皇子とレジスタンス



守りたいと…願うもの…

 ジノが特派に着いた時…
そこにはロイドが星刻とシミュレータでテストしていた。
相変わらず、『不本意だ!』と云う表情の星刻だったが…
しかし、ルルーシュの花嫁候補として彼が忠誠を誓っている天子が現在、この『エリア11』に留まっている事を知り、特別脅されている訳ではないが…
それでも、ここで、下手に逆らう事は自分の主を危険に晒すと云う判断から、ロイドのシミュレータでのテストに付き合っている。
そして、星刻自身も非常に驚いていた。
中華連邦の技術とブリタニアの技術の違い…統治能力の違い…
正直、星刻は今、ブリタニアの為に目の前にいるロイド=アスプルンドの実験に付き合っている事に対して、あまり抵抗がない事だ。
天子に対しての忠誠は絶対だ…
天子がいなければ自分自身、ここまで、大人しくこんなブリタニアの為の実験に付き合う事はしていなかっただろう。
しかし、星刻は中華連邦の軍人であり、中華連邦政府から与えられた…否、預けられたナイトメアを駆っていたのだ。
だから、中華連邦の為に戦った…そう思っていた筈なのだが…
実際にやらされたのは、日本人の内紛の助っ人となり、矢面に立たされ、結局、何一つ守る事も出来ず、虜囚となった…
正直、日本へ出向けと云われた時には…中華連邦の大宦官たちが何を考えているのか解らなかったし、そこまでの発言権のない自分にひどく腹が立った。
それでも、それだけの騒ぎを起こしながら、ブリタニアに対して自国の国家元首を差し出そうと云う…余りに浅ましい性根の大宦官たちになんの言葉も出て来なかった。
ただ、そんな中、不幸中の幸いだと思えた事は…自分が忠誠を誓っている天子が…ブリタニアの第一皇子に差し出される訳ではなく、現在日本…エリア11の総督となった第11皇子の花嫁候補の一人…と云う事になった…と聞かされた事だった…
と云うのも、取り調べを受けていて…その時に星刻を取り調べていた取調官たちがよく教育されていた事に感心したからだ。
元々、星刻は天子に対して世俗的な感情を持ち合わせてはいなかった。
ただ…あの幼い国家元首に…笑顔を…そんな思いから…あの、下衆で野蛮な大宦官たちの私欲を満たすための道具にされる事だけは絶対に避けたい…
しかし、そんな星刻の思いは…星刻よりも遥かに中華連邦の中で権限を持つ大宦官たちの心証を悪くした。
だから…星刻を現在ブリタニアの植民エリアとなっている日本に送り込んだのだろう。
しかも、日本から亡命してきた澤崎達に騒ぎを起こさせ、その、騒ぎを起こしたメンツの中に星刻を加える…
最新鋭のナイトメア…
誰も扱う事の出来なかった孤高のナイトメアを駆っている人間を…制圧軍が黙って逃す訳がない。
それを見込んでの大宦官たちの策略だろう。
エリア11の現在の総督は…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…
あの、神聖ブリタニア帝国の次の皇帝の椅子に一番近いと云われる宰相シュナイゼル=エル=ブリタニアの一番のお気に入りの異母弟皇子…
たった15歳で世界に『黒の死神』と云わしめるような少年…
―――そんな相手に…たった一機のハイスペックナイトメアをぶつけたところで…何が出来ると云うのだ…

