幼馴染シリーズ ~第2部~


Second Tears 18


 二人が再会して…どれ程の時間が経っただろうか…
生徒会室は…静寂に包まれていた。
そして、窓の外は…既に日が落ちて暗くなっている。
「ユフィ…」
妹を抱きしめたままジノが妹の名前を呼んだ。
「はい…」
ユーフェミアも兄の呼びかけに短く応える。
「ユフィは…学校…どうしたい?このまま通いたいと云うなら…ユフィに通わせる事は出来る。ヴァインベルグ家とは完全に切り離して…と云う形になるが…」
「え?」
ジノの言葉にユーフェミアが顔を上げて、ジノの顔を見た。
30cm近くユーフェミアよりも身長の高いジノの顔が…ユーフェミアを見下ろしている。
「私は…ヴァインベルグの家から完全に離れようと思っている。勿論、これまで色々して貰ってきている分に関してはきちんと返してから…と云う事だけれど…」
ジノの言葉にユーフェミアが戸惑いの表情を隠せない。
当然だろう。
いきなり、『ヴァインベルグ家から離れる』と云われても、想像できる訳がない。
「その為に…私はヴァインベルグの屋敷を出たんだ。今は、小さい仕事だけれど、自分で生計を立てているんだ。大学は休学状態のままだけれど…これから先、大学もどうするか考えて行こうと思っている…」
あまりに突然の話でユーフェミアも驚くしかないのだが…
しかし、ヴァインベルグ家でもジノは後継者として有望視されていた。
確かに当主が外の女に産ませた子供ではあったが、実力は確かなものだった。
そして、ジノ自身も認めて貰うべく、努力を重ねていた。
「だから…ユフィにも…自分自身の将来を、自分で考えて欲しい…。彼らも…ユフィの事を一生懸命考えてくれているよ?ユフィが…考えている以上に…ね…」
ユーフェミアの知らないところで…ユーフェミアの為に動いてくれていたのかと…
きっと、彼らは笑顔でいう。
『大した事、していない…』
と…
「そう…ですね…。でも、ヴァインベルグから離れたら…あの…」
ユーフェミアがヴァインベルグの名前にこだわる理由はたった一つ…
ジノもユーフェミアもヴァインベルグ当主が外の女に産ませた子供であると知っていても、周囲に何を云われても、慈しんでくれた…異母姉…コーネリア…
特にユーフェミアはコーネリアが結婚するにあたり、あの家を出なくてはならなくなった時には、部屋に閉じこもってしまった。
そのくらい、ユーフェミア自身、コーネリアを慕っていた。
そして、コーネリアも無条件にユーフェミアを可愛がっていた。
「異母姉さんには…一度、連絡を入れた…。皆に内緒で…」
ジノの一言にユーフェミアが必至な表情でジノの顔を見た。
そのユーフェミアににこりと笑いかけて答えた。
「『きちんと、二人とも落ち着いたら連絡をくれ…』だそうだ。異母姉さんも…ユフィの事を心配していた…」
「お異母姉さま…」
ユーフェミアは両手で口を押さえながら…フルフルと震えながら…そう、一言零した。
そして、ジノは、こんな時にこんな雰囲気にしてくれるのはいかがなものか…と云うため息を一つ吐いた。
「で、扉の向こうで聞き耳立てている諸君も、ちゃんと話を聞いて貰おうかな…」

