星刻は目の前でにやりと笑って見せたブリタニアの皇子に…ただ、驚く事しか出来なかった。
どう見ても、まだ、『子供』の域を超えていない少年だ。
そして、祖国である中華連邦の大宦官たちは、そんな相手に喧嘩を売った事を理解しているのか…
それとも、ちゃんと切り札を持っているのか…
少なくとも、星刻の見た印象では相手は子供…
しかし、とんでもない子供を相手にしていると…そう感じている。
「納得して貰えて…良かった…。で、黎星刻…貴殿の答えは…?ちゃんと、『Yes』か『No』かで答えて貰いたいのだが…」
ルルーシュが長身の星刻を…車椅子に腰かけた状態で見上げる。
そして…星刻は…
「私がどれほど頭をひねってみても、恐らく、それ以上の光を見いだせる策は見つからない…。ルルーシュ総督…あなたのその策にかけたいと思う…」
そう答えた。
直後、こうも付け加えた。
「ただし、成功するまでは貴様と私は対等だ…それでよろしいか?」
「ふっ…私は何も、貴殿を配下に置きたいと考えている訳ではないし、正確には、シュナイゼル宰相の配下になる…と云う事になると考えるのが妥当だな…」
「シュナイゼルの…?」
「ああ、この策にはそこにいる、紅月カレンの協力も必要だ…。そして、彼女が納得してくれなければ意味がない…と云うか、この策に着手する事さえできない…」
ルルーシュの言葉に、星刻は納得したような表情をするが、そこで突然名前を出されてしまったカレンは怪訝そうな顔をする。
「ちょっと…私、スザクから何の話も聞いていないんだけど!」
カレンが少し怒りを込めた声でルルーシュに食ってかかる。
そんな、今にもルルーシュに掴み掛りそうなカレンをスザクが腕を上げてカレンの動きを制止する。
「待て…カレン…。俺がお前に話さなかったのは、彼の意思が重要だったからだ…。恐らく、お前なら今回の策、賛成してくれると俺が判断したから、伝えなかったんだ…。別にカレンがそんなに緊張しなければならない事じゃない…」
スザクの言葉に、カレンが少しだけ緊張を解いた。
しかし、目の前にいる、少年総督に関しては…色々な思いがある。
―――シンジュクゲットーでの『リフレイン』の事件の時も…
客観的にみれば、確かにルルーシュの云っていた事は正しかった。
結局、結果的に、ルルーシュがレジスタンスグループの力を使わず、自分の配下の戦力のみで解決すると決めた。
そして…残された結果は…
―――あのビルに立てこもった人間…殆どが殲滅…。中華連邦からのとんでもないナイトメアが投入されて、日本人は勿論、ブリタニア軍にもたくさんの犠牲が出た…。もし、あの時…こいつの云う通り、全員を捕らえていたなら…結果は多少…違ったのかもしれない…。少なくとも、あのビルで殺される女性や子供は…いなかった筈…
そう考えた時、カレンは、あの時の中途半端な自分の中の安っぽい正義観を悔やんだ。
そんな事を考えて、カレンが辛そうな顔をしていると…
「紅月カレン…別に、あの時の様に丸腰の人間を無理矢理捕まえるような真似はさせない…安心しろ…」
ルルーシュのその一言に、カレンは胸に何かが突き刺さる。
結局、ルルーシュの中でカレンは…否、カレンたちはそう云った評価をされていると云う事だ。
あの後、レジスタンスグループのトップにいる藤堂が『キョウト六家』の桐原に呼び出された。
その時には、相当桐原にもきつい事を云われたらしい事を知った。
そして、『キョウト六家』としては協力体制を崩さないと云う証の為にルルーシュの花嫁候補に『皇神楽耶』を差し出したと云う…。
確かに…ルルーシュの内政面は非常にうまく行っていて、ブリタニア人は勿論、日本人の生活もかなり変わっているのだ。
少なくとも、シンジュクゲットーで出会う、武器を持たない日本人たちは、ルルーシュが総督になった事を喜んでいた。
そして、『リフレイン』の事件の時にはルルーシュに期待していた日本人さえいた。
シンジュクゲットーでは結構深刻な状態だった。
ブリタニア軍の出入りも激しく、また、日本人も数多く住んでいる街だ。