 今日も、ロイドのシミュレーションテストに引っ張り出され、現在もシミュレーターの中である。
そこへ…
―――シュッ…
ナイトオブスリーで、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの『ヴィ家』の数少ない後見貴族であるヴァインベルグ家の四男、ジノ=ヴァインベルグが入って来た。
「ロイド伯爵…」
「ヴァインベルグ卿…今日もシミュレーションテスト…付き合ってくれるんですかぁ?」
相変わらず、立場や身分を気にしない、ブリタニアの『伯爵位』を持つ、この施設の責任者…
「あ〜そうしたいのは山々なんだけど…ちょっと、殿下の御命令で…黎星刻を借りれるかな?別に体力消耗させるような事はしないし、話しが順調に進めば3時間まではかからないと思うけど…。ただ、こじれたら、いつ返せるか解らないけどね…」
ジノはジノでこれまた、公の場ではければこんな感じに話をする。
星刻はそんな目の前のやり取りに不思議な感覚を覚える。
確かに…現在このエリアの総督であるルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの母は、身分の低い母だとは聞いていたが…
こうした部分の規律がしっかりしているとはとても見えない…
でも、星刻を取り調べていたジノの配下の者たちは…非情に教育が行き届いていた…
そして、取り調べる時に、星刻が黙秘を続けていても…決していらついた様子を見せる事無く、しかし、どうすれば情報を引き出せるか…どうやって情報を引き出すか…しっかりと教育されていた。
毎日のように取調官が替わった。
確かにタイプの違う取調官が来たが…それでも確実に共通していたのが…『冷静さを保ち続けられる』取調官であったと云う事だ。
ジノ=ヴァインベルグはナイトオブラウンズであり、任地の駐屯軍や配備軍を使う事になる。
つまり、現在はルルーシュ=ヴィ=ブリタニアから与えられた人員を使って星刻の取り調べをしていると云う事になる。
しかし、星刻も余りに頑張っているから、いずれ、ジノの手からこの件が離れると云う。
ブリタニア軍に移送されたら、今度は、ブリタニア軍内の取調官によって、取り調べを受ける事になる。
本当なら、もっと前にそうなっていた筈なのだが…
星刻がロイドの眼鏡に叶い、現在もルルーシュ配下の者によって管理されているのだ。
しかし、それも、ここまで取り調べが進まなければルルーシュとしても自分の手から離して、ブリタニア軍に任せる方向へと移行しなくてはならないのだ。
確かに…総督として出来る事、やるべき事は他にもある。
あまり時間がかかるようなら、次に回す…それは至極当然であり、総督と云うのは、何も、テロリストの取り調べばかりやっていればいいと云うものじゃないし、総督の直属の配下が直接テロリストの取り調べをしていること自体、あまりない話だ。
基本的には、軍の方へ移送されて、そこで色々と調べられるのだ。
それでも、総督自身に何か、調べたい事があった…
そう云う事だ。
総督が花嫁候補の一人に刺されたと云う話は耳に入っているし、ともなれば、花嫁候補の一人になっている天子だって、色々と調べられるし、ここのところ緊張状態が続いている中華連邦からの候補だけに…気にかかる事は掃いて捨てるほど出て来る。

