もやもやした気持ちを抱えたまま…スザクは今…
「あの…スザク?ここ最近、こちらに来てばかりですけれど…。それに…ずっと暗い顔をして…」
そう声をかけたのは、スザクの元彼女で現在この喫茶店で働いているユーフェミアである。
今の二人は、付き合っている時の様な不安感がない分、周囲から見ても当人同士も、付き合っていた頃よりも遥かに良好な関係に見える…
それゆえに…スザクは甘えている部分もあるのかもしれないが…
さっきから冷めたコーヒーをぼんやり見つめているスザクの姿に…見かねてと云うか…ぶっちゃけ、『鬱陶しい』と思いながらユーフェミアが声をかけたのだ。
「あ…ごめん…。邪魔か?」
今はランチタイムでもないし、比較的客の少ない時間帯で…席を見ても人の姿はまばらだ。
しかし、カウンター席にこんな、暗雲の様なオーラを纏った人物が座り込んでいれば…流石に、声をかけない訳にもいかないだろう。
「いえ…。ルルーシュの…事なんですか?」
既に新しい幸せを見つけて、スザクの事はすっかり過去の事として据えているユーフェミアは既にスザクを友人として見ているし、ルルーシュに対して昔の様な感情は持ち合わせていない。
だから、他のメンツでも切りだせないような話題であっても遠慮なくスザクに切り出すのだが…
「まぁ…そうと云えばそうなんだけど…」
そこまで云った時、鬱陶しい程の大きなため息を吐いた。
ユーフェミアとしても『やれやれ』と思うしかないのだが…こればかりは何ともならない…。
スザク本人が動かない限り、どうにもできない事なのだが…
しかし、彼らの知らないところで既にルルーシュの周囲には多くの者たちが存在している。
ブリタニアに渡る前からルルーシュを気にかけていたジノは勿論、ルルーシュに義兄であるシュナイゼルもただならぬ様子となっているし…そして、ルルーシュが日本に戻り、医学部に進学すると聞いて、進路変更を決めて、ついて来たノネット…
ノネットは確かに女なのだが…スザクを見るあの目は…
―――確かに…ルルーシュのナイトだな…
と、思ってしまう。
それ以前に…ルルーシュを見て驚いた…
―――綺麗に…なっていた…。
かつて…ルルーシュはスザクを好きだと云ってくれたが…
今でもそんな事をこだわっている自分に自嘲してしまう…
―――一体…何年前だと思っているんだ…
ルルーシュの中ではすでに過去の思い出になったと…彼女は笑うかもしれない。
否、それ以前にそんな事実を覚えているかどうかさえ怪しい…
あれだけ綺麗になっていたし、同姓のノネットが本当にルルーシュを守る様にいつも一緒についているのを見ると、ブリタニアでも本当は好きな相手が出来て、ひょっとしたら、悲しい別れをしてきたのかもしれない…
ルルーシュの事だ…
一度好きになった相手を早々忘れるようなキャラではない事は…スザク自身、自惚れではなく、理解している。
スザクの深刻な顔を見て、ユーフェミアはちょっとかわいいとも思うのだが、流石に鬱陶しいと思い始めてしまうとイライラしてくる。
「スザク!いい加減に湿っぽい空気を撒き散らすのはやめて下さいな…。ルルーシュはライバルいっぱいなんですよ?こんなところで落ち込んでいていいんですか?」
「ライバル…か…。確かにルルーシュ…綺麗になっていたし…なんか知らないけど、ナイトも連れて帰って来たしな…」
ユーフェミアの中ではこんなにぼんやりして呆然としているスザクを見たのは初めてだ。
ユーフェミアとしては、こんなスザクを見たかった訳じゃないのだが…
「なら…スザクは諦めるんですか?ルルーシュを…。スザクはルルーシュが好きなのでしょう?」
普段は柔らかな表情を見せているユーフェミアがやや声を荒げる。
他にも客がいるのだが…殆どお構いなしの状態だ。
