ナナリーが手術の後…ICUから病棟の個室へと移された。
移動する時にはナナリーの目も醒めていて…その表情を窺う事も出来た。
「ナナリー!」
やっと、目の醒めたナナリーを見る事が出来たルルーシュが駆け寄ってナナリーの顔を覗き込む。
腕にはたくさんの検査機器が付いていて…触れる事が出来なかったから…
この場でナナリーに触れる事が出来たのなら…ルルーシュはナナリーの手を握り締めて離さなかっただろう。
「ルルーシュ…落ち着きなさい…。ナナリーもまだ、手術の後で無理は禁物なのだから…」
母であるマリアンヌに諭されて、ルルーシュはナナリーのベッドから一歩後ろに下がる。
確かに、半日に及ぶ手術に耐えていたのだ…
元々体力のないナナリーにとっては非常に辛いものであった事はよく解る。
それでも…そんな事さえも頭から吹っ飛んでしまう程…ルルーシュはナナリーが目を開けた姿に嬉しくなって、興奮状態となってしまっていた。
しかし…ルルーシュ自身、これまでにずっと無理をしていた事が、この安心感で解放されたようで…
ルルーシュが一歩ベッドから離れた時にルルーシュの身体がふらついた。
「ルルーシュ!」
倒れそうになるルルーシュを支えたのはシュナイゼルだった…
「まったく…ナナリーの事となるとホントに加減を知らない子なんだから…。シュナイゼル…悪いけれど…この子をどこかで休ませて貰えるようにして貰えるかしら?ナナリーの事は…私とシャルルで見ているから…」
「解りました…。さ、ルルーシュ…君がそんな風にふらふらだから…ナナリーも心配しているよ…」
そう云ってシュナイゼルはルルーシュの肩を支えながらナナリーの病室を出て行った。
ナナリーも目を醒ましてルルーシュを見た途端にルルーシュの方が倒れているのでは…流石に困ってしまうだろうし、逆に心配する事になる。
「すみません…義兄さま…」
「君はよく頑張ったよ…。これからは、ナナリーも少しずつ色んな事が出来るようになる。そうすれば…少しずつ君の手から離れて行く事になるんだ…。だから…ルルーシュ自身が、自分の事を考えられるように…訓練しないとね…」
シュナイゼルが優しい微笑みを見せながらルルーシュにそう告げる。
ルルーシュとしては…そんな事をいきなり言われても…よく解らない…と云った表情だ。
そんな表情のルルーシュを見ているとなんだか複雑になってしまうのだが…
確かに、ルルーシュはこれまで、ナナリーを守る為に…それだけの為に生きているような側面があった。
これからは…ルルーシュの為に…ルルーシュ自身の幸せの為に…考えて行く必要がある…シュナイゼルはそう考える…
―――でも…この子の事だ…。結局、誰かの為にしか…何かを考える事が出来ないのだろうけれど…。ヴァインベルグのお嬢さんは…どうなったかな…
シュナイゼルがルルーシュに黙ってユーフェミアをアッシュフォード学園に匿うように手配していたが…恐らくルルーシュ自身がそれを望むから…シュナイゼルはそう動いた。
人の為にしか何かを考えられないルルーシュを見ていて…シュナイゼルの中で複雑な思いが過るのは…ある意味仕方のない事だったのかもしれない…
アッシュフォード学園では…あの騒ぎから、ユーフェミアが教室におらず、しかし、クラスメイト達が彼女のノートを順番で取るという事が普通になってきていた。
未だ、ヴァインベルグ家の動向がどうなって行くのかよく解らない状況の中、ユーフェミア自身、誰かの前に姿を見せるという事は出来ない事だし、だいぶ減ったとはいえ、アッシュフォード学園の周囲にもまだ、マスコミ関係者が張り付いている。
学園としても警備員を増員して生徒たちに悪い影響が及ばないよう配慮しているが…
この学園も名門校であり、両家の子女が多く集まっているので、こうした騒ぎに巻き込まれるのは一度や二度ではない。
