幼馴染シリーズ ~第2部~


Second Tears 20


 ナナリーの手術を終えて、1年…
世界初の手術と云うことで、一時、マスコミを騒がせていたが…それでも、マスコミが押し寄せたのは、執刀医であるロイド=アスプルンド医師他、今回の医療チームの方であって、ナナリーはテレビを見ながら、『凄い騒ぎになっているんですね…』とまるで他人事のように呟いていただけだった。
寧ろ、ナナリーよりも、これだけ大騒ぎしているマスコミに怒りを露わにしていたのはルルーシュの方だった…
それを見ていたノネットも、精神的に切羽詰まっているのはルルーシュの方ではないかと心配したが…
その騒ぎも、それから1ヶ月もすると、その辺の週刊誌やワイドショーの記者達はさっさと新しい医療に役立つかも知れない微生物が発見されたと云うニュースと共にこちらからは引いて行ってのだ。
ルルーシュとしては、そんなマスコミの動きに対して何とも納得できないような表情をしていたが…
でも、こう云った情報のニュースなど…本当に欲しいと願っているのは、同じ目的を持つ者に限られる。
そう云った人々は他の手段でこうした情報を手に入れる術を知っている。
だから、一時的にマスコミが集まって来たとしても、新しい情報が入ればすぐに引いて行く。
病院にマスコミが出入りしていた時には、ルルーシュはロイドに対して
『ナナリーはまだ、治療中です!絶対あんな奴らの前には晒しませんからね!』
と、食ってかかっていたが、実際には病院側は患者の個人情報を漏らすような真似はしない。
事故や、悪意のある者の操作によって…と云う事にでもなれば話は別だが…
しかし、実際にはこうした病院にある個人情報は色々な意味で悪用される危険性が高い事は病院側も承知しているので、その辺りは、抜かりはない。
結局、手術当時のマスコミ騒ぎに関しては、ルルーシュだけが異様に気にして、イライラしていた…と云う結果なのだが…
しかし、あの時のルルーシュの精神状態を考えれば、ある意味いたしかたない事だったのかもしれない…と云うのが、周囲の見解だ。
実際問題、ナナリーの手術直後には倒れているのだ。
そのくらい、ナナリーの身体云々以前に、ルルーシュの方が精神的に参っていたのだ。
今となっては、ナナリーとノネットにその事をネタにされるとルルーシュは真っ赤な顔をして怒るが…
それも…手術がうまくいって、ナナリーが元気になったから…と云うことだ。
あの時、ナナリーに万一の時があったとしたら…ルルーシュはどうなっていたのか…
手術がうまくいっていたからこそ、今、こうして笑っていられるのだと思う…
世界で初めての手術…
その事が…ルルーシュ自身に様々な不安を与えていたのだろうとは思う。
だからこそ…手術が終わって、『成功しました』の一言で、彼女の体から力が抜けてしまったのだろうと思う。
そして…これから生じて来る不安は…
―――ナナリーは…これから、ルルーシュの手から離れて…一人で…歩き始める…。これまでのルルーシュを見ていて…ルルーシュは…

