幼馴染シリーズ 〜第3部〜


Third Story 04


 大学入学式後は…新入生は大変なカオスに巻き込まれる。
それこそ…サークルへの勧誘がこれでもかと…
コンパ目的なサークルから本格的に『一つの事』を追及して行くオタクサークルまで…
ルルーシュは正直、学業に追われる事になるから絶対にサークルなんて御免だと思っていたのだが…
勿論、学業の事もあるが、ナナリーが元気になって心配ごとも増えて来た。
ナナリーはこれまで自分の体の事もあり、あまり外に出る事がなかった。
しかし、元気になって、身体を動かしても具合悪くならない…という事が自分の中で理解し始めてから…出歩く事が増えた。
元々、友人がそれほど多くいた訳ではない。
となると、一緒に出かけてくれる友人がいてくれないと心配な事はあるし、ナナリーは
『もう元気になったんですから…大丈夫ですよ…』
というのだが、ロイド曰く、普通の健康な体になった訳じゃなくて、以前よりも多少自由が増えただけ…との事だ。
その言葉をどう受け取るかは個人差があるが、ルルーシュとしては、それまであまり外に出ていなかったナナリーがいきなり外に出たがるようになり、無茶をしてしまわないか…心配でならない。
これまで出来なかった事が出来るようになる…
ナナリーは手術の後も、日本に帰って来てからも、その部分で浮かれている状態に見えた。
確かに以前よりは生活の制約は少なくなったし、執刀医のロイドからも
『あんまり家の中で大人しくしている必要はないからねぇ…。と云うよりも、あんまり動かないで運動不足になる方が問題だよぉ?』
との話だったが…
どの辺りまでなら構わないのか…どの辺りから無理な領域になるのか…さっぱり解らない。
ブリタニアにいた頃は、確かにリハビリと云っては、最終的にはルルーシュ、ノネット付き添いの元に街を歩くと云う事もしたのだが…
その時にも、帰ってからぐったりしていたのを思い出すと…
でも、その事を心配ばかりして閉じ込めてしまってはナナリーがあれだけ頑張って手術を受けた意味がなくなってしまうと云う事になる。
それは解っているが…やはり、ナナリーがどの程度の事なら大丈夫なのか、見極めるまではやはり、ルルーシュはナナリーの為に時間を使いたい…と考えているのだが…
当のナナリーの方は…
『大丈夫です…。具合悪くなれば、ちゃんと自分で病院へ行きますから…。この間だって、自分で具合悪いと思って、タクシーを拾ってちゃんと病院へ行ったでしょう?』
と云われてしまい…少々複雑なのだが…
確かに、ルルーシュがこれまでナナリーに向けていた心配ほどナナリーに気を回す必要はないのかもしれないが…
それでも、
『ナナリーは以前よりも元気になって浮かれている状態なんだ!』
と、日本に帰って来てからも考えている。
しかし、実際には目に見えて、ナナリーがルルーシュの手を離れている事は…解っているのだ…
それまで、ナナリーの事ばかり考えて来て、ルルーシュ自身、自分の趣味なんて考えた事もない。
つまり…ナナリーがルルーシュの手を離れてしまった事に…戸惑って、何をしていいのか解らない状態に陥っている…という事なのだが…

