ライがルルーシュとジノの会話を聞いていて…何かを思いついたようだった。
スザクとしては、話が見えているとは云えない顔をしている。
と云うより、ライが何を考えているのかがよく解らないのは、ルルーシュとジノも同じようだった。
「殿下…あの、黎星刻と云う男…恐らく、あの中華連邦が送ってきた国家元首にこのエリア11で再会できるとは思っていないでしょう…。勿論、中華連邦本国も…。彼についてはブリタニア軍でも極秘で特派に送られている訳ですから…」
「だからどうしたと云うんだ?」
「ですから…お二人に再会して頂くんですよ…。今回の事件と例のシンジュクゲットーの『リフレイン』の事件は、今のところ、あの執事長が一枚噛んでいると云う部分で共通点があります。どの程度、ブリタニア帝国の外交力を使えるかは僕には正直解らないのですけれど…あの、黎星刻と取り引き出来るかも知れないと思ったのですが…」
ライの言葉に…なんとなく話が見えてきたが…
確かに…それを考えなかったとは云わない。
人通り、黎星刻の取り調べの時、そしてこちらの独自の調査を照らし合わせると、彼が今回、中華連邦が送ってきた少女に対して絶対の忠誠を誓っているのは解る。
しかし、その様な取り引きは…一歩間違えると中華連邦との国際摩擦を乱す事になりかねない。
だからこそ、ルルーシュとしては使いたくなかった。
「しかしライ…そんな事をしたら…」
「普通なら国際摩擦を生むでしょうね…。そうでなくても『リフレイン』の件で現在、このエリア11に関しては相当な緊張状態と云えるでしょう。ただ…中華連邦としても現在はあまり、外交に構っていられる程の余裕がない事が解ったんですよ…」
ライの言葉にはっとした。
「ひょっとして…あの、黎星刻と云う男に中華連邦を潰させる気か?」
スザクが『まさかな…』と云う顔で尋ねるが…
ライの方はにこりと笑って
「ご名答です…枢木卿…」
中華連邦を潰す…などと云う物騒な言葉が出てきているが…
ただ…ここにいるメンバーはいずれも、それもありか…と云う思いが全くなかったと云えばウソになっていた…
確かに、国家元首と国土の一部割譲の見返りに、ブリタニアの公爵位を得る者たちがいるのだから…
中華連邦の内情はお世辞にもいいとは云えない事は解っていたが…
ただ…あの中枢を潰した後、残された国土と国民、そして、ブリタニアとの関係はどうするつもりなのか…
下手をすると、このエリア11が戦場となりかねない事態が起きる。
「確かに…あの、幼い国家元首がいなければ、こんな作戦を立てる事はできません。現在、彼女の身柄がこちらにあり、しかも、彼女に対して絶対の忠誠を誓っている男も殿下の手の内にあるのですから…工夫すれば不可能ではないのでは?それに、ブラッドリー卿…とても退屈そうですし…」
この言い回しは何とも不謹慎だとも思えるのだが…
ただ、それは事実だ。
前線では自分の目の前にいる者であれば見境なく銃口を向けるような男だ。
「要するに…内乱を起こさせる…と云う事か…。殿下…あなたも凄い男を親衛隊に加えたんですね…。こう言うキャラクターなら…皇帝陛下が気に入りそうだ…」
ジノが少し呆れたように口にするが…
それでも、あんな、中華連邦の大宦官に公爵位を与えて貴族面されるのも目障りだ。
基本的には『売国奴』と云うレッテルを免れる事はないが…こうして、厚顔無恥に自国の国家元首を他国の皇位継承権のあまり高くない皇子であっても文句も云わずに差し出してくる程浅ましい連中だ…
そもそも、そんな国を売って何とも思わない連中が『貴族』としてペンドラゴンの宮廷を歩けるとは思えないが…。
国を切り売りして、国家元首を売り払うような連中を、一体誰が信用すると云うのか…
そんな事にも頭の回らない連中だ…
「でも、云っている事は正しい…。実際に、あの執事長が色々と動いていたのは事実のようだし、確かに今の中華連邦の状況を考えた時、あの国土の大きさを考えた時、火が小さい内に消しておきたいな…」
