>

皇子とレジスタンス



遠のいた意識の中で

 いずれ…こんな事もあるだろう事は…
覚悟していた…
それだけの事をしてきたのは…
自分…
だけど…今の自分には…
守らなくてはならない存在の他に…
傍にいたい存在も出来た…
『黒の死神』とまで呼ばれた自分に…
そんな事は許されないのかもしれない…
それがたとえ…自分の大切なものを守る為だったとはいえ…
それは…自分自身の都合で…
自分自身の理屈…
やってきた事は…そう呼ばれても仕方のない事ばかりだ…
自分の策によって…たった一つしかない命を散らされた者…その為に遺されてしまった者にとっては…
自分の抱くそんな理屈など…通用する筈もないし、言い訳にすらならないだろう…
だから…常に撃たれる覚悟はしてきた…
自分が…前線に立ち、ブリタニアが『敵』と認めた相手に対して…容赦ない攻撃をしてきた事は事実だし…
それが…自分が望んでやってきた事ではなくても…
その相手にとっては…そんな事は関係ない…
その相手に残るのは…自分にされた事の結果だけ…
理由があったって…やりたくなくてもやらなくてはならなかったとはいえ…
それを回避できなかったのは…自分が非力であったためだ…
それを回避したいと望んだ事はあったとしても…それを実現できなければ…それはただの机上の空論…
解っている…
自分にも言い聞かせてきたはずだ…
『撃っていいのは…撃たれる覚悟のある奴だけだ…』
と…
母の…血まみれの遺体を目にして…
容赦のない銃痕…
そして…目を瞑ったまま…動く事のなくなった母…
彼女は…父…ブリタニア皇帝の騎士であった…
その中で…多くの命を…その手にかけてきたと云う…
ブリタニアは…他国をその力で支配することで世界に影響力を持ってきたから…
だから…母も…常に感じていたのかもしれない…
自分がしてきた事が原因で…その命を消される日が来る事を…
自分が…軍人となり、自分の策によって命を散らした者は…敵・味方関係なく…数え切れないほどいる…
そして…最初の頃は…その、自分の記憶する事が出来る事で…自軍の犠牲者の名前を全てを記憶してきた…
しかし…それが出来たとしても…出来るからと云ってそんな事をしていては…自分の心が崩れて行きそうになり…発狂しそうになった時…
異母姉に言われた…
『軍人として身を立てて行くつもりなら…忘れる事を覚えろ…。出来ないなら…最初から頭に入れるな…』
と…
確かに自分の頭の中にそんな名前を残しておいたところで…何もできない事を思い知った…
ただ…自分の『罪』を思い知るだけ…
そして…重く圧し掛かるだけ…
本当に死んでしまいたいと思った時…ナナリーを思い出した…
自分が死んだら…誰がナナリーを守ると云うのか…
確かに…異母姉妹たちが…ナナリーを守る為に協力してくれているが…実際に守れるのは…自分だけ…
そう云い訳して…
自分は…忘れる事を覚え…やがて、頭に入れない事を覚えた…
今回の事は…それまでに積み重ねてきた…自分自身が逃げてきた事の…ツケなのか…
やっと…やっと…見つけたと云うのに…

