幼馴染シリーズ 〜第2部〜


Second Tears 07


 スザクはジノの言葉に対して、何を返せばいいのか解らなかったし、解ったとしても、それを口にしていいのかどうか解らない。
「ジノさん…あなたはヴァインベルグ家を継ぐ気はないと…ユフィから聞きました。では、ユフィにその責任を押し付ける気だったんですか?」
スザクは、敢えて、話を反らせて質問へと切り替えた。
ユーフェミアがスザクに対して何も言っていなかったのは本当だし、その事でスザクの中でユーフェミアに対する気持ちが変化してきている事は気が付いている。
そして、今回、表向きにはどうあれ、アッシュフォード家にユーフェミアの保護を頼んだのがルルーシュだと知って…気持ちが複雑にならない方が、ある意味どうかしている。
「否…ユフィにそれだけの能力があったのだとしたら、私もこんな手段にはでなかったよ。ユフィにはそれだけの力はない…。だから、出来た事だ…」
ジノが平然とそんな事を云ってのけている。
スザクはジノに対して不快感を露わにするが…ジノの方はそんなスザクの怒りを完全に受け流している。
「誤解しないでくれ…。ユフィの事は妹として愛しているよ…。幸せになって欲しいと思っている。だから…彼女にそれだけの能力がなかった事を私は心から感謝している。彼女の姉、私の姉であるコーネリアは…それだけの実力があったから…彼女は自分で背負ってたったかもしれない…。幸い、姉は既に嫁いでいる…。ヴァインベルグの名はもう、持たない身だからね…」
ジノの言葉にスザクはいまいち飲み込めないと云った表情を見せる。
しかし、ジノの中ではユーフェミアにそれだけの実力がなければあのヴァインベルグと云う、名前を背負う必要がない…そんな言い方だ。
そして、それ故にジノ自身がヴァインベルグ家を飛び出したと云っているようにも聞こえる。
「では…ユフィにあの、ヴァインベルグ家の名を背負って立つだけの能力があったとしたら…あなたはこんな形で一人姿を消すなどと云う事はしなかったと云う事ですか?」
スザクは相変わらず真正面からジノに対してぶつけて来る。
「まぁ…9割方はね…。私もただの人間だ…。欲しいものはある。その欲しいものと天秤を掛けて…その欲しいものの方が私の中で大きなものであれば、今と同じ事をしていたと思うよ…」
ジノの、何かを含んだ笑みに…スザクは何か嫌なものを感じた。
多分…それはスザクの個人的感情によるものだろう。
「今、あなたが自分の責務を放棄してまで欲しいものとは…ルルーシュ…ですか?」
スザクの声には怒りと、もう一つ何か他のものが含まれている事が解る。
ジノはこれまで穏やかな表情を崩さずにいたが…ここで、ジノの表情が変わった。
「だったらどうする?君はユフィの恋人だろう?だったら、ユフィの心配だけしていればいい…。何故…そこにルルーシュの名前が出て来るんだい?」

 ジノの言葉と表情に…スザクはぐっと押し黙ってしまう。
スザク自身、今の自分の心が誰に向いているのか…正直よく解らない部分があるのは本当だ。
ここまで、ユーフェミアが大切な事を何一つ教えてくれなかった事にも不信感はある。
そして、記憶を取り戻し、別れ際、最後に笑ってくれたルルーシュの…こんな形での彼女の二人への気遣いに対してもなんて云っていいのか解らない。
ルルーシュ本人に聞いたって、
『シュナイゼル義兄さまが決めた事だ…』
としか答えてはくれないだろう。
しかし、どう見たってルルーシュがスザクとユーフェミアの事を慮ってやった事…という事は自惚れではなく…そう解る。
ルルーシュはそう言う奴だと…スザクはよく知っている。
「スザク君…君は、ユフィの恋人だ…。現在進行形の…。お子ちゃまにしてはよく続いていると思うよ…。ただ…ユフィがルルーシュに対して辛く当たっていた事は私も知っているが…。その責任の一端は君にもあると思っているんだが?」
ジノの容赦のない言葉にスザクもはっとさせられる。
確かに…ユーフェミアがルルーシュに辛く当たっていたのは、スザク自身が、『幼馴染のルルーシュ』に対する甘えが発端としているところは大きい。
「それは…その通りです…。俺自身…甘えがあったと思います…。ルルーシュにも…ユフィにも…」
スザクはその事を素直に認めた。
ユーフェミアにしてみれば、不安があのような形で表されていたのだと思うし、ルルーシュは…その優しさとスザクを想う気持ちで自分自身を追い詰めて行った。
「ちゃんと認めているところは、認めているようだね…。私としては、正直、ヴァインベルグ家の名前が表舞台から消えようと、残ろうと…そんなものはどっちでもいいと思っている。少なくとも、あんな名家と云う肩書があるのでは、君とユフィが恋人として付き合っていく上で、誰かが犠牲になる…。ルルーシュのように…」
ジノが淡々とそんな言葉を口にする。
しかし、その条件を切り出したのは…
「ジノさんが…それを云うんですか?あなたがルルーシュを欲しいと願って…ルルーシュを縛り付けていたんじゃないですか!」
スザクが感情的にその言葉をぶつけた。
しかし、ジノの方は決して怯む事はない。
「しかし、ルルーシュの犠牲があると知ってからも君はそのルルーシュの犠牲に甘え続けた。君とユフィの為にね…。ユフィ自身も心の中でどう思っていたかは知らないが、君に対してその事実を隠し続けていた…。結局、私もユフィも…そして君もルルーシュにとっては加害者なんだよ…。だから、私は一旦身を引いたんだ。そして、ヴァインベルグ家を出た。自分自身の力で…ルルーシュを手に入れる為にね…」
ジノの…はっきりとした…明確な意思を紡ぐ言葉に…スザクはよく解らない、焦りのような…そして、多分…その彼の意思を拒絶したいような…そんな衝動に駆られていた。

