交通事故以来、ルルーシュの周囲が色々変わった気がした。
恋人だと思っていたジノとの付き合いもシュナイゼルからもナナリーからも反対されてしまっている。
以前は、そんな事を言われた事なんてなかったのに…
どうして、ジノと付き合う事になったのか…あまりちゃんと覚えていない。
ただ、シュナイゼルとユーフェミアが家同士の理由で婚約した筈だが、ジノとルルーシュが恋人となった事によってなんだか有耶無耶になってしまっていた。
本来なら、ルルーシュはともかく、ジノは自分の意思を優先しての交際と言うのは既に話が進んでいた婚約を有耶無耶に出来るようなものではない筈なのに…
それに、ルルーシュがジノと初めて会ったのは、シュナイゼルとユーフェミアの婚約に先駆けて、両家での食事会をした時だった。
ルルーシュ自身、自分の性格はよく知っている。
一目惚れなんて…ルルーシュには考えられなかった。
多分、ルルーシュのなくした記憶に関係しているのだろうとは思う。
しかし、思い出そうとすると…ひどい頭痛がして…
そして…ジノともだんだん疎遠になってしまうし、シュナイゼルにジノの事を聞こうとしても、普段なら絶対に見る事のないくらい怖い顔をして
『ルルーシュは知らなくていい…』
と云い切られてしまうし、ジノの携帯に電話をしても、いつでも留守番電話になってしまうし…
ユーフェミアに尋ねようと思っても、あれから避けられているようで、今では声をかける事すら叶わない。
変だとは思いつつも…誰も何も教えてくれないし…ルルーシュ自身が、自分が知らない方がいいのだろうと…そんな風に納得してしまっていた。
元々、記憶力は抜群にいいので、忘れている訳ではないのだが…気にしないようにしているのだ。
そして、クラスメイトにもその事情が話しされているのか、クラスメイト達はその事に関して一切話を振って来なくなった。
ただ…ルルーシュの記憶の中から消えている枢木スザクと言う少年が自分と同じクラスであると気付いた時には驚きはしたが…
それでも、時間はみんなに平等に流れて行き…時間が経つにつれて、その少年の事を新たに知っていくこととなり、いつの間にか、それが普通に…自然になっていた。
その事故から1年半が経っていた。
ルルーシュは1年から2年に進級する段階でミレイ=アッシュフォードからこの学園の生徒会長を引き継いでいた。
ミレイはルルーシュが1年の時に生徒会に半ば無理矢理引きずり込んで、ルルーシュ達が2年に進級するときに、3年の生徒がいなかったという事も手伝って、ミレイが、ミレイの後任にルルーシュを指名したのだ。
3年に進級した時点でちょうど、ナナリーが中学に入学してきており、ナナリーも生徒会に入ってきてくれた。
ルルーシュとしては、流石に授業中までナナリーにつきっきりとは行かないまでも、学校にいる間も、生徒会の役員と言う事で、ナナリーと一緒にいられる時間が増えた事で安心できる。
そして、ナナリーと一緒に、スザクの弟であるロロも生徒会に入ってきた。
二人が仲良く話をしている姿をちょくちょく見かけていたので、これは良かったと思っていた。
ルルーシュがナナリーから離れられずにいた…と言う事もあったが、これから先、いつまでもルルーシュがナナリーと一緒にいられると云う訳ではない。
高等部になれば今よりもさらにナナリーと一緒にいられる時間が少なくなっていく。
とするなら、ルルーシュのいない時にナナリーの様子を見てくれる人がいてくれれば、これほど心強い事はない。
寂しさはあるが…いずれはナナリーだって、恋をするだろうし、その時に、思いが通じあった時、笑顔で祝福してあげなくてはいけない…などと考えていた。
頭で解っていても、実際にその現場に立ったら、きっと、複雑な気持ちを隠せずにいるとは思えてくるが…
それでも、生徒会室でナナリーとロロが話をしている姿を見るのは嬉しかった。
「私も後任、決めないとなぁ…」
一人呟く。
生徒会長はその後任を、自らが指名する事になっている。
ロロに頼んでおけばいいとは思うのだが…
「おい、ルルーシュ…この書類…一応、お前が確認してから、先生に提出してくれよ…」
後ろから声をかけて来たのは、リヴァルだった。
記憶障害が出てから、色々と気を使ってくれている生徒会の男子生徒だ。
「あ、ああ…解った。後…リヴァル…この書類…チェックして、修正しておいてくれないか?」
そう云って、書類の束をリヴァルの前につきだした。
その書類の束を見てリヴァルが顔を引きつらせる。
「え?何で俺?」
「お前しかここにいないから…」
サラッと答えるルルーシュ…
これも、ルルーシュが生徒会長になってから、当たり前になったやり取りだ。
この風景もじきに…ルルーシュはここからなくなるのだが…
ルルーシュ達はミレイと一緒にいられた時間はたった1年だったが、今思えば、物凄く濃密な1年だったと思う。
正直、ミレイからバトンタッチをされた時にはどうしようかとも思ったが…
流石にミレイと同じ事をやる…と言う訳にはいかなかったが、ルルーシュ自身、そつなく生徒会長をやっていたと思う。
実際に、1年の時から『傾国の姫君』と揶揄される程の容姿を持っていたお陰で、生徒会主催の全校集会などは、ルルーシュが一言喋るだけでシーンと静まり返り、集会そのものは必ず時間どおりに終わっていた。
それどころか、ルルーシュがステージに立って喋る時などは、欠席者が0…と言う、前代未聞の記録も作っていた。
学校行事の中で、全校集会と言うのは、えてして退屈かつ、必要性を見いだせない者が多い。
それ故に、いろんな口実をつけてさぼる輩も多い訳だが…
