ナナリーの手術を終えて3日が経った。
術後の経過は良好で、順調に回復していると執刀医で主治医のロイドに告げられている。
ところが…ルルーシュの方が、ナナリーの手術を終えて、一気に気が抜けたようで、ナナリーの手術が終了したと告げられて、ルルーシュの方が体調を崩して診察を受けてから…それまでの疲れが一気に出たかのように体調を崩した。
今は学園の寮の部屋の自分のベッドで横になっている状態だ。
本当は学校へ行った後、ナナリーの顔を見に行きたいと云っていたのだが…
『ダメだ!まったく…ナナリーがオペ前に絶飲食になってからルルーシュもちゃんと食べていなかっただろうが!血中アルブミンが2、ヘマト18なんて…あり得ないぞ!』
と、ルームメイトのノネットに散々説教を食らって、結局寮の部屋で大人しくさせられている。
「まったく…動けるのにな…。ノネットは心配し過ぎだ…」
そう云いながら、のそのそとベッドから這い出る。
簡単に云うと、極度の貧血と栄養失調…なのだが…
元々身体の線の細いルルーシュが色々考え過ぎてきちんと食べていなかった事が原因だ…
確かに…自分の腕を見ると…以前にもまして細くなっている…。
「これじゃあ…ナナリーに会ったりしたら…ナナリーに心配されてしまうな…」
自嘲気味につぶやく。
ずっと…ナナリーの為に頑張ってきた…
と云うよりも、ナナリーがいるから頑張ってこられた…。
暫くは…ナナリーも術後の治療や体力回復の為に色々頑張らなくてはならないし、その時にはルルーシュの手を貸さなくてはならない事も出て来るだろう…
しかし…
―――ナナリーが…自分の足で歩くようになったら…私はどうするんだろう…。日本に帰れば…きっと…ロロがナナリーを守ってくれる…。ブリタニアに来る前に…そう約束したのだから…
ナナリーがブリタニアに来てから…あのスザクの弟とは思えない程マメにナナリーにメールを送ってよこしていた事は知っている。
ナナリーも、その時の経過を逐一報告していた…
だとすると…日本に帰れば…ナナリーを守るのは…
―――私の役目じゃ…なくなる…
ふと…そんな事が頭を過っていく…
それは…ナナリーが自分で歩く事が出来るようになったからできる事…
自分の意思で、生きたい場所に行けるようになるという事…
でも…それと同時に…ルルーシュの…ナナリーを守るという役目のウェイトは…かなり軽いものとなるという事…
ずっと…ナナリーを守るという口実の下…ナナリーを最優先と云う大義名分の下…ルルーシュはナナリーの傍に居続けた。
ナナリーの笑顔を…ずっと一人占めにしてきた…
―――私から…ナナリーが遠く離れてしまったら…私はどうしたら…
ナナリーが元気になる事を喜んでいる事は本当だ…
でもその裏側では…ずっと、ルルーシュがナナリーに依存してきた事を思い知らされる現実に怯えている自分もいる事に…ルルーシュは複雑な思いを抱えていた…
ジノのところに行った翌日…
スザクも、カレンも、シャーリーも、沈んだ表情…と云う訳ではないが…
それでも、何だか余り浮かない顔をしていた。
彼らが口に出さずとも…一度はユーフェミアが兄のジノと話ができるようにしたい…そう望んだのは事実だった。
しかし…ジノと暮らすという話まで…彼らがしていい話だったのかと…今になって考えてみると、自分の頭の中では複雑な感情が入り混じっている様な気がする。
「ねぇ…カレン…。よかったのかなぁ…」
「何が?」
「えっと…ユーフェミアさんに何も云わないで…勝手にジノさんに会ったりして…」
シャーリーが不安に耐えられなかったのか…カレンにそんな事を話す。
「まぁ、正しかったか、間違っていたか…なんて…追求し始めたらきりがないし、多分、これについて『正解』なんて…多分…ない…。大体、ユーフェミアが知らないのにスザクが知っていたのよ?お兄さんの居場所…」
