ルルーシュとジノが付き合い始めたという話はあっという間に広まった。
ユーフェミアの兄であるという事から、色々と噂話にするにはもってこいのネタだったらしい。
確かに、ルルーシュは一応、伏せられているからいいものの、ユーフェミアの場合、あの、ヴァインベルク家のご令嬢だと云うのは学園内では周知の事実であった。
ルルーシュとしては、鬱陶しい事この上ない。
学園内の放送部やら新聞部やら…ルルーシュの周囲を取り囲む毎日…。
確か、ルルーシュの母が再婚すると決まった時にも、マスコミが自宅マンションまで押し掛けてきて大変だったのは覚えているが…。
それとは規模が違うとはいえ、こうして、学園で毎日毎日追いかけまわされると云うのも迷惑な話だ。
これまでは、学園の屋上で昼食を摂る事もままあったのだが、今ではそれも出来なくなっている。
休み時間には追いかけ回されるからだ。
そして、今では、半ば強引にメンバーにさせられた生徒会が逃げ場になってしまっている。
皮肉としか言いようがない。
「す…すみません…ミレイ会長…」
「まぁ…仕方ないんじゃない?それに…『氷のお姫さま』の心を射抜いた殿方の事も気になるんじゃないの?ルルーシュの実家の事ばらしてしまえば、多分、みんな結構納得して、追いかけ回すのをやめるんじゃないの?」
そう云いながら、生徒会長のミレイ=アッシュフォードがルルーシュに水の入ったコップを渡す。
『氷のお姫さま』…ルルーシュがあえて無視してきたルルーシュへの揶揄だ。
ルルーシュは無自覚ではあったが、ルルーシュには男女問わず隠れファンがついているらしいと…ミレイが云っていた。
そのコップの水を一気に飲み干してルルーシュが一息ついて、生徒会室の椅子に座り込んだ。
「そんなことしたら…また特ダネだって、追いかけ回されます…。母さまの時がそうでしたし…。とりあえず、他の面白ネタが出てくるまでは続くんでしょうか???」
ルルーシュがうんざりしながら呟いた。
ミレイもそんなルルーシュにちょっと気の毒そうな視線を送る。
確かに、この学園の各部のやる事はとにかく派手だ。
生徒会のイベントも会長の鶴の一声で突然開催されるような学園だ。
それに付随してどうしても他の部もやる事が派手になる。
ミレイ=アッシュフォード…この学園の理事長の孫娘で、代々、ランペルージグループの重役の席にこのアッシュフォード家の者の名前がある。
実際、現アッシュフォード学園の理事長も、ランペルージグループの現役を引退するまではその名前に連ねていたのだ。
それ故に、ルルーシュの義父はルルーシュがこの学園に通う事を勧めたのだろう。
「で…ルルーシュ…。シャーリーが心配してたわよ?」
「シャーリー?何を?」
ルルーシュは不思議そうな表情でミレイを見た。
「ほら…今や学園の運動部の助っ人ホープの枢木スザクくん…。本当は、ルルーシュが好きだったのに…ってシャーリーが云っていたから…。それなのに突然…」
ミレイの言葉にルルーシュは眉間にしわを寄せた。
「会長…。スザクの事は別に何でもないですし、最初がどうあれ、今はスザクには関係のない事です!」
ルルーシュがきっぱり言い切るが、ミレイは納得できないと云った表情でルルーシュを見つめている。
「何か…ご不審な点でもありますか?」
やや怒りを込めた目でミレイを見るが、ミレイの方は相変わらず表情を変えていない。
それどころか、更に心配そうな表情を見せる。
「まぁ…私が言う事でもないし…。でも…」
ミレイはそこまで言って言葉を切った。
ルルーシュは黙ったまま、顔を動かす事なくミレイを見た。
「ルルーシュ、自分が決めた事だからって、後悔しない…なんて思わない事よ?人間、後悔してなんぼ!ルルーシュの年齢なら、一度や二度、間違ったってやり直しを許されるんだから…」
ミレイが明るく笑って云った。
ルルーシュは驚いた表情を見せる。
