幼馴染シリーズ 〜第2部〜


Second Tears 09


 手術を終えて…眠った状態のナナリーが身体中に色んなチューブを付けられた状態でベッドに寝かされて手術室から出てきた。
半日以上かかった…ナナリーの手術…。
ブリタニアに渡って、手術に耐えるだけの体力をつけるべく、病院の中で生活しながら、たくさんの努力をしてきた。
その努力の結果、やっと、こぎつけた…手術…。
恐らく、ナナリーが生まれて、初めてだっただろう…
あんなに頑張っていたのは…
ルルーシュも、出来る限りナナリーに付き添うようにしていた。
時に、寮の門限を破る事となって寮長に注意された事もあった。
いつも、ルルーシュと一緒にいるナナリーが…少しでも元気になれば…そう思いながら、眉をしかめながら、でも、一度も涙を流すことなく、ルルーシュが心配そうな表情を見せると、『大丈夫…。元気になる為です…』と云っては額に辛さを感じさせる汗を見せながら笑っていた。
確かに、これまで身体が弱い…そのことを理由に、ナナリー自身が動く事はあまりなかった。
それ故に、ブリタニアに渡った時、明らかに、顕著に見られていた、ナナリーの体力不足…
ナナリーに最初に求められたのは、半日以上かかる手術に耐えるだけの体力をつける事だった。
あの時のナナリーでは絶対にそんな長時間の手術に耐えられない…今回、ナナリーの執刀を担当した、ロイド=アスプルンドの判断だった。
一応、日本の病院の医師からの紹介状にはその旨を伝えられていたが、それでも、ここまで体力がない状態では、本当に長期計画で体力をつけて行かなければならない。
しかし、ナナリーの身体の事もあるし、計画通りに体力をつけて行く事は困難を極めた。
それでも、ナナリーは決して挫ける事もなく、泣き顔を見せる事もなく…
ルルーシュの方が涙を流しそうになっていた。
その時、ナナリーの普段のメディカルチェックをしていたロイドのアシスタント、セシル=クルーミーがルルーシュに云った。
『彼女は…欲しいものの為に戦っているんですよ…。確かに本人にとっては辛い事かも知れませんが…それでも、その為の支えであるあなたが挫けていては…彼女は、今でもギリギリのところで頑張っているのに…あなたの心配をしながら頑張らせ続けるのは可哀そうですよ?』
そう云われて、ルルーシュも強くあろうと努力した。
いつも、ナナリーを守っているつもりだったが…本当は…ナナリーの存在がルルーシュを支え続けていた事実に気づかされた。
―――私は…ナナリーがいないと…何もできない…
そう云う想いだったが…手術室から出てきたナナリーの寝顔は…とても安定していて…勿論、大変な手術の後だったから、安らかな寝顔…と云う訳にはいかなかったが…
いつも、倒れて、病院に運ばれて…病室で見ていたような…苦しそうな寝顔ではなかった。

 アッシュフォード学園、東京校では…
やっと、アッシュフォード学園の周囲を取り巻いていたマスコミの数が減ってはいたが…ユーフェミアは他の生徒たちの事も考え、相変わらず、クラブハウスで生活をしている。
学園を取り巻いているマスコミが減ったとはいえ、ヴァインベルグ家の状況が変わらない以上、様々な形でユーフェミアをはじめ、周囲の人間たちにも影響が及ぶ。
それに、今の状況、心境で普通に授業を受ける…と云うのもなかなか難しいと云う事もある。
それに、他の生徒たちの影響も考えなくてはならない。
放課後になれば、生徒会のメンバーたちが会いに来てくれる。
ユーフェミア自身も、これからの事を考える時間は必要だったし、それに、咲世子に色々と家事のノウハウを教えて貰い、それをやる事が…意外にも楽しかった。
いつも、ユーフェミアの周囲には使用人がいて、全てはその使用人たちがやっていた。
ルルーシュは、多少、ユーフェミアとは立場が違うとは言え、そう云った事全てをこなしていたと云う。
いくら、後妻の連れ子と云ったって、ランペルージ家の一員となったからには、彼女たちにも専門のメイドたちがつくのは当たり前だった。
しかし、ルルーシュがそう云ったメイドたちを使っていなかったところを見ると、彼女自身の意思で自ら家事をこなしていた事になる。
咲世子から教えて貰っているスザクが好んだと云う、ルルーシュが作った料理の数々…。 ユーフェミアが食べた事もない者も多かったが…
実際に作ってみて、食べてみると…確かに華やかなものではないかもしれないが…温かい気持ちになる物が多かった。
―――ルルーシュ…私はあなたには負けません…。これから…あなたに負けないくらい…私は努力します。そして…スザクを…
今のユーフェミアを支えているのは…多分、自分の中に芽生えた、初めて自分で考えて決めた目標だろう。
ユーフェミア自身、スザクの事を愛しているのは事実だ。
しかし、こうした形で誰かを愛する…と云う事を知らなかった。
スザクがユーフェミアにくれたような愛情は初めてで…戸惑いはあったし、どうしたらいいか解らない事も多くて…
そして…スザクを困らせ、必要以上にルルーシュを傷付けた。
自分の中で、自己嫌悪と云うものを抱いたのも初めてだったかもしれない。
ルルーシュの常に…自分の前に、愛する者に対してどうしたらいいかを考えられる…そんな心が怖かった。
自分にはないものだったから…。
でも…今なら、それが少しだけ解る気がする。
スザクには…幸せな気持ちでいて欲しいと…
多分、スザクのくれる気持ちに甘え過ぎていて…貰う事ばかりを考えて…そして、自分自身も、スザクの気持ちに対してマヒしていた。
でも…それに気づいた今なら…自分にもできる事がある…そう、素直に思える。

