幼馴染シリーズ 〜第2部〜


Second Tears 08


 少し前に…スザクはジノの部屋を後にした。
外は…雨が降り始めていたが…スザクは傘をさす気にもなれなかった。
ジノの云っている通りだ…
スザクはルルーシュが彼女の出来るすべてでスザクとユーフェミアを守っていた。
スザクの為に…
その事実を知った時には…何とかしなくてはならない…そう思った筈だった…
なのに…結局ルルーシュの優しさに甘えたままで…そして、何もできない内にルルーシュは交通事故に遭い、スザクを忘れた。
やがて、ルルーシュの記憶は戻ったが…目の前にある何かを言い訳し続けて、ルルーシュに様々な物を押し付けていた。
これは事実だ。
そして、今もルルーシュはスザクの為にユーフェミアを守る為のかごを準備した。
これも多分…スザクの為に…
どの道、ヴァインベルグ家の状況を考えた時、このままスザクとユーフェミアの事を見逃し続けてくれるとも思えない。
ジノがヴァインベルグ家を出ていると云う事は、スザクとユーフェミアの交際に関してバックアップできるのは…ルルーシュの義兄である、シュナイゼルくらいだろう。
恐らく、ルルーシュに甘いシュナイゼルがせがまれたのかもしれない。
それか、ルルーシュの悲しむ姿を見たくなくてシュナイゼルがヴァインベルグ家に対して要請していたのかもしれない。
婚約の話が消えたにしても、一時的に凍結されているにしても、シュナイゼルがユーフェミアの為に動く理由はシュナイゼル個人にはない。
だとするなら、ルルーシュの意思が働いていると(そこに直接ルルーシュの気持ちが入っていなかったとしても)考えた方が自然だ。
ランペルージ家がその様な立場にいる事はルルーシュの所為ではないし、ヴァインベルグ家がその様な状態に陥ってしまった理由の一端を握っているのはユーフェミアであるのも事実。
確かに事情がある事は解っているし、カレンだって、ユーフェミアの事をそう云った意味で批難していた事は知っている。
問題は既にスザクの手に届かないところに来ている。
どうするべきなのか…真剣に悩んでいるが…
それでも…答えなんて見つからない…。
ユーフェミアに対しての気持ちの変化…
確かに中学一年の時から付き合っているから…足かけ4年だ。
それだけの時間、彼女と付き合ってきたものの、未だに彼女の事を何も知らないと思う。
寧ろ、今回のユーフェミアに対するランペルージ家の対処に対して…確実にルルーシュの意思が入っている事を悟ってしまえる自分が…本当に気持ちをどこへ向けているのかが解らないのだ。
―――俺は…多分、ユフィとの付き合いをしていた中でも…彼女の事よりも、ルルーシュの事の方が理解出来ていた…
そう思った時…なんとなく…自分の気持ちがどこに向いているのか…解ってきた気がしたが…今はそれを無視しなければならないと云う…そんな思いに駆られていた。

 アッシュフォード学園のクラブハウスでは…
―――コンコン…
ユーフェミアが一人たたずむ部屋の扉がノックされる。
「どうぞ…」
力なくユーフェミアがそのノックに答えると…
「こんばんは…夕食をお持ちしました…」
そう言ってカートの上に夕食らしきものを乗せて押しながら入ってきたのは…高等部から入学してきた篠崎咲世子だった。
「あの…どうして…あなたが…?」
ユーフェミアが不思議そうな表情を隠さずに尋ねる。
「私は…ミレイさまの要請がある時にこうした形でお手伝いする…と云う事でアッシュフォード家から奨学金を頂いているもので…。お恥ずかしながら…ユーフェミアさまのおうちのようにお金持ちではない私が…この学園に通うにはそう云った手段を講じなければできなかったもので…」
咲世子がにこりと笑ってそう答え、ユーフェミアに与えられた部屋のテーブルに夕食を一通り準備した。
「えっと…ユーフェミアさまがご迷惑と思われないのでしたら、私も夕食をご一緒してもよろしいでしょうか?」
あくまでも控えめな云いまわし…
まるで、ヴァインベルグ家にいる時に、ユーフェミアの身の回りの世話をしていたメイドたちを思わせるようなそんな言葉づかいだ。
「ええ…かまいませんわ…。でも、咲世子さんは何故…そんな風に私に対して気を使ったような云い方をなさるの?あなたは同じアッシュフォード学園の生徒会のメンバーではありませんか…」
ユーフェミアがごく普通にそう尋ねると…
「私がお名前の後に『さま』を付けるのは…色々と家の事情などもありまして…。それに、こうした言葉づかいは他の皆様に対しても同じです。ユーフェミアさまは生徒会業務で私とご一緒した事は少なかったので、お気づきになられてはいないかと思うのですが…」
咲世子がユーフェミアを見てにこりと笑った。
「さぁ、準備が整いました。まだ温かいですから…一緒に頂きましょう…」
咲世子がそう云いながらユーフェミアを夕食準備の出来たテーブルへと促す。
テーブルには…確かに豪華とは言えないが…
それでも、純和風の食事が並んでいた。
「流石に、ヴァインベルグ家ほどの豪華な物は出来ませんが…それでも、精一杯作らせて頂きました…。お口に合えばよろしいのですが…」
まだ僅かに湯気の立っている夕食…
確かにプロの料理人が作ったと云うような豪華さはない。
しかし…温かさを感じる…そんな気がした。
「これは…咲世子さんが…?」
「はい…。えっと…一応、ルルーシュさまが作られたものの中でスザクさまが特に気に入られていたもの…と云うものをチョイスさせて頂きました。ミレイさまが…中等部の頃に…色々パーソナルデータを集めていたようです。ユーフェミアさまはスザクさまの恋人と聞きましたので…それで…」
咲世子の言葉の中身にユーフェミアは驚きを隠せずにはいられなかった。
ミレイの事もだが…ルルーシュはランペルージ家のお嬢様でありながら、そうした、手料理を他人に振る舞えるだけの料理が出来ていたと云う事だ。
そして…スザクはそれを口にして、その中から気に入ったものをチョイスできるだけのものがあると云う事だ。