ユーフェミアとしても、こんなヘタレたスザクの為にあんな涙を流した訳じゃないと云う思いはあるのだ。
「放っておいたら?どうせ、こんな状態のスザクがルルーシュの前にしゃしゃり出たって、ルルーシュに嫌われるだけよ…」
二人のやり取り割って入ったのは…
「カレン…。いらっしゃいませ…」
その声の主の顔を見てユーフェミアが少し困っていると云った笑顔を見せた。
「ユーフェミア、レモンティくれる?」
「はい…すぐに…」
スザクの隣に陣取ったカレンがユーフェミアに注文すると、ユーフェミアはカウンターの中の棚からカレン用のカップを出して、紅茶の準備を始める。
「スザク…これがあのルルーシュが惚れた相手とはねぇ…。って云うか、何を落ち込んでいる訳?」
さっきから口うるさい女ばかりが集まってくる…と云うのはここでぶっちゃけられないが、スザクの中のこの上ない本音だ。
こう云ったメンツが集まってくる事を解っていてここに来るのは何故なのだろうか…と時々思うのだが…
「まぁ、不安になるのは解るわよ…。相手はあのジノさんに、シュナイゼルさん…そして新顔のノネットだもんねぇ…。ノネット…なんで男じゃないのかしら…。と云うか、ノネットはこの際性別関係ないって感じだけどね…」
カレンがノネットが来日して以来、時々話をしていて、気があったのか…良く話をするようになっていた。
カレン自身、ノネットに対して悪い感情はない…。
ノネットが男であればそれこそ、そのままルルーシュを任せていいとまで思ったくらいだ。
しかし、その辺りは、変なところで常識人になってしまうカレンとしては、ルルーシュに対して『平凡な幸せを!』などと考えてしまう…。
同性愛が肯定されるのは、恐らく、小説や漫画の中だけの話…と云うのがカレンの持論だ。
「でもね…スザク…。ルルーシュはブリタニアで引く手数多だったそうよ?告白してきて彼氏になりたいと思っていた男どもは…。それでもルルーシュは全部断っていたんだって…。勿論、ナナリーの事もあるだろうけれどさ…。ヴァインベルグ家のニュースを見てルルーシュ、相当ショックだったらしいし…」
カレンの本心がどこにあるかはよく解らないが…
しかし、この話をしてスザクが動かないのであれば、最早救いがない…と思うしかない。
ルルーシュの気持ちがこの事実の中に込められているのであれば、ここでスザクが動かないのであれば、ルルーシュは他に幸せを求めるべきだとも思うのだ…
「そう云えば…私がアッシュフォード学園のクラブハウスにいられるように手配して下さったのはシュナイゼルさんでしたよね?」
「あれに関しては、シュナイゼルさんが独断で動いたらしいけれど…。でも、その事を聞いて、ルルーシュはそのニュースを見てからの緊張が解けたそうよ?ノネットが云ってたわ…」
この言葉をスザクがどう受け止めるか…
それが問題なのだが…
「ルルーシュが?」
やっと、カレンの言葉にスザクが反応した。
「ええ…。あの時、ルルーシュの中では自分が消えた事によってあんたたち二人がうまく行くと信じてブリタニアに渡っているしね…。大体、ルルーシュ一人がいる事で壊れるような関係ならそれまでの関係って事なんだけどさ…」
「確かに…その通りですよね…。今なら笑い話になっちゃいますね…」
ユーフェミアがカレンにレモンティを渡しながら続けた。
「ただ、やっぱりヴァインベルグ家の事を気にしていたのは本当みたいね…。勿論、ジノさんの事もあったから…だと思うけれど…。でも、本音の部分は、あんたとユーフェミアの事を心配していたのよ…。と云うか、あんたが笑っていられるか…と云う事だけを考えていたと思うのよね…。ルルーシュはそういう子だし…」
「ホントに不器用な愛情表現ですけれどね…。だからこそ私もムキになっていた事もある訳ですし…」