 ジノのその一声に…扉が開く。
「あ…えっと…」
「ごめんなさい…つい…気になっちゃって…」
先ほど、生徒会室にいたメンバー全員が勢ぞろいしていた。
その様子に…ジノは苦笑するしかなくて、ユーフェミアは流れていた涙が止まって、目尻に少し涙を残してきょとんとした表情で彼らを見ている。
そして、二人の目に映っているのは…ばつの悪そうな表情をしている生徒会メンバーたち…
そして、ジノが…『あれ?』と云う表情を見せた。
「君…確か…」
そう云って声をかけたのは…現生徒会長のカノン=マルディーニに対してであった。
カノン自身はそれに対して何の反応を見せるでもなく、ただ…にこりとジノに笑みを返した。
「やはり、あなたはご存知でしたね…。ユーフェミア嬢は御存じなかったと云う事は…あなたが巧妙に隠していたのですか?」
「あ、別に私は何もしていないが…。やるとしたら、嫁に行った異母姉だろう…。ユフィが変に騒がれる事を異常に嫌っていたから…」
この二人の会話に不思議な空気が漂った。
ミレイさえも不思議そうな顔をしている。
「君は、シュナイゼルの追っかけだろ?なんで…と尋ねるのは愚問…か…」
「はい…。それに、シュナイゼル様とは色々と懇意にさせて頂けるようになりましたので…。で、今回はシュナイゼル様に色々お願いされて…凄く光栄なんです!もう…このお話を持ちかけられた時には…天にも昇る気持ちでしたわ…」
自分自身の身体を抱きしめて悦に浸っているカノンの姿に…周囲が再びどう見るべきか困る様な目をしている。
そして、最初に我に返ったミレイが口を開いた。
「え…えっと…カノンって…ひょっとして…?」
「まぁ、マルディーニ家はランペルージグループの中でも目立たない部署にいるんですけれど…あれだけ大きなグループだと、どうしても陰の部分を背負う存在が必要になります。ですから…私は、そう云う立場の家の者と考えて下されば結構ですわ…ミレイ会長…」
あっけらかんと随分なぶっちゃけ話をしているカノンだが…
「いいのか?ここでばらしてしまって…」
「とりあえずは…。シュナイゼル様がトップに立たれた暁には私はシュナイゼル様の秘書候補の一人ですし…。私は表に出る事になると思います…」
恐らく、ユーフェミア、ジノ、ミレイ以外には、さっぱり解らない話だろうが…
でも、聞いている限りでは結構凄い人らしい…と云う事は解る。
「ジノ様…シュナイゼル様からご伝言をお預かりしていますわ…。『君たちが義妹に対してした事は許せないが…それは僕の感情だ…。彼女自身は君たちに対して恨みも憎しみも抱いていない…。それどころか、君たちに対して何もできない自分の無力さに自分を責めている状態だ…。僕としては非常に不本意であるが、今回は彼女に免じて出来る限りの事をしよう…』との事ですが…」
カノンの口から出てきた…シュナイゼルからの伝言の意味…
きっと、解るのは、ごく一部の者だけだろう。
でも、その言葉の中に、云った本人の強い思いが込められている事は誰が聞いても解った。

