幼馴染シリーズ 〜第2部〜


Second Tears 16


 閉店前の…人のいなくなった喫茶店に…
一人、冷めたコーヒーを目の前にしながら…何度目かのため息をついている…
「ジノ君?昨日、久しぶりに来て、今日も来て…ため息って…どうしたんだい?」
その喫茶店のマスターがカウンター席でさっきから何度もため息をついているその男に声をかける。
昨日、スザク達が来た…
そして…スザクと一緒に来ていたカレンの言葉…
ジノ自身、立ったひとりの妹と一緒に暮らしたいと思う気持ちがない訳じゃない。
母親がなくなって、突然父親が現れるまでは二人で暮らしていたのだから…
そして、ジノがその妹を守ってきたのだから…
でも…今の段階で…
あの頃のように…ただ、彼女を守っていればいいと云うものではないのだ…
それに…自身にそれだけの余裕があるとも思えない。
「あ…否…ちょっと、疲れてきているのかな…。ヴァインベルグから離れたいと思っていて…やっと、思いきって、挑戦していたんだけど…これまでのツケ…なのかな…」
多分、そんな事を云われても、何の事か理解出来るかなんて…『出来ない』と答える人間の方が確実に多いであろう一言…
それでも、喫茶店のマスターと云う事で…
そう云った客の言葉にも慣れているのだろう…
「そうかい…。でも、いつ頃だったかなぁ…以前と比べていい目をしていると思うけれどね…」
マスターがそんな風に答える。
確かに…ヴァインベルグの名前に縛られて…内情を知り、そして、大人たちの右往左往している姿にうんざりしていた時期もあった。
あんな大人たちを見てきて…
見続けて…
この先…自分はどんな家を継がされる事になるんだろうかと思っていた時期もあった。
そして、周囲のうるさい説教の続いている生活だった…
ジノは、この家に引き取られてからは…とにかく、自分と妹であるユーフェミアの居場所を確保する必要があった。
ジノがヴァインベルグの家に連れて来られた時、彼はまだ10歳の子供だった。
あの時、そのまま世間に放り出されてしまったら彼らに生きるすべはなかった。
だから…ジノは周囲に『ほどほど』の実力を見せながら…周囲には多少小うるさい事を云われるかもしれないが、それでも、守って貰える立場を構築していた。
『誰もが認める』実力を見せてしまったら…当主の愛人の子供であるジノに対していい感情を持たない者たちのターゲットになってしまう。
ジノ一人ならなんとでもするが…妹のユーフェミアを守らなくてはならなかった…
だから…目立たないように…でも、忘れ去られないように…絶妙な立ち位置を自分なりに構築してきたのだ。
そんな時に飛び込んできた…ランペルージ家の長子であるシュナイゼルとジノの妹、ユーフェミアとの婚約話…
―――そうまでして…この旧家を守らなくてはならないのか…。こんな…ゾンビの巣窟の様な家を…
その話を聞いた時、ジノは心底馬鹿馬鹿しい話だと思った…
ただ…相手はランペルージ家だし、シュナイゼルはジノの古い友人だ。
家の事は関係なく、彼とは気が合ったし、一緒に話をしていて楽しい相手だった…
そして…互いにお互いを、ただのシュナイゼル、ただのジノ…として接してこられた事が心地よかった。

