ジノ=ヴァインベルクの申し出を受けてから1週間…。
ジノに『OK』の返事を返した途端、ユーフェミアは学校に来るようになり、学校内ではスザクと公認カップルとして接している。
どうやら、ジノは約束を守ってくれているようだ。
ルルーシュの表情は優れない。
スザクを守る為とは云え、こんな形になるとは…。
スザクは相変わらず、ユーフェミアには何の事情も聞いていない様子だ。
―――多分、これでいい…
ルルーシュは二人の姿を見て、そう思うようにしていた。
「ねぇ、ルル、スザク君とどうしちゃったわけ?いくら、ヴァインベルクさんとカップルになったからって、ルルが全くスザク君と話をしないなんて…」
そう話しかけてきたのはシャーリー=フェネット…中学に入ってすぐに仲良くなった同級生だ。
小学生の頃も同級生だった
その頃にはあまり話す事もなかったのだが、中学に入学してから話してみたら気が合った、女友達だ。
「な…何でも…ない…」
「何でもないって顔じゃないでしょ…。まぁ、いいか…。帰り、甘いものでも食べて帰らない?今日、部活休みなの…」
シャーリーが明るい笑顔でルルーシュを誘った。
ルルーシュも気分転換の為…と、言い訳して、頷いた。
本当は、もう、スザクとユーフェミアのツーショットを見ているのが辛い。
そう思っていても、途中まで方角が一緒なので、登下校中、二人の姿に出くわす事も多い。
ジノの申し出を受けた事…今になって早まったかも知れないと思うが、それでも、スザクが笑っていてくれるならそれでいい…自分の本音を押し殺し、そんな風に考えていた。
「そうだな…。たまにはいいかも知れないな…」
複雑な笑顔でシャーリーに答えた。
あれから、ジノからの連絡もないし、シュナイゼル達からも何を言ってくるでもない。
しかし、いつまでもこんな状態でいられる訳もなく…。
尤も、相手も大学生…中学生と遊んでいられるほど暇ではない筈だ。
そう思い直して、ルルーシュは席につき、授業の準備をする。
スザクとは、あれから一度も口をきいていない。
でも、多分その方がいい…。
スザクはユーフェミアと付き合っているのだ。
そこに、仮にも女であるルルーシュが割り込んでいく事の方がどうかしている。
それに、ユーフェミアはスザク以外と話しているところを殆ど見た事がない。
まぁ、事情を知るルルーシュは無理もないかと思う。
こんな、一般の中学にあまりに似つかわしくない存在で、正直、周囲もどう接していいのかが解らないのだろう。
ルルーシュもスザクと目を合わせようとしないし、スザクもルルーシュと目を合わせようとしない。
ルルーシュ自身、ジノとの約束を守ればいいのだと思っている。
そうすれば、スザクはユーフェミアと引き離されずに済む…そう思った。
シュナイゼルにも相談して、一応、婚約の件は、先延ばしにして欲しいと、頼んだ。
本当は、そんな事をしたら、シュナイゼルの立場にだって影響する。
それでも、ルルーシュはスザクを守りたかった。
ルルーシュの好きな、スザクの笑顔を守りたかった。
スザクは一般家庭の家で生まれている。
こんな、政略結婚などと言う話には無縁の家庭に育ったのだ。
そんなスザクをこんな、ドロドロしたところに巻き込んではいけない…それだけで、ルルーシュは必死だった。
自分に出来る事は全てやろうと考えていた。
その中の選択肢の一つが、ジノとの交際だった。
別に好きな訳じゃないし、相手も、多分、ルルーシュ自身と言うよりも、彼が見出したらしいルルーシュの持つ才能とやらだろう。
それならそれで気も楽だ。
そんな風に考えた。
感情込みの恋愛なんて…まっぴらごめんだ…そんな感じだ。
今回の事でつくづく思い知らされた。
そして、ルルーシュの初恋の相手であるスザクが不幸を背負い込むような恋愛劇を演じているのだ。
そして、ルルーシュも、その業を背負う形になっている。
そりゃ、恋愛に関して嫌気が刺してくる。
まして、大真面目にそう思っているのか、ルルーシュへの嫌がらせの為にやっているのか解らないが、嫌な事を連発してくれた。
あんな優しげな顔をしていて、怖いと思った。
ルルーシュは元々、それほど優しい顔として見られる事はない。
綺麗な顔だが、難しい顔をしている事が多いので、『クールビューティー』と陰で言われていた。
もちろん、ルルーシュはそんな自覚もないし、そんなつもりもない。
ユーフェミアに関しては、顔立ちがとても可憐で、儚げに見える。
それ故に、スザク以外の男子も、かなり気をかけているようだった。
しかし、女子からは決して好かれていない。
昼食はいつも、スザクと一緒だった。
そんなスザクを見て、ルルーシュは『友達を失くさないといいけど…』とまで心配したものだ。
そんな事を考えながらの生活の中で…
正直、二度と関わりたくないとさえ思ってしまった。
大体、両想いになっているのに、幼馴染のルルーシュへの嫌がらせと言うのはどういう了見だろう…。
素直に悩んでしまう出来事があった。
その日の放課後、帰り支度をしていたルルーシュに声をかけてきたのは…シャーリーではなく…