確かに…カレンの云う通りだ。
本当なら、ユーフェミアが知っていても他に教えない…と云うのなら解るが…
しかし、どう見てもユーフェミアがジノの居場所を知っていたようには見えない。
そして…ジノの様子からも、ユーフェミアと連絡を摂っていたとはとても思えない。
ただ…彼自身も、こんな騒ぎになる前からヴァインベルグ家を出ていたとはいえ…それ相応に影響を受けていたのだろう。
まして、ルルーシュが日本を発ってから出て行ったという事になると…本当に最近になって、自分の仕事が落ち着いてきたのかもしれない…
そう思う方が自然だ。
だとするなら…昨日、ジノがユーフェミアと一緒に暮らすという話になった時に渋い顔をしたのはある意味仕方がないのかもしれない…
ヴァインベルグ家の騒ぎは今もなお、尾を引いている。
そして…完全に経営再建団体となるのは時間の問題だった。
恐らく、ランペルージ家との婚姻と提携が…最後の手段だったのかもしれない…
しかし…ユーフェミアとシュナイゼルの婚約が有耶無耶の状態の中で、ヴァインベルグ家の方が傾いてしまった。
それについて、ユーフェミアを責める事も、ジノを責める事も出来ない。
既に結婚している彼女たちの義姉のコーネリアの嫁ぎ先の方も、ランペルージ家とのやり取りを知って手を引いてしまっている。
そんな中で、ジノ自身、相当努力をしてきたのだろう。
尤も、実力そのものはあるのだから…この騒ぎが表に出て来るまではそれなりに順調に来ていたであろうことは予想出来る。
そして…あの騒ぎ…
一気に環境が変わってしまっただろう事は解る。
それ以前から多少、そう云った噂があったとしても…現実に目の前に突きつけられる事と限りなく『真実』に近い噂になっている事では全く違うのだ。
そう考えていると…実際に、あの時、どう言えば良かったのか…どう言うべきだったのか…考えてみたところで答えが出る筈もなく…
また、答えが出たところで何が変わる訳でも、何ができる訳でもない。
気にしないようにしているつもりでも…実際に辛い現実を目の前に突きつけられると、何かを抱えている事を悟られずにいる事はなかなか難しい事である。
「スザク…」
後ろから声をかけてきたのは…
「ライ先輩…」
ミレイが会長職をカノンに譲ってからあまり顔を見る事がなくなっていたが…ヴァインベルグ家が騒ぎのただ中に放り込まれた時には、彼もミレイと一緒に生徒会室に来ていた。
また、それ以来彼が生徒会室に来たのを見た覚えがない。(スザクのいない時に来ていたのかもしれないが…)
「昼休みに悪いんだが…少し…いいか?」
3年生の生徒が1年生の教室に来る事は珍しい。
おまけに、ライは生徒会の副会長だった事もあって、有名人だ。
あのミレイ=アッシュフォードの下で副会長を務めてきたという事で、周囲の評価も高いし、雰囲気が優しげなので、女生徒の人気も高い。
「はい…」
スザクはライの言葉に素直に従った。
そして、ライと共に屋上へとやってきた。
まだ、夏の日差しが降り注いでいる季節なので、昼休みに、日よけもない屋上で昼食を食べようと云うモノ好きはいない。
生徒会室なら…と思ったのだが…何故か知らないが、昼休みには必ず誰かが陣取っている。
現在では生徒会長のカノンが色々生徒会業務をやっている事も多いのだが…
「一つ…君に報告しておくよ…。兄…ロイド=アスプルンドと云うんだが…ルルーシュ?ランペルージの妹のナナリー嬢の手術の執刀医なんだ…。兄から連絡が来て…手術がうまくいって落ち着いているとの事だ…。ミレイに連絡してくれと云われていたんだが…君も知りたいと思ってな…」
何故そんな風に思うのかはスザクの中では少々疑問が残るのだが…
