ナナリーの手術を翌日に控えているルルーシュは…
何か、気を紛らわすかのようにパソコン画面に向かっている。
特に…何か調べたいとか云う訳じゃない。
ナナリーの手術を控えているというメールはさっさと打って送信してしまっている。
ただ…落ち着かない…
世界初の手術だと云う緊張もあるだろう。
世界初の手術と云う事もあり、念には念を入れて…と云う事で、3日前から面会謝絶…ICUの無菌室に入っている。
「ルルーシュ…」
ルルーシュの落ち着かない様子にノネットが見かねて声をかけた。
それでも、ルルーシュは恐らく目に入っているとは思えないパソコンのディスプレイに向かっている。
部屋の中にはカチカチと…マウスをクリックする音だけが響いていた。
ころころ変わるパソコンのディスプレイに映し出されるウェブサイト…
ノネットはそんなルルーシュの動きを制止する事なく、見つめているが…
ふと、気になるネットニュースのタイトルが出てきた事に気づいた。
「ルルーシュ…ちょっとストップしてくれ…」
口でそう言いながら、マウスを操っているルルーシュの右手にノネットの右手を添えた。
そして、今し方見つけたネットニュースのタイトルにカーソルを合わせてクリックした。
書かれていたのは…
『ヴァインベルググループ…グループ設立以来の株価大暴落…』
そのタイトルに流石のルルーシュもはっとする。
「なんだ…これ…」
その言葉を発したのはノネットだった。
ヴァインベルググループ…その名は世界にも知られている。
本当なら…ルルーシュ自身、そんな記事に目をくれている余裕などなかったのだが…
しかし…『ヴァインベルグ』の名前が出てきて…流石に驚きを隠せない…
尤も、ルルーシュが心配するところは、世界経済などの大人の話ではない。
もっと身近な…身近にいた存在の事を気にしているのだが…
「ジノ…ユーフェミア…スザク…」
ルルーシュの口から出てきた3人の名前…
ルルーシュの中では来る時が来たと思う。
しかし、ノネットの中では、最初の二人は『ヴァインベルグ』の家の者だから納得できるのだが…
「ルルーシュ…スザクって…?」
ノネットが何気なく尋ねると、一瞬ルルーシュの身体が固まった。
しかし、すぐにそれはルルーシュ自身が取り繕った。
「否…何でもないよ…。そうか…これから…大変になるな…」
とだけ答えた。
ノネット自身はルルーシュのこの言葉に…
―――何でもないって顔じゃないだろう…。
ルルーシュがブリタニアに渡ってきてからずっと、ルルーシュを見続けてきたノネットにとって…何もかも抱え込むルルーシュは嫌いじゃなかったが…それでも…少しは自分が楽になれる方法をとる事を覚えて欲しいと思うのも正直な気持ちだった。
日本でもルルーシュ達の見たニュースで騒ぎになっている。
勿論、アッシュフォード学園でも…
「やっぱり…そうなったわね…」
生徒会室でそう呟いたのはシュタットフェルト家のお嬢様であるカレンだった。
流石に名家の出と云う事もあり、こうした事には敏感に反応するらしい。
「朝から…ユーフェミア嬢のおうちの周り…いろんな人が取り囲んでいるらしいわ…」
その一言を口にしたのはカノンだった。
「まぁ…ある意味仕方ない部分はあるけれどね…。勿論、ユーフェミア一人の所為じゃないけれど…ただ、自覚の足りなさが今回の事の大きな原因を作っているのは確かだけど…」
「ねぇ…スザク君…彼女と…連絡とれないの?」
「携帯電話は繋がらないようにされているみたいだ…。昨日から何度もメールしているけれど…それも見ているかどうか…」
カレンやシャーリーには色々複雑な思いを抱える相手ではあるものの…
それでも、流石にここで心配にならないほど、はっきりと一線を引く事も出来なかった。
「多分…ルルーシュも…このニュース…見ているわよね…」
「ルル…今日、ナナちゃんの手術の日だってメールを送ってくれた…」
シャーリーの一言で生徒会室がシーンと静まり返った。
「で…でも…今日がナナリーの手術の日だったら…まだ…ニュースを知らないかも…。だったら…」
ニーナの言葉に少しは安心できるかもしれないと思ったが…
しかし、相手はランペルージグループのお嬢様だ。
知らないと考えるのは不自然だし、ルルーシュの性格をよく知る者たちは…顔色を曇らせる。
「まぁ…ここでそんな風に心配していても仕方ないだろう…。カノン、君は生徒会長だし、生徒会で出来る部分は何とかしよう…」
グラストン・ナイツのクラウディオがそう告げる。
確かに…目の前の問題もそれなりにあるし、そのうちにこの学園の周囲にもマスコミが押しかけて来るかも知れない。
そんな風に考えている時、生徒会室の扉が開いた。
その扉の入り口に立っていたのは…
「ミレイ会長…ライ先輩…それに…」
「ユフィ?」
その3人が立っていた。
「とりあえず…メンツは顔をそろえているみたいね…。ちょっと引退した身だけど…一つ、こっちの話を聞いて貰うわ…」
