シュナイゼルからルルーシュにその話をもたらされたのは、本当につい数日前の事だった。
『ナナリーの身体を治す臨床実験が始まったんだ…』
シュナイゼルの突然の言葉にルルーシュはただ、呆然と義兄の顔を見つめる事しか出来なかった。
ルルーシュの驚いている顔にシュナイゼルは優しく微笑んで更に言葉を続けた。
『ナナリーが…今よりも元気になれるかも知れないんだ…。すぐに熱を出して入院する事が…減るかもしれないんだ…。学校にもちゃんと行ける様になる…』
ルルーシュがこれまでにずっと…望んできた事だ。
ただ…その技術はまだ、人間に適用できるかどうか…と言う段階で、人に対する臨床実験もいつ始まるのか…と、ルルーシュは思っていた。
しかし、シュナイゼルはその事に関してずっと気にかけてくれていたらしく、その病気の研究機関にランペルージグループの資本を投資していたらしい。
世界的に名を馳せているランペルージの資本が入れば、生半可な額ではないし、それこそ、研究資金が潤沢になる事は間違いなかった。
ただ、あまり公に騒ぎ過ぎるのは色々と支障をきたすので水面下の話…と言う事でシュナイゼルが極秘で進めてきた事だった。
だから、シュナイゼルの一番近くにいる秘書のカノン=マルディーニでさえ、詳細を知らなかった。
全てを把握していたのは恐らく、シュナイゼルだけだった。
『だから…一度、ブリタニアに渡って欲しい…ナナリーと一緒に…。もう、ほぼ完成されている技術になったんだよ…ルルーシュ…』
シュナイゼルの言葉をいまいち把握できずに…でも、それでも何となく言葉の意味は解っていて…ルルーシュは…ただ…涙を流していた。
『ありがとう…シュナイゼル義兄さま…』
ルルーシュの口から自然とその一言が出てきた。
そんなルルーシュを見て、シュナイゼルがほっとしたような表情をして、涙を見せまいと下を向いているルルーシュの髪を優しく撫でていた。
そして、職員室に行って、自分の担任に事の次第を話した。
「そうか…お前がいなくなると、わが校の全国模試のランキングが一気に下がるから、理事長が切ながるだろうな…。でも、良かったじゃないか…妹さん、元気になれるんだろう?」
担任がシュナイゼルが書いたルルーシュの留学の詳細とそのほかの事情の報告等が書かれた書類に目を通してルルーシュに笑顔を向けた。
「一応、私が高校卒業するまでは私はブリタニアに滞在…と言う事になります。ナナリーも…回復したらブリタニアの学校に通う事になります。」
「そうか…アッシュフォード学園のペンドラゴンスクールに通う事になるのだろう?なら、お前の報告書などもきちんと書いてやる…」
「急な話なのに…色々すみません…」
ルルーシュは担任にそう頭を下げた。
「転校って言うのはそう云うもんだ…。気にするな…」
担任は確かに少しばかり『確かにめんどくさいけどな』と言う表情を見せながら笑って見せる。
「あと…ひとつお願いがあるんですが…」
「なんだ?」
ルルーシュは担任に対して声をかけた。
「あの…生徒会の人たちはともかく、クラスの人たちには…新学期になるまで内緒にして置いて頂けませんか?変に気を使われるのは…」
担任の方は何となくルルーシュらしいと考えながら笑った。
「ああ、解った…。この事を知っているやつはいるのか?」
「多分、生徒会の枢木兄弟は…。生徒会の引き継ぎの事で相談したかったので…」
「ほぅ…枢木スザクと和解したか…?」
二人が幼馴染である事や、何かの事情で二人が距離を置いていた事を知っていた。
また、ルルーシュに残る記憶障害の事も…
だから、一応担任として聞いてみるのだが…
「別に…彼の事…よく知らないですし…大体、喧嘩した覚えもないですけれど?」
本当は、記憶が戻って、幼馴染としての二人の会話が出来ていれば…とも思ったが、そこまで望んで、ちょっかいを出すのは担任の教師の行動としては逸脱してしまう。
「そうか…まぁ、その辺りの事は俺の方からは言わん。新学期に入ったらみんなに報告する事にするよ…。後は、ちゃんと生徒会の事とかも後始末をしておけ…」
そう云うと、担任は自分のデスクの書類に目を移した。
ルルーシュは一礼して、職員室を後にした。
「とりあえず…カレンとシャーリー…かな…」
そう、一言呟いた時、声をかけられる。
「ルルーシュ…」
そこに立っていたのは…ユーフェミアだった。
「ユーフェミア…珍しいな…そっちから私に声をかけてくるなんて…」
あの入院以来、必要最低限すら話した記憶がない気がする。
何度か、ジノの事を聞こうとして、声をかけようとしたのだが…いつも避けられていたような気がする。
学校に復帰して、ユーフェミアとスザクが恋人同士だと…今のルルーシュは知った。
「あの…放課後でいいんですけれど…少し、お話したい事があるんです…。いいですか?」
何となく…違和感のあるユーフェミアに少し驚いているが…断る理由がない。
「解った…。じゃあ、放課後、生徒会室で…。私もみんなに話さなくちゃいけない事があるから…」
そう云ってルルーシュはほかに考え事をしながら…ユーフェミアの複雑な視線に気づくことなく、ルルーシュは教室へと向かった。
これからの事を色々考えなくてはならなかったし、こんなに急に決まってしまった事に関して、どうやって、カレンとシャーリーに説明するか…今のルルーシュに取っては、ユーフェミアが声をかけてきた事よりも、そちらの方が重要だった。
あの事故以来、あの二人は色々とルルーシュを気遣ってくれていたし、ナナリーの事がなければ、あの二人と離れるのは正直、辛かった。
でも、今のルルーシュにとって、一番大切なのはナナリーの事だった。
それに、シュナイゼルがせっかく色々と手をまわしてくれていたのだ。
その事にも感謝しなければならないし、うまくいけばナナリーは元気になれるのだ。
迷う事なんてない…そんな風に思っていたのに…それでも、いざ、こうして、現実的な話になり、日本を離れる…
あまり人付き合いの得意な方ではないルルーシュにも、ルルーシュの友人はいて、ルルーシュ自身もその友人と同じ空気を吸っている事が当たり前になっていた。
だからこそ…どう切り出すかを迷ってしまうのかも知れない…
教室に戻り、午前中の授業を一通り受ける。
その間も…あまり授業に集中できていない。
どう切り出せばいいか…あの二人は、確かにルルーシュを心配してくれているが…離れてしまえば、ルルーシュの事なんて忘れてしまうかもしれない…
そんな風に思う。
近くにいた筈のジノでさえ、ルルーシュと会うどころか、連絡のとりようもなくなっているのだ。
そして、恋人である相手の筈なのに…ルルーシュ自身、その状況をあまりに客観的に受け入れている。
恋人であってさえ、状況的に会えなくなれば、こんなにさっぱりとしたものなのだ。
同級生で、ちょっと話が合った…それだけの相手であれば、目の前からいなくなれば、すぐに忘れてしまう存在になる…
そんな風に思うと、ルルーシュ自身、苦しかった。
カレンもシャーリーもルルーシュにとって大切な存在で…叶うのなら…ずっと一緒にいられたら…などとらしくない事を考えてしまう…
―――ずっと…一緒に…?
