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皇子とレジスタンス



可能性と疑惑

 ルルーシュがゆっくりと目を開けた。
今の状況を…意識は戻っても、目が開かぬ時に3人のやり取りを聞いていたのだろう…
まだ、身体が辛い状態であろう事が良く解る声で3人の話を切った。
「ルルーシュ!」
ルルーシュの声に気がついたスザクがルルーシュのベッドサイドに駆け寄っていく。
まだ、顔色は悪いし、さっき、一声出しただけで眠っている間は呼吸が安定していたのに、息が荒くなっている。
「無理して喋るな!今は…安静に…」
スザクが無理に喋ろうとするルルーシュを止めようとするが…ルルーシュの方は現在のこの状況の方が重要とみているのか…
スザクの制止を完全に無視している。
「とにかく…話を…聞…け…」
言葉が途切れ途切れにしか出て来ないが…
ルルーシュ自身、この騒ぎを大きくする事は得策ではないと解っているようで…
何とか、事態の把握と解決策の模索をしている。
傍目から見れば…目を醒ました途端に、事態の収拾に頭が行ってしまうルルーシュを見ていて…複雑な思いを抱いてしまう事を否めない。
「殿下…今、ご自身の状況を本当にお解りですか!今は…我々の云う事を聞いて下さい!事態収拾は…我々が…」
ルルーシュが無理をして口を開こうとする姿に見かねてライがやや、強い口調でルルーシュを窘める。
恐らく、ルルーシュだからこそ気が付いた事があるのだろうが…
多分、自分たちが見落としている事もあるのかもしれないが…
とりあえず、今はルルーシュを黙らせる事が最優先だと考える。
そして…ライが気がついた事もいくつかある…
この、姫君たちが集められた時から…心に引っかかっていた事…
「あと…僕自身が気づいた事をお話ししてもよろしいでしょうか?ひょっとしたら、殿下が今、お話ししようとした事と被る内容もあると思いますので…」
ライの言葉に…ジェレミアとスザクは勿論、ルルーシュも驚いたような表情を見せる。
ライの、この真剣な目を見て…ルルーシュはただ、かすかに頷く事しか出来なかった。
「とにかく、腰掛けて、落ち着いてお話ししたいと思います…。ベッドサイドにこの部屋にある椅子を持ってきて頂けますか?色々と、想像の範囲からは抜け出せないのですが…込み入った話にもなりますし、下手をすると、色々な問題の生じる様な発言もありますので…」
ルルーシュはライのその言葉に…彼自身も、ルルーシュの考えた可能性に気づいている事を察した。
恐らく…これから彼が話す事は…今、ルルーシュが話そうとして事と同じ事だ。
そう思った時…ルルーシュの身体から少しだけ…力が抜けた。
そして…はぁ…と大きく息を吐いた…
そのルルーシュの様子を…スザクもライも…見逃さず…少しだけほっとした表情を見せた。

 そして、3人がルルーシュが無理にならない程度の距離に腰かけて、ライの話を聞き始めた。
「今回の…姫君の招集…なんだかおかしいと思ったんです…。ルルーシュ殿下にも伝えられる事もなく…そして、ジェレミア卿でさえも集められた姫君たちの資料をきちんと吟味しないままに…集められている…。確かに…これまで戦争状態だった国との停戦に伴って、ブリタニアと同盟関係を築く為に姫君を送ってきた国や組織もあります。ただ…そう云った出自の姫君たちの情報が…完全にルルーシュ殿下の居住区の一部の人間にのみにしか伝えられていない事は…異常です…」
ライの発言に…ジェレミアもスザクもはっとする。
「確かに…これまで、ルルーシュ殿下への謁見の際には…必ず私がチェックをしていたが…しかし…あれだけの人数を集められた時点で…疑うべきだったな…」
ジェレミアがライの言葉に口惜しそうに…そして、後悔の念を込めて言葉にする。
「じゃあ…ルルーシュの居住区内の人間が…?」
スザクが率直な疑問を投げかける。
「そうですね…。そう考える事が一番解りやすい構図になると思います…」
となると…一番疑わしくなるのは…
「執事長…」
執事長の近くには、最近、ルルーシュの後見貴族の娘である…ミレイ=アッシュフォードが付いていた筈だ…。
彼女がどこまで執事長から話を聞いていたかは知らないが…
「そうなると…あの…ルルーシュの…と云うか、ヴィ家の後見貴族であるアッシュフォード家のミレイ嬢は…?まさか…彼女も…ルルーシュを陥れようと…?」
スザクの声に…ジェレミアもぐっと言葉を飲み込むが…ライは冷静に分析した上での可能性を話し続ける。
「考えられる可能性はいくつかあります。元々、執事長はエリア11の前総督閣下と懇意にしておられたという事は…噂でも聞き及んでおります。一つは…執事長とアッシュフォード家が通じているという事…。一つは、執事長が、ルルーシュ殿下とアッシュフォード家を引き離そうとしているという事…。そして、もう一つ…執事長自身、何かの力によって情報を遮断されているという事…。今回の場合、確実にあんな形でルルーシュ殿下の身を危険にさらし、お怪我をされております。となれば、この責任追及は…確実に執事長に向けられる事は…必至かと…」
ライの語る可能性は…本当に解りやすい可能性だ…。
一番考えやすい可能性は…そして…他にある可能性は…と、それぞれが頭を働かせる。
ルルーシュの表情を見ても…ライと同じ事を考えていた事が良く解る。
「殿下…気づいておられたのですか?」
ジェレミアがルルーシュの顔を見てそんな風に尋ねる。
そして…ルルーシュは力なく頷く。
そのルルーシュの姿を見て…スザクもライも…なんだか悲しくなる…
―――何故…そんなに抱え込むのだろうか…

