私が、幼馴染のあいつを気になりだしたのは…中学の入学式…。
小学生の頃のやんちゃ坊主の姿が…いきなり、ネクタイを締めた制服姿になって…。
ずっと、ただ、一緒に笑っていられれば良かったのに…
でも、そう意識した瞬間、私の中の何かが、それを許さなくて…
ドキドキしていて…何だかよく解らなくて…
あいつの一挙手一投足が…気になって…。
素直に自分の気持ちを言えれば、少しは違ったのかな…
自分の気持ちに素直になれていれば…少しは違ったのかな…
こんな感情は初めてだった。
他人の性格が羨ましいと思うなんて…
自分が、ああいう女の子だったらなんて思うなんて…
私はあいつの幼馴染…
それだけ…。
でも、私の中では…
そう云えば、誰かが言っていた…
初恋と云うのは実らないものだと…。
要するに、私と一緒にいて、あいつは幸せになる事はない…そう云う事…。
なら、私は…どうしたら、あいつを幸せに出来るんだろう…。
誰かに恋をするって、その相手の幸せを願う事。
自分と一緒にいて幸せでいてくれるならいい…。
でも、あいつと一緒にいてあいつを幸せに出来るのは…私じゃない…
なら…私に出来る事は?
その人が幸せなら、自分は幸せ…なんて、そんな陳腐な事は云わない。
でも、ただ、私は…あいつに笑っていて欲しかった…
これは、私の初めての恋の…悲しい…失敗談…
桜舞う校門をルルーシュとスザクが潜り抜けた。
風が少し強くて、桜の花びらが舞っている。
「ルルーシュ…お前、スカートなんて殆どはいた事ないからな…。大丈夫か?」
1か月前より、大人びた雰囲気を醸し出し、スザクが幼馴染のルルーシュに声をかけた。
初めて見た、ちょっと大人の顔をした幼馴染…。
「へ…平気だ…。私だって、スカートをはいた事くらいはある!」
そう云いながら、ルルーシュはスザクを睨んでいるが、実際のところは、足はすぅすぅするし、膝の周りをひらひらまとわりついて、落ち着かない。
「あ、みんな、ルルーシュ見てるな…。黙っていれば、お前、ホント、綺麗だからな…」
「なんだよそれ…。別に私は…」
そう云いながら、周囲を見ると…確かに視線が集中しているのが解る。
人に注目される事は好きじゃない。
出来れば目立たないようにしたい…。
でも、ルルーシュのその、整った顔立ちは嫌でも周囲の目を引いてしまう。
ルルーシュは赤くなって、下を向いてしまう。
「ルルーシュは…俺にとって、自慢の幼馴染だな…。こんなに綺麗で、頭がいい幼馴染って、そうはいないよな…」
そう笑いながら、スザクはルルーシュに言った。
―――幼馴染…
その言葉にルルーシュは今までに感じたことのない、寂しさと切なさを感じた。
なぜかはよく解らないけれど…でも、何だか、切なくて…
スザクの幼馴染である事が嫌な訳ではない。
むしろ、一緒にいた時間はとても楽しかった。
ふざけてじゃれあって…そんな風にずっといられたら…なんて、心のどこかで思っていた。
でも、時間は、残酷に流れていく。
ルルーシュもスザクも、お互いが女であり、男であるという事実を受け入れる時が来たのかもしれない。
クラスの編成表を見る。
「あ、ルルーシュ…俺と同じクラスだ…」
そう云って、スザクが自分の名前のあったクラスを指差した。
「D組か…」
ルルーシュがそう云った時、後ろから誰かがぶつかってきた。
「?」
ルルーシュが振り返ると、長い髪をした女の子がその場に転んでいた。
「君、大丈夫?」
最初にそう声をかけたのはスザクだった。
スザクのその行動に、ルルーシュは目を丸くした。
相手が女子であっても、ルルーシュにはした事ない接し方だった。
「あ…ごめんなさい…。私ってば、ちゃんと前を見ずに走ってしまっていて…」
そう云って、彼女が立ち上がろうとすると、さっとスザクがその女の子に手を差しのべた。
「大丈夫?立てる?」
そう云うスザクにその女の子はニッコリ笑って、スザクの手を取った。
「ありがとう…えっと…」
「枢木スザク…。君は?」
「私は…ユーフェミア…。ユーフェミア=ヴァインベルクです…」
ルルーシュはそんな二人のやり取りをただ、黙って見ている事しか出来なかった。
―――こんなスザク…私は知らない…
このようなスザクを見て、ルルーシュは何となく、スザクとの距離を感じた。
そして、同時に…自分は女であり、スザクは男である…事に気がついた。
スザクの事は何でも知っていると思っていた。
ずっと、一緒にいたから…。
でも…あの、ユーフェミアと云う女生徒に見せたスザクの顔は…初めてだった。
なんだか…目の前が…真っ暗になった気がして…
―――ドサッ…
その場に倒れた。
入学式までの間、ルルーシュは体の弱い妹の看病と、家を留守にしがちな親の代わりに家事の一切を取り仕切っていた。
