ジノと動物園に行った日の翌日…何となく不思議な感覚だった。
正直、突然現れて、人の気持ちを覗き見て曝け出させたかと思えば、その後は動物園だ…。
しかも、ルルーシュの事を『黒豹』呼ばわり…。
しかし、あの時のルルーシュにとって、ジノの存在が有り難かったのは確かに事実で…正直自分でも驚いている。
確かに色々あったのだが…それでも、気持ちが楽になった事は事実だ。
ずっとナナリーもルルーシュの様子がおかしいと心配してくれていた。
ジノがルルーシュ達の暮らすマンションにルルーシュを送り届けた時、ナナリーが迎えてくれたのだが…
朝のルルーシュとは比べ物にならない程ルルーシュの表情が穏やかであった事にナナリーが安堵していた。
ルルーシュにはそんな自覚は全くなかったのだが…そんなにひどい顔をしていたのだろうか?
学校ではシャーリーにも心配された。
それに加えて、放課後のユーフェミアとのやり取りだ…。
確かに気が滅入らない方がどうかしている。
まるで、ユーフェミアとジノが図ったかのようなタイミングに少々ルルーシュ自身、妙な疑いの目を持ってしまうのだが…それでも、ここまでの蓄積された物が大きく圧し掛かっていた事もあり、ジノには素直に感謝している。
そして、朝起きて、カーテンを開けた時…眩しい太陽の光を見て素直に『いい天気だ』と呟くことができた。
いつもの様にキッチンに向かい、朝食の準備を始めた。
身体の丈夫でない妹のナナリーにこれ以上、心配をかける訳には行かない…そう思うのも事実だが、実際に気持ちが楽になっていると言う事もあり、足取りも軽い気がする。
いつもの様に、卵や野菜を冷蔵庫から出し、お湯を沸かして…
日常の朝の風景…。
そして、ルルーシュよりも遅れて起きて来たナナリーを笑顔で迎える。
そのルルーシュの表情に、ナナリーも笑顔を向けた。
朝の準備が整って、昨日の放課後の憂鬱が嘘の様に学校へと足を向ける。
正直、あんな騒ぎの後だから、少々気後れする部分もない訳ではないが…。
それでも、昨日の様に、自棄的に考える事はなくなっている。
そして、目の前にはスザクの姿が見えた。
「おはよう!スザク!」
駆け足でスザクに近づいて、一言声をかけて、そのままスザクから遠ざかる様にルルーシュは走っていく。
胸が痛まない訳ではないが、何となく、何かが吹っ切れた気がした。
「ルルーシュ!」
後ろから声をかけられて、ルルーシュはやや距離を置いている状態で立ち止まって、スザクの方を振り返る。
「どうしたんだ?そんな浮かない顔をして…お前らしくもない…」
そう言いながら、ルルーシュはスザクに笑顔を見せた。
スザク自身、ユーフェミアから何かを聞いたのだろう。
何かを云いたそうにしているが…。
それでも、ルルーシュはそんな事を気づかないフリをしてスザクに笑顔を向けている。
「スザク…私、ちゃんとジノさんとお付き合いする…。だから…スザクも何も気にしないでユーフェミアと付き合えばいい…」
自然と出てきた言葉…。
その言葉にスザクが驚いた表情を見せている。
「何そんな間抜けな顔をしているんだ?別に私は無理はしていないし、お前の為に自分を犠牲になんてしていないぞ?と云うか、いつまでも自惚れているんじゃないって…」
「ルルーシュ…」
スザクはそんなルルーシュを見て、やや複雑そうな笑顔を見せる。
「何だよ…お前が誰と付き合ったって、私が誰と付き合ったって、私達は幼馴染だし、これからもそれは変わらないだろ?それに、お前がユーフェミアと付き合うからって疎遠になったりしたら、ナナリーが悲しむ…。だから、たまにはナナリーに顔を見せてやってくれな!」
そこまで言うと、スザクに背中を向けて、その場を走り出そうとした。