 ナナリーの手術が行われているブリタニアでは…
家族控室の中でルルーシュがただ…身動きもせずに待っていた。
中には義父であるシャルル、母であるマリアンヌ、義兄であるシュナイゼルも顔をそろえているが…
10時間以上にも及ぶ長い手術と云う事で、ルルーシュ以外は交代でこの部屋を時々出て行っている。
大体、10時間以上もかかる手術…そんな長丁場で一切緊張を解かず…なんて訳にはいかないし、そんな事をしたら、ここで待っている方がどうにかなってしまう。
「ルルーシュ…少し、外を歩いておいで…。ずっとここに閉じこもっていても…」
「義兄さま…大丈夫です…。私はここで待っています…」
シュナイゼルの言葉にもそんな返事しかしないルルーシュに、マリアンヌもため息をつく。
確かに、マリアンヌも留守しがちで、ルルーシュ自身がナナリーがいるから自信を支えていたと云う部分は否めないし、姉妹二人、寄り添って生きてきた…という部分は否めないが…
「ルルーシュ…少し歩いていらっしゃい…。朝から何も食べていないじゃないの…。そんな事をして体を壊したら…」
「ナナリーだって…何も…」
「ナナリーは手術をする為に絶食したの!身体を元気にする為にそうしたの!じゃあ、ナナリーは手術の後、2週間くらい食事が出来ないって云われたから…その間、ルルーシュも食事をしないつもりなの?そんな事をしたら、ナナリーが悲しむわ…」
「母さま…」
マリアンヌとしては、姉妹が仲がいい事は悪い事だとは思っていないが、ルルーシュがナナリーの存在一つでここまで弱くなってしまう事には心配が募る。
「大丈夫だよ…。今回の執刀医のロイドは…。確かにカンファレンスの時には相当脅されたけれど…でも、一つ一つの、考えられる可能性の確率をしっかり教えてくれただろう?その中で一番高い可能性は…ナナリーが元気になれると云う可能性だった…」
シュナイゼルの言葉にルルーシュも多少落ち着きを取り戻したのか…
心配であると云うその気持ちは相変わらずだが…
それでも…シュナイゼルの言葉に少し、肩の力が抜けたようだった。
「解りました…。少し…出てきます…。何かあったら…携帯を持っていますから…」
力なくそう答えるルルーシュの姿には痛々しさを感じるが…
「ルルーシュ…大丈夫だ…。この研究所はランペルージグループが全力で援助し、研究を続けてきたのだ…。わしは…無駄な事に労力は払わん…」
たまにしか会う事のない義父の言葉…
それでも、義父はルルーシュもナナリーも本当に大切にしてくれている事は解る。
マリアンヌと結婚する前から、この研究所はあったと云うが…マリアンヌと結婚してからこの研究所への資金提供は格段に増えている事は…ルルーシュも知っている。
「大体、世界で最初のこの手術…失敗したらランペルージの名前にも傷がつくからな…。絶対に失敗の許されないプロジェクトであり、手術なのだよ…」
「はい、義父さま…。じゃあ、少し席を外しますね…」