 今日もアッシュフォード学園の高等部に入学して友達が出来たとか…で、出かけて行った…。
マンションに残されたルルーシュは…とりあえず、ナナリーの部屋を掃除しようと思っていたら…
「あ、ルルーシュ…ナナリーの部屋ならさっき、自分で掃除をしていたぞ…。元気になったんだから…自分の事は自分でやらないと…って云ってた…」
と、ナナリーの部屋に入ろうとしていたルルーシュにノネットが声をかけて来た。
ノネットのその言葉に、ルルーシュの表情があからさまに曇った。
最近ではいつもこんな調子だ。
これまでナナリーの事は全てルルーシュがやってきたのに…という思いから…恐らく、寂しさを感じているのだろうと思う。
確かに…ルルーシュのナナリーに対する構い方は異常と思える気がする。
「ルルーシュ…そんなに心配しなくたって、ナナリーはちゃんと自分で色々できるようになっているぞ…。少しずつ、ルルーシュ離れしようとしているんだよ…」
ノネットの言葉が…ルルーシュの胸にぐさりと突き刺さる…
―――ルルーシュ離れ…
ルルーシュの中で、『ナナリーはそんな事を考えなくていいのに…。ナナリーは…私に…私と一緒にいればいいのに…』そんな思いが募ってくる。
ナナリーさえいれば…ナナリーが笑っていてくれれば、自分に辛い事があっても自分の足で立つ事が出来た…。
ずっとそうだった…
でも…
今、こうして、ルルーシュの傍から…少しずつ離れて行くナナリーを見ていて…自分の中に大きな穴がぽっかりと空いてしまった気分だ…
「……事…必要ない…」
ルルーシュがノネットの言葉に小さく、反論する。
ノネットが『え?』と云う表情を見せると…
「ナナリーが私から離れる必要なんてない!ナナリーは…私の傍に…。私だって…ナナリーがいれば…それで…いいのに…」
ルルーシュがそう叫んで、かくんとその場に膝を付いた。
元々、ナナリーが元気になれば…という思いで、ブリタニアに渡り、そして、ナナリーの入院中も一生懸命ナナリーの為に病院に通っていた。
しかし、今のルルーシュを見ていると…ノネットは思う。
―――ナナリーに支えられていたのは…ルルーシュの方か…
確かにブリタニアにいた頃からその傾向があった…
こうして、今になって表に出て来たのは…こうして、物理的に、精神的にそう云った現実を目にしているからに他ならないだろう。
「ルルーシュ…。お前もナナリー離れが必要なんだよ…。解っているんじゃないのか?本当は…。ルルーシュだろ?ナナリーが元気になって、色んな事出来るようになればいいと思っていたのは…」
ノネットの言葉に…ルルーシュははっとするが…
しかし…解っていても感情がついて行かない…
恐らく、その表現が一番この状態にふさわしいと思われる。
「ノネットに…私たちの何が解る!ナナリーと私は…」
ルルーシュが涙ぐみながらそう叫んで玄関から飛び出して行く…
「ルルーシュ!」
恐らく…ノネットのルルーシュを呼ぶ声は…ルルーシュには届いていない…そんな事を悟りつつも、ルルーシュが飛び出して行った扉をノネットが見つめていた…

 ノネットに怒鳴りつけて…マンションを飛び出して来たはいいが…
何も持たない状態だった…
携帯電話さえ…
30分程、ふらふらと歩いている内になんとなく頭が冷えて来て…
そして、ルルーシュの前を通り過ぎて行く…ナナリーと同じくらいの年頃の少女達を見ながら…確かにノネットの云う通りだと思うのだけれど…
それでも…自分の中で、感情がそういう方向へ行かないのだ。
公園のベンチに座り込んで、休日の公園を見ていると…小さな子供を連れた母親だとか、友達同士で広場になっているところでサッカーをしている小学生だとか…
そんな人々が目に飛び込んでくる。
小さな子供たちは各々が兄弟姉妹なのか、友達同士なのか、設置されている遊具で遊んでいる。
ナナリーには…そう云った経験がないのだ。
幼い頃から、すぐに具合悪くなる事もあって、中々外に出る事もなくて…
そんな中で…やっと…高校生になってやっと…一緒に遊びに出かけられる『友達』が出来た事を喜んでやらなくてはならない…
そう思うのに…
「私は…ナナリーの姉失格だな…」
下を向いてぼそりと呟く…
ナナリーが自分の楽しみを見つけて、それを楽しめている…
それは自分が望んだ事であった筈なのに…
でも…こうして、いざ、ナナリーが自分の足で歩き始めた事を知ると…身勝手だと思う反面、これまではずっと、ナナリーは自分の傍にいるのが当たり前だったのに…と、矛盾した気持ちも生まれて来る。
ナナリーがルルーシュの傍から離れられないと云う事は、他のナナリーと同じ年頃の女の子達が普通に楽しんでいる事が楽しめないと云う事だ…
本当は、ナナリーがそう云った事が出来るようになった事を喜ばなくてはならない…
否、一番喜んでしかるべきだと…そう思うのに…
でも…素直に、ナナリーがナナリーと同じ年頃の女の子達と同じ楽しみを味わえるようになった事を喜ぶ前に…自分の寂しさが来てしまっている。
「ナナリーが…一人で色々できるようになって…私は…」
そんな事を呟いていると、涙が出て来た。
これが…嬉し泣きだったら…きっと、こんなに自分の事が嫌になんてならない…
でも…これは…嬉し泣きじゃない事が…ルルーシュには…解るから…
だから余計に自分が嫌になる…
ナナリーの事は大切な妹だと思っている。
それは本当なのだ。
でも…ナナリーの笑顔を…一人占め出来なくなった事に…ルルーシュの中でそれが…どろどろとした何かに変わっている事に気がついている。
そして…ナナリーの笑顔が他に向けられていても…ナナリーが笑っていられるのなら…それでいいのではないか…
そう考えた時…
「私には…本当に…ナナリーしかいなかった…。スザクの事だって…多分…ナナリーがいたから…」
そう…呟いた途端に…さっきから流れていた涙が更に増水した川のように流れてきた…
「そうか…私は…ナナリーの為にナナリーの事をしていた訳じゃなかった…。私が…ナナリーがいないと…寂しかったから…だから…」
口にしてみると…更に自分の事を責めたい気持ちになった…
ナナリーは…いつも笑顔でルルーシュに『お姉さま、有難う御座います…』と云っていたのに…
でも…ナナリーの感謝とは裏腹に…ルルーシュは自分の為にナナリーに…
そう思うと…更に自分が嫌な人間に見えて…落ち込んで行くのが…自分でも解った…

