校門の外でジノと出くわして、結局、そのまま、ジノと二人で歩いている。
帰り、一緒に甘いものでも…と約束していたシャーリーには携帯で一応メールを入れた。
尤も、放課後の教室のあのような状況の後、シャーリーだって、ルルーシュと一緒に…などと考えないだろうと、タカを括っていたのだが、シャーリーの方はユーフェミアの事よりもルルーシュの心配をしたメールを返してきた。
―――ごめん…シャーリー…。ありがとう…
ルルーシュは心底そんな事を思いながら、ジノと歩いている。
人前で涙を見せたのなんて…一体何年ぶりだろう。
もし、ああやって、素直に涙を流す女の子であったなら、スザクはルルーシュをただの幼馴染じゃなくて、一人の女の子として見てくれたのだろうか…
今更そんな事を考えていても仕方がない。
今のスザクは、ユーフェミアが好きで…ルルーシュは、ジノと一緒に歩いているのだから…。
「ルルーシュ…ごめん…。落ち着いたか?」
ジノは先ほどのルルーシュの涙に責任を感じているらしく、申し訳なさそうに声をかけてきた。
―――多分、年上の男に憧れる女の子にとっては理想の相手なのだろうな…
と、ルルーシュは何となく第三者的に考える。
実際に、ジノに交際を申し込まれ、『OK』の返事をしてはいるが、そこにルルーシュの心はないのだ。
元々は、スザクを守る為に、交わしたジノとの契約…。
「申し訳ない、見苦しいところをお見せして…」
ルルーシュはジノに対して頭を下げる。
本当に、あんなところで涙が出てくるのはルルーシュにとってはイレギュラー以外の何物でもない。
ジノがどんな気持ちで、こうしてルルーシュと接しているのかはよく解らないが、それでも、今は…何となく、有難い…。
シャーリーも友達ではあるけれど、内部の事情を知らないから、素直に泣く事も出来ないし、いつもなら、相談に乗ってくれるシュナイゼルにも相談出来なかったから…。
しかし、ルルーシュは自分で自分を呆れてしまう。
失恋して、それでもその好きな相手の為に何かをしようとして、結局自分が辛くなって、他の男と一緒にいる。
―――どんな少女漫画の甘ったれたアホ女にも負けないくらい自分もアホだな…
そんな風に思うと自嘲してしまう。
結局、そんな強さも覚悟もないくせに、ただカッコつけて…そして、自分に表向きにだけだとしても好意を示してくれている男の前で泣いたりして…
自分の甘さに嫌気がさしてくる。
これではスザクがユーフェミアを選んでも仕方がない…。
スザクだって、こんなルルーシュなんて好きになる筈がない…
そんな風に思ってしまう。
そんなルルーシュの様子に気がついたのか、ジノがルルーシュの手を引っ張った。
「…ジノさん…?」
「そんな暗い顔をしているくらいなら、どっか遊びに行こう…。シュナイゼルには私から言っておくから…。妹さんにもちゃんと連絡を入れるし…」
「!」
唐突なジノの行動に目を丸くする。
でも、今のルルーシュには…不思議と嫌な感じはしなかった。
と言うより、むしろ、有難い…。
そんな風に思えてくる。
無邪気に笑うジノを見ていて…なんとなく、おかしくなってくる…
どうしてこの男は、こんなに明るいのだろう…。
ふざけているように見えていて…どうやら、きちんと相手の事を見ているようだ。
つけ込む事もうまいが、その後のフォローもしっかりしている。
―――シュナイゼル義兄様並みに、出来る人なのかもしれない…
ルルーシュはジノを見てそんな風に思う。
確かに、組織のトップに立とうという人間が早々、自分の能力は表に出さないだろうし、さりげないところで、普通なら気づきもしないところに気づく。
自分の身近にシュナイゼルと言う存在がいたから、ルルーシュもそんな風に判断できるようになった。
シュナイゼルとは同じ年で、学校も同じらしい。
仲がいいのか悪いのかは知らないが、お互いの事はよく知る者同士らしい。
「ルルーシュは、どこかに行きたいところはないか?」
相変わらずルルーシュの手を引きながら歩いているジノが尋ねる。
ジノとルルーシュのカップルはかなり目立つらしく、行き交う人たちの視線が痛い。
ジノの方はそんなことはお構いなしのようだが…。
ルルーシュ自身、自分が男にも女にも好かれる外見であるという自覚がないために、かなり、居心地が悪いようだ。
とりあえず、この人がたくさんいる通りからは抜け出したい。
そして…ずっと行きたくて…行けずにいた場所を答えた。
「……動物園…」
ぼそっとルルーシュがジノに答えた。
そう答えるルルーシュにジノは一瞬目を丸くする。
「え?」
ジノの反応にルルーシュは慌てて言葉をつなげた。
「あ、いや、別に…いいんだ…。ジノさんの行きたいところで…」
慌てて言葉を訂正しようとするルルーシュを見て、ジノは優しく微笑んだ。
「いいよ…行こうか…。動物園…」
結局、ルルーシュの希望通り、二人は動物園に来ている。
平日の夕方ともあって、人はまばらである。
ルルーシュは動物好きではあったが、体の弱いナナリーの近くに動物を寄せる事は好ましくない事だったので、いつも、写真などで楽しむしかなかった。
動物園にも、遊びに来た事があったが、いつも翌日にはナナリーは熱を出していたので、いつの間にか足が遠のくようになっていた。
ルルーシュは久しぶりの動物園に…意外な形で来る事になって、最初は戸惑っていたが、そのうちに、好きな動物の前に来ると、食い入るように見つめていた。
アッシュフォード学園の制服姿の美少女と長身の美形のカップルが傍目には仲睦まじく見えている。
―――こうしてジノと歩いていると、本当にいい家の生まれで、育ちの良さが行動に表れている…
とルルーシュは思った。
きっと、王子さま…と言うのは、こう云う人の事なんだとも思う。
でも、今のルルーシュには…
そんな風に思うと、やっぱりため息が出てきてしまい…。
「ルルーシュ、あっちに君とよく似ている動物がいる。行ってみないか?」
ジノはため息をついたルルーシュに声をかける。
決して、スザク達の事は話さないが、それでも、彼なりに気を使ってくれているようだ。
「私に似ている?」
「ああ、凄くよく似ているよ…」
ジノがそう言ってルルーシュの手を引っ張り、その動物の前まで半ば、駆け足でその動物の前まで移動する。
そこにいたのは…
「黒豹…」
ルルーシュはあからさまに不機嫌に呟いた。
そんなルルーシュを見て、ジノはにっと笑った。
「だって、ルルーシュ、すっごい警戒心強くってさぁ…。カラーで行けば黒のイメージが強いし…。最初は黒ネコかとも思ったんだけど…」
カラカラ笑いながらジノが解説する。
「……」
流石にウサギとか、リスの様なかわいらしい動物のイメージはないだろうなとは思ってはいたが…
ここで来たのが黒豹とは…
人を見る目は確かなジノが云うのだ。
周囲の人間はルルーシュに対してそんなイメージを抱いているのだろうか?