 そして…ユーフェミアとシュナイゼルの顔合わせが行われると…急な連絡が入ってきた。
何でも、ヴァインベルグ家の方がユーフェミアに学校内に想いを寄せる男が出来たとかで…焦りを見せたとか…
―――シュナイゼルなら…結婚するまではそんなこと気にする筈もないだろうし…それに、シュナイゼルだって別に、その時まで彼女の一人や二人作るだろうに…
と、心の中で思っていたものだが…
ただ、その時にはヴァインベルグ家もランペルージ家の『顔色』を窺わなくてはならない状態と判断したらしい…
ユーフェミアはその時まだ、中学1年生…
恋の一つや二つするだろう年齢だ…
ジノ自身、自分が連れて来られた家の状況に…苦笑するしかなかったが…
しかし、その時のジノにその動きを止めるだけの力はなかったし、基本的に、成り行きを見届ける構えだったから…とりあえず放っておく事にしていたが…
しかし…ヴァインベルグ家とランペルージ家の顔合わせの日…
出会った少女…
ルルーシュ=ランペルージを見て…
心を奪われた…
そして…彼女と、彼女の妹の話が耳に飛び込んできて…
彼女を欲しいと思った…
心の底から…
そして…思わず声をかけた。
どうやら、ユーフェミアはルルーシュの想い人と付き合っていると云うことらしかった。
その事を知って…これまで我関せずの構えだったこの、婚約話に首を突っ込む事になった。
ルルーシュ=ランペルージ…彼女は立場としてはジノやユーフェミアとあまり変わらない立場だった。
ランペルージ家当主の後妻の娘…
恐らく、ランペルージ家の決定に対して意見できる立場にはないし、ランペルージの名前を使って我儘を通す事の出来る立場でもない。
ただ…周囲の人間がどう判断するかによって、彼女に対する見方は変わってくるだろうが…
ジノはルルーシュに近づき…半ば強引に彼女を自分のものとした。
『君が私と付き合ってくれるなら…私の持てる全てを使って枢木スザクとユーフェミアを守ろう…』
と…
今にして思えば、笑ってしまう程子供っぽい、そして、姑息で卑怯な殺し文句だったと思う。
ジノ自身、自分がそれほど頭の悪い人間ではないと思っていたが…それでも、冷静さを失ってしまう程、彼女を欲しいと思ってしまった。
彼女自身、頭のいい少女だったらしく…すぐさま状況判断を下し、不本意ながらにジノの申し出に同意した。
その時、彼女の心は…ジノにはなかったが…それでもよかった…
と云うよりも、心ごと手に入れる自信があった。
しかし…そんなジノの甘い予測は…大きく覆された。
妹のユーフェミアが異常にルルーシュを意識していた事…その為にルルーシュが傷ついていた事を知り…何としても彼女を守ろうと…そう考えていた矢先に…
ルルーシュは交通事故で…枢木スザクの事だけを記憶から消し去ったのだ…
その過程を知ったシュナイゼルが…怒るのは当然だった…
本当はシュナイゼル自身、ユーフェミアとスザクの事に気づいていながら見て見ぬ振りをしてくれていたが…
それでも、ルルーシュにあのような事が起きて、シュナイゼルに全てを話した時…シュナイゼルの怒りは本物だった…

 その時…ジノは初めて知った…シュナイゼルのルルーシュへの気持ち…
自分が、シュナイゼルでも同様に怒りをあらわにしたに違いなかった…
その後…ジノはシュナイゼルに云われるまでもなく…ルルーシュの傍から離れた…
ジノの申し出に…どんな思いでルルーシュが頷いたのか…
思い知らされたから…
それでも…ルルーシュの事を知りたくて…恥も外聞もなく、スザクに尋ねた事もあった。
恐らく…その時からだろう…
ジノが自分の力で…ルルーシュを手に入れたいと思ったのは…
だから…ルルーシュがブリタニアに発った後…ヴァインベルグ家を離れた…
その時には…ヴァインベルグ家も切羽詰まっていて…どうにもならない状況になっていた。
だから、ジノがいなくなった事よりも、ヴァインベルグ家の内部の再構築…と云うよりも、これまで積み重ねてきた負の部分をどう払しょくするか…と云うよりもどう隠すかに必死になっていた。
そして、株価の急落が報道されると…これまでヴァインベルグ家に頭を下げてきた者たちが次々に離れて行った…
それどころか、敵に回る者さえいた…
それが…財力、権力の世界と云えばそれまでだが…
それこそ、蜘蛛の子を散らすように離れて行く者と、ハゲタカのように死肉を漁りに来る者…そして、この惨状を飯のタネにしようとするパパラッチ…
そんな状況では流石に、妾腹のジノの事を探し回るだけの余裕がないだろう…。
最初に話が持って行かれるのは…ちゃんとどこにいるのかはっきりしているユーフェミアの方だった。
異母姉は既に結婚してヴァインベルグ家から籍を抜いているし、異母姉の嫁入り先でもこの状況にヴァインベルグ家への援助はしないと決定したらしい…
それはそれでいいとジノは思った。
否、その方がいいと思った。
頼みの綱が全て断ち切られている状態だった…
と思っていた時…ユーフェミアがアッシュフォード学園で匿われている事を知った。
その事実を知った時…頭に浮かんだ名前は…
―――ルルーシュ…シュナイゼル…
だった…。
恐らく、ルルーシュは何も言っていない…
ただ…ルルーシュが望む事はジノにも解る。
そして、その望みを察したシュナイゼルの差し金である事はすぐに解った。
ルルーシュは決してランペルージの名前を使おうとはしなかった。
ジノがルルーシュに色々話をしていた時…『ランペルージ』の名前で一蹴出来た筈なのだ…
守りたい者を守る事が出来た筈なのだ…
それでも…ルルーシュは決してその名前で彼らを守ろうとせず…ジノに持ちかけられた条件を受け入れた…
ルルーシュがその名前を使うと云う手段を思いつかない筈はない。
一言だ…
それでも…彼女は私情でその名前を使う事はしなかった。
ジノはそのルルーシュの姿勢に…心打たれ…惹かれた…
甘いと云えば、甘い…
それでも…彼女の姿に…彼女の姿勢に…ジノ自身、感服していた。
ユーフェミアと同じ歳の…年下の少女に…
確かに…ルルーシュはランペルージ家の血筋ではないかもしれないが…
もし、ランペルージがこのまま飛躍して行く企業であるのなら…少なくとも、シュナイゼルが後を継ぐとしたら…
―――絶対に彼女を見逃すような真似はしない…
そう思えた…