ユーフェミアがそこまで云うと…さっきまでスザクに向けていため息とはちょっと違うため息を大きく吐いた…
「二人して…何が云いたい?」
「ルルーシュの気持ちを察して差し上げても…罰は当たらないと思いますけれど?だって、ルルーシュ、今はナナリーが一人で歩き始めて…少しぼんやりとした感じですし…」
ユーフェミアがそう云った。
あの頃、ルルーシュの一挙手一投足で反応していただけあって、観察眼は鋭いものを持っている様である。
「まぁ、あの頃、ホントにナナリーの事で頭がいっぱいだったものね…。ルルーシュは…。それでも、あの事故で、ルルーシュはあんたの記憶を消したのよ?あれだけナナリーの事ばかりだったルルーシュが…。確かに、初恋だとか、そんなものは一時期の熱病みたいなものかもしれないんだけどね…」
一応、彼女たちなりにスザクに発破をかけているのだろうが…
確かに…ユーフェミアと別れた時には、自分の気持ちに素直になろうと決めたが…
再会した時…今のルルーシュを3年ぶりに見た時…近づけない…そう思ってしまったのだ…
あれから、ルルーシュとまともに口を聞いていない。
中々顔を合わせる事もなかったが…スザクの中でその事に少しほっとしている自分にも気付いている。
カレンもユーフェミアも、久しぶりにルルーシュを見て驚いた。
スザクが声をかけられない…そう思ってしまうのはある意味仕方がないのだと思えてしまう程…
それほどルルーシュは綺麗になっていたし、ブリタニアに渡る前にカレンに見せた笑顔は凛として見惚れる程だったが…再会したルルーシュはその時とは比べ物にならないくらい綺麗になっていた。
あの頃は、まだ幼さが残っていたが…今のルルーシュは…本当に高嶺の花と思ってしまってもある意味仕方がないのかもしれないくらい、カレンも驚いた。
「俺は…あいつを傷つけている…。あいつがブリタニアに渡るときだって…結局、何一つ、してやれなかった…」
「過去に拘って…笑って欲しいルルーシュに笑って貰えなくていいんですか?」
ユーフェミアの言葉は…正直ぐさりと刺さる。
ルルーシュには笑って欲しいと思う。
思えば、ルルーシュが帰国してからルルーシュの笑顔を見ていない気がする。
綺麗になったルルーシュが笑ったら…
そう思うが…
やっぱりスザクの中で何かが引っ掛かっている様である。
「ねぇ…スザク…ひょっとして、スザクはルルーシュの隣に立つ男は自分じゃなかった時のショックを考えてそうやって引いちゃっている訳?」
カレンの一言…
なんだか、さっきからこの二人の言葉にどんどん追い詰められている様な気がするのだが…
しかし、これは恐らく…と云うよりも、確実に自分が招いた結果だ。
それに…カレンの云う事が、多分、意識していなかった事であっても…ぴしゃりと云い当てられた様な気がした。
「あのさぁ…ジノさんも、シュナイゼルさんも、ノネットも…ルルーシュの為に努力しているわよ?全員、いい男でいい女だけど…。勝手に結論出して落ち込んでいるような奴には私だってルルーシュを渡せないわよ…。あんた、散々ルルーシュを泣かせて苦しめているんだからね!」
カレンのきつい一発が来た様な気がした。
「でもね…私、ルルーシュには笑って欲しいのよ…。あんな不器用な子だから…絶対に自分の幸せの為に…と云うのはなかなか難しいと思うだよね…」
「確かに…私とスザクの時も…他の誰を傷つけても…スザクの為…でしたものね…」
ユーフェミアがそこまで云うと、二人からの視線を感じた。
「だからね…あんたにルルーシュを引っ張って行って欲しいと思っているのよ…。私自身、こんなダメンズなあんたを好きなルルーシュをちょっと信じられないんだけど…まぁ、私としては、ルルーシュに笑って欲しいだけだし…」
