幼馴染シリーズ ~第1部~


First Love 14


 シュナイゼルはその端正な顔を怒りとルルーシュに対する止められなかった自分の甘さに歪めていた。
あの時…もっと追及していれば…止めていれば…そう思ってしまう。
今回の交通事故そのものに関しては、ある意味仕方のない事だと思うしかない。
ただ、そこに、記憶障害が出てきた事…そして、それまで、シュナイゼルが確かめれば確かめられた事を…自分の迷いの中で確かめる事が出来ず、今回のような事態に陥ってしまった事が…悔やまれてならない。
ルルーシュがシュナイゼルに初めてスザクを紹介したのは、スザクがルルーシュ達のマンションに遊びに来た時のことだった。
シュナイゼルはその頃、まだ、高校生で、そのマンションで小学生だったルルーシュ達と一緒に暮らしていた。
翡翠色の瞳をキラキラとさせた…明るそうな男の子だったとシュナイゼルは覚えていた。
そして、ルルーシュがスザクを紹介した時の表情は…大好きで仕方ない相手を大切な義兄に紹介する…そんな感じだった。
ルルーシュの嬉しそうなあの時の表情は今でも忘れられない。
多分、ルルーシュに自覚があったかどうかは解らないが、恐らく、ルルーシュはあの時からスザクの事を思っていたのだろうとシュナイゼルは思う。
そして…今回のこの事故の結果…
それまでのルルーシュの気持ちを思うと、痛々しくてならない。
シュナイゼル自身は…義妹として、ルルーシュを大切に思っている…これまでそう思っていた。
しかし…今回の事故で…ジノとユーフェミアを見て…自嘲してしまいそうな感覚に襲われる。
「僕も…魅せられた一人…と云う事か…」
小声でふっと呟いた。
そして、何かを決意したように、踵を返し、父のいるランペルージグループ本社ビルへと足を向けた。
その瞳は…いつもの優しいシュナイゼルの瞳ではなく、何かを守ろうとする、鋭い、厳しい光を湛えた瞳となっていた…。

 一方、ナナリーの方は、枢木家のリビングでスザクの帰りを待っていた。
一応、事の流れをロロには説明しているのだが…ロロには、
『それって、兄さんに言っちゃっていいの?はっきり言って、兄さんと、その彼女とか言う人の所為じゃない…』
と言われてしまった。
確かに、ルルーシュがどんな思いをしてきたか…ナナリーも考えれば容易に解る事なのだが…かと云って、黙っていていいものかどうかも悩んでしまう。
ナナリーは事の次第を把握していた。
あの食事会の時のルルーシュの様子からして、恐らくはルルーシュはスザクを守る為にジノと交際を始めたという事くらいは解る。
本当は、止めたかったが、そうなれば、枢木家の事もあり、どうしてもルルーシュに強く反対する事が出来なかった。
一応…スザクとロロの母には今のルルーシュの状態を話した。
そして、今スザクの立っている複雑な立場も…ある程度かいつまんで説明した。
「そう…スザクが…。ごめんなさいね…ナナリーちゃん…。私何も知らなくって…。休みの時にスザクが出かけて行くのって、てっきりルルーシュちゃんと一緒だと思っていたから…」
確かに年頃の男の子ともなれば、何でもかんでも親に言うと云う事はないだろうが…
本当ならこの話もスザクなしでしてはいけなかったのかも知れないが…それでも、スザクの付き合っている相手を考えた時…知らせておいた方がいいと思った。
ルルーシュが記憶障害を起こしてしまっている以上…ランペルージ家も放っておく事はしないだろうから…
―――ごめんなさい…スザクさん…
ナナリーは心の中でスザクに謝りながらスザクの母にスザク達が中学に入学して以降、何があったのかを説明した。
ナナリーもルルーシュほどではないにしろ、自分の義父の立場や自分の立場をわきまえている。
そして、必要な事も…
個人的な感情でどうにもならない事があるのだと…自覚している。
でも、スザクは元々そんなところに関係のない人間で…これからも、ルルーシュ達と普通に付き合っていく分には何の問題もない筈だった…。
でも…神のいたずら心は…ルルーシュやナナリーの色んなものを巻き込みながら、様々な変化を齎している。

 ナナリーの話を全て聞き終えたスザクの母は複雑な笑顔を作ってナナリーを見た。
「色々とごめんなさいね…。そんな事になっていたなんて…知らなくて…。ルルーシュちゃんにも謝って…と云っても、スザクの記憶がないんじゃ、謝りようもないわね…」
大体の話の把握が出来たのか、スザクの母がナナリーに謝る。
「で、さっき、聞きそびれたんだけど…ルルーシュさんは兄さんの記憶がないだけなの?僕たちの事は解るのかな?」
「覚えていました。お医者様とアルバムを見ながら確認して…あの様子だと、本当にスザクさんの事だけがぽっかり抜け落ちているという感じでした…」
ナナリーは見たままを説明した。
ジノと付き合っているという事も、ユーフェミアの事も覚えていた。
そして、ドクターたちと話をしている時に、アルバムを見ながら確認した時には、確かにスザクと絡んでくる思い出に関しても、スザクの部分だけ、白い靄に包まれているみたいだったと言っていた。
「どうしたらいいのかしらねぇ…。ルルーシュちゃん、退院までに記憶は戻りそうなの?」
「解りません…。でも、もし、本当に精神的な要因だとするなら…その可能性は難しいのではないかと…お医者様が云っておられました…」
ナナリーが下を向きながら説明する。
ナナリー自身、自分がやっと退院してきた日にルルーシュが事故に遭って、今度は、ナナリーが一人取り残される事になってしまっていて、不安でたまらないのだ。
それは、傍から見ていても解るが…
本当に仲のいい姉妹なので、こう云う時の落ち込み方はどちらでも半端ではない。
「とりあえずさ…ナナリーが落ち込んでいたって仕方ないよ…。で、兄さんにルルーシュさんの容体は話すの?少なくとも、シュナイゼルさんが許しそうもない気がするけど…その状況だと…」
「でも…シュナイゼル義兄さまが…」
「それって、多分、事情を把握する前でしょ?恐らく、その辺りの事情を知ったらシュナイゼルさん、絶対に兄さんも、そのユーフェミアって人も許さないと思うけど…」

