ルルーシュの怪我も癒えて、無事、退院となった。
ルルーシュの記憶は相変わらず、スザクの事だけ思い出せない状態だった。
とりあえず、医師やナナリーの話によると、ルルーシュは『スザク』と云う人物の事をそっくりそのまま忘れているという…。
今のルルーシュの心の中に、隙間の様な、ぽっかり穴があいたような…そんな感覚があるのは確かだ。
「お世話になりました…」
ナースステーションで深々と頭を下げる。
傍らには迎えにきたシュナイゼルとナナリーが立っている。
「じゃあ、暫くは外来で診察しますので…きちんと通って下さいね。大した怪我がなくて良かったですね…。傷跡も残る事はないですし…」
ドクターたちの今後の説明を聞き、ルルーシュも、シュナイゼル達もほっとする。
ルルーシュは女の子で…その美しい顔や体に傷が残る事は、決して喜ばしい事ではない。
あの時、ルルーシュをはねた車の運転手は…近所の主婦で雪が降り始めた事で焦って運転し、前方不注意となっていたという。
その後は、警察とランペルージ家の弁護士に事後処理は任された。
入院中に、警察で事情聴取を受けているその運転手は病院に来る事はなかったが、その家族が何度も様子を見にきた。
流石に、相手がランペルージ家の娘だと知った時には真っ青になっていたが…それでも、ランペルージ家としても大事にするつもりはなかったし、ルルーシュもそれを望まなかった。
『法的に必要な処置をしてください。それ以上の事は必要ありません…』
何度か、事故の事後処理の関係で尋ねてきた弁護士にそうルルーシュは頼んだ。
ただ…そう言った事故の事後処理と検査や治療などにかまけていて、ルルーシュは気になりながらも、尋ねる事が出来なかった事があった。
ジノの事だ…
目を覚ました時には、病室にいてくれたと云うのに、それからは一度も病室に尋ねて来る事がなかった。
ユーフェミアもだ。
ユーフェミアは確かにそれほど親しいという間柄ではないから仕方ないにしても、ジノが来ないと云うのはおかしい。
仮にもルルーシュの恋人なのだ。
シュナイゼルの車に荷物を積み込み、車に乗り込んだ時、ルルーシュはシュナイゼルに尋ねた。
「あの…義兄さま…ジノは?大学の方が忙しいんですか?」
その一言にナナリーは、はっとしたように表情を変え、シュナイゼルは厳しい表情になった。
「ルルーシュ…もうジノとは会ってはいけない…。彼は、君には相応しくない…」
シュナイゼルがジノの事をこんな風に云うのは初めてだ。
いつも親しそうにしていたし、お互いの間にはライバルであるという絆、親友であるという絆…色んなものがあったように見えたのに…
喧嘩でもしたのだろうかとも思うが、そんな事で、ルルーシュとの交際を反対するのはおかしい。
シュナイゼルはそんな風に自身の都合と感情でルルーシュに対して、ナナリーに対して強制などしない。
「どうして?義兄さま…どうしてそんな事を…」
「お姉さま…私も…シュナイゼル義兄さまの云う通りにした方が…いいと思います…」
ナナリーはシュナイゼルから一通りの話を聞かされ…事情を知っていた。
それ故に…今回ばかりは、ルルーシュとジノに対しては反対の立場を取ることを余儀なくされている。
確かに…食事会の時…ルルーシュのしていた事は…
「ナナリー?」
まさかナナリーまでそんな事を言い出すとは思わず、ルルーシュはその驚きを隠せない。
「とにかく…もう、ジノに会ってはいけない…。ランペルージ家はヴァインベルグ家と一度話し合わなくてはならない事が出来ているのでね…。君もランペルージの娘であるのなら…事情を察してくれるね?」
疑問符のついた言葉だが…これは、恐らく、有無を言わさずの…
それに…今、両家に何が起きているのか…今のルルーシュには解らない事なので、変な行動を控えるべきだ。
ルルーシュはそんな風に考える。
「解りました…シュナイゼル義兄さま…」