 ユーフェミアのクラスの教室は…
高等部に入ってから、カレンだけがユーフェミアと同じクラスとなっていた。
生徒会のメンバーだったと云う事で、色々聞かれるが…
喋っていい事は何一つないとカレンは判断して、口を噤んだままだ。
クラスメイト達もカレンの複雑な笑顔で誤魔化されている内に…色々あるのだと察知して、ユーフェミアについて聞かなくなった。
しかし、やはりクラスメイトと云う事で気にもなるのだろう。
同じ生徒会のカレンが何かを知っている事も察知している。
そして、誰が始めたのかよく解らないが…毎日の授業のノートをクラスメイト達がとるようになった。
そのノートはカレンの手に託される。
中等部の時のユーフェミアであったなら、こんな風になったかどうか…正直解らない。
カレンは驚いていたが…それでも、ユーフェミア自身、ルルーシュやスザクと深くかかわる事によって、少しずつ…何かが変化していたのかもしれない。
クラスの大部分は、中等部から高等部にそのまま上がってきてる。
クラスが同じでなくとも、スザク、ユーフェミア、ルルーシュの複雑な人間関係を知らない訳じゃなかった。
だからこそ、カレンは意外に思ったのだろう。
それでも、カレンに託されるノートには、必ずクラスメイト達のメッセージが添えられていた。
本当に短い一言だし、書いている方に大した意味はないと思われるが…
しかし、ユーフェミアが見た時には、嬉しいに違いない…そう思う。
ルルーシュとスザクとの事がなければ、あのお嬢様がそんな一言に心を動かされるかどうかは解らなかったが…。
カレン自身、ユーフェミアのいたと云う、私学のお嬢様学校の事は知っていた。
噂程度の話で充分すぎる過酷な状況だったのだとは思うが…
多少の同情は持ったものの、それでも、カレンにしてみれば、目の前で切なそうにしていたルルーシュの方が重要だった。
それでも、ユーフェミアの中でも変化が出てきて…高等部に来てから、こうした形で表されているのだろう事が解る。
「カレンさん…これ…今日の分…」
その日の日直がいつもカレンのところに、授業内容をまとめたルーズリーフの束を持ってくる。
「解った…。ユーフェミアの手に届くようにしておくわ…。ユーフェミアからもいつも、お礼の言葉を貰ってる…。状況が状況だから…きちんと形に出来なくてごめんなさい…とも…」
カレンがそう言うと、ルーズリーフを手渡した今日の日直がにこりと笑った。
「別に…今の状況では仕方ないよ…。だから、気にしないでって伝えてね…」
その一言を置いて、彼女はかばんを持ってクラブ活動へと足を向けた。
カレンはクリアファイルにまとめられているルーズリーフを見て、
「ホント…変われば変われるものね…。ルルーシュが見たら…喜ぶのかしら…」
そんな風に呟いた。
そして、そのクリアファイルを大切にかばんにしまって生徒会室へと足を向ける。
この先、ユーフェミアがこの学園に居続けられるのはどれくらいだろう…そう考えてしまう。
金銭的問題と云うよりも…彼女を取り巻く環境だ…。
「あの…バカ兄貴…何とかしなさいよ…」
カレンの口から自然にかつて、ルルーシュを守ると宣言した彼女の兄の事を口にした。