 カノンの口にした言葉の意味が解った者たちの思いは複雑だった。
そして、カレンが右隣にいたスザクを肘で小突いた。
『あんた…とんでもない人を向こうに回しているのね…』
カレンが小声でスザクに云うと…スザクは多分、スザクにしか意味の解らない笑みを浮かべるだけだった。
そして、その言葉を聞いたジノは…
「ホントに…彼女は凄いな…」
ただその一言を零しながら笑った。
「ただ…まだ、彼女自身もシュナイゼル様も二人がその…別れた事を御存じではないのですけれど…」
「云わなくていいよ…。彼女も本人以外からそう云った事を聞くのを嫌うからね…。私たちはそんな事を気にする必要はないよ…。ただ…君はこれから我々をどうするのかな?と云うか、シュナイゼルからどう言う命令を受けているんだ?」
ジノが思ったままに疑問を投げかけた。
確かに…カノンがシュナイゼルの云いつけでここにいると云うのなら、色々やるべき事もあるだろうし、ヴァインベルグ兄妹に関しても、色々と指示を受けている筈だ。
「まぁ、ここまであっさりとヴァインベルグ家がここまでガタガタになるとは想像していなかったようですけれど…。でも、彼女はきっと、ユーフェミア嬢にこの学園をちゃんと卒業して欲しいと願っていると思いますよ?もし、ユーフェミア嬢がそう望まれるなら、私はそう報告し、しかるべき指示の元に動きます…」
どんな育ち方をしてきたのかは解らないが…
それでもカノンのシュナイゼルに対して尽くそうと思っているその気持ちは本物だと…その場にいる全員が思った。
「ミレイ会長?彼女の決定に…学園も同意して頂けるのかしら?これは…カノン=マルディーニとして…と云うよりもシュナイゼル?ランペルージの意思としてお尋ねしているのですが…」
カノンがミレイの方に向き直った。
そして、いつもと違う雰囲気で尋ねた。
「アッシュフォード家は…代々ランペルージグループの傘下にある家よ?シュナイゼル氏がそうおっしゃっているなら…恐らく、当主も否を述べる事はないと思うわ…。少なくとも、シュナイゼル氏がそうおっしゃっているのなら…ユーフェミアさんがジノさんと同じ場所で生活し、ヴァインベルグを離れたとしても…最低限のフォローはされる…と云う事でしょう?他の生徒たちに影響が及ばないのであれば、学園側はそれを拒否する権限を持ちません…」
ミレイもある程度の事情を知る者として、そして、現在はアッシュフォード家当主の代理として答えた。
「と云う事だそうだけれど…ユーフェミアさん…。後はあなたの意思と、あなたたちがどう、ヴァインベルグ家と向き合うか…ね…。今の状況から逃げ出す事は簡単…。でも、逃げて済む話ではないし、自分のやるべき事はきちんとやる事ね…」
カノンはそれだけ云うと、踵を返して、この場から離れて行った。
そして、ミレイ自身も『おじい様にご報告しないと…』と、云いながらこの場を離れて行った。
「じゃあ、俺たちも帰るか…」
そう云ってリヴァルがスザク以外のメンバーを引き連れて帰ろうとした。
リヴァルのその行動に少し顔をしかめた者もいるが…彼らの様子を見て納得して、リヴァルと共に帰って行った。

 残された…3人…
「ジノさん…有難うございます…」
スザクが頭を下げた。
ジノとしてはこんな風に頭を下げられるのは本意ではないし、別にスザクの為にやったつもりもない。
ただ、スザクにジノの住んでいるところを知られ、彼らが尋ねて来てくれたことがきっかけとなった事は事実だが…
「君に礼を云われる筋合いはないな…」
「それでも…俺…ユフィに…色々嫌な思いもさせてしまっているし…それに…自分の中のもやもや…全部取り払わないと…前に進めないから…。きっと…俺が立ち止まっていたら…ユフィが気にしますし…」
「スザク…」
スザクの言葉に…ユーフェミアが少し安堵したような表情を見せた。
それがどんな意味であったのかは…多分、ジノにもスザクにも解らないだろうし、解る必要もない…
ユーフェミアの中で解ればそれでいい…
彼女自身はそう思っていたし、お互いに前を向いて行けると云う安ども含まれていた事は確かだ。
「と云う事は…君自身、私に宣戦布告をしている…と云う事なのかな…」
ジノとしては、相当複雑な表情をしている。
「え?」
ジノの言葉にスザクが驚いた表情を見せる。
確かに、ルルーシュの事はずっと心のどこかで引っかかっていたが…
そんな事を云われるまで…そこまで考えた事がなかった。
確かに…ユーフェミアに別れを告げられた時には…自分の気持ちに正直になるように…と云われたが…
「ジノさん…云う相手を間違っているんじゃ…」
スザクは困ったようにジノに視線を向けるが…
「云う相手って…シュナイゼルさん?」
確かに…シュナイゼルのルルーシュに対する気持ちは…気づいていたが…
ユーフェミアの言葉にスザクが頷く。
「俺は…過去にルルーシュを振っているし…俺が一番ルルーシュを傷つけているから…。俺は、とにかく、これまで迷惑かけてきた人たちに…色々返さないと…」
「君は…そんなもの一つ一つ返して行ったらすぐに人生なんか終わるぞ…。それを糧にすればいいんだよ…バカか…君は…」
スザクの言葉にジノが一言加えた。
「それに…まずは、ルルーシュに色々礼を云う事、謝る事が先なんじゃないのか?」
「そうね…スザクの場合、まず、私と一緒にルルーシュに謝らなくてはいけませんね…。ルルーシュ、色々して下さったけれど…結局、別れちゃいましたし…」
ユーフェミアの言葉に…スザクは少し驚きを見せる。
スザクとしては、今でも色々気にしていたのだが…
そんなスザクに気づいてユーフェミアがくすりと笑った。
「スザク?女は強いんですよ?もう私の事を気にしている場合じゃないんですよ?自分で決めた事なら、女はちゃんとそれを受け入れ、次に進んで行きます…。だから、ぼやぼやしていると、ルルーシュ、誰かに持って行かれちゃいますよ?」
ユーフェミアの言葉に…救われた様な…でも、いちいち気にしている自分の器の小ささを感じさせられた様な…そんな気がした。
「ユフィ?お前は自分の兄じゃなくて、自分が振った男に塩を送るのか?」
「お兄様はお兄様で頑張ればいいんですよ…。お兄様が素敵な方だと云うのは…私はよく知っていますから…」