 この喫茶店に入って…一体何時間経っただろうか…
ここに来た時にはまだ、何人もの客がいた筈なのだが…
今では…ジノ一人となっている。
「あれ?今何時?」
ジノがはっとして目の前にいるマスターに尋ねる。
「そろそろ…6時半を回るところだよ…」
マスターがそう答える。
「あ、ごめん…もう閉店の時間過ぎてたね…」
「まぁ…いいよ…。ここの閉店時間…早すぎるってよく怒られるし…」
「確かに…早いよね…」
「その代わり、君たちみたいな常連さんが閉店後に居座れるんだろ?それに…その分、うちは朝が早いからね…」
マスターが苦笑しながらそんな事を云う。
確かに…早朝に出勤する人たちの為に朝は6時から開店して、12時間、営業しているのだ。
「ねぇ…マスター…マスターって、他に好きな男のいる女に惚れた事ってある?」
「これはまた…唐突な質問だね…。ジノ君なら女の子、よりどりみどり…って感じなのに…」
マスターがおどけたように言うと…ジノは苦笑を零す。
「確かに…寄ってくる女はいるけどね…」
「何?それ嫌み?自慢?」
マスターが少々顔を引き攣らせながら聞き返す。
ジノはそんなマスターの顔を見て、やや目を伏せた。
「あ、否…そんなつもりじゃないんだけど…。たださ…100万人の女に好きだって言われても…その中に…自分の好きな女がいないと意味ないなって…。その女が…自分の好きな男を守る為に人身御供の様に自分の云う事聞いている姿って…見ていて切ないな…ってさ…」
「何?ジノ君…その歳でそんなことしてるの?」
呆れ顔に尋ねて来るマスターに苦笑する。
「現在進行形じゃない…過去形…だけど…」
ジノの答えにマスターも『何をやっているんだか…このクソガキャ…』と云う表情を見せる。
「まぁ、僕には金持ちの考える事って解らないよ…。僕はしがない小さなサテンのマスターだからね…」
「私自身は…何も持っていないよ…。今の私の状況を知っているだろう?それに…それは…自分の力を過大評価していた頃の話だし…」
マスターの嫌みをなんとなく濁しながら答える。
今日の自分はなんだかおかしい…そんな風に思いながら…
「じゃあ…今は身の程を知ったって事なのかい?」
「まぁ…それなりには…。あの頃程バカな考え方はしていないと…思う…多分…」
マスターの方も、今日のジノの様子がいつもと違うと気付いているようで…
だからこそ…いつもの顔を崩さない。
「なんでもできる人間なんていないよ…。と云うより、出来る事の方が少ない…。ジノ君が惚れた女が他の男を想っているなら…君はどうしたいんだい?」
マスターが洗ったグラスを拭きながら尋ねる。
「どうなんだろう…。ただ…彼女がもう一度私の目の前に現れた時…驚かせてみたい…とは思うけれど…。『君が振った男は…こんなにいい男だったんだぞ…』ってね…」
「意外と子供っぽい事を云うんだね…君も…。まだ、未練があるのかい?」
「あるね…たっぷりと…。そのくらい…いい女だったから…」
「なら…自分を磨く事だね…。彼女が好きなタイプの男になるんじゃなくて…君は君として自分を磨けばいいんだと思う…。僕も…過去にあったなぁ…。他の男に惚れている女を振り向かせたくて…自分を無理矢理彼女の好む男にしようと必死になって…。でも、結局は玉砕…。自分らしさを失ったら僕じゃないからね…。ジノ君はジノ君として自分を磨けばいいよ…」
マスターの言葉に…ジノはなんとなく驚くと同時に…同感だとも思った。