 カレンが生徒会室に入ると…
「こういう状況だと、出席率のいい事で…」
カレンが呆れたように出席しているメンバーたちを見ている。
普段だと、何かと理由を付けてサボりたがるメンバーたち…
流石に、放っておくと云うのもなんだが…
中等部の時は、カレンも含めてだが、何かとルルーシュに仕事を押し付けていた気がする。
「あ、カレンさま…今日はアップルティーとシナモンティーをご用意しておりますが…どちらになさいますか?」
咲世子がカレンの呆れ顔をスルーしながらそんな風に声をかけて来る。
「あ、先にユーフェミアのところに行ってくるわ…」
カレンはかばんの中から、先ほど預かってきたクリアファイルを取り出した。
最近ではそれが当たり前になっているので、とりあえず、誰も驚く事はなくなっていた。
「あ、今なら、ユーフェミアさま…スコーンを焼いておいでです。ご一緒にお茶も持っていって差し上げてくれませんか?」
咲世子が…これまた、最近では珍しくなくなった一言を口にした。
「へぇ…今日はスコーンなの…。なんだか意外な方向に行っているわね…。解った…。ユーフェミアってシナモンティーが好きだったわよね?私の分もそれでいいから…ユーフェミアとちょっと話したいから…二人分、お願い出来る?」
カレンは何かを思い立ったかのように咲世子にそう告げる。
咲世子はにこりと笑って答える。
「なら、私が一緒に参りまして、お茶だけ、淹れさせて頂きますね。お邪魔は致しませんので…」
そう云いながら、準備を始めた。
茶葉とティーセットをトレイに乗せて、カレンと一緒に生徒会室を後にする。
「なぁ…スザク…最近、ユーフェミアとちゃんと話していないだろ?」
二人が出て行った方を見ながらリヴァルがスザクに声をかけた。
「まぁ…。でも、今はそうしたいって…彼女が云うから…。今は彼女の思うようにしてやりたい…」
スザクの答えは、結構あっさりしていた。
メンバーの中でスザク以外はユーフェミアの現在暮らしている部屋には赴いている。
ユーフェミア自身もスザクの事を一切話していない。
確かに、今回の事がきっかけとなったのかもしれないが…
それにしたって、徹底しているような気がする。
「スザク君…」
心配になったシャーリーがスザクに声をかけるが…
「心配掛けてごめん…。でも、本当に俺たち…これでいいと思っているんだ。ユフィなら…俺と話したいって思う時には…多分、ミレイ会長に連絡すると思うから…」
スザクがユーフェミアに会いたくないと云う訳ではない。
ユーフェミアがスザクに会いたくないと云う訳でもない。
ただ…お互いに何かを思うところがあるらしい事は解る。
色々な思いはあったものの…高等部に入って二人が仲良く歩いているのが自然となっていただけに…何と言っていいのか解らない…恐らく、それが共通した正直な思いだろう。

 カレンと咲世子がユーフェミアの部屋へと入って行く。
「ユーフェミア…」
「まぁ…カレン…。いつも、ノートを有難うございます。本当に助かっています…」
中等部の頃のようなギスギスした態度で接する事がなくなっていた二人は…それでも、多少のわだかまりがあるのか…少し話し方がぎこちない気がする。
咲世子はそんな二人を置いて、紅茶の用意を始めた。
「いい香りね…。咲世子さん、スコーンを焼いているって…」
「ええ、もうすぐ焼きあがります。カレンも一つ…いかがですか?」
ユーフェミアが一緒にお茶の出来る相手がいる事に喜んでいるような表情を見せる。
カレンも断る気はなかったから頷いた。
「ありがとう…。頂く…。あと、少し、話してもいい?」
「ええ…」
ユーフェミアは邪気も憂いもない表情で返事をする。
そこにカレンは一言付け加えた。
「あなたのお兄さん…ジノと…あと、別件でルルーシュの事…なんだけど…」
その一言に流石にユーフェミアが顔をゆがめるが…
しかし、すぐに表情が戻った。
「はい…そうですね…。一度、カレンにはお話しした方がいいかもしれません。お兄様の事は…特に…」
ユーフェミアがそこまで云うと、オーブンがスコーンの焼きあがりを知らせる。
ユーフェミアはすぐにオーブンの方へ歩いて行き、焼きあがったばかりのスコーンのチェックをしている。
「よく焼けたみたいです。温かい状態だと美味しいですよ?ジャムやバターも準備していますから…」
そういって、お茶受けの準備をして、テーブルの上に並べる。
咲世子もちょうど紅茶が入ったようで、テーブルに準備して、部屋から出て行った。
ユーフェミアとカレンが向かい合って腰かけた。
そして、紅茶を一口口にして、カレンが口を開いた。
「ねぇ…私の予想なんだけど…」
少し、口ごもるようにカレンが切り出した。
「はい?」
少し、云いにくそうなカレンの様子に、軽く相槌を返す。
「スザク…多分、ジノ…さんの居場所を知っているわ…」
カレンの一言に…ユーフェミアがカップを置いた。
「お兄様は…ルルーシュがブリタニアに渡って間もなく、ヴァインベルグ家を出て行きました。多分、私が見つけても、家の者が見つけても、戻る気はないと思いますわ…。お兄様…ルルーシュが記憶を失った事…酷く気にしていましたから…」
ユーフェミアが思い出したくないであろう過去の話を切り出した。
あれは…誰の所為でもない…そう云いきってしまえば、楽である事は解るが、話の解決にはならない気がする。
「確かに…あれは、彼も多少、原因になっていたものね…。でも、そこまでする必要があるの?」
ユーフェミアの言葉にカレンが不思議そうに尋ねる。
「お兄様は…多分、ヴァインベルグと云う名前なしに…ルルーシュに認めて欲しいんだと思うんです。あんな事になっちゃいましたけれど…お兄様…本当にルルーシュの事を大切に思っていましたから…。彼女の中のスザクごと愛していたようですし…」
カレンは…ユーフェミアのその一言に…息をのんだ…

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