 ルルーシュの力なく頷いた姿を見て…スザクもライも言葉を出す事が出来なくなる。
その後…沈黙がしばらく続いて…その沈黙をいつまでも続けている訳にも行かず、ジェレミアがそれを破った。
「他に…可能性としては…私があの事件の後で取り調べをしていたが…あの女自身はラティス公国の姫君ではない事は解っています…。あの女が勝手に姫と入れ替わったとは考えにくいので、ラティス公国の王家も確実に関係していると考えるのが自然です。まして…あの街の出身の娘だと解れば…充分に考えられます…」
その話をしていた時は流石にルルーシュも聞こえていなかったのか…そのジェレミアの話に目を見開いている。
ルルーシュ自身…思い出したくない…でも、忘れてはならない過去…
元々、ルルーシュの名前を世界に知らしめることになった…過去だ…
「でも…それは…戦争での話…だったら…」
スザクがそう言うと…ルルーシュが横に首を振っている。
「そ…それは…軍人…の立場だから…云える事…。巻き込まれた者は…自分の…大切な者を…奪った者を…決して…忘れない…。私とて…誰なのか解らない…母を殺した…者を…未だに…忘れていない…」
まだ、身体が辛いのか…普段の様な聡明なルルーシュとは思えないようなしゃべり方だ。
そして…喋り終えると…傷が痛むのか…ぐっと目を閉じている…
「バカ…そんなに辛いなら…喋るな!でも…ライやジェレミア卿の云っていた可能性は…ルルーシュも気づいていたんだな…?」
スザクがルルーシュに駆け寄ってそう尋ねると、痛みを堪えながら頷く。
「あと…もうひとつおかしなことがあります…。あの娘がラティス公国の出身で、ラティス公国の王家に命を受けてこのような真似をしたのなら…どうやってあの場にナイフを持ちこみ、そして…何故、ナイフだったのでしょうか?」
ライの言葉に…スザクもジェレミアも動きが止まる。
ラティス公国は小型の精密な武器を製造する技術に優れている。
大規模な戦争で使われると云うよりも、政敵を暗殺する為の…テロの為に隠し持ち易いように作られた…小型の精密な爆弾を製造する国だ。
そんな武器は国家としては国内の流通を許す訳にはいかないが…その辺りは隠す為に作られている武器だけあって、闇ルートでは高値で取引され、マフィアやテロリストたちは云い方は悪いが、ラティス公国の外貨の為の上客だ。
表向きには精密機械の輸出で経済を支えている事になっているが…この、闇ルートからの外貨が占めるラティス公国の国家予算は3割とも4割とも…もしくはそれ以上とも言われている。
おまけにブリタニアに攻め込まれ、敗戦を期してからは国民皆兵で永世中立を宣言している。
そんな物騒なものを輸出して国家予算を支えている様な国が国民皆兵として、永世中立を宣言してしまっては…ブリタニアも迂闊に手を出せなくなった…