しかし、何かを思いついたようで、一度、止まって、もう一度、スザクの方を見た。
「そうだ!ユーフェミアに謝っておいてくれ…。どうせ聞いているんだろう?昨日の放課後の事…」
ルルーシュがそう聞くと、スザクは黙って頷いた。
「本当は、私が直接謝った方がいいのかも知れないけれど…今は、私が話しかけない方がいいだろうからな…。済まないが、スザク、謝っておいてくれ…」
その一言を残して、ルルーシュは学校へと走っていった。
そんなルルーシュを見て…スザクは何となく、複雑な表情をして見送った。
ユーフェミアを選んだのはスザクだった。
でも、お互いに、少しずつ、自分の世界が出来始めている事に気がついた。
「ルルーシュ…ごめん…。ありがとう…」
その一言を、誰が聞く訳でもないのだが…その場でふと呟いた。
その日の放課後…ルルーシュはジノを呼び出した。
「ジノさん…お呼びたてして…すみません…。ちゃんと…お返事しないといけないと思いまして…」
そんなルルーシュを見て、ジノは優しく微笑んでいる。
「ルルーシュの気持ち…教えてくれるかな?」
「私…正直、ジノさんの事、好きなのかよく解らないんです。でも…」
ルルーシュは一旦言葉を切る。
どう言えばいいのか、未だに迷いがあるのだ。
ジノはそんなルルーシュを見てまるで、幼い妹を見る様なそんな表情でルルーシュの言葉を待っている。
「昨日、ジノさんと一緒にいて、とても安心しました。とても、嬉しかったんです。だから…」
「だから?」
ジノが最後の言葉だけ鸚鵡返しにして聞いてくる。
「だから…これが、ジノさんと同じ気持ちなのかは、正直解りません。ただ…今は、ジノさんと一緒にいる事が嬉しいし、一緒にいたいと思うんです…」
不器用なルルーシュの返事にジノが優しくルルーシュを抱き寄せた。
ルルーシュはジノのその行動に驚くが、抵抗はしなかった。
「ありがとう…ルルーシュ…。君が私と一緒にいたいと望んでくれるなら…私は、君と一緒にいる…」
ジノの言葉にルルーシュがほぅ…と息を吐いた。
正直、まだ中学生のルルーシュと大学生であるジノ…不釣合いのような気がする。
ジノは素直にいい男の部類に入るだろうし、大学でも、大学の外でも相当もてるだろうと予想はできる。
それでも、今のルルーシュには安心出来る相手であった。
「ルルーシュ…私は、本当に君に惹かれてしまったんだよ…。シュナイゼルからは何度か、君の話を聞いていた…」
「シュナイゼル義兄さまに?」
確かに、シュナイゼルはルルーシュの事、ナナリーの事を可愛がってくれている。
しかし、シュナイゼルが自慢出来るほどの義妹だとも思えない…。
「ああ…。シュナイゼルは腹違いの兄弟とかはいるらしいが…自分の半分血の繋がりのある兄弟たちよりも、君たち姉妹の方が可愛かいいと云っていた…。シャルル会長が君たちのお母さんと再婚報告の食事会の時、君たちを見て、一目で気に入ったらしい…。仲が良くて、可愛い義妹が出来たと…」
ルルーシュは驚いた。
確かに、ルルーシュ達の事を可愛がってくれている義兄だが、ルルーシュ達の立場を考えた時、人に自慢出来るとも思えなかった。
不思議そうな顔をしているとジノがクスッと笑った。
「君は…本当に、自分たちの立場を誤解しているね…。世間の評価としては、ルルーシュ…君に関しては、かなり高評価だよ?だから、私も簡単にヴァインベルク家を納得させることが出来たんだ…。君自身の存在感に、ランペルージグループの会長にその跡取りのお気に入りともなれば…誰もが一目置くよ…」
ルルーシュはジノの言葉に、きゅっと表情が険しくなった。
「でも…私はそんな事、関係なかったな…。実は、一目惚れって奴だ…。笑うかい?」
「……」