ミレイが真剣な目で彼らにそう告げた。
そして、ライがユーフェミアに中に入るように促す。
「全員、ニュースを見て事情は知っているみたいね…。ユーフェミアさんは昨日の内にアッシュフォード家に来て頂いたの…。ランペルージ家からの…強い希望もあって…」
ミレイの言葉に生徒会室にいた、現生徒会メンバーたちが息をのんだ。
「ランペルージ家が?じゃあ…それは…」
「表向きにはシュナイゼル氏の云いだした事って事になっているけれど…多分、裏でそう働きかけていたのは…私たちよりも早くから事情を知っていたルルーシュね…」
その言葉に…ルルーシュの事をよく知る者たちは様々な感情が過っていく。
―――相変わらずお人好し…
と思うもの…
―――ルルーシュらしい…
と思うもの…
そして、
―――相変わらずの大バカモノ…
と思うもの…
それぞれの複雑な感想はともかく、とりあえず、この騒ぎの中で心配していたユーフェミアの安否はこれで解ったし、アッシュフォード家に保護されたと云う事は、彼女自身の安全は今のところ、保証されていると云う事だろう。
「まぁ、スザクとカレンとカノンは大まかな経緯を知っているみたいだけど…。とりあえず、暫くはアッシュフォード学園のこのクラブハウスにいて貰う事になったから…。ただ…こちらとしては、学園で授業を受けると云う部分ではフォローはしきれないの…」
ミレイが云いにくそうにそう告げる。
「じゃあ…彼女はどうなるんです?」
気だけが急いて、つい、大声をあげてしまう。
「落ち着くまでは授業は受けて貰えない…。それに、クラブハウスからも出て貰う訳にはいかないわ…。彼女と会っていいのも、生徒会のメンバーだけ…。勿論他言無用よ…。これは、学園としても守って貰わないと困るの…。この学園の生徒はユーフェミアさん一人じゃないから…」
ミレイの…これまでに見た事のない厳しい表情…
云っている事は解るが…
それに、事情を知る者としては、ある意味自業自得ともいえるのだが…
複雑な表情を浮かべるメンバーたちに対してミレイが厳しい表情で言葉を続けた。
「あんたたち!これは誰のせいでもないの!ユーフェミアさんは同じ生徒会のメンバーよ…」
ミレイの言葉に…確かに頷ける部分があるが…
ただ…やはり、カレンやシャーリーにしてみれば…
思いは複雑なのだ。
だから…つい言ってしまった。
「会長…これが、ランペルージ家と深いかかわりのない家の生まれの生徒でも…同じように…守ってくれましたか…?」
カレンは真剣な瞳をミレイに向ける。
これまで…ルルーシュにあれほどきつく当たってきたユーフェミアが…ルルーシュの気遣いによって…ここで守られる…
もしそう言う事であれば…人道的にどうであれ、感情が納得できなかった。
ミレイ自身、その怒りは尤もだと思うから…その言葉に対してすぐに返事する。
「ええ…これは…学園としての措置であり、シュナイゼル氏の計らいなどは…一切関係ないと断言します…」
ミレイとカレンのやり取りに…その場の空気が凍りつくような感覚に陥った。
しかし、カレンがミレイの言葉にほぅ…と息を吐いて、緊張を解いた。
「解りました…。会長がそうおっしゃるなら…。すみません…いらぬ事を申し上げた事をお許し下さい…」
そう言ってカレンが素直に頭を下げた。
普段はカノンに『アネゴ』と呼びたいと云わせるほどの女生徒だが…それ相応の教育を受けてきている事を窺わせる。
「ユーフェミア…ごめんなさい…いやな事を云って…」
カレンはユーフェミアにも頭を下げた。
「い…いえ…。私の方こそ…皆さんにご迷惑をおかけして…申し訳ありません…」
話が大きすぎて、もはや子供たちで何が出来る訳でもない。
「あと…あなたのお兄さんは?」
「お兄様は…ヴァインベルグの家を出て行きました。ルルーシュがブリタニアに渡った直後に…」
その言葉に一番驚いた表情を見せたのは…カレンと…そしてスザクだった。
「どう云う事?」
カレンが詰問するようにユーフェミアに尋ねる。
「お兄様自身、元々ヴァインベルグ家を継ぐ気もなかったそうなのです。だから、お兄様が出て行った後、家の中は大騒ぎになり…私とシュナイゼルさんの婚約の事に加えて、嫡男がヴァインベルグ家から出て行った事が…決定打になったようです。ヴァインベルグ家の先が…全く見えないと云う事のようで…」
その言葉に…カレンは中等部の時、ルルーシュがジノに対して自分の事など振って欲しいとか云わしていた時の事を思い出す。
あの口ぶりは…確かにヴァインベルグ家の力など使わずに自分で身を立てる…その決意を表している部分が端々に見え隠れしていた。
スザクも、ジノがルルーシュに対して云っていた言葉から…ヴァインベルグ家に対する執着などは決して強くないと思っていた。
あの時…盗み聞きと云う形ではあったが、ルルーシュとカレンとジノのやり取りを見ていたから…