ただ…ロロは随分ナナリーの事を気にしていたから…
この事を教えてやれば喜ぶかもしれないと思うが…
ただ、ライはそんな事は知らない。
「話は…そんな事じゃないのでしょう?ひょっとして…ユフィの…事ですか…?」
なんとなく…気づいていた…
確信がなかっただけ…
「気づいていたのか…」
「まぁ…。ただ…あんまりつつきたくなかったので…」
ライ自身、それほど驚いた表情を見せる事はなかった。
そして、スザクも…淡々とライの言葉に言葉を返している。
「僕自身は…何を望んでいるとかはないんだ…。ただ…ルルーシュ嬢の事、君の事、ユーフェミア君の事…色々見て、聞いて…僕としても…気にならない筈がないだろう?」
「確かに…・。まぁ、一つ教えておくとしたら…俺は…俺とユフィは…別れました…。いつか…来るとは思っていたんですけれど…。こんな時期と云うのは…正直…気分としては複雑です…」
スザクの言葉に…努めて冷静を装っているライだったが…それでも、その言葉に眉をピクリと動かす。
自分の中では、詳しい事情も知らないまま感情的になってしまっては…ちゃんとした話は出来ないと…自分の気持ちを静めている。
何も、スザクと喧嘩をしに来た訳じゃない。
スザクの知っている事を知りたくて…聞きに来たのだから…
スザクとしては、大したタイミングだと思ってしまう。
ただ…ある意味、非常に絶妙なタイミングとも言える。
昨日、ユーフェミアに別れを告げられる前にこんな話を持ちだされても…何もいう事も出来ないだろうし、互いが感情的になるだけだと…スザクの中でも解っている。
「では、単刀直入に聞こう…。彼女は…これからどうなる?色んな事情の情報が入ってきているんだ…。元々、彼女がここにいられるのは…」
ライはそこまで云うと、言葉を切る。
正直、そんな現実を見ていること自体、彼自身、辛いと思ってしまっているのだから…
「さぁ…俺にも解りません…。きっと…決めるのは…ユフィ自身です…。否、彼女が決めなくては…意味がない…」
スザクはまだ、昨日、ジノに会っていた事をライに悟られないように言葉を選ぶ。
まだ、当事者であるユーフェミアにこの話を伝えていないのだから…
ここでスザクが云っていい事ではない…
これまでの経験で、それを思い知らされている…。
当事者なのに…何も知らずにいる事…あらぬ相手から真実を知らされる事の切なさ、悲しさを知るから…
そして、それによって抱く事になる失望感…
それらを知るから…
「そうか…。君は…彼女のこれからについて何かを知っている…。でも、今はまだ、僕には話せない…と云う事か?」
「物事には…順番があります…。ユフィに…その事を教えて貰っていますから…。変な意味ではなくて…。だから…ユフィに、そんな思いをさせたくないので…。その辺を…御理解下さい…」
お互いに敵意を抱いている訳でもないし、まして、憎しみを抱いている訳でもない…
でも、言葉に感情が入っていない…
ただ…物事を一つ一つ…相手に伝えている…
それだけの会話…
その時までは…
「じゃあ…一発殴らせて貰えるかな…」
ライがそう云ったかと思うと…ライの右ストレートがスザクの左頬に打ち込まれる。
スザクは…避けなかった…
避けようと思えばよけられた…
この学園の中で一番運動能力の高いスザクだ…
いくら、ライが人並み以上の運動神経を持っていても、高等部の『美少年コンテスト』でも披露しているが…スザクの運動神経はそこらの高校生が叶うレベルではないのだ。
それでも、スザクは倒れ込むことなく、口の中を切って口角に滲んでいる血を所為服の袖で乱暴に拭う。
「一応…殴られる理由も解っているんだな…」
ライも、スザクがわざと避けなかった事は解っているから、ふっと苦笑しながらスザクを見た。