 驚いているユーフェミアに咲世子はあらあら…と云った表情を見せる。
「ユーフェミアさまも作ってみますか?これから毎日、ユーフェミアさまのお食事の用意を任されておりますから…。その時に一緒にやってみますか?」
咲世子の申し出に…ユーフェミアは、一瞬間をおいてこくんと頷いた。
「私にも…出来るようになるかしら…」
「経験を積めば…誰でもできるようになります。プロの料理人…ともなって来ると、才能も必要となってまいりますけれどね…」
咲世子がお櫃からご飯をよそってユーフェミアに渡す。
「では、頂きましょうか…」
そして、咲世子の作ったと云う…ルルーシュの作ったものでスザクが特に気に入ったと云う料理を口にした。
「おいしい…」
ユーフェミアの口から自然と出てきたその言葉…
咲世子は、よかった…と笑みを零す。
確かに、ヴァインベルグ家の食事は雇った専属の料理人たちの手によって生み出されている芸術品であった事は確かだが…
ここにあるのは…本当に優しさを込めて作った不揃いの温もり…
表現するならこの表現が一番ぴったりくると思う。
「これが…一般家庭の味の一つです。ユーフェミアさまはこう言ったお食事は初めてですか?」
「ええ…。これまで…アッシュフォード学園に来て出来たようなお友達はいなかったし…だから…どう付き合っていいか…解らなくて…。だから、誰かのおうちでお食事をごちそうになると云う事もありませんでしたから…」
ユーフェミアがことりと、持っていた椀を置いた。
いつの間にか、ユーフェミアの傍にいるのはスザクだけになって…遠くから見つめていて、何かと気遣ってくれて、怒ってくれた事があったのはルルーシュで…今回も手を差し伸べてくれたのは生徒会のメンバーで…
こうして人の温もり自体、こんな形で感じたのは初めてだったと思う。
中等部の入学式の日…慌てて走って…ぶつかったユーフェミアとぶつかったスザク…
何の邪気もなく笑顔を返してくれた事に驚いて…その事実が嬉しくて…独占欲が生まれてきた。
だから…ルルーシュが邪魔だった…
スザクと付き合う事になって、一緒にいるようになっても…常にルルーシュの事が邪魔で、不安で…
スザクは何度もユーフェミアを諭して、宥めていた。
『ルルーシュとは…ただの幼馴染で、それ以上でも、以下でもないから…』
そのスザクの言葉も…そして、ルルーシュの気遣いも…理解しながら…自分の中では疑念を払う事が出来ずにいた。
恐らく…それは…これまでに、『ただの友達』を作った事がなかったからかもしれない。
小学生の時はお嬢様学校に通っていた。
でも…そこでの暮らしは…ユーフェミアにとって…楽しいものではなかった…