 ナイトオブテンから連絡を受けて、ルルーシュの二人の騎士たちが慌ててルルーシュが収容された治療室へと入ってきた。
「ジェレミア卿!」
中に入るなり、スザクがジェレミアの名前を呼び、そして…目を閉じて、様々な医療機器に囲まれているルルーシュを見る…
「一命は取り留めた…。今回…殿下を刺した女は…こちらの調査の不手際としか言いようがないが…本物のラティス公国の姫君ではなく…替え玉だったらしい…。しかも…その娘の出身地を調べたところ…」
ジェレミアがそこまで云うと…
言葉を切って…表情を曇らせる。
よほど…ジェレミアにとって…否、今はその事実を知らないルルーシュが後に聞いたとしてもきっと…色々と事情があり、複雑な事がらが含んでいると納得してしまうようなことなのだろう。
「あの…自分は今回…ジェレミア卿の指示によってあのパーティに参加しておりませんでした。しかし、このような事態になったとあっては、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの騎士として…我々は動かなくてはなりません…。ジェレミア卿、説明をお願いします…」
スザクがきっぱりと言い放つ。
今回の事は…内部の失態でもあるし、いくらスザクとライがバカげた嘘をついたからと云ってルルーシュの傍から離したジェレミアのミスでもある。
命は取り留めたと云っても、復帰できる時期の問題、今回の事件の詳細な調査とラティス公国との交渉、そして…ルルーシュ自身が後遺症もなく、復帰できるかどうかの問題…
ルルーシュ自身が前線でナイトメアを駆って戦うと云う事はあまりないし、基本的には作戦を立て、指揮を執る側の人間だ…
云い方は乱暴かもしれないが…手足が動かなくなる…と云う程度であれば、今の地位から引きずりおろされるようなルルーシュではない。
これまでのルルーシュの働きと云うのはそう云った形のものだった。
しかし…精神的な後遺症や、脳に重篤な後遺症などが残った時には…
ただ…スザクもライもこれまでのルルーシュがあまりに自分に対して優しくない…周囲の事ばかりを考える様な主だったから…
ルルーシュがきっと怒るかもしれないが…
―――いっそ…戦場に立てなくなればいい…
そう思ってしまう。
確かにルルーシュの皇族としての立場は不安定なものだし、ナナリーを守ると云う部分においては…そんな事になったらルルーシュ自身、困難を極める事になる。
でも…エリア11…この日本でのルルーシュの働きを見て…スザクは…
―――甘えかもしれないけれど…『キョウト六家』が最低限のフォローをしてくれるかもしれない…
などと考えてしまう。
それがダメなら…スザクとライだけでも…ルルーシュとナナリーを守る為の剣と盾となればいい…
それに…ブリタニアの皇族と云う立場から降りてしまえば…いっそ…今のような自分を削る様な事をしなくたって…ひっそりとルルーシュはナナリーと過ごす事が出来るかもしれないのだ…
確かに…元皇子と云う立場は消える事はないかもしれないが…
現在の熾烈な皇位継承権争いから身を引く事が出来れば…
ルルーシュがこんな形で頑張る必要がないのだ。
ルルーシュ自身、自分の皇位継承順位をよく心得ている。
だから…自分の命をどぶに晒すような真似をしなくても…
そんな風に思えてきてしまう…

 ジェレミアがスザクとライの表情を見て、一度、大きく息を吐いた。
「ルルーシュ殿下を刺したのは…ラティス公国の姫の替え玉として送り込まれた17歳の少女だ。そして…彼女は…ルルーシュ殿下が『黒の死神』と呼ばれるきっかけとなった街の…出身だと云う…」
ジェレミアの言葉に…スザクとライが息をのんだ。
その事は…色々な資料で調べて…大まかな事を知っていた。
ルルーシュが指揮を執り、指揮官の身柄を引き渡すように要求して…そして、それに応じなかったその街をナイトメアで取り囲み…火の海にしたと云う…
資料に書かれている事はごく簡単で…確かに…指揮官としてはそうせざるを得ない状況だったのかもしれないが…
しかし…それでも、指揮官一人の為に街を焼き払ったと云う…その噂だけで充分に名前を轟かせる事となるだろう。
まして…10歳を少し超えた程度の子供が…その様な真似をすれば…世界は驚愕するに決まっている。
「あれは…真実は違うのだ…。お前たちには…話しておいた方がいいだろう…。あの時…確かにルルーシュ殿下は、ナイトメアで街を取り囲んだ…。そして、その時の敵側の指揮官がそこに立て籠もっている事も知っていたし、裏付けも取れていた。だから、その街の責任者に指揮官を引き渡すように要請を出した…」
ジェレミアがポツリポツリと話し始めた。
本当は…こう言った話を誰かの教える事をルルーシュは極端に嫌う。
結果が全てであり、過程など…どんな事情があったとしても、結果が伴わなければ意味がないと…
確かに…ブリタニアと云う国はそう云う国だ。
結果が全てであり、手段は基本的に問われる事がない。
中にはその、非道な作戦に対して異を唱える者も皆無と云う訳ではないが…結局、そう云った評価を下す者であったとしても、他の方法があったのか…と聞かれると言葉が出ない状態に陥っている。
ルルーシュ自身、その歳でシュナイゼルに認められる程の才覚を持っているのだ。
それに…子どもならではの何の曇りもない目でその戦火を見つめているのだ。
本当は…こんな子供がそんな判断を下せるようになってはいけない…
と云うよりも、そんな才能を生かす事が出来るような世の中ではいけない…
最終的にルルーシュの取った方法を非難した大人たちは口をそろえて、そんな事を云い放つ。
ルルーシュの事情を知る者など…いない中…
「あの時…街の市庁舎から訪れた使いの者が…ルルーシュ殿下に、その時のルルーシュ殿下の要請に対する返事を持ってきた…。否…持ってきたふりをして刺客を送りこんできたのだ…。ルルーシュ殿下自らが正式な返答と判断してその者の前に姿を表し…その者は…完全に武器は取り上げられていたが…ラティス公国で製造された…小型の爆弾をのみ込まされていた…。勿論起爆装置はその者自身は持っていない…」
この時点で…スザクもライもただ…そのジェレミアのウソのような真実を聞いて…驚愕するばかりだった…
ラティス公国…小国とはいえ、小型の武器の製造は世界が注目している国だ…
そして…まだまだ、表に出てきていない武器もあるし、この国で開発された小型武器の中には『人道的配慮』の名の下に国際的に使用を禁止しているものもある。(それが、戦争の中であったとしても)