 ユーフェミアが笑っている。
ジノと一緒に…
しかし…ジノの一言に何か引っかかる…
「ジノさん…なんで俺が振られたと思うんですか?」
「君では優柔不断で、決断を下せないだろう?結局それに一番苦しんでいたのは、ユフィだった…。自分の事くらい、自分で決められる男になれ…。って…私もつくづく甘いな…」
ユーフェミアの言葉も、ジノの言葉も…ぐさりと自分に刺さって来る。
確かに…自分の弱さがそこにある。
きっと、ユーフェミアを陰から想ってきたライも…そんなスザクにイライラしていたに違いない。
「そう…ですね…。ユフィがこんなにもいい顔をしているんだから…俺もしっかりしないと…」
これまで、自分に対して嫌気がさしてきた時…似たような事で自身を罵っていたような気がする。
「ユフィ…ジノさん…有難う…。出来る事なら…俺、変な意味じゃなくて、ユフィと一緒にこの学校を卒業したいです…。勿論、ユフィが決める事だけれど…」
その一言を置いて、スザクは生徒会室を出て行って、再び…否、今度こそ、兄妹二人きりとなった。
そして…最後まで笑顔でスザクを見送っていたユーフェミアの方をジノがポンと叩いた。 「よく…頑張った…」
ユーフェミアの全身がフルフルと震えているのが解る。
そして、ユーフェミアの瞳からは大粒の涙がこぼれていた。
「おにい…さ…ま…っく…わた…し…ちゃ…ん…と…っく…笑…えて…いまし…っく…か…?」
「ああ…」
「よか…った…」
これまで張り詰めていたものがあふれてきた…そんなところだろう。
嗚咽を漏らしながらユーフェミアがジノのシャツをぎゅっと握った。
そして、ジノもユーフェミアの背中に片手を回し、空いた片手で頭を優しく撫でている。
「ごめん…ずっと一人で…辛かったな…」
ジノの言葉に言葉なくユーフェミアが首を横にフルフルと振った。
「週末にでも、一度ヴァインベルグの家に行こう…。そして、これから先の事、ちゃんと話してこよう…。二人の事は…二人で決めればいい…」
ジノの言葉に…ユーフェミアは小さく…でもはっきりと頷いた。
「じゃあ…今日はどうする?荷物がそれほどないなら…このまま私の所へ来るかい?」
ジノの言葉にユーフェミアが涙にぬれた顔を上げた。
「よろしいん…ですか…?」
「構わないだろ?私たちは兄妹だし、別々に暮らしている方がおかしいじゃないか…。本当は一緒に暮らせる筈なのに…」
「そう…ですね…」
ジノの一言でユーフェミアが小さく微笑んだ。

 クラブハウスを出たスザクは…
一度だけクラブハウスの方を振り返り…口の中で小さく呟いた。
「有難う…ごめん…ユフィ…」
これまで…中等部の時から付き合っていた相手だ…
彼女の演技を見抜けない程愚鈍にしていたつもりはない。
でも…それでも…あれは彼女のけじめで、彼女自身が選んだ事…
スザクがその彼女の頑張りを否定する事は出来なかった。
だからこそ、きつい…のかもしれないが…
すぐに踵を返して、スザクは前に歩を進めた…

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