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皇子とレジスタンス



忠義と裏切り

 シュナイゼルの映るモニタの前に立つミレイの姿に…
スザクもライも驚くしかない。
確かに…ルルーシュに対しての接し方には驚いたが…ルルーシュがあのような接し方を許していると云う事は…ルルーシュ自身が彼女を信頼、信用していると云う事だ…
それなのに…
―――まさか…彼女が今回のルルーシュ殺害未遂の件に…関わっていたと云う事か…
二人の頭にはそんな考えが過る。
ただ…本当にルルーシュ殺害を企んでいる者と共に行動していたと云うには…ミレイの態度もシュナイゼルの彼女を見る目も…
―――少し違う気がするが…
と、すぐに頭を切り替える。
実際に、話を聞いてみるまでは想像の中だけで振り回される訳にはいかないのだから…
それに…ルルーシュはミレイが執事長の下で働いていたと云う事を承知していても…4人で話している時、彼女自身を疑う様な言葉は出て来なかった。
もし、彼女が関わっている疑いがあるのなら…ルルーシュは必ずその可能性を示唆した筈だ…。
寧ろ、アッシュフォード家が何かの謀略に巻き込まれている可能性の方を重視していた…
ルルーシュは過去に自分の母親を暗殺されている。
それ故に、自分の身に及ぶ危険の可能性には敏感だった。
ルルーシュがいなくなる事で…自分の唯一の同腹の妹姫…ナナリーを守る事が出来なくなるから…
だから、ルルーシュは何としても自分が生き残る事を最優先にしている。
どれだけ権力を奪われようと、手足を縛られていても、自分がいれば…ナナリーを守る方法はある…そう云った姿勢だった。
それ故に…ルルーシュは自分の命を最優先にしていた…
そのルルーシュが…今回の件でミレイ及び、アッシュフォード家が関わっている可能性を示唆しなかった。
ルルーシュならば…その可能性があれば、気づかない筈はないし、注意喚起の為にスザクやライに対してその事を伝えない訳がなかった。
スザクとライは…今ではルルーシュを守る為の存在だと云う事を…ルルーシュ自身、ちゃんと理解し、納得している筈なのだから…
だとするなら…
―――彼女は…
―――誰かの命で…動いていた???
二人の結論はそこに至る。
実際に、執事長の助手として入ってきたのだが…
それに伴って付いてきた…あの、篠崎咲世子と云うイレヴン…日本人のメイド…
スザクの運動能力をも凌ぐかと思われる程の動きを見せた…
あの動きは確かに…長い間、相当の訓練を積んでのものだとは思われるが…
執事長の助手として入ってきたと云うのなら…あれほどの使い手を伴ってくるのは不自然と云えば不自然だ。
ミレイは貴族の息女ではあるが…皇族の姫君と云う訳ではないのだ…
大体、篠崎咲世子の体術はルルーシュの専任騎士である枢木スザクと同格のものがあったのだから…
そこまで考えが至って、スザクはライを肘で軽く小突く。
そして…視線を送る。
『ルルーシュは…』
『はい…恐らく…ミレイ嬢の事は疑っていない…。そして…』
視線で二人が会話して…頷き合った…
そして…二人がその視線を交えながら思ったのは…
―――とんでもない皇子殿下に仕える事になったものだ…