 ロロの言葉にはっとさせられた。
確かに、あの時シュナイゼルはルルーシュがどうしてジノと付き合い始めたのかとか、ユーフェミアとスザクの事の詳細を知らなかったのだ。
「でも、スザクが知らないって云うのも無責任な話ね…。ま、いいわ…。ナナリーちゃん、私から話しておくわ。スザクがその後どうするかは解らないけれどね…。でも、うちの事は心配しないで?何とでもなるし…ルルーシュちゃんにそこまで心配かけていたなんて…本当にごめんなさいね…」
スザクの母の提案で、スザクに対しての説明はスザクの母が行うと云う事で話がまとまる。 そして、ナナリーに対しては本当に申し訳なさそうな表情で謝った。
スザクの母としても、小さい頃から二人を見てきていて…娘の様な存在の二人がこんな形で苦しむ事は彼女にとっても本意ではない。
「それより…食事にしない?僕、お腹空いた…」
あまりに重いその場の空気の中、ロロがふっとそんな言葉をついた。
その一言が、ちょっとしたきっかけとなったのか…多少、空気が柔らかくなった。
一応、スザクの帰りを待っていたのだが…帰ってこないので、3人は先に食事を始める事にした。
ナナリーはスザクが一人で病室を出て行った後…どこへ行ってしまったのかと思う。
あれから、結構な時間が経っているのだ。
事故が起きたのは昨日の夕方…目を覚ましたのが、今日の午前中…。
スザクが病室から出て行ったのはルルーシュが目を覚まして間もなくの時だ。
外はもう…暗くなっている…
ナナリーは窓の外を見ながら心配そうな表情をする。
それに気がついたロロがナナリーに声をかけた。
「兄さんなら大丈夫だよ…。きっと、色々思うところがあるんだよ…。今はどうか知らないけれど…兄さん、ずっとルルーシュさんの事、好きだったんだから…。ショックだったんだと思う…やっぱり…」
ロロの言葉にナナリーは意外そうな表情をしたが…ロロはそれ以上、それについて話す事はなかった。

 一人の病室で…味気ない病院から出される食事を口にしていたルルーシュだったが…
「ナナリーが退院して、お祝いにごちそうを作ろうと思っていたのに…」
そんな風にぶつくさ言いながら目の前のトレイの食事を口にする。
本当なら今頃、ナナリーと一緒に夕食を食べている筈だったのに…
「ナナリー…入院するとこんなものを食べていたのか…」
ランペルージ家の令嬢であるのだから、病室そのものは、特別室だが…食事はどんなVIPでも大金持ちでも、病院食は病院食だ。
退院して帰って来ると、いつもルルーシュの作った食事を嬉しそうに食べる訳だと思う。
足の骨折や頭を打っている事もあって、しばらく入院が必要だと言われた。
本当なら、冬休みでナナリーと一緒に過ごせると思っていたのに…
これではそれまで、ナナリーが退院してきたというのに…意味がない。
つい、はぁ…とため息が出てきてしまう。
目を覚ました時には体中が痛かったが、今では変に動かさなければ痛いという事もない。
確かに昨日の今日ですぐ退院…と云う事もないだろうが、それでも、こんな経験…1日で充分だ。
ナナリーは…いつもこんな思いをしているのか…そんな風に考えてしまう。
家に帰ったら…ナナリーの好きなもの、ルルーシュの好きなもの…たくさん作ろう…そんな風に思う。
―――コンコン…
病室の扉がノックされた。
食事の片づけにはまだ早い…。
大体、まだ食べている最中だし…
「はい…?どうぞ…」
ルルーシュがそのノックに返事する。
病室の扉が開いた時…そこに、一人…誰かが立っている。
ノックされたのだから、誰かがいるのは当たり前だが…
その相手は…
「ルルーシュ…」
さっき、ユーフェミアの隣に立っていた、あの少年だった…。
ルルーシュはその姿に驚きの表情を隠せない。
大体、ルルーシュは彼を知らないのだ…
「あ…あなたは…。何か、忘れ物でもしたんですか?」
ルルーシュの、普通ならあり得ない口調に…スザクはぐっと拳を握る。
いつもなら…
『なんだ?何か忘れものか?』
と、まるで男友達と話すような…そして、頼りたくなるけれど、やっぱり女の子であると思わされる彼女の態度が…今は見られない…
恐らく…スザクにはそんな風に思う資格はない…スザクにも解ってはいるが…
でも…何故か…心に何かが引っ掛かっていて…
今何を求めているのかは解らないが…ただ…ルルーシュに謝りたかった。
「ごめん…ルルーシュ…」
その一言だけを病室においてスザクは病室を出て行った。
ルルーシュはその後ろ姿を黙って見送っていたが…その、悲しそうな…辛そうな…その後ろ姿に…何か、胸の中がチクリとするものを感じていた…

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