スザクはシュナイゼルと別れ、病院とは反対方向へと歩いて行った。
正直、その事を話して良かったのか…良く解らなかったが…
それでも、シュナイゼルなら絶対にルルーシュに対して悪いようにはしないだろうと考えたのだ。
様々な思いを巡らせていると…色々な意味で妙な関わりを持ってしまっていた…
ジノ=ヴァインベルグが前方から歩いてくるのが見えた。
今、スザクとしては、はっきり言って会いたくない相手であった。
ここ最近、確かに表向きにはユーフェミアとうまくいっていると云う風に見えてはいるのだが…今日の事にしても、ルルーシュが日本を離れると云う話を聞いた時にしても、スザクの中にいろんな迷いを生じさせている事は事実で…
―――どうか…気付かれませんように…
この上ない正直な今のスザクの思いだったが…こう云う時は、基本的に自分の希望など天に通じる事はないのだ。
「やぁ…君と会うのは久しぶりだね…」
どうやらジノに気付かれたらしく、ジノの方から声をかけてきた。
恐らく、いろんな事を聞かれるだろう予想は着くのだが…
それでも、これからの事を考えると、このまま放っておく訳にもいかないと思う。
「ご無沙汰しています…ジノさん…」
スザクは自分の本音とは裏腹な表情をジノに向けるとジノは複雑そうな表情を向ける。
「そんなに緊張する必要はないよ…。君とユフィの間の事は…もう私の手から離れてしまっているからね…。それに、君たちの事に関してはルルーシュを私に縛り付ける為の…姑息な枷でしかなかった訳だし…」
そんなジノの表情を見ていると…これまでスザクとユーフェミアの事でいろんな人たちを巻き込んでいたのだと…痛感してしまう。
「それより…少し話を聞かせてくれないかな…シュナイゼルがルルーシュを溺愛している事を知っていたのに…あんな事になってしまったからね…。ルルーシュに関しては私は何も知らないんだ…」
「俺が…あなたに話すような内容ですか?それは…」
「確かに…そうだとは思うんだけどね…。それでも今はもう、背に腹は代えられなくてね…。私もいよいよ…自分の身の振り方が決まりかけているんだ…。だから…自分の中で色んなものを整理したいんだよ…」
スザクはそんなジノを見て、いろいろ複雑そうな事情に同情したのか、是の返事をした。
シュナイゼルに促されて眠って…どのくらい時間が経っただろう…
「……」
うっすら目を開けると…やっぱり見慣れた天井ではなくて…
「そっか…私…また病院に…」
―――夢を見てた…凄く…リアルな夢だった…
腕に繋がれている点滴の管…
とりあえず、ナースコールを押して目を覚ました事をナースステーションに伝える。
―――コンコン…
ドアをノックされ、ルルーシュが返事するとすぐにドクターとナースが入ってきた。
「ランペルージさん…ひどい頭痛だったようで…。今は大丈夫ですか?」
あの時と同じドクターがルルーシュに尋ねてきた。
「はい…痛みはありません。ただ…凄く頭がぼぉーっとした感じがします…」
「鎮静剤などの影響でしょう…。眠っている間…時々ひどく魘されていましたし…ここ最近、色々あったようですから…」
「まぁ…確かに、あったと云えば、あったのですが…。でも、あんなにひどい頭痛になるものですか?」
ルルーシュは率直な質問をぶつけた。
「あなたの場合、記憶障害がありますから…。それとも絡んできていると思います。1年半前のあの事故の後遺症に関しては、現在の検査結果からは見受けられませんし…」
「記憶…」
あまり自覚しなくなっていたが…ここに来て、なんで、頭の中に『忘れた』であろう出来事が浮かんで来る事に何故なんだろうと思うが…
「今日…授業中に…多分…皆さんの言っている…私の『失った記憶』の断片…だと思うのですが…頭に浮かんできて…そうしたら…頭が痛くなって…」
昼間の話をぽつぽつと始めた。
「もし、具合悪くなったらすぐに言って下さい。何が頭に浮かんだのか…教えて下さい…」
ドクターの言葉に…まったく恐怖を覚えない訳ではないが…それでもまた、何かの拍子にまた、そんな事があって、あのひどい頭痛に見舞われるのも困る。
ここで、治療出来れば…そう云った事を避けられるかも知れない…そんな風に考えた。
「多分…私が…ランペルージと云う名前になる前…小学校に入るか入らないかくらい…だと思います…。誰かが…『おれたち…ずっといっしょだ…』って…。いった…」
そこまで云った時、ルルーシュが額に手を当てて頭痛を訴え始める。
「ああ…もういいです…。もうすぐブリタニアへ渡られるとの事ですし…体調を万全に整えておいた方がいいので…検査も兼ねて、少し病院で生活して頂きます…。シュナイゼル様には了承を得て頂いて、書類手続き等も済んでいますから…」
事務的にドクターが入院勧告…と云うより、入院命令を下した。
「は…はぁ…。でも…私…」
「ブリタニアの病院へもこちらから、ナナリー様の分も含めて診断書を送ります。あなたも、あなた自身にあまりに自覚がなさすぎるのですが、きちんと検査をして、経緯を見て行かないといけませんから…」
ルルーシュ自身、自覚が足りなかったのは…ある意味、頭では理解していたが…ここまでの生活の中で、大した不便を感じる事もなかった。
一応、ドクターに云われた通りの通院はしていたが…検査を続けても特に異常が見られた事もなかった。
ただ…ルルーシュ自身があまり自覚できない『記憶障害』を除いては…
「そんなに…大変な事なのですか?私の『記憶障害』って…」