 ミレイの方へと視線をやると…
真っ直ぐにモニタに映るシュナイゼルを見ている。
「どうぞ…宰相閣下の御心のままに…お尋ね下さい…。このミレイ=アッシュフォード…アッシュフォード家が仕えしヴィ家に誓って嘘、偽りを申さない事を…この場でお約束いたします…」
そう云いながら、ミレイがモニタの前に跪いた。
シュナイゼルはその姿を見下ろす様な形となっていた。
『では、問おう…。此度のそなたのヴァルド執事長の助手と云う任を与えたのは…誰であるのかを答えよ…』
スザクもライもブリタニアの宰相としてのシュナイゼルの顔は初めて見る。
そして…その視線だけで…どれ程の大物なのか…測りかねる程の大きさに…ただ…驚愕していた。
特に、スザクはルルーシュの騎士となる前にはこの男と対峙して戦おうとしていたのだから…足が震えて来る。
「神聖ブリタニア帝国第11皇子、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア皇子殿下…現エリア11の総督閣下で御座います…」
スザクもライもミレイの言葉に驚くしかなかった…
自分たちも知らないところで…ルルーシュ自身は様々なところにアンテナを張り巡らしていたのだ…
これを…自分たちの仕える主が有能であった事への驚きなのか…自分たちは未だ、主に信じて貰えていないのか…と云うショックなのか…
よくは解らないが…
それでも、ルルーシュ自身、自分に降りかかるものに対してのアンテナは本当に超高感度であったと云う事は…云えそうだ…
『やはりね…。あの子はいつも一人で勝手に動く癖があって困るね…。恐らく、ルルーシュの騎士たちにも内密に…と云う事であったと…判断していいのかな?』
シュナイゼルが『やれやれ』と云ったように両手でジェスチャーしながらミレイに対して聞き返す。
「御意に御座います…」
ミレイの言葉にシュナイゼルも『困ったものだ…』と口の中で呟いているのが解る。
『ひょっとして…幼い頃から彼に仕えているジェレミア=ゴットバルト辺境伯にも…?』
「御意に御座います…」
その答えに…二つのため息が聞こえてきた。
モニタの向こうのシュナイゼルのため息と、すぐ隣にいるジェレミアのため息だ…
本当はこの場で一番ため息をつきたいのは…ルルーシュの騎士であるスザクとライであろうことは…予想出来るのだが…
それでも、ジェレミアの表情を見ていると…本当に…『いつもの事ながら、困ったものだ…』と云う表情だ…
こんな事がしょっちゅう繰り返されていたのだろうか…
「ルルーシュ殿下は…『敵を欺くには、まず味方から…』と申しまして…。この私に対する任の真意を知っているのは、祖父、ルーベン=アッシュフォードと私、ミレイ=アッシュフォード、そして、政庁、殿下の居住区内の調査を行っておりました、篠崎咲世子だけに御座います…」
ミレイが付け加えた事実は…ある意味とどめだった…。
この場で置いてけぼりになっている騎士たちにとっても、これからこの一件について取り調べられる執事長にとっても…
しかも…相当破壊力の強い…

 確かにショックは大きかった…
しかし、これだけの事が出来るから、シュナイゼルの片腕などと呼ばれるのだろう。
それで、自分が刺されていれば世話がない…と云えないところが…怖いところだ…
ひょっとして、それをも計算していたのではないかと疑いたくなる。
―――まさか…そこまではしないよな…
スザクは頭の中でそう思うのだが…これまでのルルーシュの大胆行動にその考えも自信がなくなってくるが…
しかし…これまでのルルーシュの行動は…そんな事さえもやりかねないと思えてくる。
シンジュクゲットーでのリフレインの事件の時も…結構な無茶をしてくれた…
敵同士で戦った時も…アヴァロンから平気でハドロン砲を撃たせていた…
それ以前に…テロが頻発するシンジュクゲットーを一人で出歩くような真似までしていたのだ…
『そうか…では、その調査を行っていたと言う者の話を聞いてみたいのだが…』
シュナイゼル自身、ルルーシュの行動に呆れを隠しきれないのだろう…
いつもの事とは思っていても…余りに大胆不敵な可愛い異母弟の行動には頭を悩まされているらしい…
「篠崎咲世子は…名前を聞いてお分かりかと思いますが…イレヴンで…イレヴンの立場のままですが…」
つまり、篠崎咲世子は名誉ブリタニア人と云う肩書を得ていないと云う事だ。
『構わないよ…。ルルーシュの騎士殿も日本人のままで、名誉ブリタニア人の肩書は持っていない…。あの子のお眼鏡に叶ったと云う人物なら…私は信じよう…』
シュナイゼルの一言で篠崎咲世子がその場に呼ばれた。
ルルーシュの部屋の近くの掃除をしていたと云う事だが…恐らく、ミレイの命令でルルーシュの護衛も兼ねていたのだろうと、判断出来る。
そして、ミレイに促されて、モニタの前に来ていた。
彼女自身、何か聞かれる覚悟があったのか…それほどびくびくした様子はない。
『君が…篠崎咲世子…だね?では、質問に答えて貰えるかな?ここでの偽証は最悪極刑になる事もある…。発言には虚偽のないよう注意したまえ…』
シュナイゼルがモニタ越しに咲世子にそう告げると咲世子は黙って頭を下げた。
それを見て、シュナイゼルは早速質問を始める。
『ヴァルド執事長はどのようにしてあれだけの数の姫君たちをあのルルーシュの居住区に集めたのだ?』
「時をさかのぼる事…シンジュクゲットーでのリフレインの事件の際、ルルーシュ総督閣下が政庁を不在となる期間がありました…。その際、ルルーシュ総督閣下の執務室には彼の印章が残されたままのようでした。各国への通達に使われた文書のコピーに残っていた印章は確かに…本物だと判断されております…」
いつの間にそんなに調べたのかは知らないが…
しかし、確かにシンジュクゲットーでリフレインの事件があった際、ルルーシュはシンジュクゲットーを中心に活動していたスザクのレジスタンスグループの中で生活をしていた時間があった。
その際、ジェレミア達も、そちらの方にかかりきりになってしまい、その辺りの事がおろそかになっていたのかもしれないが…
しかし、ルルーシュは用心深い…
その事はシュナイゼルもジェレミアもよく知っている。
『どうやら…その時から勘付いていたのかな…。あの無鉄砲な異母弟は…』
そのシュナイゼルの声は…聞いている者全員がぞっとするほど冷たいものとなっていた。