そんな風に思えてしまう。
「別に外見だけじゃなくてさ…。黒豹って、突然変異で生まれてきた異質な豹なんだ。で、その目立つ身体の色の所為で非常に警戒心が強い…。そして、とても強い…」
「私は突然変異か?」
ルルーシュが憮然としてジノに尋ねる。
「いや、食いついて欲しかったのはそこじゃないんだけどな…。君は、凄く強い人間だ。まだ、幼いが、とても強い…」
ジノが真剣な目になって話し始める。
まだ中学生のルルーシュには強い女なんて、男にしてみればそんな女は御免だと思われるんじゃないかと考えている。
実際にスザクが選んだのもルルーシュのような強い女ではなく、かよわくはかなげなユーフェミアだ。
「そんなの、強い女なんて、男にしてみれば、邪魔なだけじゃないのか?特にあなたのように有能な方であれば…」
ルルーシュのそんな言葉にジノは目を丸くして、また、笑いだした。
「そう思うのは、まだまだお子様な…奴の夢物語だよ…。私は、同じ目線でものを見て、考えられる女性がいい。特に、組織のトップに立つのであれば、私はユーフェミアみたいなタイプよりもルルーシュみたいなタイプを選ぶ。本当なら、シュナイゼルもそう思うんだろうな…」
「なんだか、妙な買いかぶりだな…。私はそんな人間じゃない…」
ジノの言葉にルルーシュはしれっと答える。
自分はランペルージ家の令嬢と言っても、当主の後妻の娘…。
表向きには誰も何も言わないが、もし、ルルーシュが表舞台に立つとなれば、いい顔をしない親族は多い。
「私は家柄が欲しいんじゃないんだ。私は君の家柄ではなく、君自身を評価しているつもりなんだが…」
「それこそ買いかぶりだ。私はそんな人間じゃない…」
そう答えるルルーシュにジノはクスッと笑った。
―――やれやれ…このお姫さまは本当に自分の価値を知らない…
その後、ジノと食事をしてから家路についた。
なんだか、こんな話、マンガや小説じゃあるまいし、あり得ない…とも思う。
でも、ジノと一緒に話している間、ただ、落ち込んでいただけじゃない気がした。
これも、トップに立つ男の実力なのだろうか?
ルルーシュはそんな風に思ってしまう。
普通の女の子だったら、ジノにあんな風に言われていれば、心を動かされるのだろうが…。
と言うか、普通に堕ちるような気がする。
実際に凍りついていたルルーシュの心が、一人でいた時よりも、温かくなってきている気がする。
何より、あの男の前で涙を見せたのだ。
―――あり得ない…筈だったのに…
でも…
スザクの事が気にならなくなった訳じゃない。
今だってあの二人を見るのは辛い。
でも、ジノと遊び歩いて、自分の心に何か、変化が起きている事に…ルルーシュは気づいている。
気づいているからと言って、それが、スザクに対しての思いとは違う事も解る。
―――安心感…
そう、恐らくこれは、安心感…。
自分がそんな風に思えている事にルルーシュが驚く。
まだ、数回しか会ったことのない、しかも、義兄の婚約者の兄…。
あり得ない…あり得ない筈なのだけど…。
―――でも…あの男の傍にいる事は…安心出来る…。シュナイゼル義兄様と…同じ感じがする…
ルルーシュのスザクに対する気持ちは…多分、変わってはいない…。
今は、スザクにもユーフェミアにも会いたくない…
まして、学校ではあんな事があったのだ。
最初は…スザクの為…と、決めた事に対して色々疑問も不満も不安もあった。
今だって、迷いがないと言ったらウソになる。
それでも…相手がジノでよかったと…心の底から思う…。
「本当に…彼を好きになれれば…良かったのに…」
ジノの後ろ姿を見送りながら、小さく呟いた。
そんな切なさから涙が零れそうになる…。
―――私は…ずるくて…卑怯者だ…
安心感を得たのと同時に…芽生えてきた自己嫌悪に…ルルーシュは悩まされ続ける事になる…
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