ルルーシュ自身、納得できるライの提案だった…
「じゃあ、どうするんだ?まず、そのラティス公国から送られてきた女の方を調べるんだろう?ルルーシュも一緒に…」
「ああ…後スザクに頼みがあるんだが…」
「?なんだ?」
「紅月カレンも呼んで貰えるか?彼女自身も私を殺そうとしてライに止められている…。とりあえず、最初は懐柔策で行きたい…。ジノはそう云った者たちを使わずに取り調べていたのだろう?使える策はすべて使っておいた方がいい…」
ルルーシュの言葉でスザクに過去の記憶がよみがえってきた。
「そう云えば…ライに捕まったんだよな…カレンの奴…。あいつ、結構単純だから…ディートハルトの口車に乗せられて…」
「はい…いきなりで驚きましたけれど…。ただ、殿下はそう云う状況に慣れていらっしゃったようで…」
ライも、あの時の事は結構衝撃的だったらしいが…
「まぁ、戦後処理でそう云った現場ではいくらでもある話だったからな…。流石に護衛を一人しかつけていなかったから、全く驚かなかったと云う事はなかったが…」
「元々殿下は、すぐにそう云った場所を見に行きたがっていたそうですからね…。シュナイゼル殿下が私の顔を見る度にぼやいていましたよ…『ルルーシュはいつも護衛もつけずにほっつき歩きたがって困る…』と…」
ジノが、『こんな時に嘘吐かないで下さい!』と云う表情でルルーシュの言葉に返した。
ジノの口調で、ルルーシュの騎士二人は更に自分たちの主が恐ろしく良く言えば大胆、悪く云えば無鉄砲さに何とも云えない表情を見せる。
「と…とにかく、そのラティス公国の姫の身代わりとなった女に会ってみたい。勿論、きちんと策を練り、情報を引き出す…。もし、『ルイ家』が絡んでいる事となれば、絶対にシュナイゼル異母兄上が黙っている訳がない…」
ルルーシュの一声で、ジノは黎星刻の元へ、スザクはシンジュクゲットーのカレンの元へと向かった。
星刻なら取引は通用するだろうし、カレンは宥め役として使えると云う、ルルーシュの判断だった…
そして、ライはラティス公国から来た少女の元へと向かっていた。
見張りの者にルルーシュの命である事を伝え、ライがその女が捕らえられている牢の前まで歩いて行く。
ここに来るのは二度目…
ルルーシュがスザクを自分の騎士としてしまった事を気にして、あの時レジスタンスとして捕らえられていたカレン=シュタットフェルト…否、紅月カレンを逃がした時以来…
あの時は…シュナイゼルが色々と手を回してそのことに関しては不問となった。
ルルーシュのエリア11統治の為の策であった為、極秘に進められた策であったと云う事になった。
確かに、その後、シンジュクゲットー内の治安は格段に安定した。
結局、その結果もあって最初は、色々と追求してきた者達も何も云えなくなった。
実際に、現在、スザクが率いていたレジスタンスグループはルルーシュの傘下とまでは云わないが、協力者となっている。
内部では色々不満の声もあるようだが、実際にルルーシュは彼らを『信用する』と云う形で押さえている。
そこには、恐らく、藤堂とスザクの師弟関係も関係しているように思える。
表向きには、一度、ルルーシュに捕らえられた扇要がリーダーと云う事になっているが、実質的に統率しているのは藤堂だという噂を聞いている。
ライには…数年前からの記憶しかなく、古くからの付き合いのある人間もいないし、それどころか、名前を知っている者さえいない。
実際に、ロイドに拾われていなければ今頃、何をしていたのか想像も出来ない。
今、何よりも大切に思い、従っているルルーシュと敵対していたかも知れない…
ただ…記憶がある…と云う状態は…一体どういう事なのだろうかと考える。
ルルーシュがその、ラティス公国を堕とした時と同時期の記憶が…ライにはない…。
だから…その記憶の中に…もし、ブリタニアに対して何か、よくない感情があったなら…
実際に、ルルーシュはその時の事を未だに心を痛めているし、その時の傷を引きずって、ルルーシュを殺そうとした女もいるのだ…
