スザクは…久しぶりにシンジュクゲットーへと向かっていた。
ルルーシュの云っていた懐柔策…
確かに聞こえはあまり良くないのだが…それでも、必要以上に血を流さない為にはある意味必要なのかもしれないと思った…。
カレンも…スザクの知らない事だったとはいえ、ディートハルトにそそのかされてルルーシュを殺そうとして、捕まった。
しかし、ルルーシュは、その時、シンジュクゲットーで活動していたスザクのグループの者たち全員を解放した。
恐らく、政庁内ではいざこざがあったのは、スザクも覚えている。
何故、あの時一斉に捕らえられていたテロリストグループのメンバーが一人残らず地下牢から消えていたのか…
そして、誰が手引きしたのか、何を目的にしていたのか…
とにかく、何度説明をしても聞く耳を持とうとしない政庁職員もいた。
と云うのも、ルルーシュの掲げる政策に対して、よく思っていない者たちがいたからだ。
ルルーシュのやろうとしていた『エリア11』の統治は…とにかく、植民エリアとしてはあり得ないとも云える政策だった。
これまでブリタニアが行ってきた植民地政策とは全く異質なものだった。
総督就任の時には、『エリア11』と呼ばず、『日本』と…『イレブン』と呼ばず、『日本人』と呼んだ…。
植民エリアの総督の就任の際に、植民エリアの事を、ナンバーズの事をそんな風に呼んだ総督は前代未聞だった。
『エリア11』に着任したブリタニアの役人たちは、基本的に『ナンバーズ』と『ブリタニア人』は別の存在とし、差別はごく当たり前だったし、『植民エリア』の政策の中で『ナンバーズは差別されるべき存在』と、ごく当たり前に考えて、その地の統治を行っていた。
それなのに、ルルーシュは『ブリタニア人』も『ナンバーズ』も関係なく、自分に賛同し、実力のある者は、どんどん登用していった。
その究極が、ルルーシュの騎士を『イレヴン』である枢木スザクに据えた事と、シンジュクゲットーの治安維持に、枢木スザクが率いていたテロリストグループにやらせていた事だろう。
だからこそ、カレンを…シンジュクゲットーのテロリストを解放した後は大変だった。
結局、シュナイゼルが仲裁に入って、政庁職員側が、納得できないが、妥協すると云った形で話が収まった。
そこでまずかったのが、ルルーシュの政策はこの『エリア11』に暮らす『イレヴン』の多くに受け入れられ、しかも、生産力が向上し、このエリア全体の生活が改善されている。
生産力の向上と云う事は…当然、ブリタニア本国にも大きな利益を齎している事になる訳で…
元々、『植民エリア』への差別政策を進んで行ってきた者としては、色々と面白くはないし、下手をすると、自分の評価にも繋がっていく事になりかねない。
ともなると、あの時、本当なら、カレンたちを逃がしたルルーシュに対してはもっと糾弾しておきたかったのだろうが…
結局、ここまで結果が出てしまって…どう文句を付けていいのか解らない状態…と云うところだろう。
で、またも、やっている事が、自分を殺そうとした張本人の為に、過去に同じく自分を殺そうとした人間を連れて来て、懐柔しようとしているのだ…
―――そりゃ…政庁職員としては面白くにないだろうし、前総督と懇意にしていた執事長も…気が気じゃなかっただろうな…
スザクはそんな事を思いながら、現在、藤堂達が利用している彼らのアジトへと足を踏み入れた。
流石に、シンジュクゲットーで騎士服を着ている訳にはいかないので、白いシャツの上にGジャンとGパンと云う、軽い出で立ちで来ている。
彼らがいるであろう部屋の扉をノックした。
―――コンコン…
その音がした後、少しの間をおいて、中にいる人物が応答してきた。
『誰だ?』
一応、シンジュクゲットーの治安維持のフォローをしている立場であるとは云え、ブリタニアの為に働いているという意識のある者などいない。
相変わらず、『日本人』は『ゲットー』でしか生活できない現状に色々と不満を抱いているようだが…