 ノネットの心配をよそに、ナナリーは少しずつ、学校へ通い始めている。
流石に、退院して…と云う訳にはいかなかったし、朝から出席して、全ての授業を受けられるようになるまでにはまだ、時間がかかると云うが…
これまでに中々学校へ行く事が出来ずにいたナナリーだったから…不安を抱えながらも嬉しそうにしていた。
そして、実際に学校へ通い始めると…
早速友達が出来たと喜んでいた…
そんなナナリーを見ている時のルルーシュは…嬉しそうにしている反面、少し、複雑そうな表情をしていた。
これまで、ナナリーがルルーシュの手を頼っていた事は事実だ。
ルルーシュも、それが当たり前だと思っていた。
しかし、病気が回復して、少しずつ一人で歩き始めて…ナナリーにはナナリーの世界が出来始めた…
その時、ルルーシュの中で、何か、ぽっかりと穴があいてしまったのだろう…
ナナリーの嬉しそうな顔をしているのを見ているルルーシュも、確かに笑ってはいるのだが…
しかし、その実、何か複雑な気持ちを抱えている…
それがよく解るような表情をしていた。
ルルーシュ自身に自覚があるのか、ないのかははっきりしないが…
これまで、やはり、ルルーシュと共にいたナナリーがルルーシュのその表情に気づかない筈もなく…
ある時、ノネットに相談を持ちかけてきたのだ…
『お姉さま…一体どうされてしまったのでしょうか?私が、手術を受けて、元気になったのに…。なんだか、笑っているのに…心の中では…何か違う事を考えていらっしゃるみたいな…そんな感じがします…』
と…
流石に、ノネットとしても、ルルーシュがどうしてそんな表情をしているのか解ってはいたが、そのまま話してしまう訳にはいかない…
確かに、物理的な事に関しては、ルルーシュはナナリーの為に色々して来ていただろう…。
でも、精神的な事に関しては、ルルーシュはナナリーがいたからこそ、強くあろうとしていたし、強くいられた…
それが…ナナリーが少しずつであれ、ルルーシュの手から離れて行く…
ナナリー自身は、ずっとルルーシュに対して『いつも負担になってばかり…』と云う思いはあったようだが…
しかし、それはルルーシュの方も、ナナリーがいたからこそ、強くいられたと云う反面を持ち合わせているのだ。
ここ最近、ルルーシュの、そんな精神部分の、弱っている部分が、見え隠れしている。
多分、ルルーシュ自身、少しずつ自分の心の変化に気づき始めていて…
でも、彼女のプライドの高さが邪魔をするのだろう…
恐らく、本当は、不安で仕方ない筈なのに…それを曝け出せずにいる事が…傍目で見ていてよく解った…
ルルーシュは多分、ナナリーが、少しずつ、ルルーシュの手から離れて行って、自分の世界を作る事を恐れているのだろう…
ルルーシュにとって、恐らくこれまで、ナナリーを最優先にして来て、本当なら、悩んだり、落ち込んだりするであろう事さえ、『ナナリーの為!』と云う気持ちから…そんな感情を押し殺していただろう事が…想像できる。

 ノネットの中で…ルルーシュに対する心配が…日に日に大きくなっていく。
それは…ナナリーが回復して、様々な事が出来るようになり、嬉しそうに報告しているのと平行して…
「なぁ…ルルーシュ…」
寮の部屋でルルーシュが本を読んでいるところに声をかけた。
最近、ナナリーの手術前とは別の意味で、ルルーシュの様子がおかしいから…
多分、それは、ルルーシュの中にある、『ナナリーが離れて行ってしまう…』と云う…不安からのものだろう。
確かに、ルルーシュの家庭環境を考えれば、ある意味仕方ないのかもしれないが… それでも、これはあまりに行き過ぎ…と思えてしまう。
「なんだ?」
ルルーシュは本から目を逸らす事無くノネットの声に返事する。
恐らく、ルルーシュ自身も、解っているのだろう。
ノネットが心配している事を…
それでも、自分ではどうにも出来ずにいる…
恐らくそれが、一番この時のルルーシュにぴったりくる言葉だろう。
ナナリーは生まれつき、身体が弱かった。
そして、大人になるまで生きられるか解らない…そんな事を云われていた…
となれば、ルルーシュとしても、ナナリーをそれは、それは大切にしてきたのだろう事は解る。
ルルーシュの母親はナナリーがお腹に出来て、実の父親と別れた。
ルルーシュはまだ、2歳の頃で、父親の顔を覚えてもいない。
ナナリーに至っては、父親と会った事さえないのだ。
母親は、父親から一切慰謝料などを受け取らない代わりに『ルルーシュとナナリーには絶対に会わないで下さい!』と云うことで別れた。
ルルーシュの母親は元々優秀なキャリアウーマンだったらしく、二人の子供を育てていくための『経済力』は充分にあった。
しかし、やはり、幼い子供であるがために、面倒をみる人間は必要で…
ルルーシュとナナリーはその為、深夜まで子供を預かってくれると云う保育所に預けられる事が多かった。
幼い頃から、聞きわけの良かったルルーシュは…その現実を自分の中で解釈し、受け入れてきた。
それでも、そんなとき、ルルーシュとナナリーを気にかけてくれたのが、スザクとロロの母親だった。
スザクが帰る時間になっても保育園の教室の中にいるルルーシュを見て、母親に訴えたと云う…
そして、ルルーシュの母親と、スザクの母親が話し合い、ルルーシュの母親がどうしても遅くなってしまう時、泊りがけの仕事になってしまう場合、枢木家で預かる…と云うことになったのだ。
そして、二人は仲良くなって行った…
ナナリーとロロも…この二人を介して、一緒にいる事が多かった…
ただ、ロロは、感情を表に出す事は得意ではなくて…ナナリーは暫くの間、ロロに嫌われているのではないかと…ずっと心配していたのだが…
しかし、二人の母に『ごめんね…あの子、いつもああなの…。ナナリーちゃんが気にする事じゃないから…』と云われて、そして、観察していると、ロロは、確かに感情を表現する事があまり得意アじゃないらしい事が解り、その裏にある優しさを見て…ナナリーはロロに惹かれて行った…
そして…ルルーシュは…

