今回の事件…
スザク自身、酷くショックを受けていた。
少しは…ルルーシュに近づけた…そう思っていた…
それなのに…今回の事件に関してはルルーシュは様々な事を察知していながら…騎士であるスザクには…何も話してはいなかった…
否、あの様子だと…ルルーシュの策を知っていたのは…本当にミレイの云っていた3人だけなのかもしれない…
ジェレミアも知らなかったようだった…
そんな風に…自分ひとりで戦わなくてはならなかった…これまでのルルーシュを思うと…切なくなるが…それ以上に…スザクの中では『専任騎士』と云う地位の意味を…どう据えるべきか…解らなくなっていた。
あの後…そのままルルーシュの部屋に入り…眠るルルーシュの顔を見ているが…
眠っている相手を見ていても…自分の抱いている疑問が解決する訳でもなく…
考えれば考える程…ドツボに嵌って行っているような感じだった。
「枢木卿…」
いらついているスザクの様子に…ライが話しかけてきた。
「……」
スザク自身、ルルーシュがどう言う人間で、こういった行動をとる事は…少なからず解っていた筈だった…
でも…解っていても…自分の中に生れてきた憤りが…自分の気持ちをいらつかせている。
何故自分がここまでいらついているのかが解らないが…
それにしても…自分が刺される事さえも計算ずくだったと云う事には…
普段は説教の多いジェレミアに対しても同情してしまうし、今はそんな主に仕えているのは自分も同じで…
そんな事よりも…何よりも…
ルルーシュが何も言わずにこんな危険な事を自分の中で決めて、自分で勝手に行動に移していた事に腹が立つ。
「……ん…」
そんないらついているスザクをよそに…ルルーシュが目を覚ましたようだった。
「殿下!」
ライがいち早く気がついて、ルルーシュの元へと駆け寄る。
そして、ルルーシュはゆるゆると起き上がる。
スザクの方は…色々な事に対して怒りがあって、駆け寄る気にもならず…
ただ、怒鳴り倒したい気持ちだけが膨らんでいた。
「ライ…か…。それに…スザクも…」
騎士たちの心配などお構いなしのマイペースなこの皇子に対しては…なんて云っていいのか、最早解らない…
「先ほど…殿下殺害未遂の件に関しまして…」
ライがそこまで云った時…
「ルルーシュ!お前…自分が何をやったのか…解っているのか!」
スザクがルルーシュに対して怒鳴り声を上げた。
スザクの表情から察するに…怒りは本物だ…
ただ…ルルーシュの方は重傷を負っており、それはあまりに酷な事であると云う事で…ライが慌ててスザクを窘める。
「枢木卿!待って下さい…。目を覚ましたばかりに殿下に対して…と云うより、殿下でなくともそんな風に怒鳴り散らすのはおやめ下さい…」
「どけ!ライ!」
まだちゃんと覚醒しきっていないルルーシュの目を覚ますには充分な衝撃だ…
ルルーシュ自身、自分が怒鳴られているのだろう事は解るのだが…
しかし、スザクが何でここまで怒りをあらわにしているのかがよく解らない。
「ルルーシュ!お前…俺がなんでこんなに怒っているのか…解っていないだろ!」
スザクはルルーシュの間近に来てそう怒鳴った。
「枢木卿!やめて下さい!起きぬけにそんな事を云われて理解できる訳がないでしょう!」
ライが必死になってスザクを抑えようとしているが…
それでも、ライはこの場でルルーシュを怒鳴りつけるのをやめろと云っているだけで、スザクがルルーシュに対して怒鳴っていることを咎めている訳ではないようだ。
つまり、ライ自身、ルルーシュに対しては、怒鳴りたい気持ちがスザクと一緒である…ルルーシュは頭の中でそんな風に考える。
まだ、自由にならない身体で必死にスザクとライを見ている。