ジノが云っていたのは…『家柄よりも実力』という意味合いのものだった。
つまり、既にシステムそのものが出来上がっているヴァインベルグ家に、ランペルージの血の流れていないルルーシュが入り込んで行ったところで、彼女自身が実力を発揮する事は出来ない。
「じゃあ…ジノさんが今いる場所を知っている人はいるんですか?」
「さぁ…ただ…あの携帯電話だけは繋がる可能性があります。ルルーシュが帰ってきた時に…ルルーシュから連絡を貰う為に…」
ユーフェミアの言葉に…スザク自身、何か胸にチクリとするものがあったが…
今はそんな事はあえて無視した。
「ユフィは…その番号を知っている?」
「いえ…本当に…ルルーシュ専用の携帯だったようですから…」
だとすると…
「なら…ルルーシュ嬢は知っているってことになるわね…。今は…連絡できるような状況じゃないと思うけれど…」
カノンの一言で…一旦場の空気が和らいだかと思いきや、すぐに叩き落される事となる。
「お兄様の事は…いいんです…。多分、皆さんは、お兄様に私の保護を…とお考えなのでしょうが…。ここにいて、皆さんがご迷惑になるようでしたら…すぐに出て行きますので…」
流石にシュナイゼルの好意をそのまま無碍にする訳にもいかない…
それに、今、ここでユーフェミアが出て行ったら、逆にアッシュフォード学園にも被害が及ばないとも限らない。
色々複雑な事になっていて、全てを理解するには時間がかかりそうだった。
「まぁ、とりあえず、この事は誰にも他言無用よ…。とりあえず、皆は解散…」
その一言で生徒会室から皆が解散して行く。
スザクも一人で家路についた。
一体何が起きて、これから何が起きるのか…そんな言葉頭の中でぐるぐる回っている。
考えても仕方ない…そんな風に思って頭をあげた時…
―――あの後ろ姿…
スザクは見覚えあるその後ろ姿を追いかけて、その人物の目の前に立った。
「君は…」
「ご無沙汰しています…ユフィも…心配していました…」
その人物に対して、スザクは真剣な目で訴えかけた。
その真剣な目に彼は『やれやれ』と云った表情を見せる。
「ここでは色々面倒になるから…場所を移そう…。今、私が暮らしているところだ…」
「解りました…」
スザクはその人物について行く…
ジノ=ヴァインベルグの後に…
彼の身なりそのものは、これだけ大騒ぎになっているグループの一族とは思えないいでたちだ。
彼自身、既にヴァインベルグからの援助も何もなしの状態で生活しているのだろう。
そして、郊外のマンションへと連れて来られた、
「どうぞ…適当にかけて…。すまないね…今の私の仕事部屋兼住居がここなんだ…」
「あの…今更な気もするんですが…なんで、ヴァインベルグ家を出たんです?そんな事が表ざたになったら…」
スザクは接客セットのソファにかけて尋ねる。
「ああ…あれはどのみち、君たちの事をかばった時点でこうなる結果だったよ…。私の存在など後付けの理由づけに過ぎない…」
まるでユーフェミアの責任だと云わんばかりだが…
そんな表情をしているとジノがくすりと笑いながらスザクの前にコーヒーを置いた。
「もちろん、ユフィの所為でもないよ…。あの時、確かにヴァインベルグ家はランペルージ家の援助が欲しくて、シュナイゼル氏とユフィの婚姻を考えた事は事実だ。ただ…そう言った評判はすぐに広まる。ランペルージ家だってあの時のヴァインベルグ家の状況を知ってしまえば、向こうがユフィとの婚姻を破棄してきただろうよ…」
まるで他人事のように話すジノに…スザクは驚きを隠せない。
自分の実家なのに…
自分の家が大変な事に巻き込まれていると云うのに…
「君たちみたいに、家族が寄り添って…と云った家ではないんだよ…。ルルーシュのところだって、ルルーシュとナナリーは別に暮らしているだろう?カレンの家だって見てくれはどうあれ、家の中はいろいろ問題が山積しているんだ…。私にしてみれば、さっさとどこかの企業に吸収合併でもされた方が、ヴァインベルグの抱える多くの社員や下請け業者などは幸せかもしれないね…。ランペルージ家ほどトップが力を握っている訳じゃなかったからね…」
すこし、皮肉交じりにジノが笑う。
「えっと…ユフィは…今、アッシュフォード家に匿われています。一応、シュナイゼルさんの御好意と云う事になっていますが…恐らく、ルルーシュが…」
ルルーシュと云う名前を聞いてジノの顔が少し優しくなった。
「そうか…まぁ…彼女なら…君の為にそう言うだろうね…。彼女はそういう子だ…」
ジノの言葉にスザクは下を向くしか出来ない。
「ユフィの事…あまり気にしないでくれ…。君には、君の人生がある。それに…その様子だとユフィは何も言っていなかったのだろう?君に…」
スザクは…ジノのその言葉に…何も返せなかった…
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