それでも、以前と比べて『ゲットー』自体もそれほど暮らしにくいところではなくなっているし、現在の総督が、頑張っているという意識くらいは持ち合わせている。
「俺だ…久しぶりだな…」
その口調で、中の様子が少しだけ明るくなった事が解った。
確かに、彼らにとっては、今でもスザクがこのグループのリーダーなのであろうから…
扉が開いて、出てきたのは…こう云う時、真っ先にお祭り騒ぎをする玉城だった。
「おぅ…久しぶりだな…。やっとこっちの戻って来る気になったか?スザク…」
玉城は相変わらず、ルルーシュの事をあまり好きではないような口調でスザクに尋ねて来るが…
と云うよりも、スザクがルルーシュの方に云ってしまった事に対して微妙なヤキモチの様な感情を抱いているらしい…
「相変わらずだな…玉城…。残念だけど、俺は今のところ、ルルーシュの騎士をやめるつもりはない…。それに、ルルーシュが総督になって、随分生活が変わっただろ?」
玉城に『ルルーシュはお前が思っているような奴じゃない…』と言い聞かせるかのようにスザクが云いながら、苦笑した。
「今日は、カレンに頼みがあって来たんだ…。久しぶりにお母さんに会わせてやれるかもしれないしな…」
スザクがそう云いながら、この部屋の中にいたカレンに告げる。
「頼み?」
カレンがスザクの言葉に少なからず驚いたと云う表情を見せた。
何の連絡もなしにここに来て、いきなり『頼みがある』なんて云われれば当たり前だろう。
「ああ…ちょっと、政庁で…問題が起きたんだ…。カレンに…手伝って欲しいんだ…」
スザクの深刻そうな顔を見て、カレンが表情を変えた。
「何があったの?」
カレンがそう尋ねてきた時…スザクはここにいるメンバーを見た。
玉城、カレン、とは話しているが…ずっとやり取りを見ていたのは…扇と藤堂、ラクシャータ、そして、ディートハルトだった。
そして、スザクはディートハルトを見て、はぁ…と大きく息を吐いた。
「ディートハルト…その表情を見ると、既に話しは掴んでいるんだな…」
「まぁ…私もそれがあるからここに在籍していられますので…。スザク…私としては、ここから『chaos』が生まれてくれる事の方が有難いのですがね…」
ディートハルトの言葉に…こいつならそう云うと思っていたが…顔をゆがめてしまう。
「お前の考えている事は解るし、なんで、ここにいるのかも知っているが…裏切るような真似をするなよ?と云っても、お前の場合、裏切るも何もないな…」
ディートハルトの立場や考えている事を知っているだけにスザクとしても余りこいつに動いて欲しくない…と云うのは今の素直な気持ちだ。
ディートハルトの求めているのは、『安寧』ではなく、『混沌』と云う、スザクの求めている者とは対極のものだ。
世界を巻き込んだ『混沌』を求めている事を知っている。
だから、スザクの様な『義勇軍』の中にいれば、その『混沌』と『変革』を間近で見続ける事が出来るのだ。
恐らく、死ぬまでそれを追い求めて行く事は目に見えている。
正直、自分たちのグループにこの男を加えるのは…スザク個人としては賛成できなかったが…何故、グループに入れたかと云えば…彼のその能力の高さだ。
これまでにも鉄壁に守られているブリタニアの情報をどこで拾ってくるかは解らないが、必要な時に、必要な情報をグループに提供してくれていた。
このお陰で、命を救われた者もかなりいる。
だからこそ、選択に迫られた時に…この男を放り出す事が出来なかった。
確かにこの男はスザク達に様々な情報を持ってきたが…
逆に、このグループの情報も多くもっていた。
それこそ、中枢の部分まで…
情報戦に関して、スザクのグループの中でスペシャリストがいなかった。
だからこそ、ディートハルトに頼らざるを得なかったのだ。
ここに来て…不安が生じてきているのが…彼がスザクやルルーシュと同じ思いを抱いている訳ではない…それこそ、本当に利害の一致だけで繋がっていると云うことだ…
