幼馴染シリーズ 〜第1部〜


First Love 18


 スザクはルルーシュを抱えたまま保健室へと向かっている。
ルルーシュの表情は相変わらず、苦痛の色が薄れる事はない。
急いで保健室に駆け込みたいのはやまやまだが、これほど激しい頭痛を訴えているルルーシュを抱えてあまり乱暴な事も出来ない。
そう遠くない、保健室までの距離がもどかしく感じる。
「失礼します…」
ノックもせず、足で保健室の引き戸を開いた。
「?いきなり何だ…ノックくらい…」
保険医であるヴィレッタが驚いた様子で書類から目を離してスザクとルルーシュの方を見る。
抱えられているルルーシュの様子を見て、普通の状態ではない事を悟った。
「先生…ルルーシュが…激しい頭痛を訴えて…歩く事も出来ない状態なんです…。すぐ病院へ…それから…ルルーシュのお義兄さんに連絡を…」
スザクの訴えにヴィレッタもルルーシュの様子から納得せざるを得ない。
「解った…とりあえず、ルルーシュをそこのベッドに寝かせろ…」
ヴィレッタはすぐに内線の受話器を取り、外線につなぐ。
そして、救急車の手配とルルーシュの義兄、シュナイゼルの携帯電話に連絡を入れる。
「ルルーシュ…」
ベッドにルルーシュを寝かせて備え付けの掛布をかけてやる。
そして、その場から立ち去ろうとした時、それほど強くない力で自分の手首をつかまれた事に気がつく。
相変わらず…細い腕をしていると…まじまじと見てしまう…
今のルルーシュは殆ど意識が朦朧としている状態…
多分、無意識の行動…なのだろうと思った。
「ルルーシュ…大丈夫…。すぐにカレンとシャーリーが来るから…」
ルルーシュに負担にかからないようにと、精一杯気遣った声でそう告げる。
それでも、ルルーシュはスザクの手首を放そうとしない…
そんな状態のルルーシュを見て、その細く、力の入らない手を振りほどく事が出来なかった。
そして、力の入らない状態で、それでも、はっきりと言葉を紡ぐ…
「ナ…ナナリ…が…退院…し…たん…だ…スザク…」
恐らく…記憶の片隅でルルーシュが無意識の中で気にし続けていたのだろう…
それが…言葉となった。
そして…その一言だけで精一杯だったのだろう…
ルルーシュはそのまま目を閉じて、意識を手放した。

 スザクはルルーシュの言葉に驚きを隠せずにいた。
1年半前から…ルルーシュはその呼び方をしていなかった…
退院して、教室で顔を合わせても…『枢木君』と…
先ほど、激しい頭痛の中でさえ、彼女は『スザク』とは呼ばず、『枢木君』と呼んでいた。 「記憶が…戻った…?」
淡い期待を込めた、それでも、あまり思い出して欲しくないとも思えるような…そんな一言を呟く。
どうやら、先ほどのルルーシュの一言はスザクしか聞いていなかったらしい。
やがて、電話を終えたヴィレッタがルルーシュのベッドの元へとやってきた。
意識を完全に失う前にスザクの手首をつかんだ状態で、ルルーシュが眠っていた。
「おい…これは…どういう事だ?」
一応、ルルーシュの状態を一通り知っているヴィレッタがこの状態を見て驚かない筈もなく…
スザクは…先ほどのルルーシュの一言を言っていいものかどうか、悩むが…
「急に…激しい頭痛に見舞われて…心細くなったみたいです…」
複雑な表情で俯いてそう答えた。
―――言っていいかどうか…解らない?違う…俺は…
そんな…スザクの気持ちは…恐らくヴィレッタにも曖昧な形で伝わっていた。
今この状態で問い質したところで、スザクは答えないだろう。
「そうか…じき、救急車が到着する。その時、お前が…」
ヴィレッタのその言葉をスザクはスザクの言葉で遮った。
「いえ…あとで、カレンとシャーリーがルルーシュのカバンを持ってきます…。病院へは彼女たちと…」
スザクのその言葉にヴィレッタは何か言葉を口にしようとするが…スザクの表情を見て…その口にしようとした言葉を飲み込んだ。
スザクのその表情は…本当に複雑な表情をしている。
スザクが1年の時からユーフェミアと付き合っている事は…学園中で知られている事だった。
それは、教師の中でも生徒たちの様なうわさ話などをする事はなくても、そう云う事であるという事は把握していた。
今のスザクの表情から察するに…今のスザクの頭の中には…ユーフェミアは存在していない…
ヴィレッタはそんな風に直感した。
子供の恋愛ごっこ…と云うには、ユーフェミアの家を考えた時、色々と頭の痛い問題も山積みだ。
ヴィレッタ自身、スザク達が卒業するまで、問題を起こしてくれるな…そんな風に思っていたくらいだ。