 きっと、流されるような男をルルーシュは好きになったりはしない…
「あと…秘訣としては…彼女が一番望む事…金とか物とかじゃなくて…彼女の心が望む事を一つ…叶えてあげられる度量があるといいのかな…。彼女がこちらを向いてくれるかどうかは解らないけれど…きっと…笑ってくれる…」
マスターの付け加えた言葉に…ジノが何か、気付いたような気がした。
ジノが望んだのは…
ルルーシュが笑ってくれる事…
最初の頃は確かに…彼女自身が手に入ればいいと思っていたが…
しかし…最後には…
彼女に笑って欲しかった…
確かに…そんな簡単な事だった筈だった。
でも…それは…何よりも難しい事だった…
結局…彼女を苦しめていた事に変わりはない…
「ルルーシュが…一番喜ぶ事…」
一言、その言葉が零れた。
一度だけ見た…ルルーシュが声をあげて笑っているところ…
あの時…嬉しいと思った事を思い出す。
ルルーシュの笑った顔を見て…嬉しいと思った…
ずっと…無理をしていたルルーシュが…声をあげて笑った事が…嬉しくて、笑わせたのが自分であった事も嬉しくて…
「そうか…意外と簡単な事なんだな…でも…きっと、何より難しいのかもしれない…」
ジノがこぼす言葉に…マスターは何も返さない。
聞いてはいるのだろうが…
ジノの中で何かが軽くなった。
これまで色々と悩んではみたが…
でも、きっと、ルルーシュが喜ぶし、ジノ自身もこれで、少しは救われるかもしれないと思う…
「マスター…色々難しく考え過ぎていたようだ…。何も…ヴァインベルグ家にいた時と同じ感覚で物を見なくても…よくなったんだ…私は…」
「何か…鍵を見つけたのかい?」
「鍵と云うより…答えに近いかもしれない…。これまで…物には恵まれた環境だったけれど…どこかに心を置き去りにし過ぎていた…ツケなのかもしれない…」
「まぁ、君の所ほど金持ちなら仕方ないだろう?どうしても行き詰るようだったら…安い給料でよければうちで働くかい?」
マスターの言葉にジノは驚いた表情を見せた。
「え?」
「君の人柄は知っているし、意外と器用だからね…。時々店番して貰っていて…評判良かったんだよ…君の作るランチがさ…」
確かに…長い事情連をやっていて、マスターとは気心が知れているし、時々、マスターが留守の時にカウンターに入っていた事もあったが…
「ヴァインベルグに引き取られる前は…私が食事の準備をしていたんで…簡単なものしか作れなかったけれど…」
「そうか…それでも、あの家に入ってからも何かやっていたんだろう?」
「見つかると…怒られてたけれどね…。だから…結構ここのカウンターに入るの…楽しかったけど…」
「そうか…まぁ、何かあったらいつでも相談に乗るよ…」
マスターの一言に…何かほっとした気分だった。
この言葉に甘えるつもりはない…
でも、こうして云ってくれる人がいると云うのは心強い…
「有難う…マスター…。じゃあ…ちょっと行ってくるよ…」
そう云いながらジノが席を立つ。
「どこへ?」
マスターもジノが何を考えているのか…なんとなく察しているようだが…わざとらしく尋ねる。
「もちろん…大切な家族を…迎えに…」
何か吹っ切れたような表情を見てマスターも安心したように店を出て行こうとするジノに声をかけた。
「今度…この店に連れてきて…紹介してくれ…」
その言葉に…ジノは黙って笑って、店を後にした…

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