 下を向いて泣いていると…
「おんやぁ?どうしたのかなぁ?こんなところで一人で泣いて…。ひょっとして…彼氏に振られちゃったのかなぁ?」
自分の足元に…誰かが立っていると思われる足がある事に気がついて…その声に嫌な感じがした。
こんなところで泣いていたルルーシュも悪いかもしれないが、下心見え見えの声のかけ方をする自分の目の前に立っている男にも腹が立つ。
ルルーシュはくいっと涙を拭ってキッと顔を上げた。
そうして、その場を立ち上がり、黙ったままその場を立ち去ろうとする。
しかし、そう云った輩と云うのは、どうもしつこいし、空気を読まない生き物のようだ。
「ねぇねぇ…無視しないでよ…。別に取って食おうとか考えている訳じゃないんだしさぁ…」
どう見たって怪しいその相手にはほとほと困る。
今時こんなナンパもあるまい…
ナンパでないのなら、家出娘と間違えられたか?
そこまで粗末な格好をしているつもりはなかったが…
その男はすたすた歩いているルルーシュの後を付いてくる。
―――鬱陶しい…
思わず泣いてしまう程精神的に切羽詰まっている状態で…
正直、虫の居所が悪い…
こんな時にこう云う輩が目の前にいると云うこと自体、恐ろしく虫唾が走る。
公園を出て、通りに出ても付きまとって来るその男にいい加減堪忍袋の緒が切れる。
「いい加減にしてくれ!お前の存在が迷惑だ…消えてくれ…」
その男の方を向こうともせず、ルルーシュが云い放つ。
こんな訳の解らない男に付き纏われた時、こんな態度に出たら、逆上して何をして来るか解らない…
でも、この時のルルーシュはそんな事を考えている余裕もなかった。
「なんだと?人が下手に出ていればつけあがりやがって…」
案の定、ルルーシュの一言で我慢の限界はあっさり超えてしまったようである。
その男の態度の変化にルルーシュも『しまった…』とは思うが…
それでも相手は頭の悪そうな男だ。
適当に云い負かしてしまえばいい…
そんな風に思ってその男の方を見て下から睨み上げた。
「お前…勝手に人に声をかけて来て置いて何さまだ?私はお前に声をかけて欲しいなんて頼んでもいないし、遊んでくれとも頼んではいない!それに、私はお前みたいに頭の悪そうな男は嫌いだ!さっさと消えてくれ…」
そう云い放って、再びその男に背を向けてすたすたと歩いて行く。
普段ならあり得ない失態だ…
「なんだと?こいつ…」
その男はそう怒鳴ったかと思うと、ルルーシュの肩を力いっぱい掴んでいた…
どうやら、本当に頭の悪い男だったらしい…と心の中で舌打ちする。
恐らく、自分より弱い相手に対してしか強気に出られない小心者…
自分よりも弱い相手であれば、力でねじ伏せる事が出来るから…
ルルーシュの最も嫌いなタイプだ…
「頭も悪いし、素行も悪い…。女にもてない訳だな…。もう少し自分自身の行いを振り返った方がいい…。その中できちんと問題点が気づけたなら…女の方から寄ってくる…」
普段のルルーシュなら決してこんな相手に対してこんなセリフを吐いたりはしない。
恐らく、適当なところに逃げ込んで、捲いていた筈だ…
「このアマ!」
その男がルルーシュに対して拳を振り上げた…
「ルルーシュ?その人は知り合いか?」