 ただ、国際的な信用の問題もあり…ブリタニアとは協調体制を取ろうとしたのか…もしくは、ブリタニアの有能な宰相の力を削ぐ為にまず、宰相のお気に入りのルルーシュを抹殺する事を考えたのか…
ただし…これも、考えられる可能性の一つに過ぎないが…
他にもブリタニア国内の思惑が絡んでいるという可能性もあるのだ。
「確かに…ルルーシュ殿下を亡き者にして、なおかつ、ブリタニアの名を貶めるのなら…女に遠隔操作のできる小型爆弾を仕込んでおいたほうが遥かに効果的だな…」
「ラティス公国がそこに気づかない訳はありませんね…。ナイフで刺したとしても、ルルーシュは皇族…。そう云う時に致命傷を避けるための訓練はそれなりに積んでいるのでしょう?」
スザクもジェレミアの意見に賛同する。
「ああ…恐らく、今回も殿下が咄嗟のところで僅かに避けたから…致命傷だけは避けられた…。ブリタニアの皇室とは…まぁ、あまり自慢できない話だが…権力争いの為に王宮内で様々な策略や謀略が張り巡らされている。だからこそ…そう云う訓練が必要になる。また、薬物に関しても…ある程度の睡眠薬程度なら効かないように訓練されている…。会ってはならない事だが…それが…ブリタニアの皇室の現実だ…」
確かに…策略、謀略が闊歩する中…そう簡単に気を失っていたら命がいくつあっても足りない…
「色々可能性がありますけれど…とりあえず、執事長とミレイ嬢から話を聞きましょう…。そして、アッシュフォード家から訪れているメイド二人も…」
あまり考えたくない可能性から潰して行こうと…ライがそう告げる。
「ジェレミア卿…現在姫君方は?」
「とりあえず、与えられた部屋から一歩も出ないように指示してある。もし、勝手に部屋から出た場合には問答無用で射殺するとも…。このような事になって、そのくらいの事を承知していない様な姫なら…ルルーシュ殿下にとっては邪魔なだけだ…」
脅しにしても…相当過激な命令を下していると思うが…
しかし、この状況ではある意味仕方がない。
「あと…ラウンズの方々を…。あの会場には…ヴァインベルグ卿、アールストレイム卿、ブラッドリー卿がいらした筈です…」
「あと、ブラッドリー卿のヴァルキリエ隊も…」
とにかく…今は一刻も早い事態の把握と収拾に努めなくてはならない…
こんな時に限って…ルキアーノは報告の為に戻ってきているが…ヴィレッタもキューエルもキュウシュウに出て行ったままだ…
「あと…ロイドと…セシルを…。それから…皇の姫と…中華連邦の…」
無理矢理声を出すルルーシュに…彼自身、どんなふうに軍の中で生きてきたのかを…垣間見たような気がした…
―――いい加減…自分の体を労わってくれ…

 3人はルルーシュを寝かしつけ、この部屋の入り口は3人それぞれのパスワードを入れないと開かないようにロックをかけ、このフロアには誰も近づけないようにしてから政庁の会議室へと向かった。
会議室へ行くと…3人が必要と認めた人物たちが揃っていた。
事の次第は既に全員が知るところだったので、全員が深刻そうな表情をしている。
そして…会議室前方のモニターにはシュナイゼルの姿が映し出されている。
「シュナイゼル殿下…この度は…」
ジェレミアがシュナイゼルに謝罪の言葉を告げようとしたが…その言葉はシュナイゼルによってすぐに遮られた。
『ジェレミア!これはいったいどういう事なんだ!そもそも、何故私のところにルルーシュの婚約者探しをしているという報告が入ってこない!』
ここにも…可能性を思わせる発言が出て来る。
正直、様々な可能性が入り混じっていてとてもではないが頭では整理しきれる自信がなくなってくる。
「執事長…貴殿がシュナイゼル殿下にお伝えすると…そう私に云ったな…?ここで虚言をしても全て、記録に残っている…。これはどう言う事なのか…説明して貰おうか…」
ジェレミアが執事長を睨みつけながら事の詳細を説明するように執事長に命令する。
ジェレミア自身、この執事長が前総督と懇意の仲であった事を忘れていた事に…腹を立てているのだ。
「私は確かに…お伝えを…」
執事長がしどろもどろになって言い訳するが…
その言い訳も許さないとばかりにシュナイゼルが執事長の言葉を遮った。
『ヴァルド執事長…私は確かに様々な任を抱えている…。しかし…神聖ブリタニア帝国宰相の片腕と称されるルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの身辺の報告をないがしろにする程…自分の配下を粗末にしていないつもりなのだがね…』
シュナイゼルの詰問に…執事長も言葉を出せなくなる。
この執事長の態度に…彼自身が絡んでいる事は明白となる。
しかし、この男一人でこんな事が企てる筈もない。
『ミレイ=アッシュフォード…君は、ヴィ家の後見をしているアッシュフォード家の御息女だったね…。いくつか…質問をしたいのだが…いいかな?』
シュナイゼルの声は…怒りがこもっている事が良く解る。
ジェレミアも、ここに呼ばれたミレイもジノも…シュナイゼルがルルーシュの事を慈しんでいる事を知っていた。
その怒りは尤もだと…納得できる程に…
「はい…。私でお答えできる事であれば…」
ミレイもシュナイゼルの言葉に…一歩前に進んでそう答える。
ここで…彼女の言葉で…様々な者が動いて行くと…その場にいる誰もが思った…
そして…ミレイ自身は…胸を張って…モニターに映るシュナイゼルの目を真っ直ぐに見ていた…

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