 ジェレミアは二人のその表情を見ながら、内心、『驚くのも無理はない…』そう思いながら、表情を変えずに淡々と話し続ける。
「そして…その者の様子がおかしいと感じたキューエルが間一髪のところで殿下をその者から遠ざけた…。それと同時にその者の体内に隠された爆弾が…爆発した。確かに…そんな小型の爆弾であったからあの場で、誰も気づかなかったとしたら、その者とルルーシュ殿下だけが犠牲となる程度の規模のものだ。しかし…ブリタニア軍にとっては…その時にルルーシュ殿下を失う事は…その戦いの負けを認めるのも同じだった…。殿下は飾りの指揮官ではなく、その時にはちゃんと…指揮官としての働きを見せていたからな…」
それまで…どこにも語られていない過去…
きっと…ブリタニアの皇族で、軍に所属している者であれば、一つは二つ…その様な事を経験しているのだろう…。
それ故に…有能なものだけが生き残り、自分の才覚を知る者は、決して自分の才能に見合わない場所にはいかない…。
しかし…ルルーシュにはその選択の余地などなかった…
シュナイゼルの軍に入り、こうして頭角を現す事が出来たのも…ただ…偶然だった…
たまたま、ルルーシュがその才覚を発揮できただけの話…
「そして…ルルーシュ殿下は…その時、初めて戦場の中で、どのような有利な状態にあったとしても…スポーツと違い、ルールなどない中で…非情、冷酷に徹する事を誓われた。ナナリーさまをお守り出来るのは…ルルーシュ殿下だけだから…と…」
ルルーシュは…どのような状況であっても…戦場でも、普段の生活でも…表情を崩さない。
何を考えているのか解らない…
スザク自身…ルルーシュがスザクの名前をやっと…ファーストネームで呼ぶようになった時には…ただ…自分自身、やっと、認められたと喜んだのだが…
ルルーシュの中ではスザクは…元々はレジスタンスのリーダーであり、ルルーシュと敵対する立場にあった者…
ルルーシュの本来の一人称は『僕』…
やっと、ルルーシュがスザクの名前をファーストネームで呼ぶようになっても…やはり自分の一人称を『私』から変える事がない…
決して…ルルーシュは自分の素顔を見せる事がない…
そんな気がしてきた…
「ジェレミア卿…今回の事…我々も調査に参加いたします…。もし、許可を頂けなくとも、僕と枢木卿は…動きます…。その結果…枢木卿の騎士としての立場を…僕のルルーシュ殿下の親衛隊としての立場を剥奪されたとしても…」
ライが…怒っているのか…悔んでいるのか…良く解らない瞳をジェレミアに向ける。
確かに…今回の事は執事長たちを含め、ジェレミア達のミスだ。
ルルーシュの婚約者を決めて…少しでもルルーシュの後見に役立ってくれそうな姫君を…と考えたジェレミアの思惑もあった事は確かだ…
ヴィ家の後見は…本当に数少ない…。
それ故に…ルルーシュは貴族の中のコネクションを持たず、シュナイゼル軍の中ではともかく、時折出席する事のある皇帝への謁見の際の発言力も大きくない。
皇子であり…有能な才覚を持ちながら…それでも、ルルーシュよりも無能な皇子たちの後見貴族の力によって無能な皇子たちの発現を優遇されてしまう現状に…ジェレミア自身、焦りを覚えていた事も事実だったから…