だから、対応も速かったし、適切であった。
それでも、未だにマスコミが張り付いていると云うのは…やはり、世界的な企業グループの問題だからであろう。
「それにしても…娘まで追いかけ回すかね…。大体、当主自身が何度も会見を開いているじゃないか…」
生徒会室でリヴァルがそんな風に呟く。
確かに他のメンバーたちも同じ考えなのだが…
云ったところで、大人の世界の事だし、大人の世界にも色々あるのだ。
「確かにその通りだけどね…。でも、これもある意味、大金持ちの家に生まれた者の裏と表のある運命じゃないのかな…。今は裏の部分…と云う事なのだろうけれど…」
バートがそんな風に云うのを聞いて…カレンはこの間のユーフェミアの話を思い出し、ぐっと唇をかんだ。
ユーフェミアがもし、―――たとえ私生児であったとしても―――兄と二人で生きて来られたのなら…こんな事にはならなかっただろうし…巻き込まれる事もなかったのだろうと思うが…
スザクの方を見ると…黙ったまま、淡々と生徒会の業務をこなしている。
外の騒ぎがどれほど大きくなろうと、学園生活は変わらないし、相変わらず、イベントの多い学園生活だ。
カノンが生徒会長となって、少しはイベントが減ると思ったのだが…
意外とミレイと同じものを持っているのか、色々と何かをしたがる。
と云うか…ミレイが会長だった頃も文句を言いながらも結構楽しそうにやっていたようにもみえるが…
それでも、ユーフェミアの事で色々と沈んでしまいそうな空気の中、(ある意味トンデモイベントも満載だが)楽しく笑える雰囲気を作るにはこう言う事も必要なのかもしれないと思う。
本当は…ユーフェミアも参加出来るとなおいいと思うのだが…
それでも、彼女自身が自分の立場をきちんと弁えているし、確かにこの状況の中、あまり目立つ行動をする事は得策だとは思えない。
―――大人って…ホント身勝手よね…
ヴァインベルグ家の件以来、本当に出席率の高い生徒会だったが…
結局お茶会に留まってしまっているので、業務事態あまり進んでいないようにも見える。
そんな中で…
「ねぇ…ユーフェミア…ここに来る事って…出来ない?別に…あの部屋から出るくらいなら…。同じクラブハウスの中だし…」
カレンがふとそんな事を口にする。
ずっと、あの部屋の中に閉じこもって、咲世子が色々教えてくれるという事でその事ばかりをしているが…
外に出なければいいのであれば…
そんな風に思ったのだ。
カレン自身、それがどういう感情なのかよく解らない。
ただ…
今のこの状況はなんだかいやだと思うだけで…
カレン自身、非常に複雑な気持ちだ。
ずっと、ルルーシュの事で色々とあった彼女だから…
でも…ルルーシュに対するユーフェミアの行動は今でも許せるものじゃないとカレンは思っている。
しかし、その事とは別に…彼女の生い立ちを知って…でも…やっと、この学園に来て、何かが彼女を変えたのだとしたら…
あのまま、あの部屋に押し込めておくのはいい事ではないと…そう考える。
―――きっと…ルルーシュなら…私と同じ事を考える筈…
ルルーシュの気持ちでユーフェミアをこの学園に匿っているのだとしたら…あんな形で殆ど監禁のような状態にしておく事は絶対にルルーシュは望まないだろうから…
「それは…ミレイさんに聞いてみない事には…。でも、咲世子さんは毎日彼女に会っているし…カレンもノート届けに行っているものね…。解ったわ…ちょっと聞いてみるから…」
そう云って、カノンが携帯電話でミレイと連絡を取る。
「あ、ミレイさん?カノンですけど…ハイ…。ちょっと、お聞きしたい事がありまして…」
今ではすっかり慣れてしまったカノンの口調…
ミレイと色々話しあっているようだ。
一人を除いては…皆、気にしていないふりをしている。
