『私のお願いは…ユーフェミアと一緒に暮らしてあげて下さい…。彼女が本当に望む場所は…アッシュフォード学園のクラブハウスじゃなくて…あなたの傍だと思うんです…』
カレンの言葉に…その場にいた全員が息をのんだ。
その、言葉の真意の部分は良く解らないが…
大して長い時間とは思えないが…その短い時間の沈黙を破ったのは…
ジノだった…
「面白い事を云うね…君も…。ユフィが私の元に来たら…アッシュフォード学園をやめさせる事になるけれど…スザク君はそれでいいのか?」
ジノの言葉に…全員が不思議そうな顔をする…
そんな彼らにジノはくすりと笑った。
「別に…授業料がどうとか…そんなせこい話ではないよ…。現在…私は『ヴァインベルグ』とは無関係であると云う事で取引して貰っているんだ…。今、この状況で『ヴァインベルグ』のお嬢様と一緒に暮らしていると云う事になれば…折角築き上げてきたものが、崩れて行ってしまう恐れもある。それに…ユフィに行方不明と云う形でアッシュフォードを去って貰わないと…私の元へ来ても、私と二人、ヴァインベルグに連れ戻される可能性もある…」
確かに…家の中の事情はどうであれ…世間的には彼らは『ヴァインベルグ』家の子女だ。
それに…スザクもカレンもユーフェミアから話を聞いている…
だからこそ…ジノが一人で逃げようとしているように見えて…
―――ガタッ!
「ジノさん!ユフィは…ユフィは…あなたと…既に結婚されたお姉さんの為に…自分を犠牲にしようとしている!自分で、それだけの者を背負うだけの力量はないって…ユフィ自身も云っていた…。それでも、あなたとお姉さんの事を思って…彼女は…今は確かに、大人しくアッシュフォード学園に匿われている…。それは…ユフィにとって、ルルーシュと云う存在が特別なものになったから…。ルルーシュが気遣ってくれて…その状況に身を置く事が出来ていると理解しているから…。でも…そのルルーシュの心遣いさえもいずれ…放り出して…彼女は…」
今にも掴み掛らんばかりにスザクがジノに対して怒鳴りつける。
ジノの云っている事は…確かにジノにとっては、一番ベターな選択なのかもしれないが…
でも…それでは…ユーフェミアの行き場がない…
そう思えてきた…
「なら…君が守ってやってくれ…。ユフィの恋人だろ?君は…。ルルーシュを犠牲にしていると知りながら…ずっと…ユフィの事を放さなかったんだ…。それくらいの覚悟はあるのだろう?君だってルルーシュを見てきていた筈だ…。私たちの置かれている立場がどう言うものなのか…少しくらいは理解していると思っているのだけどね…」
ジノのその言葉に…スザクはこの、神の悪戯の様なタイミングに苦笑してしまう。
スザクとユーフェミアは…
まだ…当人たちと、カレンとシャーリーだけと云う…
新しい…現実…
お互いに納得済みだし…否、だからこそ…スザクはもう…
「ユフィとは…ついさっき…別れました…。ユフィの方から…」
流石にスザクの一言にジノの驚きの表情を隠せない。
そして…一緒にいる少女たちが目を伏せて、何も云わないところを見ると…
「そうか…事態は随分進んでいたんだな…」
「その兆候はありました…。ただ…俺もユフィも…その現実から目を背けていた…それだけです…」
スザクがジノの言葉に対して、そう、静かに告げた。
「一つ言っておくとするなら…今回の『ヴァインベルグ』の件は関係ありません…。この事がなくても…早いか、遅いかの違いはあっても…いずれは…こうなっていました…。今回の事はきっかけにはなったかもしれませんが…でも、原因ではありません…」
スザクがジノの目を真っ直ぐに見て…そう告げた。
「まぁ、君たちの事に関して、私はとやかく言う理由はない…。その件に関してカギを握っていたのはルルーシュとシュナイゼルになってしまっていたしね…。君たちが交際していた時も、ヴァインベルグ家としては何とか、シュナイゼルとの婚約に関してはつなぎとめておきたかったらしいが…。シュナイゼルには『そんな下らない私情を持ちこんで貴社との取り引きを打ち切るようなバカな真似はしません…。私が必要とするのは…結果ですから…』と窘められたそうだ…」
ジノが『ばかばかしい限りだ』と云わんばかりの表情で話す。
「まぁ、シュナイゼルとしても恥をかかされているからね…。ランペルージ家では色々あったのだろうが…間にルルーシュが入っていてくれたお陰で、シュナイゼルがそうした会社と会社の間に挟まれた状態で頑張っていてくれたようだ…。ホント…大した奴だ…」
薄々気づいてはいたが…水面下では色々と動いていたようだ。
恐らく、この事に、首を突っ込まされてしまったルルーシュも知らないところで、色々動いていたのだろう。
でなければ…ルルーシュの意思が多いに反映されている様な、彼らの現実はなかっただろう。
ルルーシュ自身、あの、ランペルージグループ内での自分の立場を良く弁えている。