「スザクは…そう思っているんですか?ルルーシュの事…。私も…ルルーシュにはいっぱい謝らなくちゃいけない事をしちゃっているんで…ルルーシュには…幸せであると思って欲しいんです…。だから…スザク…もし、あなたが、ルルーシュにふさわしくない…そう思ってこんなところにいらっしゃるのなら…それはルルーシュを侮辱している事にもなります…」
「俺は…」
スザクがそこまで云った時…またも黙りこんだ…
先ほどとは、違う何かが頭を過った様な…そんな表情に、カレンとユーフェミアが顔を合わせてにこりと笑った。
スザクは黙って立ち上がった。
「本当に…お節介だな…。ミレイ会長の影響か?」
スザクがコーヒーの代金をカウンターに置きながら云った。
「どうなんでしょうね…」
「私の場合は、あの時みたいなルルーシュの涙を見たくないだけよ…。あんたなんてどうだっていい…」
彼女たちらしい返事がきた。
それでいいと思う。
「叱咤激励は有難く頂戴するよ…。ただ…正直今の俺じゃあ、勝負にならない事も解っているからな…。多少は努力ってものをしてみるよ…」
そう云って店を出た。
外は…ユーフェミアと初めて出会った時の様な…桜が咲き始めている。
色々思い出してみると…なんだか笑えてしまう…
良く解らないが…それでも…あの二人に叱咤激励されるとなんとなく複雑だ。
確かに…あの時のユーフェミアの涙は…スザクがこんなところでごちゃごちゃ考え込む為に流したものではない…
それは…解っていた筈だった…
それなのに…ユーフェミアにあのようなセリフを云わせてしまった事に、色々自分に対して云いたい事はあるが…
云わせてしまった事をうだうだ考えているよりもまず、先を見ろと云われたのだから…
ルルーシュとは本当に不思議な存在だと思う。
常にルルーシュの周囲には彼女を守ろうとする者たちが集まってくる。
考えてみれば…幼馴染の立場でルルーシュを苛めっ子から庇っていた事もあったが…
「最後にルルーシュを苛めっ子から庇ったのは…いつの話だったかな…」
昔から綺麗な顔のつくりをしていたから、いい意味でも悪い意味でも良くからまれていた。
特に、保育園や小学校低学年くらいだと、その年ごろ特有の『好きな子をいじめる』と云った行動に出る者が多いが…
その時には確かにルルーシュに絡んで来るものも多かった。
気の強いルルーシュは決して負けないと云った態度だったが…
元々、運動が苦手、体力も自信のないのは昔からの話なので、手を出された段階でルルーシュは物理的に負けになるのだが…
そんな時にも彼女の負けず嫌いな性格がその目に現れていたから…
だから、苛めっ子たちも躍起になって行ったのだが…
あまりエスカレートして行くと、流石に見ていられなくなって、スザクが間に入って決して屈しないルルーシュをそこから連れ出すのにも一苦労だった…
結局…ルルーシュは後になって、助け出したスザクに礼を云う事はなく…
『あんな奴らに…私は絶対に負けないのに!』
と涙ぐんだ目で睨まれた…
当時のスザクはそんなルルーシュを見て、
『なんだよ!あいつら、ルルーシュの髪を引っ張って、悪口言って…』
『確かに力では負けていたかもしれないけれど…でも…心は負けてない!あんな連中に私は絶対に負けたりしない…。あいつら…ナナリーの事を…』
ルルーシュが何故引かなかったのかを知った時…それ以上スザクから言葉が出て来なくなった…
そして…
―――ルルーシュの気を引きたいなら…あいつらもナナリーの名前を出す様な事をしなければいいのに…
とよく思ったものだった…
でも、その事に優越感を持っていた自分がいた事を…敢えて無視していた…
そんな事を思い出すと…少し、あの頃の自分を見習ってみようと…そんな風に思うのだった…
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