「あ…あの…」
ユーフェミアだった。
ルルーシュは今、一番顔を見たくない相手に声をかけられたのだ。
「何か?」
なんとか、自分の感情を押し殺そうとするが、どうしても棘のある返事しか返せなくなっている。
「私とスザクの事…」
「公認のカップルだろ?私があなた方カップルに何かしたか?」
こんな対応しか出来ない自分が嫌にもなるが、ルルーシュとジノとの間に交わされている約束の事を知らないから…だから仕方ない…そう思いつつも、嫌な対応しか出来ない。
「いえ…。その…色々とありがとうございました。」
そう言って、頭を下げる。
このお嬢様と言うのは、本当に世間も知らないし、人の心を知ろうとする事もしない…ルルーシュはそう思いながらも、スザクの為…そう思って、対応する。
「別に礼を言われる事は何もしていない。私に礼を言う前にスザクに謝れ…。そして、きちんと、事情説明くらいしてやれ…。なんで、当事者のスザクが知らなくて、無関係の私が知っているんだ!?」
そう一言言うと、ユーフェミアが泣き出し、謝り始めた。
「ご…ごめんなさい…」
その様子を見ていた、まだ教室に残っていた生徒たちが注目する。
泣きたいのはこっちだ…と思うが…。
明日から、このクラスに居場所はなくなりそうだな…そんな風に思うと、ため息もつきたくなる。
「スザクにも、そうやって、泣いて謝ってやれ…。もう、私を巻き込むな!自分の家の権力も知らないまま、一般人を巻き込んで…あなたは自分が何をしているのか本当に解っているのか…?」
そう言い捨てて、ルルーシュは自分のカバンを持って教室を出た。
もう、冗談ではない…と言う気持ちを抱えながら、さらに表情が暗くなる。
明日からは、あのクラスに自分の居場所はなさそうだ…そんな風に思いながら、シャーリーとの約束も吹き飛んでいた。
ルルーシュは自分もあんな風に可愛らしく泣く事が出来れば、スザクと相思相愛になれたのだろうか?と考えてみるが、自分で、一番嫌いなタイプの女にならなくてはならないと思うと、答えは一瞬で出た。
もう、どうでもよかった。
明日からの学校、正直気が重い気もするが、どうしても耐えられなければ、来なければいい…。
別に、学校の勉強をしていても面白い訳でもないし、元々、そう云う才能があったのか、一通り、説明を聞いてしまえば、テストで満点を取れるくらいの頭はあった。
校門まで一人、腹立ち紛れに歩いていた。
どうせ、スザクに告げ口するのだろう。
きつい事言われたと…。
そうやって、世の中を渡っていける彼女を、どう云う訳か羨ましいとも思わなかった。
と言うか、そんな女に惚れた男の為に自分は一体何をやっているのだろう…そんな風に思う。
好みと言うのは人それぞれだから…と思うが…。
「ルルーシュ…」
ふと声をかけられる。
ジノだった。
「どうも…。何かご用ですか?」
ルルーシュは不機嫌な表情を隠そうともせずにその声の主に尋ねる。
「つれないなぁ…。私たちは恋人同士だろ?」
「ええ、契約の上に成り立っている…」
ルルーシュは自分の本心を全く隠さずにジノと接する。
正直、今は誰と喋ってもこんな感じになってしまいそうである。
あからさまに不機嫌なルルーシュにジノがぽんと肩を叩いた。
「君は、私と約束した。だから、私は君との約束を守っている。彼もユフィも幸せそうだろ?」
確かに…腹が立つほど幸せそうだ。
スザクは多少、何かを思うところはあるようだが、それでも、ユーフェミアと一緒にいる時には、幸せそうに微笑んでいる。
みているのは正直、辛かった。
何も知らないままの方がいい…スザクにそう云ったのはルルーシュだ。
何も知らないまま笑っていればいいと…。
それで、ルルーシュは自分が救われると思った。
でも、実際にはそんな小説のような話にはならない。
二人で笑い合っている姿を目の当たりにし、自分の中では、『何も知らないくせに!』と心の中で二人を罵倒している自分もいて…。
自分が凄く醜い人間になったように思えて、辛かった。
いっそ、二人ともどっかの学校へ転校してくれればいいのに…とさえ思う。
そんな風に考えてしまう自分が嫌だったし、自分の決めた事を後悔するのも初めてで…自分の中で何が起きているのかが解らなくて、不安になる。
「ルルーシュ…君は優しい子だね…。ごめん…付け入るような真似をして…でも…」
ジノは、とにかく、優しくルルーシュに声をかけている。
何を考えているか解らない…。
でも…
確かに…
どこまで本当で、どこからが嘘なのか…いまいち掴めない。
それでも、今聞こえてくるジノの声は、今のルルーシュには優しく聞こえた。
「っく…」
その場に立ち尽くしていたルルーシュが…ふと…涙を見せた。
今まで、ずっと、耐えてきたものの糸が切れた感じだった。
「ルルーシュ…」
下を向いたまま、ただ涙が流れてくるルルーシュの頭を、ジノはただ、優しく撫でていた。
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