ルルーシュは最近ではそんな自覚も殆どなくなっていただけに…そんな重要な事だとも思っていなかった。
ドクターに云われて続けていた通院もほとんど惰性的に続けていた気がする。
「まぁ…何か思い浮かぶ度にあれほどの頭痛が生じるのは…困るでしょう?まぁ、ブリタニアに渡れば、その『記憶障害』の相手が遠くなりますから…状況は変わってくるかとは思いますけれど…それも、どちらに転ぶか解りませんからね…」
「え?その相手が離れれば、いい方向へ向かうんじゃないんですか?」
ルルーシュが不思議そうな表情で尋ねる。
「まぁ、そうとも言えますけれど…あなたの場合は、どちらに転ぶか解らないんですよ…。一通りの状況を聞くと、そう云う可能性があると云う事なんです。まぁ、日本を離れる前に検査をしておくのは悪い事じゃないでしょう…」
ドクターは(確かに他人ごとなのだが)他人事のようにさらりと進言する。
確かに、慣れない土地でいろいろ体調を崩すのは嫌だし、ナナリーの治療のためにブリタニアにわたるのだ。
だから、ルルーシュも万全を期しておいた方がいい…ルルーシュはそう判断して、ドクターの言葉に頷いた。
ドクターたちが一通り(殆どルルーシュとしては気乗りしない話ばかりだったが)話を終えて、病室から出て行った。
その姿を見送ると、はぁ…と大きなため息をついた。
1学期が終わるまであと1ヶ月もないのに…入院だなどと…
夏休みにして欲しかったと思うが…
このタイミングでは…
―――コンコン…
ドアのノックの音が聞こえた。
「どうぞ…」
その返事と同時にシャーリーとカレンが入ってきた。
「ルルーシュ…大変だったわね…」
「頭痛いの…もう治ったの?」
入って来るなりの質問攻め…
そんな二人の姿にルルーシュはほっとして、顔を綻ばせた。
「シャーリー…カレン…」
ルルーシュのその表情を見て、シャーリーとカレンがほっとしたように笑顔を見せた。
「良かったぁ…ルル…。さっきのルルってば…本当に死んじゃいそうで…ホント…怖かったぁ…」
シャーリーがそう云うとぽろぽろと泣き出してしまった。
そんなシャーリーを宥める様にカレンがシャーリーの頭をぽんぽんと叩く。
「にしても…スザクの手首をつかんでいるのを見た時には…さすがにびっくりしたわよ…」
カレンが、何気ない話をするかのように言葉を紡いだが…
ルルーシュがその言葉に…一気に顔色が変わる。
ルルーシュの表情の変化に気づいた二人が息を詰める。
「……」
「ルル?」
ルルーシュの表情の変化に何か不安を感じたのか…シャーリーが声をかける。
そして、暫くの沈黙が、病室内を支配した。
その沈黙を破ったのは…ルルーシュだった…
「スザク…って…枢木君の事…だよね…。なんで…私が…?枢木君って…ユーフェミアの彼氏でしょ?」
ルルーシュは不思議そうに…でも、カレンの言葉に訝しさを感じたと…はっきり解る様な…そんな声色にシャーリーもカレンも身体を強張らせる。
保健室でのあの光景を見て…二人はルルーシュが記憶を取り戻したのかと、勝手に判断してしまった事に今更とも言える後悔をしていた。
そして、そんな後悔が更に深める光景を目にする事となる。
「ルルーシュ?」
「ルル?」
ルルーシュがその細い身体を細い腕で抱き締めている。
「わ…私…」
その身体はがたがたと震えている。
寒い訳ではないだろう。
ここはしっかりと空調の聞いている病室だし、何より今は6月だ。
「そう…私…誰かの…手を掴んで…それで…誰かにナナリーが退院した事を…」
声を震わせながら…ルルーシュがぽつぽつと喋り出す。
カレンが、何かを思い立ったのか…シャーリーの方を向いた。
「シャーリー…ここのデイ・ルーム、は確か、携帯電話OKだったから…スザクに連絡して…」
カレンは、小声でシャーリーに告げる。
「え?いいの?」
「解らない…でも、『記憶障害』が頭痛の種となるなら…思い出すきっかけを作って、さっさと思い出させた方が楽かも知れないし…」
「でも…勝手に…」
カレンとシャーリーが小さく言い争っている間も、ルルーシュは自分の身体を抱き締めた状態で何かをぶつぶつ呟いている。
恐らく、このまま放っておいても、この状態から抜けられないだろう事は予想できる。
それに、この病棟のスタッフに伝えても、結局は対処療法を施すだけであろう事も予想できる。
それに、シュナイゼルがいない今なら…無駄に過保護にしてルルーシュからスザク、ユーフェミア、ジノを遠ざけるだけでは何の解決にならないような気もするから…
「シュナイゼルさんの怒りは私が引き受けるから…多分…チャンスだし…」
カレンの言葉にシャーリーがこくっと頷いて病室を出て行った。
「ルルーシュ…落ち着いて…」
そう云いながら、自分の身体を抱き締めているルルーシュをさらに上から抱き締めてやる。
それでも、カレンの声が届いているのかどうか解らない状態が続く。
出て行ってから10分くらいすると、病室の扉が開いた。
そこには…息を切らせているシャーリーと…もう一人…
「ルルーシュ!」
その声に…ずっとカレンの腕の中でカタカタ震えて、何かを呟いていたルルーシュの動きが止まる。
そして…ゆっくりと頭をあげて、声のした方を向く。
そのルルーシュの顔を見て、再びルルーシュの名前を呼ぶ。
「ルルーシュ…」
ルルーシュはその姿を見て、目を見開く…
「ス…スザ…ク…?」
その人物を見たルルーシュが…最初に発した言葉だった…
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