もし…ライの失われた記憶の中に…ブリタニアに対する…否、ルルーシュに対しての何か怨念のようなものがあったら…と云う思いが…ふっと過ぎっていく…
今の気持ちは…本物だと信じているのだが…思っているのだが…
もし、ライの中に眠る記憶の中に…現在のこの気持ちを否定するような記憶があったとしたら…
―――そんな記憶なら…永遠に眠っていればいい…。この身が朽ち果てて…土に還っても…そんな記憶はいらない…
自分の頭にふっと過ぎった思いを打ち消すようにそう考える。
自分でもいきなりそんな事を思った理由が解らない…
今、ルルーシュに対する思いは嘘じゃないと断言出来るが…
しかし…結局のところ…失われている記憶…そのことがある限り…自分の中で何かを否定し続けている気がしているのが…怖いと思う…
―――僕はその時…どんな決断を下すのだろう…。もし…殿下に害を及ぼすような事になったりしたら…
怖いが…それでも、もし、それが自分の中で存在して、現在の気持ちも存在していたら…自分はどちらに重きを置くのだろうか…
そんな思いを抱えて…ライは進んでいく。
後、数歩歩いてその女が見える場所に着く場所まで来て、数回、大きく深呼吸をして、その女のところまで歩いて行く。
「…誰…?」
女がライの気配に気づいて尋ねてきた。
「自分は、エリア11総督、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア殿下の親衛隊のライと云う。少し、話を聞かせて頂けないかな?」
「こんなところで尋問?あなた…バカじゃないの?」
囚人となっている状態で…しかも、ジノの配下の者が尋問をしており、ブリタニア軍の尋問よりも遙かに緩い筈なのだが…かなり、憔悴しきっている。
確かに…皇族に対する殺人未遂ともなれば…厳しい尋問になる事は当たり前だ。
実際に、聞き出さなくてはならない情報がないともなれば、ルルーシュでなければそのまま殺されていたかも知れない。
「それだけの元気がまだあるのか…。それほどまでに君のルルーシュ殿下に対する禍根は根深いと云う事か…」
ライの言葉に相当怒りを覚えたらしく、女がカッと目を見開いて涙を流しながらライに怒鳴りつけ始める。
「当たり前よ!あんな地獄絵図を見せられて…目の前で…家族も…友達も殺されて…。私が助かったのは…ただの偶然…。どこの誰かも解らないけれど…私を見て、黙って逃がしてくれた人がいた…。顔は見えなかったけれど…。でも、その誰かのお陰で私は生き残って…こうして復讐をしに来る事になった…」
そこまで聞いた時…おかしな事があるものだと、ライが考える。
包囲作戦を施した筈だ…
少なくとも記録にはそう残っている。
そんな中、一般兵士がそんな事が出来る筈がないし、それなりの指揮官クラスであっても自分がそう云った行動を起こした場合、作戦無視と見なされ、その先の出世に響いてくる。
下手をすると、命令違反とされる可能性だってある…
「それはおかしな話だな…。もしその時、そんな事があったなら、ルルーシュ殿下が見逃す筈がない…。そもそも、ブリタニアの軍人以外にその包囲網の中に入れる者がいる筈がない。危険な場所だし、戦争カメラマンだってそんな、包囲作戦で、街ごと焼き尽くす作戦の中に飛び込んでいくようなバカな真似はしない…。そんな事が出来たのは…一体誰なんだ…」
ライがそう口にするとはぁ…と息を吐いた。
「それに、そんな事をブリタニアの軍人がしたら、確実に作戦無視、命令違反で、重罪だ…。その場を見咎められたりしたら…その場で射殺されても文句は云えない…。それが軍人というものだからな…。ただ…君が助かっていると云う事は…もしその現場にいた事が本当だとするなら…その人物がいた…と云う事になるが…」
ライは、彼女の云う事と、自分が読んだ記録を照らし合わせながら話している内に、様々な彼女の言い分と、記録の違いが現れてくる。
「で…でも…私はあの街で、焼け出された…。そして、何とか、あの火事から逃れて街を出た人たちも…包囲しているブリタニア軍に殺された…それは…本当よ…。だから私は…」