その言葉が頭に浮かんだ時…何か不思議な感覚がルルーシュを襲っていた。
『おれたち…ずっといっしょだ…』
そんな言葉が…頭の中に浮かぶ。
誰かが云っていた…
―――シュナイゼル義兄さま?違う…シュナイゼル義兄さまと会う…ずっと前の話だ…
まだ…私が小さい頃…
頭の中に過ったその一言…
誰が云ったのか…全然解らない…
でも…凄く懐かしくて、ルルーシュにとって大切なもの…何だと思う…
多分、それだけは本当で…
誰が云ったのかが…解らない…
懐かしくて、とても大切なもののはずなのに…誰が云ったのか…解らない…
「…っつ…」
あの事故以来、何かを思い出そうとする時に起きる頭痛…
頭の中ががんがんしてくる。
これまでは、考える事をやめれば、少しの時間で治まっていたのに…
今日は…なんだか違う…ルルーシュはそう思う。
頭の中に、断片的な映像が次々に流れてくる。
『ルルーシュ…大丈夫…ナナリーは大丈夫だから…』
『ルルーシュ…こっちに来いよ…』
『ルルーシュ…』
その映像が頭に浮かぶ度に激しい頭痛がルルーシュを襲ってくる。
「っ…っく…」
いつもと違う…
多分、思い出そうとしているから出てくる痛み…
でも、今までならその事を考えずにいればすぐに治まった。
でも…今日は…その映像が途切れる事がないし、それゆえか…頭痛がさらにひどくなってくる。
ルルーシュは授業中である事が解っているから必死に痛みで堪えられなくなりそうな痛みを訴える声を抑え込む。
―――キーンコーンカーンコーン…
授業の就業のチャイムが鳴った。
授業が終わり、その授業の担当の教師が教室から出て行った。
そして、ルルーシュはその事を察知すると、机に突っ伏して頭を押さえた。
「ルルーシュ…?どうしたの?」
カレンが心配そうに声をかけてきたようだが…今のルルーシュにはそれに対して何か返事が出来るような状態ではない。
「あ…頭が…」
ルルーシュの様子がおかしいとカレンは半ば無理やりルルーシュの顔を上げさせると、顔面蒼白になって、冷や汗をかいている。
「ルルーシュ?どうしたの?保健室へ行こうか?」
カレンはルルーシュに頭に響かないように声をかける。
ルルーシュは力なく頷く。
このままにしていても、とても授業どころじゃない…
「歩ける?」
力なく頷くが、周囲の人間からして見ればとても動けるような状態じゃないだろうと考える。
やがてシャーリーが近付いてきた。
「ルル…私の背中におぶさりなよ…。ルルは軽いから…保健室までなら私が…」
シャーリーがそう云いかけた時、すっとルルーシュに伸びた腕があった。
「俺が連れて行くから…カレンとシャーリーはルルーシュのカバンに荷物を入れてやって保健室に持ってきてくれないか?この状態じゃ、多分、授業を受けるなんて無理だろ?」
そう云ったのはスザクだった。
シャーリーは困ったような顔をして、カレンは本当に『お前は引っ込んでいろ!』と言わんばかりの表情だが、今はそれどころじゃないので、恐らく、スザクに運んで貰うのが一番負担にならないと考えて頼む事にした。
ルルーシュを姫抱きにしてスザクが教室を出て行った。
辛そうに頭を押さえているルルーシュの身体に負担がかからない様に、スザクががっちりとその細い身体を抱えている。
「く…くるる…ぎ…くん…」
「何も喋らなくていい…保健室へ行ったら、シュナイゼルさんに連絡を入れてあげるから…」
ルルーシュの頭の中でまた、疑問符が飛び交う。
情報として、『枢木スザク』と云う人物がいる事は知っている。
ロロの兄である事も聞いた。
でも…この『枢木スザク』と言う人物が何故、ルルーシュに対してこんな風に気にかけるのか…
それが不思議でならない。
―――私が忘れているという…この人物の事…。じゃあ、頭の中に浮かんだあの言葉をくれたのは…?
copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