今回、ユーフェミアがあのような形で匿われていたのは…ルルーシュは確かに望んでいた事かも知れないが…それでも、ランペルージの権力を決して使う事をよしとしないルルーシュがシュナイゼルに訴えたとは考えにくい…
シュナイゼルが…ルルーシュを慮って…そして、現在、ナナリーの治療に彼女も集中させるために…
シュナイゼルの施した措置と考えるのが自然だ。
そもそも、今のルルーシュにそんな事を考えられるだけの余裕がある訳がない。
「一つ…伺っていいですか?俺には…その辺りの事は良く解らないので…」
スザクが低い声でジノに尋ねる。
「なんだい?」
「俺とユフィが別れた事で…ルルーシュに…何か影響が及びますか?」
色々と負い目を感じているのか…
スザク自身が今、自分の気持ちがどこにあるのか気付いたからなのか…
でてきた質問の意図は…そこにいた全員の判断がそれぞれ微妙に異なっている。
スザク自身も…色んな複雑な思いを抱えている事しか解っていないのかもしれない…
「及ぶ…と云ったらどうするんだい?君は…」
ジノが少し意地の悪い表情で、質問を質問で返すと…スザク自身、黙り込んでしまった。
ジノ自身も、少し、意地の悪い質問だったかと…思ってしまうが…
それでも…ジノの中のルルーシュの存在は消えていない…
これまで…スザクとユーフェミアが原因となってルルーシュが泣いてきた事は知っている。
確かに…ジノ自身もその原因の一端を担っていた。
それでも…今のスザクを見ていると…無性にやりきれない思いがわきあがってくる。
「元々、君たちがルルーシュの…最初の苦悩の原因になってい…」
ジノがそこまで云いかけた時…それまでずっと黙って話を聞いていたシャーリーが立ち上がった。
「待って下さい!ルルは…スザク君とユーフェミアさんの事で…一回もスザク君たちに対して…不満を云った事なんてありません…。確かに…ルルは…辛そうにしていたけれど…苦しそうだったけれど…でも…スザク君とユーフェミアさんの幸せを願っていました…」
シャーリーが必死になって…恐らく、と云うより、確実にこの中で一番事情を知らない立場ながら…ジノの言葉に対して反論する。
「ルルは…スザク君とユーフェミアさんが自分を苦しめているなんて…思っていなかったと思います。と云うより…自分の力でスザク君とユーフェミアさんの複雑な事情を何とか出来ないかと…一生懸命考えていたと思うんです…。でも…ルルは…絶対にランペルージの名前を使う事をしなかった…。本当は辛かったと思います…。ジノさんとのこと…」
語尾を小さくしながら…シャーリーがそう訴える…。
ルルーシュの潔さや優しさは…近くにいて見ている方が辛いと思えてきた。
しかし、そんなルルーシュだからこそ…シャーリーは…カレンは彼女に惹かれたのだ…。
そして…目の前にいるジノや…スザクも…
「シャーリー…シャーリーがなんて言ってくれても…俺はルルーシュのその、自己犠牲と思っていない…周囲から見たらどう見ても自己犠牲な行動の下…ユフィと俺は…一緒にいたんだ…。それは事実だ…。それに…」
シャーリーの言葉に…スザクがそこまで云うと…言葉を切る。
その続きの言葉は…中々出て来ない…
「スザクは知っていたのよね…。ルルーシュの気持ち…」
その沈黙をカレンが破った。
そして…その言葉に…スザクは下を向いた。
流石にその事実を知ったジノの表情に怒りが帯びる。
「君は…ルルーシュの気持ちを知っていて…それでもなお…彼女を利用するような真似をしていたのか…。君は…」
続きの言葉が出て来ないジノは…怒りに震えている…。
アッシュフォード学園の中等部の頃から…ずっと…スザクの事を見続けてきたルルーシュを…ジノは見続けてきていた…
だからこその怒り…今もなお…彼女に対して色々な思いを抱えているジノとしては…まだ高校生のスザクに対して…大きな怒りをぶつけている…
自分よりも年下のスザクに対して…
そんなジノを…真っ直ぐスザクは見ている。
罵倒される事も…殴られる事も覚悟の上…だろう…。
それだけの事をしてきたと思うから…
ユーフェミアに対してだって…スザク自身、彼女に何ができただろうか…
いつも…ユーフェミアはルルーシュの存在に怯えていた。
スザク自身、その時にはユーフェミアをちゃんと見ていたし、本当に好きであったのに…
でも…それでも、彼女に対してそんな不安を植え付ける様な事を…きっと、していたのだろう…
ユーフェミアから過去の話を聞いて…ユーフェミア自身の中にある不安や寂しさを知った。
中学に上がり、スザクと出会って…恐らく、ユーフェミアにとっての初恋…
どうしていいか解らず…何とか、スザクと繋ぎとめておきたくて…
ルルーシュに対して酷い事をしてしまったと…
彼女自身、悔んでいた。
そんな事をさせたのは…その部分をちゃんと気づく事の出来なかった…スザクにも非がある…
スザクがどれほど言葉にしても…スザクを信じ切れなかったユーフェミアにも非がある。