そして…残りの一人は…本当に気にしていない様子で、ただ…淡々と作業を進めているようだ。
カレンはその様子を見逃してはいなかった。
恐らく、あの時ユーフェミアと話していた時のユーフェミアと、同じ事を考えているのであろうと…カレンの中で思う。
あれだけ、喜劇とも悲劇とも取れる様な事をしていた二人だったが…
多分…ヴァインベルグ家の問題は単なるきっかけに過ぎないだろう。
いずれ…彼らは今考えている決断を行動に移していただろうから…
ルルーシュがブリタニアに発ってからヴァインベルグ家を出て行ったというジノ…
ルルーシュがブリタニアに発った事で、何らかの変化が生じ始めていた…
だから…あの騒ぎはきっかけでしかなかったし、あのまま放っておいても、彼らの意思を履関係のないところで事態が進んで行き、やがて…彼らが考える余裕もないまま結果を齎されていたに違いないから…
「ねぇ…スザク…。あとで教えて欲しい事があるんだけど…」
カレンがそっとスザクの隣に移動してそう耳打ちした。
スザクは少しだけ驚いたような表情を見せるが、すぐに今、処理している書類に目を落とす。
「何?」
スザクは書類に目をやったまま小声でカレンに聞き返す。
カレン自身、スザクの反応は予想出来ていたのか…
スザクの態度にあまり驚きを見せたりはしなかった。
「ジノさんの…今いるところ…」
「!」
流石にその答えにスザクは驚いて手を止める。
これもカレンの中では予想の範囲内だったのか…あまり驚かない。
大体、カレンが何故、スザクがジノの居場所を知っていると思っているのか…多分、スザクの頭の中にはそんな事が蠢いているのだろう。
そんなスザクにカレンはクスッと笑う。
「あんたねぇ…一応私もあんたたちの事を見てきたんだから…。まぁ、その事に感づいているのは私だけだと思うけどね…。あと、ユーフェミアにもちょっと話したけど…」
スザクの表情があからさまに変わって行くのが解る。
そんなスザクを見ていて…カレンは思う。
―――確かに…みているだけなら面白いわね…。あの二人がなんであんなに好きだと思えるかは謎だけど…
「大丈夫よ…。別にその情報を売ろうっていう訳じゃないから…。ただ…今はユーフェミアの決意に協力してあげたいと思っているのよ…。彼女自身…きちんと物事を考えているわ…だから…」
カレンの言葉にスザクがはぁ…と息を吐いた。
「いつから気付いていた?」
「さぁ…何となくそうかなって…思っていたくらいなんだけど…。あんたの場合、ルルーシュと違って隠し事とか苦手でしょ?多少、カマかけていたのは認めるわ…」
人の悪い笑みを見せると、スザクが苦虫を噛んだような表情を見せる。
しかし、スザクがジノの居場所を知っているのは事実だし、カレンは普段、ユーフェミアと顔を合わせているし…今のメールすらしていないスザクよりは彼女の事を解っている…そんな風に思うから…スザクは一言答えた。
「いいよ…カレンの都合のいい時にでも…。俺は住んでいるところしか知らない…。連絡先とかは聞いていないから…」
スザクがそう答えると、カレンがまたその答えに答えを告げる。
「解った…今度の日曜日にでも…。別に会えなくてもいいわ…。いずれ…彼女に会わせてあげられればいいから…」
カレンがその一言を告げたと同時にカノンの電話も切れたようだ。
「みんな…とりあえず、生徒会の業務でここに誰かがいる時なら彼女を連れてきてもいいという事になったわ…。明日から、彼女にも生徒会業務を手伝って貰いましょ…。咲世子さん、そう伝えて下さる?」
「畏まりました…」
このやり取りに生徒会室の空気が少しだけ変わったような気がした。
ブリタニアのナナリーの入院する病院では…今、ルルーシュの診察をしていた。
採血をして、検査結果をまっている状態だ…