 その冷たい空気がその場にいる人間たちに向けられているものではない事は…何となく解る。
それでも…その絶対零度のオーラはモニタ越しでも充分過ぎる程威力を発揮している。
「ヴァルド執事長様がルルーシュ総督閣下に見合い話を頻繁に持ちかけるようになった時期が…ちょうど、シンジュクゲットーのリフレインの事件の少し前になります。そして…リフレインの事件ではエリア11駐屯軍の中にもリフレインの中毒者が発生しており、軍内部での情報漏洩も確認されています…」
咲世子はその絶対零度のオーラをもろともせず、説明を続けた。
何度かこう言った場面に出くわした事のあるジェレミアは…彼女の姿を見て、ある意味、尊敬の念を送る。
否、ヴィ家の後見と云う意味ではヴァインベルグ家も同じだから…ジノもシュナイゼルのルルーシュが絡んだ時の絶対零度のオーラを知っているが…
彼も、彼女のその肝の据わったその態度にジェレミア同様の思いを抱く。
『なるほど…それだけ情報が揃っていれば充分だな…。とりあえず、その資料はあるのかい?』
「はい…今回招集された姫君たちへの通達に使われた文書は全て、コピーさせて頂いております。ルルーシュ総督閣下の印章を使われており、その日付はルルーシュ総督閣下が居住区にも成長にも足を踏み入れていない日の日付ですので…、それなりの証拠能力を持つかと…」
咲世子の言葉に驚いたのは…現在罪を問われている執事長だった。
「ば…バカな…!それに私は殿下の印章など!」
咲世子の言葉に否定の言葉を怒鳴り散らしているが…
「あと、映像が残っております…。僭越ながら…ルルーシュ総督閣下から御命令を頂いた時には…『とにかく証拠をつかんで欲しい…』とのお言葉でしたので…この度の閣下のお見合いに関わっているであろう方々の執務室や居住のお屋敷、よく通われるお店などには無断で小型カメラと盗聴器を付けさせて頂きました…」
この言葉に…流石にその場にいた全員が顔を引き攣らせているが…
執事長が関わっていたと云う事は、ルルーシュの居住区の殆ど、政庁の殆どにつけられていると云う事だ…
「ちなみに、バス、トイレも関係なく付けさせて頂きました…。合計、1205ヶ所ありますけれど…」
咲世子の言葉に…流石にミレイも驚きを隠せないようだが…
それでも彼女自身は通いであったし、あまり細かい事を気にする必要はないと…そう思う努力をしていた。
『大したものだね…君も…』
シュナイゼルも驚いたようで…言葉が少々どもっている。
「お言葉を返すようですが…こうした、バス、トイレと云った場所が一番密談や物品のやり取りがされ易いのです。実際に、この記録の中にはパーティ会場に入る前のボディチェックが済んでから…女性化粧室の中でラティス公国の姫君とヴァルド執事長様の御息女さまが密談され、ヴァルド執事長様の御息女さまがラティス公国の姫君に何かを渡しているところがしっかりと記録されております…」
咲世子の言葉に…その会場全体が息をのんだ…
そして…シュナイゼルが再び問うた。
『それを命じたのは…ルルーシュかい?』
「はい…。そして…最初から今回の件に関して犯人の尻尾を出させる為に…こうも御命令されました…。『パーティでは恐らく、私は負傷する事になる…。しかし、その者が動いたと判断したら私の名を呼べ…。そうすれば…決して死にはしない…』とのお言葉でした。閣下の命とはいえ…閣下のお命を危険に晒しました処罰は…お受けいたします…」