「ルルーシュ!お前…そんな風に簡単に自分の命を投げ出すような真似をして…しかも、お前の騎士である俺とライにまで黙って…そんな作戦立てやがって!お前が刺されたって連絡が来た時…俺とライがどれだけ衝撃を受けたのか解っているのか!一人で勝手に動いて…。もし、お前がそんな事を考えていたんだと解っていたなら…俺たちがあのパーティ会場に出入り禁止になるような真似なんてするか!ライも俺も…その事を知らなかったから…だから…あんな…軽率な…っ…」
一通り怒鳴り散らして…今度は嗚咽を漏らしている…
ルルーシュにとって、これまで経験した事のない事で…正直、どうリアクションしたらいいのか解らない…
でも…目の前で…自分に対して怒鳴りつけてきた…自分の専任騎士は…真剣に自分の事を思い、怒り…そして…恐らく悔し涙を流しているのだろう…
「す…すまない…」
よく解らないのだが…ただ…スザクのその真剣な表情で…スザクは真剣にルルーシュを怒っているのだと…そう認識する。
「お前…全然俺の云っている意味…俺がなんで怒っているのか…解っていないだろう…。まぁ、お前の場合、これまでの話を聞いていると、解らなくて当然だけどな…」
確かに…自分の身を危険に晒した作戦はこれまでにも立てた事はあったが…
こんな風に怒鳴りつけられた事は初めてだった。
異母兄も異母姉も、ジェレミアも…そうした気持ちをストレートにぶつけて来る事はなかった。
ただ…そう云ったルルーシュの無茶な作戦を立てる度に…黙ってフォローを入れてくれる事は多かったが…
それでも…こうして、自分の気持ちをストレートにぶつけてきたのは…スザクが初めてだった…
「済まない…えっと…私は…」
スザクのその怒りに対して…ルルーシュはただ…謝る言葉しか出て来ない…
実際に、どうしたらいいのか…解らないのだから…
「枢木卿…そんな風に怒鳴り散らしてばかりでは…。殿下は怪我をされているのですよ?」
「怪我でもしていないとこいつの場合…人の話なんて聞かないだろ!今回だって…俺たちの知らないところで動きやがって…」
ルルーシュに対してこんな口をきき方をするのも…目の前にいるスザクだけだ…
本来なら…不敬罪に問われても文句は言えない…
―――でも…スザクには…こうして…接して欲しい…
ルルーシュとしては、起きぬけに怒鳴り散らされ、怒鳴ったかと思えば、嗚咽を漏らして泣いているし…
どう接すればいいのか…本当に解らない。
ただ…スザクがここまで怒っていると云う事は…ひょっとして…ルルーシュと共にいる事が嫌になっているのかもしれない…そんな不安も生まれて来る。
―――スザクが…離れて行く…?
元々、スザクがルルーシュの騎士になった過程も…なんだか、不安要素ばかりが目につくような感じだったし…
と云うよりも、その場の勢いと、成り行きだけでスザクをルルーシュの騎士にしてしまっていた。
あの時…スザクの命を救うにはそれしかないと思ったから…
いくらスザクの運動能力がずば抜けていても…周囲をブリタニアの正規軍の軍人に囲まれて無事に脱出できたとは思えない…
あの時、ルルーシュとスザクがいたのは小さな無人島だったのだから…
あの場を切り抜けたところで、隠れる場所も限られているし、あの状態では切り抜ける事は困難であった事は確実で…
あれは…ルルーシュ個人の…感情で動いてしまった…
数少ない例だ…
ずっと、ルルーシュは自分の立場を守る為の行動しかとってこなかった。
ナナリーを守る為に…
ナナリーを守る為には…ルルーシュ自身、しっかりとした地位につかなくてはならなかった…
だから、それを危うくするような行動は…決してとってこなかったのに…
でも…あの時、スザクが捕まったら確実に殺される…そう思った時…最早頭で考えるより先に言葉が出てきたのだ…
ルルーシュにそこまでさせた存在…
でも…ルルーシュがこのエリア11を離れるときは…スザクの『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの騎士』と云う枷から解放するつもりでいた…
それが…恐らく…スザクにとって一番いいと思うから…
だから…その時までは…スザクはルルーシュの傍にいると…そう思っていた…