 家の自慢、婚約者になる相手の自慢、持ち物の自慢…
優位に立っているものだけが優越感を得る…
そして、優位に立っているものもその場所が常に安泰でいられる訳ではない。
相手を妬み、相手の不幸を望み、笑う…
外見は華やかに見えて、中身はドロドロの人間関係…
その世界しか知らないユーフェミアがそんな輪の中になじむ事が出来なかった。
やがて、ヴァインベルグ家がランペルージ家との婚姻関係を結ぶと云う話が出始めた頃…ユーフェミアが自分の家の内情を知る事となった。
小学校5年の時には、そんな話が持ち上がりだしていた。
もし、あのままあの学校の中等部、高等部へと進んでいたら…
ユーフェミアの決して望まない状況に陥っていたに違いない。
少なくとも、この、アッシュフォード学園にいるような環境ではなかっただろう。
そう云った情報はあの中では本当か、ウソか本当か解らない噂の段階からそう云った情報が素早く流れる社会だった。
それは、自身の力でも、所為でもなく、家がどう動いているか…と云う問題ではあるのだが…
それでも、あの小学生の頃の環境ではそれがごくごく当たり前だった。
ヴァインベルグ家は世界にも名を轟かせている大企業だ。
それ故に、その名前に媚び諂う者は掃いて捨てるほどいた。
しかし、その者たちだって、今のユーフェミアに対して話しかけてくれると云う人物は思い当たらないし、まして、こうして皆で守ろうと云う気なんてさらさら持ち合わせてなどいないだろう。
あるのは…付き合っていて得になるか…損をするか…
それだけだった。
しかも、それが当たり前として罷り通るあの世界で…ユーフェミアはただ耐えられなかった。
アッシュフォード学園に来たのは…そんな社会に入り込めないユーフェミアの逃げだったのかもしれない。
それでも、兄であるジノもアッシュフォード学園の卒業生だし、入学試験も相当難しい学校であった。
だからこそ、あの学校から離れる時に、陰口をたたかれることなく出て行く事が出来たのだろうと思う。
特別に家庭教師を付けて、確実に合格できるように…とにかく、あの地獄の社会から抜け出したい…そんな一心でこの学園に入ってきて…
スザクと出会い、恋人となり…幸せな日を送った。
クラスでは確かに浮いてしまう存在ではあったけれど…それでも、あの時の地獄に比べるまでもなく幸せだった。
だから…ユーフェミアは心に決めた。
「咲世子さん…お願いがあります…。聞いて頂けますか?」
不意にユーフェミアが真剣な表情になって咲世子に声をかけた。
咲世子は不思議そうな表情を見せているが…
それでも、ユーフェミアの真剣な表情に咲世子も真剣な表情を向ける。
「私に…家の中の事…お料理や、お掃除や、お洗濯…色々教えて頂けますか?これから、暫くは授業を受ける事が出来ないので…皆さんが授業を受けている間に、咲世子さんから課題を作って頂いて、覚えたいんです…」

 ユーフェミアの真剣な表情に…冗談で言っているのではない事は解る。
咲世子は一瞬考える。
ミレイには
『ユーフェミアさんのお世話…お願いしてもいい?』
と云われたのだが…
これも…『お世話』の一つとなりうるのだろうかと…
しかし、何もせずにここにいるのも切ないし、逆に気が滅入ってしまう事はよく解る。
だから…事後承諾をして後で叱られるかもしれないが…
「解りました…。私で出来る事でしたら…協力させて頂きます…」
咲世子の一瞬の間に何かを接したのか、ユーフェミアが再び口を開いた。
「ミレイさんには、私からも謝ります。だから…お一人で抱え込まないでください。出来るだけご迷惑にならないようにしますから…」
今の自分の言葉に…ユーフェミアは自分自身、面白い事を云うようになったと思う。
きっと、アッシュフォード学園で色々な経験をしなければ決してそんな事を思う事も、口にする事もなかっただろう。
自分は何をしても許される…
そう思っていた過去の自分が恥ずかしいと思えてくる。
そう云うユーフェミアにしたのは、この学園での生活や、出会った人たちのお陰だ。
ユーフェミアを嫌う人も多いだろう。
今、こうして考えればごく当たり前だ。
確かに、今のユーフェミアでも、過去のユーフェミアでも、これまでにしてきた身勝手な行動をされたら愉快に思う事は出来ない。
それに気づく事が出来たのは、これまでのアッシュフォード学園の生活と彼らとの出会いだ。
「解りました…誠心誠意…お教えしましょう。ただし、これまでにそう云う経験のないあなたさまには少々辛い事もあるかと思いますが…」
「でも、あなたやルルーシュもやっている事でしょう?なら、出来ない事はないと思います。最初から全部をこなすのは無理でしょうけれど…」
多分、これまでにやった事のないことへの挑戦だから、期待もしているだろうし、甘い考えもあるのかもしれないが…
これはやり遂げて…そして…自分の進むべき道を模索しなくてはいけない。
色々なことへの物理的、精神的けじめをつけて…
だからこそ…今は、天から与えられたチャンスなんだと据える。
こうした考え方を出来るようになったのは、多分…スザクと…ルルーシュのお陰だろう。
人の優しさと強さを教えてくれたと思う。
いずれ、ルルーシュが帰ってきたら…彼女には迷惑かも知れないが、たくさん謝りたいし、たくさんの礼も云いたいと思う。
―――それくらい…望んでもいいですよね?ルルーシュ…
これまで、確かにルルーシュに対してはイヤな事をたくさんしてきたと思う。
それでもルルーシュは…スザクのためとはいえ、ユーフェミアを守ってくれていたのだ。
彼女の気持ちがどこにあるにせよ、彼女のお陰でたくさん救われてきた事には変わりはない。
だから…
―――私は…今度こそ…

 そして…ブリタニアでは…
手術中を示すランプが消え、ナナリーの手術が終わった。
家族の控室でナナリーの帰りを待っていたルルーシュ達はそのランプが消えた事に気づくと同時に立ち上がった…

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