カレンの腕の中でカタカタ震えていたルルーシュの口から出てきた…その名前に…
その場にいたカレン、シャーリー、そして、その名を呼ばれたスザクは…言葉を失った。
この1年半、ルルーシュの口から一度も出てこなかった…その名前…
「ルルーシュ…思い出したの…?」
カレンが恐る恐るルルーシュに尋ねる。
「……」
ルルーシュの方からは…言葉が出てこない…。
病室の入り口にいるシャーリーとスザクも…黙ってその様子を見守る。
やがて…ルルーシュがすぐ傍にいるカレンでさえ、聞き取れないような声で…何かを呟いている。
一時的混乱によるものか…それとも、取り戻した記憶の反芻か…
どのくらい時間が経ったのか…誰にも想像すらできない状態の中で…やっとルルーシュがはっきりと言葉を紡いだ。
「私…スザクを…忘れていた…」
誰かに聞かせる為の言葉じゃない。
自分自身に改めて確認させるための様な…そんな言葉…
小さな声だったが…3人には…ハッキリ聞きとる事が出来た言葉…
「ルル…思い出したのね?」
そのルルーシュの一言に最初に反応したのがシャーリーだった。
シャーリーの言葉にルルーシュは…こくんと頷いた。
その直後…ルルーシュの瞳からとめどなく涙が零れてきた。
「ルル?」
そんなルルーシュが心配になったシャーリーがルルーシュを呼んだ。
ルルーシュはただ目を見開いて…涙を流している。
「お…思い出したくなんて…なかった…」
ぽつりと呟いた一言に…その場にいた3人は息をのむ。
確かに、ルルーシュが記憶を失った時の事を考えれば…確かに、思い出したくもないだろう事は予想出来るが…
「ルルーシュ…」
「こんな気持ち…思い出したくなんてなかった…」
そう…叫びにも似た一言を吐くと、カレンの胸にしがみついてわんわん泣き出した。
カレンもシャーリーも…恐らく、スザクもルルーシュの気持ちを知っている。
だから…その一言は…理解出来てしまう。
でも、忘れている状態でも、ルルーシュは…
確かにあの時のルルーシュにとって、辛い現実であったのだろうとは思うが…
もうすぐブリタニアへ渡る…そんなときにこんな形で記憶を取り戻したという事は…ルルーシュ自身…いろいろ、思うところもあったのだろう事は簡単に予想が出来る。
カレンは泣いているルルーシュを自分の身体から放して、ルルーシュに云い聞かせる様に言葉を口にした。
「でも…思い出しちゃったんだから…。それに…ルルーシュにとって忘れていい記憶なんてない筈でしょ?その記憶全てが…今のルルーシュを作り上げているんだから…」
カレンの言葉にルルーシュは小さく頷く。
正直、何を話せばいいのか…良く解らないし、どう、声をかけていいのか…解らない。
そんなときに、この静寂を破ったのはスザクだった。
「とりあえず…俺とルルーシュで…二人で話がしたい…。ルルーシュ…退院した後でもいつでも構わない…。日本を離れる前に…一度…少しでいいから、俺に時間をくれないか?」
確かに、ルルーシュの記憶から消えていた張本人がそう思うのも無理はないと思うが…
ただ…ルルーシュが記憶を取り戻したという事は、スザクとユーフェミアとの言い争いの時に、ルルーシュ自身の意思とは関係なく、ルルーシュが絡んで来る事も多かったし、その度にルルーシュは表には出さないが、傷ついてきた事実をカレンもシャーリーも良く知っていた。
「ああ…解った…。退院したら…話そう…」
以前、ルルーシュがスザクと話していた時の口調…
本当にルルーシュとスザクは幼馴染に戻った…と云う事だ。
ルルーシュの中からスザクの記憶がなくなっていて…思い出すその瞬間までルルーシュは忘れていたのだ。
ルルーシュがスザクを好きで…その為にジノと付き合っていた事とか、ユーフェミアのルルーシュに対する感情とか…
「あと…スザク…これまで…ごめん…。私の所為で…異母兄さまにも色々言われていたんだろう?」
確かにその通りではあったが…
しかし、それはルルーシュだけの所為ではないし、スザク自身、自分にいろいろ問題があったことは認めるのだ。
「否、ルルーシュをいろんな意味で追い詰めていた一旦は俺にもあった…。俺も…いろいろ知らなくてごめん…」