 ルルーシュの背中から声がかけられる。
どう見たって知り合いと話している様には見えないだろうが…
ただ、ルルーシュとしては助かったと思う…
「スザク…?」
ルルーシュが振り返ると…そこにスザクが立っている。
スザクは…ルルーシュに対して拳を振り上げている男を絶対零度の視線で睨んでいる。
その男もそんなスザクの視線に怯んだらしい…
「ふん…」
そう吐き捨ててそのままルルーシュの傍を離れて行った。
その男の姿が見えなくなると…
「お前…何をやっているんだ…。あんな妙な奴とお友達にでもなったのか?」
スザクが呆れたようにルルーシュに尋ねる。
あんな奴と友達になった覚えなどないが…絡まれていた事は事実で…
でも、スザクのそのもの云いに少しムッとして…
「友達に見えたのか?スザクの目には…」
ルルーシュもスザクの云い方に『可愛くない』と思いながらそう答える。
―――助けて…貰ったのに…
ルルーシュがナナリーの事で落ち込んでいたってスザクには関係のない事だ。
ここで八つ当たりされたらスザクに気の毒というものだ。
「あ…ごめん…助けて…貰ったのに…」
すぐにそう云い直すと…スザクの方が驚いた表情を見せる。
「おいおい…何があった?ルルーシュがそんな風に素直に返してくると心配になるぞ…」
「う…うるさい!」
ルルーシュがスザクから視線を外して云い捨てる。
確かに…らしくない…
「というか…お前…手ぶらなのか?」
ルルーシュが何も持っていない事に気づいたスザクらルルーシュに尋ねる。
確かに…ノネットに怒鳴りつけて、そのまま出てきてしまって…携帯電話すら持っていない。
「あ…」
「そんなんじゃ…ナナリーが心配するぞ…。ナナリーはちゃんとルルーシュに連絡入れているんだろう?出かける時にしたって…。外出していてお前が携帯を持っていないんじゃ…お前と連絡取れないじゃないか…」
スザクの言葉に…ルルーシュは『あ…』と小さな声を上げた。
そう…
ナナリーは元気になって、外に出かける時、出かけている最中でもきちんと連絡を入れて来る。
電話なり、メールなり…
映画を観る前には映画館に入る時に何時まで上映していると云うメールを送ってから電源を切っている。
ルルーシュは…そんなナナリーの細かい気遣いに…気づいていなかったのかもしれない…と思う…。
そう…ナナリーは別にルルーシュの事を忘れている訳じゃないのだ…
ルルーシュの傍にいなくても…ルルーシュに対して気持ちを置いているのだ…
「あ…あ…」
そう気づくと、またも涙が出てきた…
情緒不安定なのか?
そう思ってしまう程…
「ルルーシュ…?」
スザクが不思議そうにルルーシュを見ているが…
それでも、ユーフェミアとカレンの言葉を思い出す。
―――そうか…そうだよな…
スザクの中でなんとなくではあるが…はっきりと納得する。
今のルルーシュの状況を…
そして…ルルーシュの肩に手を回して…歩き始めた…
「少し…俺に付き合え…」
ルルーシュのプライドの高さを知るスザクが、ルルーシュにそう一声かけた…

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