 ルルーシュは家族控室を出て、病院のロビーへと歩いて行く。
すると…
「ルルーシュ…」
待合の隅の方から声がかけられた。
「ノネット…」
その声の主がルルーシュに向かって手を振っている。
ルルーシュがノネットの方に歩いて行くと、いきなり抱きついてきた。
ルルーシュがそのノネットの行動に驚いていると…
「ごめん…私が昨日…あんなニュースの記事を見つけちゃったから…」
ルルーシュの耳元でノネットが謝っている。
しかし…本当はルルーシュはいずれはこうなると…解っていた事だった。
単純にタイミングが悪かっただけの話だ。
「ノネット…私…いずれ、ああなる事は知っていたんだ…。ごめん…心配掛けて…」
「でも…あの時、私があんな記事を見つけなければ…」
「いいんだ…。どの道、そうなる事を予想していたんだ…。だから…ノネットが謝る事なんてない…」
ルルーシュは抱きついているノネットの背中をポンポンと叩きながらそう答えた。
ルルーシュよりも身長の高いノネットだったが…こう言う時はなんだか小さく見えて来るからおかしなものだ。
「ノネット…私、朝から何も食べていないんだ…。それで…義兄さまたちに怒られて、控室から追い出されてきたんだ…。少し…付き合わないか?」
ルルーシュの言葉でノネットがバッと顔を上げる。
うっすら涙が浮かんでいるのが見えて、ルルーシュが細い指でその涙をぬぐっている。
「解った!ルルーシュの好きなプリンが美味しい店を見つけたんだ…。この病院の近くだし…。どうせ、ルルーシュの事だから…がっつり食べるなんて無理だろ?」
涙ぐみながら、笑顔を作ってそんな風に云っているノネットを見て、ルルーシュがくすりと笑った。
「ああ…有難う…。そこへ行こうか…」
「よぉし!今日は私が奢ってやる!ナナリーが元気になる前祝いだ!」
ルルーシュにとって、ノネットのこの明るさは救いだと思った。
もし、あのまま一人では、結局、一人で悶々と考え込んで終わりだったかもしれない。
―――ノネットと一緒に話したら…少しは明るい表情で戻れるかな…
ルルーシュは手術が始まってからの3時間…ずっと、イヤな方向にばかり頭が行っていた。
悪い方向にしか考えられない自分が辛くて…立ち上がる気力さえも萎えた。
「ありがとう…ノネット…」
ルルーシュは心の底から彼女の存在に感謝した。
日本を離れる時…ずっと一緒にいたシャーリーやカレンたちとはなれる事になって不安でいっぱいだったが…
ノネットの存在で、凄く救われていた。
ノネットもちょうど、自分の親友が留学が決まってしまって、海外へ渡ってしまった直後にルルーシュと出会ったという。
だから、ノネットはお互い様だ…と言ってくれるが…それでも、ルルーシュは感謝せずには居られなかった…
「おぅ!しっかり食べるんだぞ!ルルーシュはやせ過ぎだからな…。抱きついた時にはもうちょっと肉がついていた方が気持ちいいしな…」
「おまえ…何を言っているんだ!」
ノネットがルルーシュの『ありがとう』の意味をちょっと勘違いして受け取ったようで…そんな冗談をルルーシュに返してきた。
シャーリーともカレンとも違う…このノネットという『生き物』に…ルルーシュはやっぱり心から感謝していた。

 日本のアッシュフォード学園のクラブハウスでは…
ユーフェミアがまだ、色々と不自由の残る部屋にポツンとしていた。
ミレイはアッシュフォードの屋敷から必要な物を運ばせると、出て行った。
他の生徒たちは下校時間も過ぎたので、帰って行った。
「私は…これから…」
ヴァインベルグ家の騒動に関しては…一通り把握している。
そして、今回の事件の責任の一端をユーフェミアが握っている事も…
子供だったと思う。
自分の行動が…これ程の騒ぎになるなんて…思ってもみなかった。
アッシュフォード学園だけではなく、新聞をも騒がせている…そんな騒ぎだ。
これまで、兄や姉に守られ…そして、あれほど、邪魔に思っていたルルーシュにまで守られて…自分はここにいる…
その事が自己嫌悪…などという言葉では生ぬるいと思えるほど、自分自身に対して腹を立てている。
しかし…ここで、逃げ出したら…更に多くの人に迷惑をかける事も解っている。
今は…何もできない自分と向き合い、そして、皆に守られる事を甘んじてその身に受けなくてはならない。
否…これまでだって…ずっと守られてきたのだ。
それに気づかなかった…
それが…今の結果を生み出している…
もし、あの時、シュナイゼルとの婚約を進めていたなら…こんな事にならなかったかもしれない…
スザクにあんな顔をさせずに済んだかもしれない。
ユーフェミア自身、スザクの気持ちの変化に気付き始めている。
否、気づき始めていると云うのでは相当な語弊がある。
気づいていたのに…正面から向き合おうとしなかっただけだ…
スザクにとって、ルルーシュは…
確かに、ユーフェミアと付き合い始めた頃は…本当にただの幼馴染としての存在だったかもしれない。
ユーフェミアはその事を気にし過ぎていた。
仲がいい…幼馴染で、家族ぐるみで付き合っていたのなら…それは至極当然だろう…
ルルーシュの気持ちは解っていた。
自分と同じ思いを抱いていたから…
そして…ルルーシュは…彼女のやり方で…スザクを愛した。
恐らく、今もスザクの事を愛しているのだろうと思う。
だからこそ、スザクの為に、ルルーシュはユーフェミアをアッシュフォード家に匿って貰う画策をしたのだろう。
ルルーシュの名前では、スザクもユーフェミアも気にする事まで懸念して…
「ルルーシュ…私は…あなたになりたい…」
ユーフェミアは…これまで、ずっと…認めたくなかった想いを口にしていた…
それを…誰に聞かれる事もなかったし…本人が…その一言を口にした…という意識があったのかどうかは…本人でさえ…解らない事ではあったのだが…
暗くなっていく部屋の窓に…雨粒が当たり始め、雨の天気の模様を作り始めていた…

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