 ジェレミア自身、今回の自分の失態を認めている。
今回の事での責任は負う覚悟はある。
現在の『辺境伯』と云う身分も…良くて格下げ…下手をしたら剥奪もあり得る。
「お前たちには…ちゃんと動いて貰う…。今回の事は私の失態だ。お前たちは何をしても構わん…。私の『辺境伯』の名を使え…。他にもルルーシュ殿下に逆恨みする者たちがあの中に紛れこんでいるかもしれない…。と、なれば、ルルーシュ殿下の婚約者探しは頓挫したとしても…これは国際的な問題だ…。確実に相手国からの要請が来る…。その際、ルルーシュ殿下に求婚せずとも…他の皇子殿下や、高い身分の貴族にその話が行く…。その時にその国の思惑に乗せられるバカどもが出てきてしまっては…ルルーシュ殿下にとっても良くない…。だからこそ…そう云った者たちを確実に…探し出してくれ…。その者の排除は…私がやる…」
ジェレミアの目は…
確実にその後、極刑さえも厭わないと云った目をしている。
そんな事は…きっとルルーシュも望まない。
そして…ルルーシュの側近であるジェレミアがそんな事をしたら…ルルーシュにも累が及ぶ…
「ジェレミア卿…バカな事だけは考えないようにして下さい…。こうなったら、自分も『キョウト六家』に要請します。幸い、神楽耶が正室候補として紛れ込んでいますし…。少なくとも、俺がレジスタンスだった頃…率いていた者たちは…ルルーシュに対して不信感を持ってはいません…」
スザクはジェレミアの目を見て…そう告げる。
「少なくとも…カレン=シュタットフェルトにはルルーシュ殿下に借りがあります…。彼女の母親を…救って貰ったと云う…」
ライがスザクの言葉に続いた…
これは国際的な問題だし、ブリタニアの中でも皇族がこうした形で重傷を負っている事件だ。
こんな状況になっているのであれば、ここに集められた姫たちの身辺調査をしたところで、批難される事もないし、隠し立てするのなら…全力で暴く事をこちらも考える事は相手側も計算するだろう。
ブリタニアは…世界最大の帝国…
その帝国の…皇位継承順位が低いとはいえ、帝国宰相のシュナイゼルの片腕で、お気に入りの皇子をこのような目に遭わせた国への報復は…きっと始まる。
そして…これから、その様な事を考えようとする者たちへの牽制も兼ねて…シュナイゼル自身が出てくる可能性もある。
まだ、意識を失ったままのルルーシュを見て…
これからまた…世界が動き始めると…
この場にいる者たちが思う…
現在のところ…普通だったら思いつく様な矛盾点などが頭に思い浮かばない程の状態である…。
ラティス公国…
その国の特色を考えた時…
ルルーシュなら気付いたかもしれないが…
しかし…今のスザク、ライ、ジェレミアには…その事に気づく事が出来ずにいる。
「ま…待て…」
もう一人の…彼らを制止する声が聞こえた…。
ルルーシュが…目をゆっくりと開け…彼らを見ていた…

『嫉妬と疎外感』へ戻る 『可能性と疑惑』へ進む
『皇子とレジスタンス』メニューへ戻る

copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