「ルルーシュ…」
待合の座り心地の悪いソファでルルーシュの肩を抱いて支えているシュナイゼルが『やれやれ』と云った表情で彼女を見る。
そこに…
「ルルーシュ?」
ルルーシュの姿を見て声をかけてきた人物がいた。
「君は…?」
シュナイゼルがその声の主に尋ねる。
するとその声の主は少し慌てすぎたか…と云う表情をするが、すぐにシュナイゼルを真っ直ぐ見て自己紹介を始めた。
「私は、ルルーシュさんのルームメイトで…ノネット=エニアグラムと云います…。初めまして…。ルルーシュのお義兄さまの…シュナイゼルさん…ですよね?」
明るい性格を醸し出すその、自己紹介にシュナイゼルも好感を持って対応する。
「ああ…僕はシュナイゼル=ランペルージ…。ルルーシュの義兄だ…。ルルーシュから君の名前は時々聞いていたよ…。いつも義妹をよくしてくれてありがとう…」
シュナイゼルがそう告げる。
シュナイゼルのこの様子から…ルルーシュを本当に大切に思っているのだと…ノネットは感じた。
「あの…ルルーシュ…どうかしたんですか…?」
「ああ…ナナリーの手術が終わって、力が抜けてしまったみたいでね…。これまでの無理がたたったようだ…」
「ああ…確かに…ナナリーの手術の前は本当にそわそわして落ち着かない様子でしたから…。でも…手術はうまくいったのでしょう?」
「ああ…お陰さまでね…。ただ…当のルルーシュがこれでは…ナナリーの方が逆に心配になってしまうね…」
シュナイゼルはそんな事を云いながら苦笑する。
ノネットも確かに…と、意識があるのかないのか解らない、ぐったりしたルルーシュを見てそんな風に思えてきてしまう。
「でも…君はなんでここに?」
「ああ…私も、ちょっと気になっちゃって…。会えないって解っていても…それでも、ルルーシュに会えれば、様子を聞けるし、ここのところほとんど食欲のなかったルルーシュに美味しいものでも食べさせてあげられるかな…と…」
ノネットの言葉にシュナイゼルがふわっと笑った。
日本にいた頃にもいい友人はいたようだ。
彼女自身、その友人たちと別れる事は非常にしんどかっただろう事は予想が付く。
それでも…ブリタニアに来て、こうした友人が出来た事に心から感謝しているようだ。
「でも、この様子じゃ…無理かな…。私…又出直して…」
ノネットがそこまで云うと、シュナイゼルがノネットの言葉を遮った。
「否…一緒にいてやってくれないか?きっと…この子もその方が喜ぶよ…」
そう云いながら、ノネットをシュナイゼルが腰かけている反対側のルルーシュの隣へと促した。
「そうですか…?じゃあ…」
そう云いながら、ノネットはあいている方のルルーシュの隣に腰掛ける。
本当にぐったりしている感じで…
本当に力が抜けてしまったようである。
「ルルーシュ…こんなんで、本当に大丈夫かなぁ…。ずっと、ナナリーのことばっかりだったから…。ナナリーが元気になって一人で色々できるようになっちゃったら…確かにルルーシュも力が抜けちゃうよな…」
ノネットがぼそっと独り言のように呟いた。
それを聞いて…シュナイゼルがこう告げる…
「君のような友人がいてくれれば…確かに一度は落ち込むかもしれないけれど…ちゃんと立ちあがってくれるよ…。君なら…彼女の手を引っ張ってくれるだろう?」
シュナイゼルの言葉にノネットが驚いてシュナイゼルを見ているが…
「はい…。私で出来る事であれば…そうありたいと思います…」
ノネットのその力強い言葉に…シュナイゼルは心から安心したようにもう一度優しくルルーシュに笑いかけていた。
その姿は…
―――義兄…と云うよりも…愛しい女に向ける様な…そんな視線だな…
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