 ノネットは、短く返事をしたルルーシュのところに歩いて行き、読んでいる本を取り上げて、(後が怖いので)ブックマーカーだけ挟んで閉じた。
「ルルーシュ…とりあえず、本を読むのやめないか?と云うか、全然読んでなかっただろ…?集中出来ている様には見えなかったからな…」
ノネットが呆れたような口調でルルーシュに尋ねる。
ルルーシュはそのノネットの言葉にただ、下を向いた。
恐らく、図星なのだろう…
自分の中で、様々な思いが整理できなくて…本でも読んで忘れようとして、でも、結局、全く集中できなくて…
「……」
ルルーシュの中で、ナナリーが元気になったこと自体は…嬉しい事であるのは間違いない。
しかし…ルルーシュの中で、ルルーシュを支えていた何かが…一つ、消えてしまった…そんな感じなのだろう。
ルルーシュにとって、ナナリーが元気になれる事は何にも代えがたい願いではあったのだけれど…恐らく、ルルーシュの中で、それが目標になってしまって、その先の事を一切考えていなかったのだろう。
ナナリーの不自由が少し減れば、その分、ナナリーが自分で出来る事は増える。
自分で出来る事が増えれば、それをやりたいと願うようになる。
そして、今、ルルーシュはそれを目の前に突き付けられている状態…とでもいうのだろうか…
実際に、完全に力が抜けてしまっている状態だ。
「ルルーシュ…少し…出かけてみないか?最近、ナナリーの病院しか、外出していないだろ?」
このまま、ごちゃごちゃと考え込んでいる状態でいるなら…外に出た方がいいと思ったのだが…
「あ…そうだな…」
そう答えるものの、全く底に気持ちは入っていないし、まるで抜けがらを見ているような感じだ。
―――これは…重症だな…
ノネットとしても、こんなルルーシュを見ていると、それこそ心配でおちおちしていられない。
こう云う時、如何してやればいいのか…そんな事は解らないけれど…
ただ、今の状況は流石にまずいと思った…
まるで集中力がないし、ぼんやりしている事が多い…
「ルルーシュ…本当は…寂しいんじゃないのか?これまで…ナナリーがルルーシュがいないと…と思ってきたのに…それが、元気になって、ルルーシュの手から離れて行っちゃっているのが……」
少し、ストレートすぎるとは思ったが…
多少、荒っぽくても少しは目を開かせるきっかけを作ってやらないと、なんだか先に進めない様な気がしてきた。
「え?」
ノネットの顔を見て、きょとんとして、ひらがな一文字だけで現在のルルーシュの心境を表現して見せた。
ノネットはそんなルルーシュを見て、大きくため息を吐きたくなったが、そんな事をしていても始まらない。
「ルルーシュ…とりあえずさ、何か、したい事はないのか?どこか行きたいところとか…」
ノネットは何とか、ルルーシュのこの状況を何とかしようと、色々頭をひねってみるが…
でも、きっと、ルルーシュの中で、『ナナリーが元気になる』と云う事が、ナナリーが生きていくための『手段』ではなく、『目的』にしてしまっていたのかもしれない。
本当は、こういった傾向は、手術を受けた本人の方が出てきそうなものなのだが…
でも、これは、ルルーシュにとって、ナナリーの存在がどれほど大きなものか…示していると云うことでもあった。
「したい事…?行きたいところ…?」
完全に脱力している状態で、恐らく、いきなり聞かれてもそんな事は解らない…ルルーシュの心境はそんなところだろう。
「解った!今度の日曜日…私に付き合え!」