 星刻はジノを見た。
ジノの方はあまりに深刻そうな星刻の表情に少し困った顔をするが…
でも、それはある意味仕方のない事だ。
現在、星刻の立場とは、非常に不安定な状態だ。
そして…天子も…
それを考えた時、とりあえず、ジノの話を聞かなければ、もっと足元が危うくなる事は解る。
「ヴァインベルグ卿?ちゃんと返して下さいよぉ?ヴァインベルグ卿も、彼とのシミュレーションは楽しそうにしていたでしょう?」
実際にはそんな問題ではないのだが…
恐らく、この、変わった科学者も解っていて云っている。
「まぁ、彼次第…と云うところだよ…。ルルーシュ殿下が色々と考えて下さっている…。それを彼が蹴ったら…私にはどうにもできない…」
その一言をロイドに告げると、ロイドは『う〜〜〜ん』と唸っているが、実際に、その話次第と云う事は彼にも解っているらしい。
「黎星刻…ちょっと来てくれるか?一応、それによって、君と、君が『守りたいと願うもの』の未来が変わってくる…」
ジノの言葉に…星刻はキッとジノを睨んだ。
確かに、そんな云われ方をしてはそうされても仕方ない部分はある。
でも、ジノとしては、ここで喧嘩を売るつもりはなかった。
ただ…星刻自身がその相手に対する思いの大きさを知りたかった。
ルルーシュが…結果的に利用すると云う形にはなるが、星刻がそのルルーシュの策に乗って、その彼の『守りたいと願うもの』を本当に守れればいいと思うのは事実だ。
「勿体ぶらず…さっさと話してくれないか?ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの事は…少し話を聞いている…」
星刻がとにかく感情を抑えようとジノに対して話しを振る。
ジノの方も、星刻自身、冷静に話す事が出来ると…そう判断して、特派のテストルームから応接室へと向かう。
そして、星刻をソファに座らせる。
「星刻…君は…元々、あの中華連邦の幼い元首の護衛…だったのだろう?」
余りに単刀直入な質問に…星刻も面食らう。
しかし、ここで、ウソを云ったって相手も、解っていて尋ねてきている事だ。
「ああ…そうだ…」
星刻はその質問に素直に答える。
「まぁ、ルルーシュ殿下が色々調べたようだ…。あのシンジュクの件に関しては私はほとんど関与していなかったんだが…偉く、派手にやったらしいな…」
ジノが世間話でもするかのように話してくる。
普段、シミュレーションテストをしていても…こいつの言動に関しては色々と戸惑いを感じる。
「あの時…日本のカタセとクサカベを守る様に云われた…。私が命じられたのはそれだけだ…」
「で、あんなくだらない捨て駒になるのに…どんな脅され方をしたんだ?」
ジノのその一言に星刻がピクリと眉を動かす。
確かに…こんな尋ね方はないだろう…と云うのは客観的な見方だろう。
それでも、これは恐らく、ジノ自身のキャラクターなのだろう…
それに対して、特に気にする様子もない。
しかし…彼自身、流石にブリタニアの皇帝直属の騎士、ナイトオブラウンズと云う事だけはある…
その軽い言葉の裏には何かを隠し持っているように見えるのは…恐らく気の所為ではないだろう…

 ジノ自身、星刻がそうあっさり落ちるとも思っていない節がある。
いくら、腐った大宦官に牛耳られている中華連邦であるとは云え、星刻自身、その国を守るための軍人だ。
しかし、そのジノの予想はあっさりと崩された。
「天子さまを…お守りする為だ…」
ぼそっと星刻が呟いた一言に、一瞬、驚きを隠せなかった。
大抵、最新鋭の機体を与えられる軍人とは、国の為にどんな拷問を受けても口を噤んでいようとするものだ。
よって、色んな意味でほめられないやり方を強行する事さえあるのだから…
ただ、延々と驚いて呆けている訳にも行かないので、すぐにジノは思考を切り替えた。
「『天子様』…をね…。なら…ルルーシュ殿下の仰っている事に…耳を傾けて見る気はないか?」
ジノがそう返す。
ナイトメアのシミュレーションテストをしていても、強い精神を持っている者である事は解っていた。
そして、強い信念も…
恐らく、それは、今の言葉に凝縮された形となって表れていたのだろうとジノは考える。
「ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの…云っている事…?」
「ああ…まぁ、君が、その、『天子様』をどうしたいか…を聞いてから、この提案をした方がいいのかもしれない…が…」
ジノはもう一度、焦らしているのか、念を押しているのかよく解らない形で続ける。
星刻の方が少し焦れて来て、表情に少し、変化が現れる。
しかし、こんなところで、妙な言葉遊びをしていても仕方がない。
「私は…天子さまに…あの、魑魅魍魎の住まう朱禁城から…解放して差し上げたい…。あんな…魑魅魍魎たちの…私利私欲の為の…道具にされるお姿を…」
どうやら、この言葉は本当らしい…ジノはそう判断する。
恐らく、星刻自身、ここで一人で考えていても何もできないと判断したのだろう。
そして、時折耳に入る、このエリアの総督、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアと云う人間の話…
人間…そう呼んでしまうにはまだ、余りに幼いその皇子の話を聞いて…信頼するかどうかは別にしても…『取引』ならできるかもしれない…
星刻の中でそう判断する。
「そうか…なら…黎星刻…ブリタニアに亡命…する気はないか?」
ジノのその突拍子もないその言葉に…驚愕の色を隠せない。
「亡命…だと…?」
流石にそんな事を云われて落ち着いていられるわけがない。
大体、星刻がブリタニアに亡命してしまっては…
「そんな事をしたら…天子様が!」
「まぁ、最後まで話を聞いてくれ…。ちゃんと策はあるんだ…。少し、驚くだろうが…それでも、あの殿下はいつでも、突拍子もない事を思いつかれるから…」
そして、そこからジノはルルーシュの考えている『その先の話』を始めた。
最後まで話し終えた時…
「本当に…そんな事が出来るのか…?」
「まぁ、どう云う策を取るかまでは…私は知らないけれど…。でも、ルルーシュ殿下とシュナイゼル殿下がやれば…そのくらいはやると思うけれどね…」
ジノの言葉に驚きを隠せない星刻ではあったが…
ただ、このまま飼殺しにされるよりは…
そんな風に思った。
「解った…その話に乗ろう…。しかし…それまで天子さまを…」
「大丈夫だ…。彼女がいなければこの作は成り立たない事はルルーシュ殿下が一番よくご存じだ…。それに、日本の皇家の神楽耶姫と…仲良くされているらしい…」