素直にシュナイゼルの言葉を受け入れた。
―――私…ジノの恋人なのに…何でこんなにあっさりしているの?ジノは…ずっと、私を大切にしてくれていたのに…
自分のこの感情に…ルルーシュは何だか不安になった。
何故…これほど…あっさりとシュナイゼルの言葉を受け入れる事が出来るのだろうか…と…
自分の気持ちが困惑している事を自覚しつつも、シュナイゼルの車はルルーシュ達のマンションへと入っていく。
そして、マンションの入り口には…シャーリーとカレンが立っていた。
入院中は何度も病院に来てくれて、授業のノートなどを持ってきてくれていた。
元々、勉強は出来る方だったので、そのノートを見て、退院後、間もなく訪れるテストに備える事も出来た。
「ルル…」
「ルルーシュ…」
二人がルルーシュに気がつくとさっと駆け寄ってきた。
「シャーリー…カレン…」
ルルーシュも二人の姿に嬉しそうな表情を見せる。
その、ルルーシュの友人との再会に、シュナイゼルとナナリーも姿を見せる。
「こんにちは…シャーリーさん、カレンさん…」
ナナリーがにこりとして二人に挨拶し、シュナイゼルは黙って、優しく微笑みかけて、ルルーシュの荷物を持って中に入っていく。
「ナナちゃんも…大変だったわね…。ナナちゃんが退院したかと思ったら、次はルルなんだもんね…」
「でも、ルルーシュもいい経験をしたんじゃないの?ナナリーがいつも病院でどんな気持ちでいるか…解ったでしょ?」
ふざけた口調で、ルルーシュが膨れそうなことばかり言っている。
実際に、二人のセリフでルルーシュは口をとがらせていた。
「別に…。でも、ナナリーが今度入院した時には…もうちょっと、差し入れを持っていくよ…。病院の食事があんなにまずいものだとは思わなかった…」
ルルーシュのその一言でその場が笑いに包まれた。
シャーリーもカレンも…スザクとユーフェミアの事で色々あって以来、ルルーシュのこんな笑顔は初めてみた気がして、ほっとする。
「お姉さま…中でお茶にしませんか?シュナイゼル義兄さまが、美味しいお菓子を買って下さっていますし…」
ナナリーが提案すると、ルルーシュの友人の二人がパッと花が咲いたような笑顔を作る。
「シュナイゼルさんの選んでくるお菓子って…ホント、美味しいのよね…」
「どこで、あんな美味しいお菓子を調べて来るのかしら…」
二人の少女の素朴な疑問にルルーシュがサラッと答えた。
「シュナイゼル義兄さまって…意外と甘いものがお好きなんだ…。だから、バレンタインの時なんかは苦労するんだよ…。シュナイゼル義兄さま、美味しいお菓子屋さんを殆ど網羅しているから…」
ルルーシュが義兄の自慢をしている時の顔は本当に嬉しそうだ。
ナナリーにとってもそうだが、ルルーシュにとってもいい兄なのだろうとシャーリーもカレンも思う。
血のつながりはないが…ルルーシュは完全なブラコンだと二人は思っているくらいだ。
マンションの中を移動している時…ふと二人の少年と出会う。
「あ、ルルーシュさん、今日、退院でしたね…」
「ああ、ロロ、色々心配かけてすまなかった…。あ…あなたは…」
ルルーシュがスザクの姿を見た時、その場の空気が一変する。
ここにいる全員がルルーシュがスザクについての記憶がない事を知っているから…
「あの…私が目を覚ました時、ユーフェミアとのデートだったのでしょう?ホント、ごめんなさい…。でも、ロロの知り合いだったんですね…」
ルルーシュの言葉に…その場にいた全員が固まる。
ナナリーとスザク以外は、話には聞いていたとはいえ、この状況を初めて目にするのだ。
「否…元気になって良かった…。じゃあ、俺達…急ぐから…。行くぞ…ロロ…」
スザクはその一言を残して、すたすたと歩いて行った。
ロロも慌ててスザクを追いかける。
「ま…待ってよ…兄さん…」
ロロの最後の言葉にルルーシュは不思議そうな顔をした。