でも…
今ルルーシュに襲ってきている不安は…ルルーシュがエリア11から離れる前に…スザクの方がルルーシュから離れて行くかもしれないと云う不安だった…
正直、何を間違えたのかも…ルルーシュの中では解っていないのだ…
それに、自分自身が…他人に対して…こんな風に思うのは初めてだった…
今ルルーシュの中にあるのは…『恐怖』だ…
これだけルルーシュに怒りをあらわにしているスザクが…ルルーシュから離れて行くことへの…
これまで、上官や部下はいても…こうした…対等な立場で話す事の出来る相手は…ルルーシュの周りにはいなかった。
と云うか、ルルーシュ自身が、警戒心を全開にしてナナリーとユーフェミア以外の人間と接していたのだから…
考えてみれば…そんな者が出来る訳がないのは当たり前で…
目の前でルルーシュに対して怒りをぶつけているスザクが…離れて行くかもしれないと云う…そんな不安が過った時…
「スザク…もう…無理して…私の傍にいる事はない…。帰りたいなら…彼らの元へ帰れ…」
本心ではないが…でも…これがスザクの為だと…ルルーシュはそんな風に思っていた。
ルルーシュのその言葉を聞いて…スザクは更に怒りをあらわにした。
「ルルーシュ…お前…本気で云っているのか…」
スザクの声が震えている…
ライも…ルルーシュの言葉に驚きを隠せない様子だ。
「こんな時に…冗談を云ってどうすると云うんだ…。心配せずとも…彼らがブリタニア軍に対して敵意を向けなければ、これからもゲットー内での治安維持を…」
「殿下!」
ルルーシュの言葉に今度はライもルルーシュの言葉を咎めるように大きな声を出した。
ルルーシュにしてみれば…きっと、スザクがルルーシュの騎士となってから…様々な苦労を重ねている事は云われなくてもよく解っていたから…
ナンバーズで…いくらルルーシュがエリア11を日本と呼び、イレヴンを日本人と呼んでいたって、それはルルーシュ個人レベルの話で…政庁の中、軍の中ではエリア11はブリタニアの植民エリアで、イレヴンはナンバーズなのだ…
そんな中でルルーシュの騎士と云う目立つ位置にいたら…スザクは色々な物の矢面に立つ事は必至だ…
「ルルーシュ…お前…本当に俺とライが何に怒っているのか…解っていないんだな…」
スザクの言葉に…どう答えていいか解らない…
実際に、スザクとライがルルーシュの何に怒っているのか…正直解らないのだから…
ルルーシュの中ではルルーシュなりにスザクの事を考えて発言しているつもりだったから…
「殿下…今回の件…何故、我々にも伏せられていたのです?枢木卿と僕の使命は…あなた様をお守りする事です…。それなのに…殿下のやろうとしていた事も解らないまま…その結果だけ突き付けられ、結果を知らされた時に過程を説明されて…。正直…僕自身もショックでした…」
ライが…精一杯言葉を選んでルルーシュに伝えている。
「ルルーシュ…俺は…お前の騎士となった事…今では後悔していないよ…。否、よかったと思っていた…。お前みたいなやつが総督で…。確かに…ブリタニアの植民エリアである事に違いないけれど…それでも、お前は…お前なりにこの国を思いやってくれているし、お前は頭がよくてすごい奴だし…。でも…総督としては優秀でも…一人の人間としては…」
スザクはそこまで云うと…言葉を切った…
「俺は…あの無人島でも云ったよな?『ただのルルーシュ』は嫌いじゃないって…。今のお前は…エリア11の総督として俺を見ているのか?ブリタニアの皇子として俺を見ているのか?それとも…ルルーシュとして俺を見ているのか?」
スザクにここまで云われて…スザクが何を云いたいのか…少しだけ…解りかけた気がした…
スザクは…この政庁で…ルルーシュを唯一…対等な立場で接してくれていた事に…今になって気が付いた…
何故…スザクの傍にいる事が心地よかったのか…
何故…いつか、スザクを手放す事になる事を…考えた時に辛いと思ったのか…