「会長…あなた…一体いくつですか…。そんな年寄り臭い…」
ルルーシュがやれやれと云った表情でミレイに云った。
ルルーシュが生徒会に入るきっかけとなったのは、この学園はどこかの部に所属しなければならないという、ちょっと変わった決まりがあって、どこの部活にも入るつもりのなかったルルーシュが悩んでいた時に、ミレイに声をかけられた。
後から考えれば、恐らく、ミレイの祖父である理事長が何か云ったのかも知れないとも思うが…。
ただ、イベント前にちょっと忙しくなる程度で、大した仕事はないとの事…。
なら、ナナリーと一緒にいる時間を削って…と言う事はなさそうだと云う事で、OKの返事をした。
そうしたら…この会長のイベント好きを知らなかった事にルルーシュは早速後悔した。
大した仕事がない…なんてとんでもないウソだった。
ミレイの思い付きだけで、月の半分がイベントになる事だってある。
しかも、ミレイは理事長の孫で、1年から生徒会長をやっていると云う。
そして、ミレイが会長になってから、この学園は一気にイベントが増えたのだ。
その度に書類の整理やら、必要物品の発注に受け取り、参加者の把握と必要分の必要物品の調達…。
下手な部活動よりも遥かに忙しかった。
しかも、掛け持ちで生徒会に所属している生徒がいて、その生徒らが他の部の方を最優先にする事もある為、その時にはルルーシュに仕事が押し付けられる形になる。
運動部から逃げ回っていたスザクもミレイの好意で生徒会に入った。
シャーリーとユーフェミアの件があってから仲良くなったカレン=シュタットフェルトもルルーシュがいるから…と言う事で生徒会に入ってくれたのだ。
それでも、シャーリーは水泳部と掛け持ち、カレンは名門家のお嬢様と言う事で、さっさと家の者が迎えに来てしまって、生徒会の仕事を出来る事はあまりない。
あと、ニーナ=アインシュタイン、リヴァル=カルデモンドと言う生徒も名前を置いているらしい。
何がそんなに忙しいのかは解らないが、彼らがあまり生徒会室にいるところは見た事がない。
と言うより、様々な用事を済ませて、ルルーシュは早めに切り上げるので、その後で生徒会室に来ている…と言う事らしい。
ミレイはミレイなりにルルーシュの心配をしてくれているらしい。
それと同時に…ルルーシュがジノと交際を始めたと云う噂がたった頃からスザクの様子が変だと云う事で、ミレイはそれも気にしている。
普段、ふざけたイベントばかりやっているように見えて、きちんと生徒会メンバーの観察は怠っていないらしい。
「ま、ルルーシュは、もう少し、自分に正直になることね…。でないと…気がついた時には大きな後悔しか残らないから…」
ミレイはそう云って、生徒会室を出て行った。
ルルーシュはそんなミレイの背中を見送っていたが…。
ある重大な事に気がつく迄に、大した時間がかからなかった…。
ふっと、生徒会室の中央に置かれているテーブルの上には…書類の山が…
「か…会長…この書類の山を全部私一人で片づけろと???」
今、生徒会室に残っているのはルルーシュ一人だ。
顔を引きつらせながら、5分程、その書類の山を凝視している。
確かに、ルルーシュの仕事は正確で速いのだが…
それでも、一人でこなすには多過ぎる量だ…。
ルルーシュはやれやれとため息をついて、椅子に腰掛ける。
「出来るところまでで構わないよな…」
そう云って、書類の束を目の前に置いて、目を通し始める。
外からは部活動をしている生徒たちの声が聞こえてくる。
それをBGMに書類の整理を始める。
それから…どれほど時間が経っただろうか…。
ルルーシュはふと手を止めて、はぁ…と息を吐いた。
あまりに量の多い書類…。
かなりやったつもりではいたが、全然減っている感じがしない。
そんなとき、生徒会室の扉が開いた。
入ってきたのは…
スザクだった…。
「ルルーシュ…一人?」