「なぁ…ナナリー…ロロに…兄弟なんていたっけ?」
ルルーシュの言葉に…誰もが黙ってしまう。
カレンは、事情を知っていたし、学校でもずっとそばにいたから…ルルーシュのその気持ちに何か切なさを感じる。
―――ルルーシュ…あんた…本当に…
シャーリーも何かがあると、薄々気づいているのか…その場では何も言えない。
「お姉さま…お姉さまは、ロロくんのお兄さんの記憶がないんです…。ほら、ぽっかり穴が開いたような思い出があるって仰っていたでしょう?でも、無理に思い出さなくていいんです。必要な事は、私がお教えしますから…」
思い出そうとしても、ぼんやりした靄が見えるだけで、何も思い出す事もないし…ナナリーがそうした方がいいと云うなら、多分、その通りなのだと思う。
ナナリーとしては…今の状況で思い出したら…ルルーシュが辛い思いをする…そんな思いから、自然に思い出せれば、思い出せばいい…そう思っている。
少し、重苦しい空気の中…彼女たちはマンションのルルーシュ達の自宅へと向かった。
先ほどのルルーシュの様子に驚いて声も出なかった。
ロロは、スザクのあの態度も気になった。
確かに、ルルーシュはスザクとユーフェミアの為に色々辛い思いをしたのかも知れないが、スザクがユーフェミアを好きなのであれば、そこまで気にする必要があるのだろうかと思う。
確かに、ルルーシュがあそこまで追い詰められてしまったのは、そう言った様々な辛い思いからかもしれないが、別に、スザクが頼んだ訳でも、ユーフェミアが頼んだ訳でもなかった事だろう…。
「兄さん…」
ロロは痺れを切らせてスザクに声をかける。
「なんだ?」
スザクの苛ついたような声がロロに返ってくる。
ロロはそんなスザクの態度に…恐らくは、スザクも気づいていない、スザクの本音が隠れている気がした。
「ルルーシュさん、本当に兄さんの記憶…失くしたんだね…。僕の事は覚えているのに…」
ロロのそんな言葉に相当腹が立ったのか、とにかく、スザクは歩く速度を上げていく。
ロロは、やれやれと言った表情でスザクの後についていく。
ロロ自身、ルルーシュに対して淡い恋心を抱いている事もあって、ルルーシュの事はよく見ていた。
それ故に、一番身近な兄とその幼馴染のルルーシュの不自然な接し方に苛つきさえ感じる。
「兄さん、兄さんは、ユーフェミアさんって人と付き合っているんでしょう?なら、なんで、ルルーシュさんに忘れられたくらいでそんなにイライラしているの?」
一番突かれたくない…根幹部分を突かれた…
スザクの中で一瞬そんな思いがよぎった。
「うるさい!」
ロロの言葉に必死に怒りを抑えようとしている事が解る。
「ルルーシュさんの記憶が失ったのだって…別に、兄さんが直接何かをした訳じゃないでしょう?ルルーシュさんの勝手な気持ちで…それを兄さんの所為にされたんじゃ…」
ロロがそこまで云うとスザクはぐいっとロロの襟首を掴んだ。
「お前に何が解る!何も知らないくせに…余計な口出しはするな!」
「何言ってるの?ルルーシュさんが兄さんを好きなのは、ルルーシュさんの勝手な想いでしょう?そこで兄さんが苛ついていたら、ユーフェミアさんって人に対して…失礼だと思うよ…僕は…」
ロロの言葉にスザクはハッとする。
そう…今回の事は、ルルーシュが勝手にスザクを思って、起きた事…
ランペルージ家とヴァインベルグ家の間に何かが生じたとしても、それは…スザクの責任ではない。
「お…俺…」
スザクは掴んでいたロロの襟首を離した。
スザクのその様子に…ロロはふっと息を吐いた。
「兄さん、今日は、僕だけで桐原の家に行くよ…。兄さんがいたら結果的に邪魔になるから…」
ロロは、スザクにそう一言残して、歩き始めた。
そして…スザクは…その場に立ち尽くしていた…
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