ある意味、色々な犯罪行為をするには非常に便利なところでもあるのだ。
元々、シンジュクは日本の首都であったトウキョウの中でも様々なものが行き交っていた。
人、物、情報…
その名残がまだ残っているのか、シンジュクは相変わらず、情報を得るにはもってこいの場所だった。
だから、スザクもレジスタンスとして動く為に選んだ場所でもあった。
「あの時の事は…私個人としては…あなたに申し訳ない事をしたと思っているわ…。確かに…私たちがやっていた事…あなたの云う通りだったもの…」
カレンはまず、ずっと心の中に引っかかっていた者を取り除こうと、まずその言葉を出した。
ルルーシュがあのような言葉を出してくれなかったら、きっと、チャンスを逸していたとは思うが…
ただ、あの時の事は、カレンも自分で色々と思うところがあったし、反省すべき点などがあったと…自分なりに考えてはいたのだ。
「そんな過去の話はどうでもいい…。今は、あの時から続いている問題の延長線にいる事は確かだが、そう云った失態をほじくり返している暇はないのでな…。紅月カレン、とりあえず、君の実家である、シュタットフェルト家の事を説明しなければなるまい…」
ルルーシュが冷静にカレンに向かって告げた。
余りに冷静で、余りに落ち着いていて…色々考えていた自分自身がなんだかバカみたいに思えて来るのだが…
それでも、時間がないと云うのは確かにその通りなのだろうと云う事は、ここに集まっているメンツを見ていても解る。
反論したい事、云いたい事はかなりあったが、とりあえず、今は黙っておく事にした。
「シュタットフェルトの?私としては…別にどうでもいいんだけど…」
カレンがそう答えると、ルルーシュが『やれやれ』と云った顔をする。
確かに、カレンがシュタットフェルトの家を嫌っていた事は事実だし、彼女がその家の名前を名乗ったのを見た事がない。
「否、今回の件に関してはそこから説明しなくてはならないのだ…。とりあえず、シュタットフェルト伯爵は…彼自身が処罰される事となった。今回の策が決まるまでは、まだ、そこまで決まっていなかったのだが…」
ルルーシュの言葉にカレンがピクリと眉を動かした。
「あんたたちの…策の為に…シュタットフェルトの名前を使うの?」
「まぁ、使うと云えば使う事になるな…。別に君は紅月カレンと云う人間でいたければいればいい…。それでも、家の名が残っていると云う事は…誰かがその家の名を継がなくてはならない…そう云う事だ…」
ルルーシュの言葉に一番早く反応し、少し理解したのは…星刻だった。
「ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア!まさか…」
星刻の反応にルルーシュは笑みを見せる。
「流石…貴殿は頭がいいのだな…。まぁ、恐らく貴殿の考えている事と、私がこれから云おうとしている事は一致している…。私の策はジノから聞いているのだろう?その形をとれば…貴殿の大切に思う、あの少女を…手元に置いておく事が出来る…」
ルルーシュの言葉に、星刻がなんと云っていいのか解らないと云う表情を見せる。
確かに、星刻が考えている通りであれば、星刻が生涯使えると誓った少女を、自分の手で守る事が出来る。
しかし…
「しかし…天子様のご意思は…」
「彼女自身、そのつもりでここに来たのではないのかな?私としては、これ以上の良策が思いつかない…。確かに複雑な思いはあるかもしれないが…」
ルルーシュのきっぱり言い切ったその態度に…星刻自身も、確かにそれ以上の策は思いつかない。
どの道、天子が中華連邦に帰ってもまた、傀儡としてあの、腐った大宦官たちに利用されるだけ…そんな事は解っているのだ。
「ちょ…ちょっと…私だけ何も知らないで来ているってことなの?ちゃんと説明しなさいよ!」
カレンが業を煮やしてそこで怒鳴りつけるように口を出した。