ルルーシュはジノの言葉に唖然となった。
――― 一目惚れ
一目見ただけで心を惹かれる事。
ルルーシュの頭の中の辞書を引いた。
少なくとも相手は、一流企業の跡取り息子だ。
そんな男が…
「一目惚れ…」
一体どこの少女漫画家とも思うのだが…。
「実は…ユーフェミアと枢木スザクの事…確かに本家の方では大騒ぎになっていたんだけど、私の方はどうでもよかったんだ…。ただ、君たち姉妹が彼の話をしていたから…これはチャンスだと思って…」
ジノの明るい暴露話にルルーシュは目を見開いた後、はぁ…と大きくため息をついた。
しかし、そんな大企業の本家の方で大騒ぎになるような、スキャンダルを『どうでも良かった』と言い切ったこの男…
これは度量の大きさなのか…単純に能天気なだけなのか…。
「あなたは…私がスザクの事で悩んでいる姿を見て…笑っていたんですか?」
ちょっとムッとしながらルルーシュは尋ねた。
「否、つけ込んだ事は認めるが、決して笑ったりはしなかったよ…。むしろ、さっさと忘れた方が楽になるんだろうな…と…。で、かなり強引にデートに誘ったって訳だ…」
その一言に更にルルーシュは驚いた。
おかしな男だと思う。
普通に『つけ込んだ』などと…バカ正直に言う奴がいるんだろうか…。
しかも、こんなにあっさりばれるような話の方向で…。
「あなたは…不思議な人だ…」
ルルーシュはぼそっと呟いた。
「ルルーシュ…いい加減…名前で呼んでくれないか?」
ジノはややいじけたようにルルーシュに言った。
その表情はまるで子供のようだった。
「ジノさん?」
いつものようにルルーシュはジノの名前を呼んだ。
「否…そうじゃなくて…。私も『ルルーシュ』って呼んでいるんだからさ…。君にも『ジノ』って呼んで欲しいと思うのは…贅沢かな?」
はにかむようにルルーシュに訴える。
「でも…あなたは年上で…ヴァインベルク家の…」
「それを言われると辛いけど…きっかけは何であれ、私は君の前ではただの『ジノ』だ…」
そんなジノを見て、ルルーシュは噴き出した。
「あはははは…あははははは…」
ルルーシュはお腹を押さえて笑っている。
久しぶりにこんなに笑った気がする。
「なんだ…そんな風に笑えるんじゃないか…」
「ジノ…さん?」
ジノの一言にルルーシュは我に戻った。
「す…すみません…」
ルルーシュは慌ててジノに謝る。
「否、そこ、謝るところじゃないし…。それに…まだ、『さん』付けなんだな…」
「あ…ごめんなさい…」
流石にどうしていいか解らず謝ってばかりである。
ルルーシュは…正直戸惑っていた。
ここ最近、これだけ笑った事があっただろうか…。
そんなに素のルルーシュを誰かの前で曝け出せただろうか?
中学に上がってから、いつも、スザクとユーフェミアが気になっていて、複雑な家庭環境が色々考え込んでいて…。
「でも、ずっと、無理していたんだな…君も…」
そんな風にジノが云いながら、ルルーシュの黒いサラサラの黒髪をすいた。
邪魔になるからと、いつも、短い状態だった。
本当は…長く出来れば…とも思うが…。
「君の髪…ホント、さらさらだな…。それに、綺麗な黒髪だし…」
「よく言われます…。でも、短いから…男の人はあまり好きじゃないみたいだけど…」
「そうか?私はとても良く似合っていると思うけど…。長くしたところを見た事ないから断定は出来ないが…。でも、今の君の髪の長さ…嫌いじゃないよ…」
本心なのかどうかは…今のところ、よく解らない。
しかし、不思議な感覚だった。
初めてだからかも知れない。
しかし…
「ありがとう…ジノ…」
自然とルルーシュの口からその一言が出てきた…
copyright:2008
All rights reserved.和泉綾