幼馴染シリーズ 〜第2部〜


Second Tears 10


 恐らく…中等部から近くにいながら…二人で話をした事はなかった。
お互いが…お互いに対して、複雑な思いを抱えていた。
カレンに至っては、はっきりとユーフェミアに対して不快感すら抱いていた。
それは…ヴァインベルグと云う名家に生まれた息女として、我儘だけは一人前に通すが…その名家の自覚と影響力の大きさを全く考えない行動が…素直に気に入らなかった。
ユーフェミアはカレンと逆の感情で気に入っていたとは云えない状態だった。
それに…ユーフェミアにとってスザクとの関係にいつも邪魔に思っているルルーシュをいつも庇っていたカレンに対して好意を持つ事が出来なかった。
しかし、ユーフェミアにとっては…率直にその本音をぶつけてくれる唯一の相手だったかもしれない。
「ねぇ…ユーフェミア…状況が解っていながら…なんであんな真似をしたの?シュナイゼルさん…多分、その時になるまでは見逃してくれたわよ?あの人は自分の立場を弁えている…。なのに…」
カレンが真っ直ぐにユーフェミアの目を見て話す。
カレン自身、シュタットフェルト家のお嬢様だし、彼女自身、いずれ、そうした形で婚約者が現れる事は解っている。
兄のナオトにも…高校卒業と同時にそうした形での婚約者が現れ、シュタットフェルト家の当主となる為の勉強を続けているのだ。
尤も、ヴァインベルグ家の場合、ジノを見ていてもそうだが…本当に自覚があると思えるような行動ではない。
「そうですね…。でも…それは…お兄様と私の…生まれの所為かも知れません…。ヴァインベルグ家の…正統な血筋をたどっているのは…もう、お嫁に行かれた…コーネリアお姉さまだけですから…」
カレンは一瞬、驚いた顔を見せた。
しかし、こうした家の場合、あまり珍しい事でもない。
確かに、元凶はそこにあるのかもしれないが、そこから先に何か原因がある様に思えた。
「私と…お兄様が初めて、ヴァインベルグ家の門をくぐったのは、お兄様が10歳の時…私は4歳の時でした…。ちょうどその頃、ヴァインベルグ家の奥様が亡くなったそうなのです…。お姉さまは…その時12歳だったと思います。お兄様にも私にも優しくして下さっていました…。特に私の事は…本当に愛して下さった…」
ポツリポツリと…過去の話を始める。
ユーフェミア自身…自分でも不思議だった。
なんで…こんな事を誰かに話しているのだろう…と…。
「あなた…ひょっとして…ご当主の…その…浮気相手の…?」
多少遠慮がちにカレンがそう尋ねると…ユーフェミアがくすりと笑いながら頷いた。
「元々…ヴァインベルグ家のご当主が…あるパーティーのホステスをしていた母に惚れ込んだそうなのです。ご当主が2週間の滞在の間に…母が…お兄様を身籠ったそうです…」