「ディートハルト…今のところは大人しくしていてくれ…。事と次第によっては…俺としてはあまり歓迎したくはないが…お前の好きな『混乱』が起きて来るから…」
ディートハルトはずっと、スザクの言葉を黙って聞いていたが…ディートハルトの中では、
―――ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの騎士となっているあなたがここに出向いて来ていると云う事は…これから先、面白い事が起きると云うことじゃありませんか…
と思っている。
だからこそ、ここでは、ディートハルト自身はスザク達の邪魔をするつもりはなかった。
「大丈夫ですよ…。今のところは私も退屈はしていませんから…。このゲットーの中でも、色々ありますしね…」
スザクの感情の動きが楽しいとばかりに笑いながらそんな事を云う。
確かに、『リフレイン』の事件以降、中々落ち着きを取り戻していない状態だ。
世界的とは云わないが…毎日、カレンたちも警戒態勢の中にいるのだ。
「スザク…カレンを連れて行く…とは…?」
扇が流石に事情も知らずにカレンを政庁に連れて行かれるのは困るのだろう。
実際に、ゲットーに入って行くときには、ゲットーの入り口のブリタニア軍には念を押して、『絶対に注意して下さい…。現在は我々もちゃんと把握できない程、荒れていますから…』と云われた。
そして、ここにいるメンバーに現在の政庁の状況を掻い摘んで話した。
正直、余りこんな話が広まると、日本全体の治安にも関わって来る。
今だって、安定してきたとはいえ、小規模なテロは相変わらず起きているし、それを全て潰しきる事も出来ずにいた。
人の数だけ人の思いと云うものがあると云うことだ…
―――桐原翁が余力を持って敗戦にした判断は…正しかったのか…間違っていたのか…
尤も、『キョウト六家』がこれだけの力を残す事が出来たのは、あれだけの余力があったからこそだ…
このブリタニアに占領された日本が、こんなに日本人にとって、安定とも云える生活が送れると思っていなかった。
確かに、差別はあるし、『日本』で会った頃の様には生活出来ている訳ではない。
それでも…『戦争に敗けた』国としては、これだけの環境があること自体…家畜扱いされる事なく、生産性を上げて、自分たちの生活も植民支配されているとは思えないほどの生活をしているのだ。
恐らく、他のブリタニアの植民エリアはこうはいかないだろう。
『植民エリア』であると云う事を認めた訳じゃないが、現在のところ、ブリタニアと戦ったところで自分たちにとっていい事はない。
確かに、民族としての誇り…と云う云い分も解る。
ここで暮らす人々だって、みんな、『日本人』としての意識はあるし、譲れないものだってある。
それでも、あの時の日本政府が『敗戦』を認めて、『無条件降伏』したと云う事は…あの時の日本政府には国を守るだけの力がなかったと思うしかない。
結局、余力を残した状態で『白旗』を上げて、占領地化してすぐに各地でテロが勃発した。
ブリタニア軍が日本に足を踏み入れたとほぼ同時期に…
そんな事をすれば、その時のブリタニア側の考えていた対応はどうあれ、それ相応の対応をしなければならないのは当たり前で…
終戦調停を済ませて間もなく、そんな騒ぎになってしまえば、当然、ブリタニア側としても放っておくわけにもいかない。
戦後と云うことで、当然、戦地となった場所治安も安定しないし、終戦調停が済んで、両国間の代表が平和条約を結んだ直後にんな状態では警戒も強くなって当たり前だった。
そして、桐原も…そんな状況となってしまった事は、彼の中でも突飛過ぎて困ったに違いない。
終戦直後にブリタニア軍が戦場となった地の治安維持を目的に入って来たと云うのに、そんな時にテロなど起こしていたら、確かに、不意打ちは出来るが、そんなものは、最初だけ、確かに多少のダメージを与える事は出来るだろうが…