 そうして、ルルーシュの執務室の前に、ライ、スザク、カレン、ジノ、星刻が揃った。
「どうやら…全員守備よく行った様ですね…」
ライがにこりと笑って告げた。
「ライも…話しがついたのか?」
「はい…流石に彼女をあそこから出してここに連れて来る訳には行きませんし…。恐らく、これで、この政庁の今回に関係する膿を出す事が出来ると思いますよ…」
―――コンコン…
ライが扉をノックした。
『入れ…』
中からルルーシュの声が聞こえてきた。
本当はまだ、安静にしなくてはいけないだろう状態なのに…ルルーシュを心配する騎士たちは苦笑するしかない。
そして、全員が思う。
―――こうなると…止められる人物はいないようだ…
と…
こんな無茶をしてくれる皇子の下で任務を果たしているこの時…
なんだか複雑な気分だ。
―――シュッ…
扉が開き、中には車椅子に腰かけているルルーシュとその補佐をしているジェレミアがいた。
そして、そこにいる人物たちを見て、ルルーシュが少し笑みを見せた。
「どうやら…うまく行ったようだな…」
ルルーシュがその一言を口にする。
「うまく行かなければ…どうなさるおつもりだったんですか?殿下…」
ジノが少し呆れたような声で尋ね返す。
「さぁ…どうするつもりだったのかな…」
完全に言葉遊びをしている。
そして、星刻が前に進み出た。
「ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア!お前…本当に天子さまを…」
必死の形相でルルーシュに掴み掛ろうとしているが…それをジェレミアが制止する。
「やめろ!貴様…殿下の御恩情によって…」
そんなジェレミアを今度はルルーシュが制止する。
「ジェレミア…よせ!私もかなり強引な手法を取っている自覚はある。うまく行けば、お互いに笑えるが…失敗すれば、私の方も色々面倒な事になる…」
「では…本気で…?」
星刻が更にルルーシュに詰め寄る。
そんな星刻を見てルルーシュは頷く。
「当たり前だ…。ただ…二人とも…『ブリタニア人』となって貰う事は…覚悟して欲しい…」
その言葉に…星刻はまだ、迷いがあると云った表情だ。
確かに…生まれた国の国籍を捨てる事になるのだ。
迷わない方がどうかしているし、迷わないとしたら、その人材について他に疑いを持たなければならない。
「それは…仕方ない…。今の状態では…天子さまは…結果的に…。だとするなら…私は貴様の可能性にかけようと…思う…」
「考える時間がなくて…済まないな…」
星刻の言葉にルルーシュがそう答える。
確かに…今回の件は早いところ決着をつけなければならないから…考える時間を与えてやる事が出来なかった。
しかし、星刻は…
「ちゃんと…時間の許す限りは考えた…。それに、この男が、全ての可能性を説明してくれたからな…。これも…貴様の仕込みか?」
星刻がそう尋ねると…ルルーシュはにやりと笑った。
そんなルルーシュを見て、星刻は…
―――末恐ろしい子供だ…。こんな子供が…ブリタニアにはいると云うのか…
そんな風に思っていた…

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