ルルーシュが生徒会長になり、全校集会の度に何かしら喋らされるのだが…
そのルルーシュの姿を見る為に全校集会に参加する生徒が増えた。
最初のうちはそう云う訳にはいかなかったが、噂が噂を呼び、今では全校集会の欠席者は0である。
まぁ、そんな余談はどうでもいいとして、ルルーシュ達の通っているアッシュフォード学園の中等部は基本的に全員がそのまま、高等部へ上がっていく。
だから、卒業間近と云ってもそれほど悲壮感など漂う事もなく…
また、他の学校への進学を希望している生徒もそれほどいないので、みんな、受験勉強に必死…と言う事もない。
それ故に、卒業まであと10カ月を切っているこの時期にルルーシュもリヴァルものんびり生徒会活動を勤しんでいられるのだ。
「なぁ…ルルーシュ…カレンとシャーリー…いつになったら仕事しに来るんだよ…」
ルルーシュに渡された書類の束をぱらぱらとめくり、チェックをしながらルルーシュにやや愚痴めいた口調で尋ねる。
ルルーシュも自分の分の書類に目をやりながらその返事をする。
「カレンは家の都合…シャーリーは中学最後の大会前だからな…仕方ないだろ…。ミレイ会長がいなくなって、ニーナもあんまり来なくなったし…。それでも、私の場合は、ミレイ会長ほどたくさんのイベントをやってないから、それほど仕事が多い訳じゃないだろ?」
特に問題ない…と言った口調で返されると、何となく、自分もさぼっておくべきだったとリヴァル自身、思えて来てしまう。
ただ、記憶障害が出た後、ミレイにはずっと云われていたのだ。
『いい事?ルルーシュから目を離さないで上げてね?スザク君やユーフェミアさんも生徒会に入って貰ったけど…それでも、この状況じゃ、ルルーシュ一人が苦しむ事になるから…』
リヴァルとしては、片思いの相手であるミレイに頼まれてしまうと、流石に嫌ともいえず…また、友人として、ルルーシュを見ていると時々、ポキッと折れてしまうんじゃないかと云う心配もあった。
リヴァルにとって、ルルーシュは女子ではあるけれど、女子と言う意識をさせずに話せる相手だ。
むしろ、今の状態でスザクと二人きりにしてしまう方が心配になるのだ。
普段からマメに仕事をこなしている為、ルルーシュが会長になってからは役員達が泣き出すほど仕事がたまってしまう…と言う事はなくなっている。
「さ、終わったな…。リヴァル…お疲れ…。これ、ご褒美だ…。これしかないからみんなに内緒だぞ…」
そう云って簡素だけれど、綺麗にラッピングしてある包みをルルーシュから渡される。
「お前…こう云うところ、ホントにマメだよなぁ…。お前の作ったお菓子を貰ったなんて他の連中にばれたら俺、校庭のど真ん中でつるしあげ食らうかもな…」
ある意味あまりシャレになっていない冗談を言いながら笑っている。
「まぁ、そこまでは私は責任持てないから…。お疲れ…戸締りよろしくな…」
そう云って、ルルーシュは生徒会室を後にした。
中学生活…記憶障害は出たものの、それを不自由に感じる事は今はない。
カバンを持って夕焼けの差し込む廊下を歩いていると、向こうから誰かが歩いてきた。
「あ、枢木君…もう、仕事は終わったから…。今日は帰っていいよ?」
あれから…ルルーシュはスザクの事を『枢木君』と呼ぶようになった。
そして、スザク自身、それに慣れてきた。
慣れたとは云っても、平気になった訳ではない。
ただ、そう言われる度にいちいち動揺しなくなった…それだけの話だ。
「そう…ごめん…今日もいけなくて…」
「仕方ないよ…。枢木君、この学校の運動部にはなくてはならない人なんだから…。これから、大会も控えていて大変だろうから…一々生徒会室に顔を出さなくてもいいから…。ユーフェミアも来ていないし…」
ぎこちない会話と、あれから変わってしまった二人を取り巻く空気…
スザクは結局、自分の気持ちを確かめようともせずに、ずるずるとユーフェミアと付き合っている状態だ。
そんな状況にもスザク自身、ただ、惰性のまま時間を過ごしている…そんな感じだった。
幼馴染としてのルルーシュは…もう戻らないかもしれない…そんな風に思うのは…スザクだけなのだろうか…
「あ、そうだ…私…9月の新学期からロロに会長職をお願いしようかと思っているんだけど…」
ルルーシュの言葉に、スザクが驚いた顔を見せた。
「え?何で…?会長職って卒業までだろ?それまでに仕事の引き継ぎをすればいいんじゃないのか?」
スザクが疑問符だらけに言葉を紡ぐ。
「うん…そうなんだけど…私…9月から…海外へ行く事になったんだ…。ナナリーも一緒に…」
ルルーシュが少し切なそうな笑顔を見せて説明する。
スザクは…呆然として、何も言えないような表情で立ち尽くしているようだった。
「突然で悪いんだけど…近いうちにロロに生徒会室に寄ってくれるように言ってくれるかな…。決まったのが急で…。っていうか、義兄さま…随分前から考えていたらしいんだけど…こんないきなりの時期に云わなくてもいいのにね…」
ルルーシュが『困るよね…』と言いながら笑って説明している。
あの時の…事故の後…シュナイゼルがスザクに対して何も云って来なかったのはおかしいと考えてはいたが…。
ユーフェミアの家に対しては、それ相応に正式に抗議もしていたし、説明を求めていた。
でも、スザクに対しては何も言われていなかった。
スザク自身、あの時の当事者の一人と云ってもいい存在であったにもかかわらず…
―――こんな形で…俺は…思い知らされるのか…
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