたがる気持…解るわ…。気が変わったらいつでもブリタニアに連絡なさい…。いつでも、迎えに来てあげるから…』
ギネヴィアが通り過ぎた後もルルーシュの身体は金縛りにあったかのように動かす事が出来なかった。
否、思考そのものがフリーズしていたのかもしれない…
「ルル…」
心配そうにマオがルルーシュに声をかける。
マオもルルーシュに詳しい事を説明された訳じゃないが…でも、ルルーシュの両親のルルーシュに対する愛情は…確かに傍から見ていても異常だと思う。
まるで…ルルーシュを…独占しようと…張り合っているように見える…
マオは母子家庭だから、そう云った両親の揃っている家庭は知らない。
でも、ルルーシュの家は両親が揃っていても、普段はルルーシュと離れて生活している。
それは…彼らのルルーシュの所有権の主張した時、二人で出した妥協案だった。
―――大人って…勝手だ…
恐らく、この場にいる二人の少年の思いだろう。
そして…ルルーシュは…
―――いつまで…こんな事が続く…?一生…俺は縛られ続けるのか…?『アイツ』がいたら…少しは違ったのか?俺はただ…一緒にいたいだけ…なのに…
スザクが外での所要を終えて会社に戻ると…
「あ、スザク…遅かったな…。今日もお前、残業だって…」
ジノがそんな事を告げに来た。
「また?なんで片道2時間かかる僕ばっかりそうなるのさ…。ジノは徒歩で通えるところに住んでいるってのに…」
「使いやすいんだろ…お前…そうやって云ったって、ちゃんと残って仕事して行くしな…。それに、ここ最近、様子がおかしかった所為で、随分ミスしただろ?それで、ミレイ部長がカンカンだからな…」
ジノのその一言に大きくため息を吐かざるを得ない。
確かに…ここ最近、ぼんやりしていて、仕事のミスは連発するし、ぼぉっとしていて時間だけ過ぎ去っていた事もあった。
「解った…。部長はどこ?」
「お!書類はちゃんと持って帰って来たな…」
「ジノ…いくらなんでも僕、そこまでぼんやりしていた覚えはないんだけど…」
「いんにゃ…外出る前までのスザクなら何が起きてもおかしくなかった…。出先でいい出会いでもあったのか?」
相変わらず、そんな事ばかりに興味を持つジノだが…
まぁ、当たらずも遠からず…なので、とりあえず、否定はしない。
「お金…返せたんだ…。あと、その子に似合いそうだったから、お礼のつもりでちょっと、携帯電話のストラップも付けたんだけど…」
「お礼の方が高くついてるじゃん…」
「ま、いいんだよ…。僕が渡したかっただけだから…」
そんな事を云いながら、外周り用のカバンを置いて、自分を指名している人物の元へと向かった。
「ただいま戻りました…」
「おかえり…。書類は?」
「あ、これです…」
そう云って、A4サイズの茶封筒をミレイに渡す。
そして、ミレイの方は封筒の中身を出して目を通す。
2分程、内容のチェックをして…
「よし!OK!最近、スザク君、様子がおかしかったからね…。ちょっと外の空気を吸わせた方がいいかなぁ…と思っちゃったから、こんなこと頼んじゃったんだけど…」
「あ、あの…外の空気を吸うなら…残業を減らして下さいよ…。僕、片道2時間で通勤しているんですよ?」
切実な現実に頭を悩ませているスザクが脱力したように云うが…
この女部長…その辺りは完全スルーだ…
「まぁまぁ…君はまだ若いんだから!ほら、良く言うでしょ?『若い時の苦労は魂売ってでもしろ!』って…」
「それって、『若い時の苦労は買ってでもしろ…』の間違いじゃ…」
「細かい事は気にしなぁ〜〜〜い♪」
目の前の女部長のハイテンションぶりにスザクは更に脱力感を覚える。
とにかく、このハイテンションに付き合っていたら、更に、生気を吸い取られそうな気がする。
「とりあえず、仕事に戻りますね…」
そう云って、スザクが自分のデスクへと歩き出そうとした時、
「スザク君!スト〜〜〜〜ップ!」
女部長のその言葉に止めなきゃいいのに、足を止めてしまう。
そして、足を止めてしまったが最後、確実に無茶ぶりされる事は目に見えていた。
恐る恐る、もう一度ミレイの方を見る。
すると…
―――また…怖い笑顔を作ってんなぁ…
思いっきり、この上ない正直な感想が頭を過った。
そんな、びくびくしたスザクの姿を楽しんでいるフシのある目の前の女部長だが…
それでも、命に関わるような無茶振りはしないし、結構面倒見もいい…
―――ただ…妙なお祭り好きは勘弁してくれ…
これは、スザクだけでなく、この部署の『男性』社員全員が思っている事だ…
一部を除いて…
スザクがこの部署に配属され、ミレイのお気に入り(のおもちゃ)になった時、それはそれは、この部署の『男性』社員たちは胸をなでおろしているのだ。
「そんなにびくびくしないでよ…。今回も仕事だから…」
ここでもと云うひらがな一文字が入ってくるあたり、彼女の行動パターンが少し見えてくるようだ。
「なんですか?」
スザクは『仕事』と云われてしまえば逆らう訳にもいないので、ミレイの方に向き直ってきちんと姿勢を正した。
「うん…今度ね…ちょっと、接待があるの…。今度の接待は君がついてきなさい…。大切な出資者との食事だから…まぁ、ちゃんとネクタイ締めて、サラリーマンとして恥ずかしくないカッコだけして来てね?」
「いつですか?」