「俺自身、最低な事をしている自覚は…一応あるので…。ライ先輩が俺を殴りたい気持ちは解ります…。と云うより、俺と二人で話していて…そこまで自制心を働かせているライ先輩を…ルルーシュなら…『賞賛に値する…』って云うでしょうね…」
スザクはそう云いながらライの目を真っ直ぐ見ていた…
「お前がもっと、バカで最低な人間なら…この場で立ち上がれなくなる程…殴り倒してやったのにな…。随分生意気な事を云う…」
ライが面白くなさそうにスザクにそう言い放つ。
実際、スザク自身、これまでの自分を振り返ると、云っている事は凄く生意気なことだと思う。
そして、言葉ばかりがしっかりしている様な気もする。
「きっと…ユフィのお陰です…。後…ルルーシュの…。俺がユフィを好きだと…大切だと思った事にウソはありません…。ただ…どこかで…無理していたのかもしれません…。ユフィの前では…俺、ずっと、カッコつけようと頑張っていたし…それも叶わなくて、凄くカッコ悪かったし…」
自分の中で認めたくない…でも、認めたからこそ…前に進めると云う事実…
それに気づかせてくれたのは…
「君は…とことんイヤな奴だな…。でも…君が今、持っている情報は…彼女を救ってくれるのか?」
ライの中には今はそれが一番らしい…
今のユーフェミアにそんな気持ちをぶつけたとしても、彼女の混乱を煽るだけなのだが…
「……」
スザクが現在の状況を鑑みて、黙っていると…ライが苦笑する。
「何も、今、早速彼女に気持ちを伝える気はないよ…。今は…彼女の救われる術があるかどうか…それが解ればいい…」
スザクはその言葉を聞いて、少しだけほっとする。
「彼女が救われたと思うかどうかは…解りませんが…。彼女の中にある…ルルーシュの存在からの解放にはなると思います。ユフィは…ずっと、ルルーシュの事を気にしていましたから…。その原因の一端は俺にありますけれど…彼女にとって、ルルーシュはそれとは別に特別だったんだと思います…」
スザクの中で…ここ最近で色々変わった事がたくさんある。
遡れば…ルルーシュがブリタニアに渡る時…否、ルルーシュの中にスザクの存在がなくなった時から始まっていたのかもしれないと思う程…
自分自身で、最低な奴だと思うが…
きっと、ルルーシュはこんなスザクを許す事なんてないと思うが…
それでも…
ユーフェミアが自分の意思で考え、自分の意思で出した答え…
そして、二人とも、不思議なくらいに穏やかな気持ちだったように思う。
そう思うのは…スザクの甘えだろうか…
確かに、ユーフェミアは涙を流していたが…それでも…
「僕は…正直、君の事は許せないよ…。君の…優柔不断な行動が…彼女を傷つけていた…。それでも…彼女が君を必要としていたから…僕は黙っていた…。簡単に壊れそうに見えていた君たちに対して…一切干渉してこなかった…」
これは…ライなりの…彼女に対する思いやりだったのだろう。
何も出来ずに…ただ、見つめている事しか出来ない苦しさを…スザクも知らない訳ではない…
ライがスザクに対して怒りを感じるのは至極当然だ。
「でも…もう黙って見ていなくてもいいと云うのなら…。ルルーシュ=ランペルージの下から…この話が離れて行くと云うのなら…僕は僕のやり方で…彼女を守りたい…。君が…今知っている事…話せるようになったらすぐに…僕に教えてくれないか…?」
ライが…無力である自分自身を…責めるかの表情で…スザクに訴える。
本当は…スザクになんてこんな事を頼みたくないだろうに…
「解りました…。それで…あなたが…彼女を…彼女の心を救ってくれると思うから…」
スザクは…静かにそう答えると…ライは複雑な笑みをスザクに向けた…
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