ルルーシュの中からスザクの事が消えていた時の二人の様子も何だか不自然な感じがしていたが…こうして、いざ、記憶が戻ってみると…やはり以前の様に…とは行かないらしい。
「ルルーシュ…私たち…帰るわね…。今は頭痛とかはないんでしょ?」
「……ああ…いろいろ…ありがとう…カレン…シャーリー…」
3人が病院を後にして、歩いているが…誰からも言葉が出てこない。
この事が良かったのか、悪かったのか…正直、良く解らない。
「ねぇ…スザクくん…この後…どうするの?」
あまりに続く沈黙に、シャーリーが居た堪れなくなり、スザクに話を振った。
実際に、この3人の中で一番衝撃を受けているのは彼に違いないから…
「どうって…何も変わらない…。ただ…色々と考えなくちゃいけない事は…あると思うけれど…」
「そっか…そうだよね…。後…」
シャーリーが聞きにくそうに…スザクに声をかける。
スザクも自分に話を振られている事は解るので、『何?』とシャーリーに聞き返す。
「あの…さ…。スザクくんって、ユーフェミアさんの彼氏じゃん?今も、別れたって言う話を聞かないし…」
シャーリーの言葉にスザクもなんだか複雑な表情を表すが…
それでも、ある意味聞かれて当然の事だし、同話が振られるのか…解る気がした。
「だから?」
「うん…だからね…ルル…いつもスザクくんに気を使って、ユーフェミアさんに気を使って…。絶対に…口には出さなかったけれど…いつも…辛そうだった…」
シャーリーもカレンもルルーシュがスザクを好きな事は知っていたし、それでも、スザクがユーフェミアを好きなのであれば…それはそれで仕方ない…そう思っていた。
だから…ルルーシュが何も言わなければ何も言わなかった。
でも…
スザクの中途半端な態度が、ユーフェミアをルルーシュに辛く当たらせる事になったし、ルルーシュ自身、いつも苦しんでいた。
「だから…スザク…あんたがルルーシュの気持ちにけじめをつけてやって…。シャーリーが云いたいのはそう云う事よ…。今は記憶が戻ったばかりで、そんな事を考えている余裕はないと思うけれどね…」
中々うまく言葉を紡げずにいるシャーリーの代わりにカレンが一言…付け加えた。
ずっと…カレンもシャーリーもスザクの態度がルルーシュを苦しめていると思っていた。
ユーフェミアと付き合っていながら…ルルーシュが頭痛を起こした時だって、ユーフェミアの見ている前でルルーシュを抱き上げて保健室へと連れて行ったのだ。
ユーフェミアも目の前で苦しんでいる人間に対して、『スザクは私と付き合っている!』なんて主張が出来る訳もなく…
あの時は何も起こらなかったが…
「俺は…」
シャーリーとカレンの言葉にスザク自身出てくる言葉がない。
「あのね…スザクくん…スザクくんにとってルルが幼馴染と云うカテゴリーだって事は私たちも解っているの…。でも…あんな風に、ルルを特別扱いみたいな感じにしていると…きっと…ルルは前に進めない…」
シャーリーの言葉は…確かに周囲から見れば、スザクが二人の女のこの間で優柔不断な行動をしているという…そんな事を端的に示している。
確かに…スザクのやっている事は、矛盾している。
1年半前、ルルーシュが記憶障害を起こした時…ロロにも言われた。
「確かに…シャーリーの云う通りだ…。俺は…矛盾している…」
思い当たる事があり過ぎて…この言葉しか出てこなかった。
「私…ホントは、あのジノって人の事…少しは認めていたのよね…。あの人…あんたの事でルルーシュが苦しんでいる時に…ルルーシュの事を笑わせてくれたから…」
ただ、いろいろ事情を知ってしまった今となっては、応援する訳にもいかないし…ルルーシュがジノとくっついている内はもれなくユーフェミアがついてくるのだから…
「でも、私は正直、あんたの事嫌い…。いつも、ルルーシュの事犠牲にして、泣かせて、苦しめて…。おまけに自分の女もきちんと管理できないんですもの…。なんで、ルルーシュがあんたの事を好きになったか…はっきり言って私の中の七不思議のひとつよ…」
スザク自身…いくらここまで色々あって、色々衝撃を受けていても…ここまで云われてしまうと…流石にカチンとくる。
カレンもそれを察したようにタイミング良く言葉を続ける。