そして…あのような形で二人を守ろうとした…ルルーシュにも非がある…
幼さゆえに…パズルのピースを…間違えてはめていた…
そして…それにさえ気づかずに…
やがて…それぞれが…間違いに気付いた…
そして…ユーフェミアは自分の中で決意した。
スザクも同じ頃に自分の気持ちを整理した。
その結果が今…
「俺は…確かに…ルルーシュの気持ちを知っていた…。ユフィがシュナイゼルさんと婚約すると云う話の頃に…ルルーシュがあなたと付き合い始めて…その時…色々複雑な事があると…俺がルルーシュに聞こうとして…その時…」
そんな早い時期から知っていたのかと…その場の誰もが驚きを隠せなかった。
「あの時…俺が、ルルーシュに詰問した…、何も知らない状況に…耐えられなくて…。本当は…ユフィに聞くべきだった事なのに…。ひょっとしたら…その頃から少しずつ…俺たちの歯車はかみ合わなくなっていたのかもしれないと…今なら思う…」
ここで、どれ程の罵倒を受けても仕方がない…と云う…でも、胸を張ってスザクがそう言い切った。
確かに…話しにくい事だっただろうし…当時中学生の彼らにそんなものを背負えと云う方が酷な話だ。
そんな状況の中…ユーフェミアは様々な事情を抱えている事を知りながら…スザクに何も云わなかった事も…色々な原因を作っている事は良く解る。
そこに…ルルーシュが…間に入ってしまって…
微妙にして、絶妙なバランスが生まれた…。
ルルーシュ自身は…ランペルージ家の当主と次期当主から大切にされている事を知ってはいても…その事を利用する気持ちはなかった。
でも、結果的に…ルルーシュを大切に思うシュナイゼルが…様々な形で手をまわしていたし、ルルーシュ自身も、二人を守ろうとしてジノの申し出を受け入れていた。
そう云った…複雑な事情を抱えた状態で…保たれていた…絶妙なバランスなど…長く続く筈もなく…結局…ルルーシュの交通事故によってそれは脆くも崩れた。
あの時…本当にルルーシュ一人でその絶妙なバランスを支えていたのだと思う。
彼女が交通事故に遭って、記憶障害を抱えてすぐに…簡単に崩れてしまう程の…そんな脆い…絶妙なバランス…
「あんた!本気でそんな事云ってる訳?確かに…確かにルルーシュは…」
スザクの言葉に怒りをあらわにしたのは…カレンだった。
カレンは…自分の家もそれなりの家だったと云う事だけあって…両家の事情も少しは知っていたし、その知る事情の中からある程度の想像できるだけの思考力もあった。
「ああ…あの時…俺がルルーシュに…ユフィの事を詰問しなければ…ルルーシュが…あんな風にやけくそになって俺に対して自分の気持ちを伝えて来る事なんてなかっただろうし…。本当は…ルルーシュは…俺には何も云わないつもりだったんだと思う…。ユフィの事も…ルルーシュの気持ちについても…」
確かに…ルルーシュの性格を考えれば…スザクの云っている事は正しい…
ルルーシュが何もなければ、お互い、幸せになっているのであれば…自分自身が彼らの目の前に出て行って…その幸せを壊そうとするなんて考えられない。
「だから…何度も…何度も…ちゃんと…問い質そうとして…でも…出来なかった…」
あの頃の事情を知る者であれば…スザクが問い正せなかった理由は解る。
あの頃…ユーフェミアは極端にルルーシュとスザクが接触する事を嫌っていたから…
だから…シャーリーもカレンも、ユーフェミアに対して色々な思いを抱いていた。
暫く…その場が沈黙する…
この場でスザクを責めるのは簡単だ…
しかし…問題はそこではないし…既に、そんな問題ではなくなっている。
どれ程の沈黙だっただろうか…
「……今度…私のマンションに…ユフィを連れて来てくれないか?アッシュフォード学園には…私から連絡する…」
沈黙を破ったのは…ジノだった…
ジノも…確かに自己主義的な事を云っているが…
それでも…母親と死別して…ヴァインベルグ家に引き取られるまで…2人は寄り添って生きてきた…
確かに経済的には問題はなかったが…
それでも…大人のいない中…二人で生きていた…
ヴァインベルグ家に入ってからは…生活ががらりと変わり…ジノ自身、ユーフェミア自身、二人で生きてきた時と同じように…と云う訳にはいかなくなった…
「じゃあ…あの…ユーフェミアは…」
「ここで…一度話をする…。私が勝手に決めていい事ではない…。だから…ちゃんと話す…。今までの事…そして…これからの事…」
ジノは…カレンの一言に…そう…答えた…。
ジノが何を考えているのか…ユーフェミアがどんな結論を出すのか…
それは…今の彼らに知る由もない…
ただ…近い未来…ユーフェミアは…自分たちと一緒に…同じ教室で授業を受ける事が出来るかどうか…
その不安だけは…スザク、シャーリー、カレンの中に大きく存在していた…
copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