 確かに珍しい話ではないのだが…驚かないと云う事と、不快に思わないと云う事は違う。
カレンはユーフェミアの言葉に…目元に不快感を浮かべた。
「母は…その事をご当主には伝えなかったそうです。ずっと…貧しいながらも女一人でお兄様を育てていたそうです。幸せだったと…お兄様は云っていました…。でも…偶然って…怖いですね…」
ユーフェミアが自嘲気味に微笑みながら語っていたが…表情が硬くなった。
カレンはそんなユーフェミアから目を放すことなく、何を云う事もなく…黙って聞いていた。
「母は…ずっとホステスの仕事を続けていました。あの時…ホステスの仕事を辞めていれば…よかったのかもしれませんが…お兄様が生まれた5年後…再会して…母の気持ちはどこにあったのかは知りませんが…私が出来たそうです…」
ユーフェミアの表情が…暗く、悲しい色となる。
表向きには名家と呼ばれる家でも…こうした後ろ暗い部分がある事は知っているが… 珍しい事じゃないが…
それでも、そこで生まれる犠牲となる者たちを思うと…
「母は…私を生んで間もなく…亡くなりました。元々、神経を使う仕事でしたし、お兄様を育てながら…と云う事で過労が原因だったと聞いています。そこに…孤児となった私たちは…どこかの施設に預けられると思っていた時…私を抱いているお兄様の元にヴァインベルグ家のご当主が現れたそうです…。その時、まだ、ヴァインベルグ家のご正妻がご存命でしたから…私たちは金銭的補助だけを受けながら…二人で生活していました…」
カレンは…先ほどからのユーフェミアの言葉に…違和感を覚える。
確かに血のつながりのないヴァインベルグ家の正妻を母と呼ぶ事には抵抗があるだろう。
そもそも母ではないのだから…正妻自身、彼女たちに母と呼ばれていい気分はしないだろう。
しかし…父親を『ご当主』と呼んでいる。
これはいったい…
「ねぇ…仮にもあなたのお父様でしょ?ヴァインベルグのご当主って…。なんで…そんな呼び方…」
「私とお兄様にとって、親は母だけなんです。それに、ヴァインベルグの屋敷に入る時、執事長と云う人から厳しく云われていたそうです。その時の執事長は…コーネリアお姉さまの事を非常に心配なさっていたそうなので…。お姉さま自身は、その執事長の云い方には相当お怒りになったそうですが…」
聞けば聞く程複雑な家庭環境だ…。
ルルーシュの家庭環境も大変そうだと思っていたが…それでも…
「あんたのお兄さんが…自分は実力主義だって言っていた…。あんたの話を聞いて、それが…本当だったんだな…って、今になってなんだか納得したわ…」
カレンから出てきたのはその一言だった。

 ユーフェミア自身、非常に冷静に、第三者的にこの部分については見つめていると思う。
それに、ジノ自身が、自分の家に対して酷く冷めた態度を取っていた事に対する違和感が何だかすっきりしたような気もする。
「あ、この事は…出来れば内緒にして置いて下さいね…。皆さんは…私の事をお嬢様だと思っている様ですが…ヴァインベルグ家の中ではご当主が外で作った女の子供ですし、本当は…コーネリアお姉さまをお生みになったご正妻の二人目のお子様が無事に生まれてくれば…こんな事にはならなかったのですが…でも、そんな事を振り返っても仕方ありません。それに、コーネリアお姉さまの2歳下…お兄様と同じ歳の男のお子様がいたかもしれないと云う話が…まぁ、ばれない筈がないので…そろそろマスコミを騒がせるかもしれませんね…。今のヴァインベルグ家にそのマスコミを抑えるだけの力はありませんから…」
カレン自身、これまでのユーフェミアの…スザクに対して、ルルーシュに対して、神経質なまでの態度が…なんだか少し、解った気がした。
と云うより、この話が本当なら、これまで抱いてきた疑問が消えて行く。
「じゃあ…ジノは…?」
「ひょっとしたら…生まれて来なかったお兄さまの代わりをさせられていたのかもしれませんね…。私はそのおまけです…」
どこに行っても…ジノの付属品として…ヴァインベルグ家のお嬢様と言ってもそれまで送っていた生活から無理矢理引き離され、ユーフェミア自身は幼かったから順応が早かったかもしれないが…ジノとしては…辛くない筈がないだろう…
ただ…ユーフェミア自身が、『私はそのおまけです…』の一言の中に…スザクに対して、ルルーシュに対して…あんな態度を取らなければならなかった事情が凝縮されている。
カレンが言葉も出ない状態でいると…
「あ、ごめんなさい…こんなお話…。カレンは困ってしまいますよね…。でも…」
ユーフェミアが少しだけ、嬉しそうに、でも、申し訳なさそうに云いながら、言葉をそこで切った。
「聞いて下さって…有難うございます…」
その一言を云いながら、カレンに頭を下げる。
頭を下げたユーフェミアの肩が…少し震えているような気がしたのは…カレンの気の所為だと…カレンは思う事にした。
「礼なら…ルルーシュに云うのね…。ルルーシュ…あれで、ユーフェミアの事、随分気にしていたから…。何も言わなくても…自分たちと同じような複雑な事情を抱えているんじゃないかって…思ったんじゃないの?ほら…ルルーシュもランペルージ家の後妻の連れ子だから…。まぁ、あのうちの場合…ご当主も、シュナイゼルさんも随分、ルルーシュとナナリーを可愛がっているみたいだけど…」
「そうみたいですね…。でも、周囲はそうはいかないでしょうね…あのお二人の溺愛ぶりでは…色々恐れる方もいらっしゃるでしょうから…」
カレン自身は、シュタットフェルト家の正妻の子として生まれた。
これは、単なる偶然だ。
ユーフェミアやルルーシュがそう云った状況に叩きこまれたのも偶然だ…