―――ピーポーピーポー
 救急車が近付いてきたのに気がついた。
その時、カレンとシャーリーが保健室へと入ってきた。
「あ、スザクくん…頼まれていたルルのかばん…」
「ねぇ…ルルーシュの様子は?」
二人の存在を確認して、スザクは『どうか、目を覚まさないように…』と、心の中で祈りつつ、手首をつかんでいたルルーシュの手を解いた。
「さっき、ここに寝かせた時に…意識がなくなった。あの事故の後遺症…とかじゃなければいいけれど…」
スザクはその一言を残して、保健室を後にした。
とりあえず、聞かれた事はきちんと答えたから問題はないと考えた。
そんなスザクの後ろ姿にカレンは敵意のようなまなざしを向け、シャーリーは複雑な表情を見せる。
さっき、ルルーシュがスザクの手首を掴んだまま眠っていた。
そして、スザクはそれを振り解く事もせず、そのままルルーシュを見ていた。
「ねぇ…カレン…ひょっとして…スザクくんって…」
「シャーリー…こんな時に…。大体、ユーフェミアが聞いてたらどうするのよ…。また、いろんな意味で面倒よ…」
1年の時のルルーシュの誕生日の前の話を思い出す。
ルルーシュの誕生日直前の日曜日にユーフェミアがスザクとどこかへ行こうと誘って、スザクが予定がある事を伝えると、ユーフェミアが取り乱した事は…あの場にいた人間なら今でもよく覚えている。
「それに…今更そんな事を云ったって…私は許さないから…」
カレンの低い声は…カレンの怒りそのものを表わしているようにも思えた。
「た…確かにね…。ルルが記憶を失くしてから…あの二人もちょっとおかしな事になっているみたいだけど…別れるとかいった話はないし…そんなの…期待しちゃ…ダメだよね…」
シャーリーは何となく落ち込んだようにそう云った。
カレンもシャーリーもルルーシュの痛々しい姿を見てきているだけに、そこから解放される事を願ってはいるのだが…
それでも、ルルーシュの器用貧乏な上、あまりに自分に無頓着な性格が災いして、ハラハラさせられてばかりいる。
そして、ルルーシュは到着した救急車の中へと運ばれて行った。