「それでも…ルルーシュは私よりもあんたと一緒にいる時間が長いし…私の知らないあんたのいいところを知っているんでしょうね…。だから…ルルーシュがブリタニアへ渡る前に…ルルーシュの気持ちのケジメを付けさせてあげたい…。ハイスクール卒業まではあっちにいるらしいから…少なくとも、3年は帰ってこないってことでしょ?」
「思い出したのなら…きっとルルの中でスザク君への想いもはっきりと思い出しただろうし…そのケジメもつけないまま、あっちへ行って、引き摺らせるのは酷だしね…。あっちで素敵な人を見つけられればいいけれど…」
カレンの後にシャーリーが続いた。
ケジメ…ルルーシュの気持ちのケジメであると同時に…スザクの中のもやもやとした思いに対してもけじめをつけると云う事だ。
「あんたもルルーシュの性格を知っているなら…解るでしょ?あんたへの想いをきちんとケジメをつけられなければ…ルルーシュは確実に引きずるわ…。今回はきちんとピリオドを打たせてあげて…」
カレンもシャーリーも…ただからかってこんな事を言っている訳ではない事は解る。
しかし…スザク自身は…
「俺自身…正直宙ぶらりんなんだ…。あの事故の後…どれだけ考えても答えが出てこなかった…。ユフィを好きなのは本当だし、ルルーシュが俺にとっては幼馴染で、大切な存在である事は今も変わらない。これが…いい加減な優柔不断ってやつなんだろうけれど…。ただ…今回は…ちゃんと、する…。ルルーシュの事も…ユフィの事も…」
スザクの口から『ユフィの事も』と云う一言に…二人は何か引っかかるものがあったが…それでも今はあえて無視する事にした。
そして…ルルーシュの病室では…ドクターたちにルルーシュの記憶障害が回復した事を告げられ、シュナイゼルが赴いていた。
「ルルーシュ…思い出したのか…。辛くは…ないかい?」
ルルーシュを取り巻いていた複雑な事情を考えて、シュナイゼルがそう、声をかける。
「いえ…大丈夫です…。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした…義兄さま…」
ルルーシュがあんまり心配するシュナイゼルにふわっと笑いかけた。
確かに、厄介な気持ちまで思い出してしまったので、何も変わらず…と云う訳にはいかないが…それでも、自分の中でいろいろ整理するだけの余裕くらいはあった。
「あと…お願いがあるんです…」
ルルーシュが不意に真剣な顔をしてシュナイゼルに話しかける。
「なんだい?」
「ジノに…一度…ジノに会わせて下さい…ブリタニアに渡る前に…」
そう云ってルルーシュはシュナイゼルに頭を下げた。
シュナイゼルはルルーシュのその願いに『冗談じゃない!』と云う感情を隠せずにいた。
そんなシュナイゼルの表情に、ルルーシュはクスッと笑った。
「別に…ジノともう一度やり直したいなんて事は言いません。記憶を失って、取り戻した事で…私はジノに最低な事をしました…。だから、異母兄さまの言葉じゃなくて、いろんな事情じゃなくて…私の意思を私の口からお伝えしたいだけなんです…。ただの自己満足かもしれないけれど…きちんと謝りたいから…」
「しかし…ジノは…」
ルルーシュの言葉に納得できないのか…シュナイゼルは口を挟んでくるが…ルルーシュ自身、何を言われても引くつもりはなかった。
「利用したのはお互い様です。私はスザクがユーフェミアと一緒にいる事で、枢木の家に何か起きるのが嫌だった…。ジノは、どうしてか知らないけれど…私の事が好きだから一緒にいたかった…。そこで利害が一致しているのです。私の方が打算がある分タチが悪いでしょう?しかも、提案したのがジノだからって…ジノが悪者になってしまっている…」
ルルーシュの言葉に…シュナイゼルは複雑な表情を見せるが…
それでも、こう云う時は、絶対にルルーシュ自身は引かない事をよく知っているので…シュナイゼルは仕方なく、黙って頷いた。
そんなシュナイゼルに…ルルーシュは
「我が儘言って…ごめんなさい…シュナイゼル義兄さま…」
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