そんな中、入学の準備などが重なり…そして、目の前で繰り広げられた出来事と、自分の気持ちに気づいてしまったショックで…
「ルルーシュ!」
ルルーシュを呼ぶスザクの声が…本当に、本当に遠くで聞こえた気がした。
ルルーシュがふと目を覚ますと、見知らぬ天井を見ていた。
「気がついたか…」
デスクにかけていた養護教員が声をかけてきた。
「私…」
「ルルーシュ=ランペルージ…お前は貧血で倒れたんだ…。まったく…入学式早々倒れるなんて…どんな生活をしているんだ…」
呆れたようにその養護教員が言う。
「す…すみません…」
上半身を起こし、ルルーシュは目の前の養護教員に頭を下げた。
「私は、ここの養護教員のヴィレッタ=ヌゥだ。お前らの年頃になると、極端なダイエットで貧血を起こす奴が後を絶たない!お前はそんな細い体をしていて、まだ痩せたいのか?」
「あ…いえ…別に…ダイエットをしていた訳では…」
そう云いかけた時、保健室の扉をノックする音が聞こえた。
「あの…ルルーシュは大丈夫ですか?」
そこから顔を出したのはスザクだった。
「ああ…さっさと教室へ連れて行ってやれ…。それと、お前も自分の彼女にこんな極端なダイエットをさせるな!」
「へ?彼女?」
スザクが驚いてヴィレッタに聞き返した。
そんなスザクの、些細なセリフにも何かが引っ掛かった。
―――チクッ…
ルルーシュの胸にまた、何かが突き刺さった。
さっきから、ルルーシュの頭の中がおかしくなったのかと思えてくるほどにルルーシュの知らない感情が生まれてきている。
ルルーシュはスザクの彼女じゃない。
ルルーシュはスザクの幼馴染…。
そんな事は解っている…
でも…
「先生…ありがとうございました。もう平気なので、教室へ行きます。」
そう云ってルルーシュはベッドから降りて、保健室を出て行った。
ルルーシュは保健室にスザクを置いたまま廊下を足早に歩いた。
校舎の見取り図は暗記済み…
スザクの案内など必要ない…
そう思いながら、今はスザクと顔を合わせたくなくて…
何だかよく解らないけれど…イライラして、どうしていいか解らなくて…
―――そう云えば…あんなスザクも知らないけれど、こんな私も知らない…
「待てよ…ルルーシュ…」
そう云って、後ろからスザクはルルーシュの肩をつかんだ。
「さっきからおかしいぞ…俺、何かお前にしたのか?」
「何の話だ?別にいつもと変わらない…」
明らかに自分の口調がイライラしている事は解る。
でも、なんでそんな風になっているのかもよく解らない。
ただ…あの、ユーフェミアと云う女生徒とスザクのやり取りが…よく解らないけれど…切なかった。
見た感じ、ルルーシュとは正反対な感じだった。
素直そうで、ふわふわしていて…
ああいうタイプなら、スザクも、ルルーシュに見せた事もないような態度を見せるのか…と、心の中で思った。
多分、自分にはまねできない…
あんな風に、ふわふわとスザクに笑いかけるなど…
素直に、『ありがとう』と云う事も…。
こんな時、自分のプライドの高さが嫌になる。
気の強さが疎ましい。
ガラっ…
勢いよく教室の扉を開いてしまった。
教室の中ではがやがやとみんなが騒いでいたが、勢いよく開いた扉に、教室内の視線がルルーシュに集中した。
「!!」
何となく居心地が悪い…。
勢いだけで扉を開いて、クラス中の視線を集めてしまうなど…。
ルルーシュは下を向いて、恐らく自分のために空けられていたのであろう席に着いた。
そして、ただ、そのまま、下を向いている事しか出来なかった。
そこへ、一人の女生徒が声をかけてきた。
「あの…先ほどはすみませんでした…。後ろからぶつかってしまって…驚いたでしょう?」
さっきの長い髪の少女だった。
本当にふわふわした雰囲気で、誰からも好かれそうな…そんな感じだ。
「いや…こちらこそ、いきなり倒れて驚かせてしまってすまなかった…」
下を向いて、小さく返す事しか出来なかった。
本当は、今の自分を誰にも見られたくない。
まして、ルルーシュが嫉妬している相手になど…
「ランペルージさんですよね?私、ユーフェミア=ヴァインベルクです。よろしくお願いします。」
そう云って、ユーフェミアはルルーシュに対して右手を差し出した。
ルルーシュはあまり気乗りもしなかったが、しぶしぶ右手を差し出した。
「ルルーシュ=ランペルージだ。よろしく…」
その後、一言も声を発する事も出来ずに再び下を向いた。
ルルーシュにとって、多分、この少女の持つ光が眩しすぎた。
多分、これは嫉妬…
認めたくない…
嫌だ…
そんな思いを抱えて、後から入ってきたスザクと目を合わせる事もなく、初めてのホームルームを迎えた。
やり場のない自分の気持ちに…ただ…翻弄されながら…
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