 病院に着くと、そのまま検査が開始された。
1年半前の事故とは云え…もし、何かの後遺症などがあったとしたら…
その心配も0ではない。
付き添ってきたカレンとシャーリーが固唾をのんで待ち続けている。
「あ…シュタットフェルトの…それから…シャーリーさん…だったかな?」
どのくらいの時間、待っていただろうか…
シュナイゼルが職場から駆け付けてきた。
本当にこの義兄はルルーシュの事が可愛くて仕方ないらしい…。
ルルーシュが何かあるとすぐに飛んでくる。
「はい…。今日の午後の授業を終えてすぐに…激しい頭痛を訴えていました。それで…学園からそのままここへ…」
「そうか…いろいろ有難う…二人とも…」
あの時の事故の事を知っている二人は…スザクがルルーシュを保健室へ連れて行き、気を失ったルルーシュがスザクの手首を掴んだまま眠っていた事を放すべきかどうか…考えたが…
あまり考えられない事なのだが…ルルーシュが意識的にスザクの手首をつかんだのだとすれば…ルルーシュの記憶が戻ったという事になる。
ただ…ここまでの紆余曲折を考えると、言っていいものかどうか…
とりあえず、ルルーシュの意識が戻った時、彼女の反応を見てから…と云う事にした。
二人は、お互いに相談した訳でもなく…二人は各々で考えた末に同じ考えに到達したのだ。
「ここに来る時には既に気を失った状態でした。だから…記憶が戻りかけてきているのか…それとも…あの事故の後遺症が今になって…」
ただの可能性の話なのだが…シュナイゼルの表情が変わっていくのがよく解った。
もし、後遺症が出てきたという事になれば…事故を起こした主婦の家に対して、その怒りをぶつけてしまうかもしれない程の焦燥に駆られている。
シュナイゼルは、流石にランペルージグループの跡取りとして育てられているだけあって、非常に冷静に行動する。
しかし、ルルーシュが関わって来る時だけ…その柔和な笑みが変化する。
それが…幸せそうな笑顔になるか、苦悩の表情になるか、怒りにうち震えた表情になるか…その時々で違うが…

 やがて、検査が一通り終わり、ドクターが出てきた。
「あの…ドクター…ルルーシュは…?」
シュナイゼルがいち早く立ち上がってドクターの元へ駆け寄った。
「検査の結果、とりあえず、事故の後遺症の様な所見は見られませんでした。恐らく、記憶に関する事かも知れませんね…」
ドクターが検査結果のデータを見ながらそう、伝えた。
カレンとシャーリーは後遺症の心配がないという事でほっと胸をなでおろしているようだが…シュナイゼルの方はあまり顔色が晴れてこない。
カレンは、シュナイゼルがどうしてそんな表情を見せるのか、何となく理由を知っている為に少しだけ、同情の色を見せる。
ルルーシュが記憶を取り戻して、中途半端なスザクの態度を知ったら…ルルーシュがまた苦しむ事になる。
「記憶…戻ったのですか?」
「まぁ、彼女自身に尋ねて確認するしかないのですが…。しかし、記憶を取り戻す時に頭痛を感じるという症例は確かにあります。ただ…あそこまでひどい頭痛と云うのは…。検査をして見ても、異常の所見は見られませんし…。精神的に…思い出したくないのでしょうか?」
ドクターは本当に事務的に説明している。
シュナイゼルとして見れば、ルルーシュが思い出したくないと…そう願っているのであれば、好都合だと思った。
思い出せば…ルルーシュが辛い思いをするだけ…少なくともシュナイゼルはそんな風に思っている。
忘れられている枢木スザクに同情出来るだけの余裕はなかった。
「とりあえず、気を失う程の頭痛を起こしていますから…検査も兼ねて、2〜3日、病院で様子を見てみましょう。詳しい検査もできますし…」
ドクターの提案にシュナイゼルは賛同した。
記憶が戻りかけているというなら…そして、ルルーシュが思い出したくないというのであれば…今の状態で学校へ行かせたくはない…
この際、ブリタニアに渡るまで学校を休ませたいくらいの思いだ。
「すみません…また、よろしくお願いします…」
シュナイゼルはとにかく、急がねばならないと…そんな風に考える。
頭を下げたシュナイゼルにドクターが
「お大事に…」
そう云って検査室へと入って行った。
「君たちも…いろいろ有難う…。こうなってしまった以上、送って行ってあげられないのだけれど…」
シュナイゼルが二人の少女にそう話しかける。
「いえ、構いません…。私たちはこれから学園に帰ります。また、授業が終わったら様子を見に来てもいいですか?」
カレンとシャーリーの訴えにシュナイゼルは笑顔を見せて答えた。
「ありがとう…日本でこんなにいい友達が出来てくれていて…良かったよ…」
シュナイゼルのその一言に…二人は…次の言葉が出てこなかった…

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