 カレンとしては胸の中の痞えやら、ユーフェミアやジノに対する誤解やらが随分消えた気がした。
「ちゃんと解っているのね…あんたは…自分の立場を…」
「そんな事を考えるのは苦手なんですけれど…。でも、お兄様も多分、私と同じ考えです…。妾の子を当主とするくらいならコーネリアお姉さまに戻って来て貰うだなんて…。お姉さまには…もうすぐ子供も生まれます…。今の旦那様ととてもうまくいってらっしゃるんです…。そんな事まで考えなくてはならない家ならば…いっそ、時代の流れの中で消えた方がいいと…」
ユーフェミアの言葉にカレンは驚いた顔を見せる。
カレンは元々、シュタットフェルト家の為に育てられたと云う自覚はある。
元々、ルルーシュに近づいたのもシュタットフェルト家の為だった。
しかし、ルルーシュの『お嬢様』と呼ぶには意外すぎる態度に打たれたのは事実だし、今では、家の事とか、相手の家柄とか関係なく彼女と接しているつもりだ。
シュタットフェルトの名前を守る為に育てられた自覚があるカレンと…どうしても、ヴァインベルグの名前の為に…と云う気持ちになれないユーフェミア…
ユーフェミア自身、これだけの立ち居振る舞いが出来るのだ…
そうした教育は徹底的に施されている筈だ。
「私は…自分の幸せもですが…お姉さまの…コーネリアお姉さまのお幸せを壊したくないんです…。お姉さまはとても有能な方…。お嫁に行った先でもお姉さまを慕う方々がたくさんいます。そして、そちらのおうちは盤石な状態な中、お姉さまを正妻として迎え入れ、お姉さまのその実力を持って更に発展を続けています。だから…お姉さまをヴァインベルグ家に戻してはいけないのです…」
「ユーフェミア…あなたに…覚悟はあるの?それが現実となった時…あなたもジノも…」
「ええ…だから、こうして、咲世子さんに色々教えて頂いているんです。家事って…楽しいですね…。僅かながらの記憶しかないんですけれど…昔、お兄様は私の為にご飯を作って、洗濯をして、掃除をして下さって…」
このユーフェミアの言葉は真実だろう。
彼女の表情がそう伝えている。
「カレンもやってみては?お嬢様でも、趣味としてならやっても許されるでしょう?」
ユーフェミアの言葉にカレンがギョッとした。
「あ…イヤ…私は無理…。実は…家庭科…一番苦手なのよね…。体育は得意なんだけど…」
カレンが絶対ごめんだとばかりにそう告げた。
ユーフェミアがそんなカレンを見てくすりと笑った。
「カレンのそんな姿…初めて見ました…」
「あ…別に…出来ないって訳じゃないのよ?苦手なだけで…」
カレンが少し困ったように言い訳しているが…
「でも…カレンとこんな風に話せる日が来るとは思いませんでした…。私…本当に色々見えていなかったんですね…。今なら…ルルーシュに、素直にお礼を言って、謝る事が出来ると思うのに…」