「ああ、済まないな…。紅月カレン…否、敢えて、カレン=シュタットフェルトと呼ぼう…。黎星刻をシュタットフェルト家の養子とし、シュタットフェルト家の名前を彼が継ぐ…。それが私の考えた策だ…。確かにそなたの父はシュナイゼル宰相を裏切ったとして処罰されたが…シュタットフェルト家の名は残る。そんな形になってしまったら、そなたがシュタットフェルト家の当主となる事になる…」
ルルーシュの言葉にカレンがギョッとした表情を見せた。
流石にカレンとしてもそれは勘弁して欲しいと云う思いがあるのだろう。
ブリタニアの場合、男でも女でも家の名を継ぐ事に対して日本ほどのこだわりがない。
必要であれば、女がその家の当主となるし、皇家だって、皇女も皇位継承者の一人に数えられている。
「冗談じゃないわよ!私は紅月カレンよ!」
「解っている…だから、これは君にとっても悪い話ではないのだと私は信じているのだが?」
ルルーシュのその言葉に…カレンも少し落ち着いたのか…一度、大きく深呼吸して、ルルーシュを見た。
「本気なの?」
「こんな事、ウソついてどうする?これは、シュナイゼル宰相閣下とも話し合って決めている。後は当人たちが承諾するか、しないかだけの話…。それに、中華連邦にまだまだ不穏な動きがあるからな…。ナイトオブテンであるルキアーノ=ブラッドリーに色々調査させているが…どの道、中華連邦との衝突は避けられそうにない…」
ルルーシュがそこまで云った時、星刻がぐっと唇を噛んでいた。
彼は、大宦官たちに煙たがられていたとはいえ、有能な武官だ。
そう云った内事情の事も詳しいと思われる。
その星刻の表情はそれを顕著に表していると言えよう。
カレンはその衝撃的な発案に…色々と考えてみるのだが…
「一応、中華連邦に亡命した主だった日本の中枢にいた連中は捕まったんでしょ?そいつらの話も加味されているの?今回の策って…」
カレンが静かにルルーシュに尋ねる。
ルルーシュもカレンの飲み込みの速さに多少感謝しつつうっすらと笑みを浮かべて頷いた。
「勿論だ…。どの道、中華連邦の幼い国家元首が私の側室になろうと、正室になろうと、それはあくまで時間稼ぎにすぎないからな…。色々調べてみると、『天子』とは、国の象徴…シンボルみたいなものだと云う事は解った。そして、そのシンボルは常にシンボルでしかない…。つまり、『死』と云う儀式が終われば、その時、それまでの『天子』は用済みとなり、新しい『天子』が置かれる…。乱暴な云い方をすれば、生きている綺麗なお人形…と云ったところか…」
ルルーシュの云い回しに星刻の表情は怒りを浮かべるが、実際に中華連邦ではそう云う事になっている。
仮に、今の天子がルルーシュの花嫁にも、そして、その後来る、高位の貴族の花嫁にもなれずに中華連邦に帰ったりしたら…
だからこそ、星刻はここに自分が仕える天子がいる事に…怒りを覚えた…
それは、ブリタニアに対してではなく、祖国を巣食う大宦官たちに対して…だが…
ここでいくら、ルルーシュの云い回しが気に入らないと怒ってみても、現実はその通りだし、現実を変えない限り、星刻は守りたい者を守る事も出来ないのだ。
「シュタットフェルト家であれば…まぁ、中華連邦側も、納得は出来なくとも、妥協はできるだろう?ブリタニアの植民エリアであるこの『エリア11』でテロリストたちへのほう助を行っている事が明確となっている訳だからな…」
ルルーシュの言葉は…一つ一つがその通りで、逆に悔しいと思えてしまうのだが…
カレンの表情を見ながらルルーシュは更に言葉を続けた。
「もし、彼にシュタットフェルトの名前を継いで貰う事となれば、そなたは『紅月カレン』としていられるし、一人の幼い少女を救う手だてもできる。勿論、シュタットフェルトの爵位を継承すると云うことで、彼は黎星刻のままで居続けられる事は、この、神聖ブリタニア帝国第11皇子、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアが約束しよう…」
ルルーシュの言葉は…決して曲げられる事はない。
そう思えた。