「金曜日の夜…。終業後、一緒に着いてきなさい…」
「はい…」
スザクにとって、初めての御指名だった。
「えっと…ミレイ部長?お相手は…?」
「大物よ…。今、日本に帰ってきているみたいなのよ…。で、社長であるお祖父様が何とか席を設けたらしいの…」
「だから…その相手は誰なんですか?」
「ちゃんと新聞くらい読みなさい!今、日本の帰国している大物よ?」
「え?ひょっとして…」
ミレイの言葉でなんとなく…その相手が想像できた。
普段、帰りの電車の中でくらいしか、新聞を読めるだけの時間もスペース的余裕もないのだが…
その頭に浮かんだ人物の名前…
スザクとしては…色々と複雑な感じもするのだが…
しかし、ここで断る理由もない。
そして、スザクの表情で、スザク自身が、その相手が誰であるのか、気づいたらしいと、ミレイが表情を少しだけ変えた。
「そう…。ギネヴィア=ランペルージ女史よ…」
大物の名前…
そして、スザクの挙動不審を誘っていた少年の母親…
「あ…あの…その日は…社長ご本人だけがその席に…?」
「まぁ、多分そうね…。旦那さんの方は今、国会中だし、来られるとも思えないわ…」
スザクの思いを知らない…と云うか、スザクがその社長の息子と面識があると云う事を知らないミレイがそう告げるが…
知りたい事はそこではない。
「えっと…あの…確か、ギネヴィア社長は…息子さんを大変可愛がっておられると…聞いたのですが…」
少々無理のあるフリだとは思ったが…
それでも、思い切ってその一言を口にしてみる…
「ああ…よく知ってるわね…。まぁ、ご夫妻は息子さんをそれは、それは可愛がられているわ…。まぁ、お相手のお好きなもの、お好きなことを把握しておくのは営業の基本だし…」
途中から…ミレイの言葉が入って来なくなっていた…
スザクの頭の中で…何かがぐるぐる回っている。
ただ…その中で一番強い思いは…
―――会いたいな…
と云う気持ちだった…
それは…誰に対してのものであるとか…そう云った具体的なものはない。
ただ、漠然とそんな風に思ったのだ…
その頃…
ルルーシュの暮らすマンションの中には…ルルーシュしかいなかった…
先ほど…母親の突然の来訪で…ルルーシュの様子が一瞬にして変わった事を気にして…
マオは、ルルーシュを部屋まで連れて行って、そっと帰って行った…
冷蔵庫に…マオが食べたいと云っていた夕食のメニューの材料を残して…
ルルーシュを愛してくれる両親…
それは解っているが…
それでも、常に自分を巡って、両親は云い争いをしていた…
「俺は…一人しかいないのに…。どうして…独占…したいと思うんだ…父さんも…母さんも…」
ベッドに腰掛けて、下を向いて…どれほどの時間…考え込んでいただろうか…
考えても致し方ない事だ…
あれが…『親の愛情』だと云うのなら…どうして…ルルーシュの意思を無視して、自分に縛り付けようとするのだろうか…
どちらも…ルルーシュは親として尊敬しているし、子供として甘えたいとも思う。
でも…両親は…それぞれ、ルルーシュを独占しようとする。
愛されている事は…有難いと思う。
幸せな事だと思う。
愛情を注いで貰えない子どもだっているのだから…
でも…『独占欲』と云う『愛情』は…苦しい…
どちらも好きだし、どちらにも笑っていて欲しい…
時々…二人のその大き過ぎる『愛情』が怖くなる…
恐らく、今日も父には知らせないで母が来ている…
そして、いずれ、父も今日の母と同じ事をする。
何故…3人で一緒に…と云う事にならないのだろうか…
両親のルルーシュに対する大き過ぎる『愛情』『独占欲』をはっきり意識するようになったのは、中学に上がってからだ。
―――普段は…ほったらかしのくせに…
両親の仕事の事を考えれば、ある意味仕方ないと解っている。
それは、ルルーシュの理解している。
でも…それでも、ルルーシュとしては家族3人で…
そう望んでしまうのだ…
マスコミの前でだけ…反吐の出そうな仲睦まじい家族を演じる。
ただ…そんな反吐の出る様な状態でも…その時だけ…両親がルルーシュと一緒に笑ってくれる…
それだけが…せめてもの救い…と云うべきか…
地位も、名誉も、金もある…
それを築き上げてきた両親は凄い人たちだとは思うけれど…
そう思いながら…まだ、制服のままだったのだが…ベッドの上にゴロンと横になる。
すると…ベッドの上に…ポケットから何かが出てきた…
先ほど、あのサラリーマンがルルーシュに握らせたまだ、きらきら光っている100円玉と…折り鶴を模ったチャームのついた…携帯電話のストラップ…
つい、受け取ってしまった…
「そう云えば…あのサラリーマン…俺よりずっと年上の筈なのに…俺よりずっと綺麗な目をしていたな…」
印象的な翡翠色した瞳…
あの先の会社に勤めていると云っていた…
あの先にある会社は…大卒以上でないと入社出来ない一流企業ばかりだ。
「あんな顔していて…優秀…なんだな…」
見た印象では…子供っぽい雰囲気のあったサラリーマンだった…
ルルーシュは…既に外が暗くなり始め、カーテンを閉め切っていた薄暗い部屋の中で…そのストラップを…泣きそうな気持ちで…見つめていた…
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