どう考えても戦力の差は歴然の中、最高レベルの警戒態勢に入られてしまえば…
それこそ、子供の嫌がらせレベルの奮起しか出来なくなる。
そんな状況で、結局、とっととブリタニア軍は多くのナイトメアを投入、世界最大のサクラダイトの採掘地である富士山周辺は総督が指揮権を持つ事となった。
結局、最初にいらない事をしてしまったために、『義勇軍』の方も完全に引っ込みはつかないし、逃げ道もなくなってしまったのだ。
そんな状態から…ルルーシュが総督となって、これほどまでに治安が安定したのだ。
出来る事なら、ルルーシュが怪我をしてしまっている今、全て穏便にすんでくれる事を願いたい。
スザクの話を聞いて、その場にいた全員がそれぞれ表情を変えた。
「ねぇ…総督は大丈夫…なの?」
「命には別条はないし、今はもう、自由に動く事は出来ないけれど、ちゃんと仕事はしている。確かに…政庁内での争い事だ…と云われてしまえばその通りなんだけどな…」
カレンは、ルルーシュに対して、母親の事もあり、比較的、現在の総督に対しては好意的だ。
しかし、玉城の様に全ての話をすっ飛ばして、『日本』に拘る人間もいるのだ。
日本は『戦争に敗けた』と云うところから話を始めない事には、テロリストですらなくなる。
ただ単に、治安を引っ掻き回しているだけ…と云うことになりかねない。
「スザク…それが全て済んだら、カレンは帰って来るんだろうな?」
扇がやはり、カレンを手放す事になるのは痛手と思っているのか、心情的に手放したくないのか…その辺りは良く解らないが、カレンがちゃんとここに戻って来ると云う事に重きを置いているようだ。
それに、彼らの中にはそう云った形で連行された者が、拷問され、廃人になって帰って来た事が鮮明に思い出されるのだ。
ルルーシュが総督になってからはそんな事は一度もないが…それでも、トラウマの様に自分たちの心の中を巣食っている。
「大丈夫だ…。もう、カレンがルルーシュを殺そうとした事に対しては政庁の中で、『シンジュクゲットーの中での働き』を考慮した形で敵対さえしなければ身の安全は保障する。これは、『エリア11総督』である『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア皇子』が保証している…」
スザクが扇の目を真っ直ぐ見て、更に続けた…
「万が一、カレンに危害が加えられるような事になったら、俺が命に代えても、カレンとカレンの母親は救い出し、生きてここに帰す…。必ず…」
スザク自身、ルルーシュがそんな事をする事はないと解っているが…それでも、疑心暗鬼な表情をしている扇たちにはそう告げる。
「だぁいじょうぶよぉ…そんなに心配しなくても…あの、ボウヤ…そんな下らない事はしないわ…。あんたたちも…スザクのいないのに、自惚れたもんねぇ…」
中々険しい表情を崩さない扇にラクシャータが茶化す様に…でも、ウソは一切ないと云う表情と口調で告げた。
「スザク君…そこまで気にする必要はない…。あの少年総督は…ここにいるバカな大人とは違う…」
藤堂も、余りのバカさ加減に呆れた口調でそう告げる。
藤堂の云い回しに今度は玉城が騒ぎたて始めるが…
それでも、そんな事を構っている時間がないのだ。
「カレン…そんなに力を入れなくても大丈夫だ…。俺は…何も変わっていないし、今でも…日本の為に動いている…」
カレンにそう云うと、カレンが少し、呆れたような表情をして、こう返した。
「みんなして、私の事無視して話進めちゃって…。まぁ、お母さんに会うのがメイン…総督に協力する方がついで…それでいい?」
あっけらかんとカレンがそう告げると…スザクは『バカな事を云っていた…』と云う表情を見せ、黙って頷いた。
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