寧ろ、『他に策があるなら聞いてやるから云ってみろ…。そっちの方が良策であればそっちに乗ってやるぞ…』と云われている気がする。
「もう…それ以上言わなくてもいいわよ…。私に異論はないわ…。どうしてもあの家が残らなくてはならないと云うのなら、私は継ぐ気はないわ…。そして、お兄ちゃんも…もういない…。だったら、別に私はあの家の名前にこだわってないし、と云うかむしろ邪魔だと思っていたから…」
カレンが素直にそう告げる。
カレンのその言葉に…ルルーシュの肩からも力が抜けたようだ。
「そうか…なら、交渉成立…と云っていいのかな?黎星刻、紅月カレン…」
「私にこれ以上の良策は思いつかない。可能なら、そちらにかけよう…」
「私は日本人よ…。ブリタニアの貴族の家の事なんて知らないわ…」
二人の言葉にルルーシュは改めてほっとしたのだった。
彼らとの話が終わり、自室へと戻った。
そして…現在ルルーシュは、ベッドの上で横になっている。
「ルルーシュ…お前一体何を考えているんだよ!ちゃんとケガ人だって云う自覚があるのか?」
その言葉を発したのはルルーシュの専任騎士である枢木スザクの説教だった。
部屋に戻って、ルルーシュがぐったりしていて…慌てて額に手を当てて…最早いつもの事と諦めているのか、それとも慣れが入って来たのか…落ち着いてルルーシュの身体を抱き上げてベッドに寝かせたのだ。
「まったく…急がなくちゃいけない用件だってのは解っちゃいるけど…それにしたって…」
「う…うまく行ったんだから…いいだろう…?別に…」
流石にぐったりしていて、身体の力も抜けていて…言葉に力がない。
シュナイゼルへの報告がまだだったが…様子がおかしいと察したライがスザクに対して
『いいですか?力ずくでも殿下をお部屋へお連れ下さい…。きっと、僕だと云い負かされてしまいますから…』
ライ自身、云い負かされると云うよりも、ルルーシュに対して強く出る事が出来ない…と云った方が正しいだろう。
いざと云う時にはとにかく、ルルーシュに対しても強い態度に出る事もあるのだが…
そこで、スザクがその役を引き受けたのだった。
「元々、うまく行くように仕組んでいたんだろ?あの星刻…相当驚いていたじゃないか…。と云うか、ルルーシュ…どんな育ち方しているんだよ…」
スザクがルルーシュの額に乗せていたぬれタオルをもう一度絞りながら尋ねる。
声の感じから…公務としてではなく、個人的な感情が入っている事が…なんとなく解った。
「別に…私は…」
相変わらず仮面を外そうとしないルルーシュに最近では苛立ちを覚える。
正直、この状況が続くのは結構辛いとさえ思う。
「ルルーシュ…俺さ…専任騎士って、主の物理的な安全さえ守ればいいと思っていた…。でも…今のルルーシュ見ていると…それだけじゃ…ルルーシュが…どんどん、身を削られて、壊れて行ってしまうような気がしてならないんだよ…」
スザクの言葉に…ルルーシュは一瞬驚いた表情を見せるが…
なんとなく、『流されるな…』と云う思いに駆られる。
「私の役目とは…そう云う役目だ…。人を束ね、統率する…それは、私自身の事を構っていたら…私の下に着いて来ている者を守る事が出来ない。私の下に着いて来ている者を守ると云う事は…確実に自分の策を成功させる事だ…。そこに私情を挟んで失敗させるわけには…」
ルルーシュがそこまで云った時、スザクは大きなため息を吐いた。
「そうじゃないよ…。作戦実行の時には勿論、ルルーシュは、上に立つ者としての仮面を被らなくちゃいけない…。でも、今は、そうじゃないだろ?ま、皇族にプライベートなんて殆ど皆無だろうけど…今はその状態に近い…。ここには俺以外に誰もいないし、誰も話しを聞いていない…。なのに…何故、『皇子』とか『総督』の仮面をつけたまま俺と話している?」
スザクの言葉に…ルルーシュは何かを感じた…。
しかし…それが何であるのか…今のルルーシュにはまだ…気づく事が出来ずにいたのだった…
copyright:2008-2010
All rights reserved.和泉綾