 ユーフェミアの言葉に…カレン自身、『なんだそんな事…』と云う表情を見せる。
「ここにいれば必ず会えるって…。今年は無理だけど、来年の夏休みなら…きっと帰って来るわ…。一時帰国…出来るときはするって言ってたし…」
「その時まで…私…ここにいられるでしょうか?」
少し表情を曇らせてユーフェミアが言葉にする。
「ま、大丈夫よ…。アッシュフォード学園がユーフェミアの身柄を匿うって決めたのは…絶対に裏でシュナイゼルさんが動いているから…。シュナイゼルさん、ルルーシュには甘いからね…。いくら血が繋がってなくても…義妹に対して…ちょっと行き過ぎだと思うんだけど…」
「私…いつもルルーシュに守られてばかりですね…。スザクも…。ホント、ちゃんとしないと…」
少し俯き加減にユーフェミアがそっと目を閉じながら独り言のように呟く。
「ルルーシュも…あんなバカスザクにかまけていないで、ちゃんと恋人作れっての!」
「まぁ…スザクはバカかもしれないけれど…かっこいいですよ!」
カレンの一言にユーフェミアが、多分、今日カレンと話している中で一番素直に本音を吐いた。
カレンはユーフェミアの勢いに驚いたが…
少しだけ、安心できた。
ユーフェミア自身、本当にスザクを愛しているのだと…
ただ…愛し方も愛され方も知らなかっただけだと…
「あ〜あ…はいはい…。まぁ、だったら、ユーフェミア自身もちゃんとしなさいな…。ルルーシュが相手なのよ?云っちゃなんだけど…私、ルルーシュほどいい女を知らないわ…」
「それは…私も認めます…。コーネリアお姉さまと同じくらい素敵な女性です…ルルーシュは…。だからこそ…ルルーシュの存在が怖くて仕方なかったのですから…。でも…今でも、確かにルルーシュの存在は不安ですけれど…今なら、きちんと正面から、真っ直ぐにルルーシュを見る事が出来ます…きっと…」
「そ?まぁ、あのバカスザクがどうするかにもかかっているけれどね…」
カレンが『やれやれ』と云った調子で息を吐いた。
「スザクとは…きちんと、お話しないといけません…。お互いの為に…。それに…私、自分で決めた事があるんです…。その事をスザクにお話ししないと…」
ユーフェミアがにこりと笑ってそんな事を…落ち着いて、しっかりとした口調で言葉にした。
「何を…?」
訊いたところできっと答えては貰えない質問だが…
案の定…
「それは…今は内緒です…」
とだけ返ってきた…
ただ…ユーフェミアの表情を見ている限り、ユーフェミアにとって不幸な選択ではないのだろうと察する。
涙を流すかもしれないが…それでも、ユーフェミアの為に必要な涙となるのだろうと…
「そう…。じゃあ、私、戻るわね…。色々暴露話させちゃってごめん…」
「いえ…聞いて下さってありがとうございました…。あ、後…お兄様の事とは別件でのルルーシュの話って?」
ユーフェミアに指摘されなかったらすっかり忘れるところだった。 カレンは部屋を出ようとして、ユーフェミアの方に顔だけを向けて優しい笑みをたたえて質問に答える。
「ルルーシュからメールが来たの…。ナナリーの手術…成功したそうよ…。メールを書いていた時点ではまだ眠っている状態だったらしいけれど…時間を考えるともう、目を覚ましているんじゃないかしら…」
カレンの一言にユーフェミアもはぁ…と大きく息を吐いた。
「よかった…本当によかった…」
そのユーフェミアの様子を見てカレンはふっと笑って部屋を出た。
―――ルルーシュに魅了された…人間が一人…増えたわね…

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