確かに…彼女の云っている事が本当なら、そう云う人物がいたのだろうが…
しかし、自分の立身出世を第一に考える思想が植え付けられているブリタニア軍人の中で、そんな人間がいた事に驚くしかない。
もしそんな人間がいたとしたら…
「そうか…一体誰だったのだろうな…。自分はその頃、ブリタニアの軍人ではなかったから…記録でしか知らないのだが…。でも、そんな事をやりそうな方を…たった一人だけ…思い当たる…」
ライの言葉に…彼女が『え?』という表情を見せる。
「あなたは…その人…知っているの?」
突然、彼女が縋るようにライに尋ねてきた。
「知りたいのか?」
「当たり前よ…私の命の恩人…だもの…。あの人がいなかったら…私…こうして、生きていなかった…。みんなの敵を討つ事が出来なかった…。と云っても…失敗…しちゃったけれど…」
ライとしては…その思い当たる人物の姿を頭の思い浮かべると、苦笑いしか出てこない。
何とも…頭がいいくせにバカだと…
そして、彼女と話をしていて…もし、自分の記憶が戻って、過去の自分がブリタニアと敵対していたとしても、彼女と同じような境遇だったとしても…その本質を忘れなければ…今のこの気持ちが消える事はないと確信する…
「君は…恐らく、『戦争』と云うものを知らない中、そうした状況に叩き込まれてしまったのだろう…。そして、何も知らないまま、自分の大切なものを失ったという事実だけが残ってしまった…。だから、こんな、成功する筈のない謀略に巻き込まれたんだ…」
ライのその一言に…彼女の目の色が変わる…
「謀略…?巻き込まれた…?」
どうやら、彼女の『復讐心』を利用しての、作戦だったようで…
恐らく、その『復讐心』は煽るだけ煽られていたのだろう…
様々な奸計を施す場合には至極当然の事なのだが…
しかし、こんな、何も知らない少女と呼べるような年の娘を使ってくるとは…
確かに、ブリタニアの場合、基本的に包囲作戦を施した時には、壊滅を目的とする。
戦争に関係のない非戦闘員さえも巻き込まなければならなかったその作戦…相手の総指揮官の技量を疑ってしまう…
そして…恐らく、シュナイゼル達を陥れようとしてこのような謀略を張り巡らせた『ルイ家』にも変な意味で頭が下がる。
「まぁ、君自身、『戦争』というものを知らない状態でそんな事に巻き込まれてしまった…。確かに情状の酌量の余地はあるかも知れないが…それでも、相手が皇族でなくても人を殺したり傷つけたりしたらそれは犯罪になるし、罪を問われる事になる…。君自身、もう一度、その時に君を救ってくれた人の姿を良く思い出す事だ…」
「云ったでしょ?顔は見えなかったって…」
「まぁ、本人は名乗り出るつもりはないだろうし、僕が本人に問い詰めてもシラを切られるだろうな…。ただ…君自身は、その相手の姿を覚えているのだろう?だったら…シルエットであっても、どんな姿であったか…良く思い出す事だ…。そして、ルルーシュ殿下を君の手で殺しても…敵を討った事にはならないし、もしそうなった時、君を敵と思う人間が現れるだけだ…。少なくとも…僕はルルーシュ殿下を陥れようとする者は許さない…。ルルーシュ殿下が誰かの手で殺められた時には…僕は必ずその相手を地獄の果てまで追いかけて必ず殺す…」
ライのその低い声に牢の中にいる女がゴクッと唾を飲み込むのが解った。
「そこまでの覚悟がないのなら…少しだけ協力してくれないか?司法取引も殿下にお願いしてみよう…。この先、ブリタニア軍に身柄を引き渡されれば、それこそ、想像を絶する地獄が待っている…。『復讐』じゃなくて…消えていった命を弔う事を…考えてはくれないか?もし…今でもその時に死んでいった君の大切な存在を愛しているのなら…」
ライの言葉に…彼女は何を思ったのかは解らないが…
ただ…ライを呆然と見つめていた…
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