 咲世子の言葉に…ただ…驚く事しか出来なかった。
こんな行動をとるルルーシュにも驚かされるが…イレヴンと云う立場の篠崎咲世子がそこまでルルーシュに対して忠誠を見せる事が…
正直、不思議に思わない者がいなかった…
スザクも含めて…
沈黙がしばらく続く…
そこに集まった者たちの思いは様々だった。
その沈黙を破ったのは…シュナイゼルだった…
『否…先ほど届いた君からの資料を見る限り、君に虚偽はないだろう…。それに、ルルーシュならそれくらいの事はやりかねないからね…。それに関する事は私が君に罪を問う立場にはない…。それに、ルルーシュが動けるようになれば確実に真実が白日の元に晒される事だ…。植民エリアに暮らすナンバーズがその様な虚偽を口にしたなら…その植民エリアのナンバーズ達は『矯正教育エリア』のナンバーズとして…更に過酷な扱いを受ける事になる…。アッシュフォード家に仕えている君がその事を知らない筈はないからね…』
シュナイゼルの言葉に、真っ先に反応したのは…ミレイだった…
「で…では…彼女の処遇は…」
この命令を受けてからきっと、気が気ではなかったのだろう…。
確かにこのエリアでルルーシュを支える立場にあるアッシュフォード家ではあったが…それでも個人の感情だってある。
ミレイとしてもこのエリアに来てからずっと、アッシュフォードに仕えてくれた篠崎咲世子を見捨てるような真似を…捨て駒にする様な事はしたくなかった…
『ルルーシュが不問と云えば…私が彼女に処罰を下す立場にはないよ…。そこにいるヴァルド執事長とは違ってね…』
シュナイゼルの言葉にミレイも、そして成り行きを見守るしか出来なかったスザクやライもほっと胸を撫で下ろした。
そして、執事長は顔色を真っ青にする。
『さて…ヴァルド執事長…貴殿には色々と聞きたい事がある…。確か、貴殿はエリア11の前任の総督殿と親しかったのであったね…。じっくり話を聞かせて貰いたいから…一度本国に戻って頂くよ…。私の前に来る時には…あの、囚人の着る拘束服を身に着けて…と云う事になりそうだがね…』
シュナイゼルの言葉に執事長が『ひっ』と云う声を漏らし、そして逃げようとするが…
すぐに出入り口を塞がれ、ジノとルキアーノに身柄を確保される。
『ジノ=ヴァインベルグ…彼の一族全員を連れて、一度本国に戻って貰えるかな?扱いとしては殆ど黒に近いから…罪人として…で構わないよ…。頼めるかな?』
「イエス、ユア・ハイネス…」
ジノが頭を下げる。
『アーニャ=アールストレイム、ルキアーノ=ブラッドリー…残りかすの捜索をして貰ってもいいかな?必要なら消してしまって構わないよ…。重要人物でなければ…』
この言葉は…確実にルキアーノを意識してのものだと…解る言葉だ…
「「イエス、ユア・ハイネス…」」
そうして…この場は解散へと向かって行く…
この場でシュナイゼルがテキパキと指示を出して行く…

 ただ…そんな中…スザクとライは…複雑な表情をしていた…
―――少しは…信用して貰えていると思っていたのに…
二人の中で…ルルーシュの存在がまだまだ、遠い場所にあるのだと実感させられた。
それは、ジェレミアやミレイ、シュナイゼルのようにルルーシュの事を理解できない自分と…そして、まだ、ルルーシュにそう云った作戦を打ち明けて貰えない立場であると…そう実感してしまっていた…。
ライは…どうすれば…と思い悩み…スザクは…裏切りだ…と…ぐっと拳を握っていた…

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