久しぶりにまともに顔を合わせた。
以前ほどの胸の痛みは感じないが、それでも、少しだけ残る棘の刺さったような感じ…。
「ああ…。会長…なんだか、話をしている内に、どっかに行っちゃって…。ひどいよなぁ…こんなに書類あるのに、全部私に押し付けて…」
そう云いながら、椅子の向きを元に戻して、再び作業を続ける。
スザクもテーブルの上の書類の量を見て目を丸くする。
「まさか…ルルーシュ…これだけの量を一人でやるつもりだったわけ?」
スザクの問いにルルーシュはふっと笑った。
「こんなに一人で出来る訳がない…。適当なところで切り上げるつもりだったよ…」
そう云いながら、書類に目を向ける。
「スザクも運動部の助っ人で忙しいんだろ?こんなところで油売ってないでさっさと戻れ…」
先ほどの胸に刺さった棘を無視しながら、ルルーシュは話す。
その言葉を無視して、スザクはルルーシュの向かい側に腰かけて書類を手にした。
ルルーシュはそんなスザクの行為に驚く。
「おい…いいのか?それに…ユーフェミアはどうした?」
「ユフィなら…もう帰ったよ…。それに、俺だって生徒会のメンバーだ…。運動部の方は終わったし…俺も手伝うよ…」
以前と変わらないスザク…でも、以前とは違うスザク…。
以前と変わらないルルーシュ…でも、以前とは違うルルーシュ…。
昔と変わらない会話をしていても、何かが違う気がしてしまう。
スザクはユーフェミアと付き合っていて、ルルーシュはジノと付き合っている。
幼馴染のままでいられると思っていた。
お互いが違う相手を恋人にして、違う相手と結婚したとしても…。
ただ…彼らが今、思春期の真っただ中であるという事もあるのだろう…
お互いが違う相手と付き合っているという事が、以前の二人になる事を邪魔している気がする。
それに、ルルーシュとジノが付き合い始めたきっかけもかなり、複雑なところだ…。
本当は…以前の様に話せればいいのに…
お互いにそう思っているのに…
でも、その思いはお互いに届く事がない。
幼馴染なら、普通に話していたって、何の不思議もない筈…。
それなのに…。
今の二人には、以前の様に話す事が出来ない。
何かが、邪魔をしている…。
それが一体何なのか…今の二人には解らない。
最初にユーフェミアの事を好きになったのはスザクで…。
その気持ちはスザクの中では今でも変わっていなくて…。
ルルーシュは…スザクに片想いをして、スザクの笑顔を守りたい…それだけを考えて、ジノと取引した。
でも、自分の心がジノと一緒にいると安心出来る事に気がついて…ちゃんと付き合うと宣言した。
これで…二人は以前の様に笑って話せると思っていた…。
でも、今、この生徒会室は、書類の整理をする紙の音と、時々、ルルーシュがキーボードを叩いているパソコンの音しか聞こえてこない。
何となく、重苦しい空気の中…居心地の決して良くない二人きりの生徒会室で、二人は無言で生徒会の書類整理をしている。
そんなとき、ルルーシュの携帯電話が鳴った。
「もしもし…あ…ジノ…」
スザクはそのルルーシュの声の変化に驚いた。
スザクの知らないルルーシュが目の前にいる。
恐らく…ルルーシュが入学式に感じた…あの時の感覚…。
今はスザクがその感覚を実感している。
お互いが、お互いの事を一番知っていると思っていた…。
だから…傍にいて気がつかなかったのだろうか?
暫くしてルルーシュが電話を切った。
「ごめん…スザク…。私、もうすぐジノが迎えに来るから…。帰る…。スザクもキリのいいところで帰れよ?こんなの、メンバー全員でやったって1日じゃ終わらないから…」
そう云って、ルルーシュはカバンを持って、生徒会室を出て行った。
その後ろ姿を…スザクは複雑な思いで、見詰めていた。
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