 こんな状態では、ナナリーが日本に帰れるようになったとしても、ルルーシュの不が危なっかしいと言える。
「日曜日?ナナリーのところへ…」
「だから…ナナリーのところに行った後…そのまま、出かけようよ…。最近、二人で出掛けた事無かったし…」
完全に脱力状態のルルーシュに、こんな事を云っても、中々話が進んで行かないのだが… それでも、とりあえず、逆らう気はなさそうなので安心した。
そして、ノネット自身、ルルーシュの事が心配で堪らなくなって来る。
恐らく、日本に帰っても、それまでの友達だって、彼らの世界がそれなりに出来ている状態だ…
いきなりルルーシュが帰って、その輪の中に入れるとはとても思えなかった。
ルルーシュはそうでなくても、人付き合いが下手…と云うか、非常に不器用だ。
そう考えた時…日本に帰ったら…きっとルルーシュは…更に孤独になってしまうかもしれないと云う心配が生じて来る。
恐らく、この調子だと、ハイスクールを卒業した時点で、東京にあるアッシュフォード学園の大学部に入学を希望するだろう。
ルルーシュ自身、それはずっと云っていたし、恐らく、そこなら、ルルーシュの友人がたくさんいるからなのだろうが…
それでも、この調子だと、あまり、いい方向に進まない様な気がしてきた。
確かに、相手側に受け入れる意思があったとしても、離れていた時間…ルルーシュにはルルーシュの世界が出来たように、向こうには向こうの世界が出来ている筈なのだ…
そんなとき、その中にすんなり入って行けるとはとても思えなかった。
だから…
「なぁ、ルルーシュ…ルルーシュは…日本に帰ったら、アッシュフォードの大学部に入る予定なんだろ?」
唐突な質問だけれど、ノネットの場合、それがあまり珍しい事でもないので、今更驚く事でもない。
「あ…ああ…そのつもりだけど…」
ノネットの相変わらず唐突な質問にルルーシュが素直に答える。
「学部は?」
「医学部…入りたいんだ…。ナナリーのこの病気の手術…まだ、完成されたものじゃないし、ナナリーだって…完全に問題がなくなった訳じゃない…。勿論、手術前よりも遥かに元気になったし、色々できるようになったけれど…」
ルルーシュの答えに…ノネットとしては…顔を青ざめるしかなかった。
―――医学部かよ…。よりによって、アッシュフォードの…
アッシュフォード学園大学部の医学部は非常にハードルが高いことで有名だ…
入るにしても、単位をとるにしても、卒業するにしても…
それ故に、医師国家資格試験の合格率はどこの大学の医学部よりも高いと評判なのだが…
それでも…ノネットは心の中で決めた。
今はまだ、ルルーシュには云えないが…
―――私も…日本へ行く…

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