少しだけ…解った気がした…
そして、スザクとライが阿吽の呼吸で行動できたことに嫉妬した理由も…これで合点がいく。
あのパーティの時…ミレイに云われた…『敵』でも、『部下』でもない…『友達』と云うカテゴリー…
ルルーシュにとっては…初めての存在…
こんな風に怒らせたい訳じゃなかった…
出来る事なら…笑って欲しいと…もし、自分が総督である事によって、スザクの祖国が…少しでも穏やかな世界に出来るのなら…
そう思ってきた…
このエリアに赴任した時には…とにかく無難にこなせればいい…それしか考えていなかった。
シンジュクゲットーのスザクの率いるレジスタンスグループもさっさと殲滅してしまえばいいと考えていた…
でも…今は…
「私は…お前を怒らせたい訳じゃない…。でも…お前が…帰りたいと云うなら…帰してやりたいと思う…。スザク…どうしたら…お前の怒りを鎮められるのか…解らないんだ…。だから…スザクが望む事を考えて見て…」
ルルーシュの言葉に…スザクもライも…ルルーシュ自身、幼い頃からその才覚を発揮して…軍の中でその実力を発揮して…世界に対して『黒の死神』と言わしめるほどの働きをしていた…
恐らく…これは…その為に生じた…ひずみ…とでも言うのだろうか…
これまで…対等に…云いたい事を云える、共に笑える、共に考えられる…そんな存在がいなかったのだろう…
だから…どうしていいのか…きっと解らないのだ…と…判断出来る。
「ルルーシュ…俺は…表向きにはお前の騎士だ…。お前が主で、俺がお前を守る為の騎士…。でも…俺は…お前が俺の主とか、俺はお前の部下とか…考えた事…ないよ…。それに…あの無人島で云った…『ただのルルーシュは嫌いじゃない』と云うのは今も変わっていない…。だから…俺は…話して貰えなかった事が…悔しかったんだよ…。今のエリア11の秩序を崩すような事は俺は望まない…。だから、お前の作戦で決して口外するなって言われたら…拷問されて尋問されたって云わないよ…。俺は総督としてのお前を守っているんじゃない…。『ルルーシュ』を守っているんだからな…」
スザクが『どうしようもないな…』と云う表情と口調でルルーシュに云った。
正直、裏切られたと思ったし、これで、『他人なんか信じられない!』とでも言われた日にはホントに政庁を飛び出してやろうかとも思ったが…
しかし、ふたを開けてみれば…こんな下らない結果が待っていた…
ライもこんな結果が待っているとは思わず…脱力して大きなため息を吐く。
ただ…シュナイゼルの片腕とも呼ばれる様な才覚を持った皇子がこれまで騎士を持たなかった事を考えれば…ある意味仕方ないのかもしれない。
極端な話…こんな風に同世代の人間とこれだけの時間、共にいて、共に行動しているのは初めてなのだろうから…
脱力している二人の騎士を見てルルーシュがきょとんとしている。
相変わらず解っていないようだ…
「まぁ…いいよ…。とりあえず、今回のルルーシュが黙って一人で色々やろうとした事に対しては俺たちに謝れ…。それで水に流してやるから…」
「そうですね…。殿下は…もう少し、生身の人間と接した方がいいかもしれませんよ…。部下とか、上官とかではなくて…対等の人間と…ね…」
相変わらず、よく解らないのだが…ルルーシュが一人で色々やろうとした事が間違っていたのだと…判断して…
「済まなかった…二人とも…」
ルルーシュがそう言うと、
「違う!俺たちはお前と対等なんだから…謝る時は『ごめんなさい』だ!」
スザクの言葉の勢いにルルーシュは…
「ご…ごめんなさい…」
と口にする。
こんな風に人に謝った事などない…
驚いた顔をして二人を見ていて…ライがため息をつきながら笑みを浮かべ、スザクの方は、『よし!』と云いながらルルーシュの頭をがしがしと頭を乱暴に撫でていた…
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