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皇子とレジスタンス



嫉妬と疎外感

 姫君たちに囲まれ…完全にうんざりしていた時に、スザクとライの機転でその場を逃れた後…ルルーシュはこれまでに経験した事のない自分の感情に悩まされる。
―――孤独感…
エリア11に赴任してから常に何かをする時にはこれまでには経験した事がなかった…ジェレミア以外の人間を傍に置いて、遂行するという行動をしていた事に…改めて気づく。
ジェレミア、キューエル、ヴィレッタたちを自分の傍に置いて…と云うがそれまでのルルーシュの行動パターンだった訳だが…。
彼らは母、マリアンヌを敬愛して…だから、その子供であるルルーシュを守ってくれている事を知っていた。
特にジェレミアなどは、マリアンヌを守れなかった事を酷く悔やんでいたから、ルルーシュに対しては時に厳しく当たる事もあったし、その全てを持ってルルーシュとナナリーを守り続けていた。
だから…彼らは『ルルーシュ』個人に対して…と云うよりも『マリアンヌ』への忠誠がそうさせている部分は否めなかった。
ルルーシュがシュナイゼルの下でその実力を発揮するようになってからも、彼らはルルーシュを本当によく守ってくれている。
『マリアンヌの遺児』を守る為に…
ルルーシュ自身、そう思っている事の方が気楽だったし、色んな大人たちから聞かされる母の遺してきたその偉業を聞くたびに、自分に対する評価がどんどん小さくなって行った。
だからこそ、努力もするのだが…それでも人々の心の中にある『マリアンヌ』の存在は大きなものであると知れば知る程…自分自身に従ってくれる者などいない…今、ルルーシュに従ってくれているのは『マリアンヌ』のお陰…と云う意識は相変わらずだった。
だからこそ…エリア11に来てから出会ったスザクとライの存在は…ある意味ルルーシュに取って色々と初めての存在だ。
まず、『マリアンヌ』を知らないのに、ルルーシュに従った初めてのルルーシュの配下の者だ。
ライなどは元々、シュナイゼルの配下である特派にいた訳だが…それでも現在は特派ごとルルーシュの配下となり…ライ自身は、完全に一個人としてルルーシュを守っている。
スザクに至っては、ブリタニア人風にいえば、ナンバーズのイレヴンだ…
それなのに…『ルルーシュを守る』と云う名目があればルルーシュの命令を平気で破る。
仮にもブリタニアの皇子の騎士が…自分の主の命令を背くという行為は…事と次第によっては懲罰の対象となるのだ。
今のところは大きな騒ぎになる程の命令違反は犯していない。
でも…これまでの彼の行動を見ていると…なんだか『本当にこいつ…自分自身を守る気はあるのか?』と云う心配までしてしまう。
そんな存在がルルーシュの中で出てきた事は…本当なら喜ぶべきことなのかもしれない…
これから先、自分自身が懲罰の対象となる事を恐れずにルルーシュを守ろうというその姿勢は…異母姉、コーネリアの騎士であるギルバート=GP=ギルフォードを思わせる。
彼もまた…自分の主に敬意を抱き、自分の全てを持って主を守ろうとする騎士だ。

 そんな頼もしいルルーシュ個人の配下が二人もいると云う事は…確かに喜ぶべきことだ。
皇子として、総督として…これ程心強い事はないのだが…
しかし…ルルーシュにも感情はあり、実際にはまだ15歳の若輩者だ…
ルルーシュと同じ世代と比べれば…確かにルルーシュは感情のコントロールは出来る方だし、恐らく、遥かに大人びた少年であるかもしれないが…
それでも、ルルーシュはまだ15歳の少年…本人がコントロール出来ると思っていても、自分自身には感情があるし、表向きの感情はともかく…ルルーシュの中には様々なルルーシュの本心が渦巻いている事は確かだ。
だから…自分の中で生まれてきた…二つの思い…
―――嫉妬と疎外感…
つまり、この間のスザクとライのやり取りに…ルルーシュは不安感を抱いたのだ。
この二人は…お互いを見知ってそれほど時間は経っていない。
確かにスザクとライは戦場でも対峙している。
でも、共にいる時間はスザクもライも…政庁の中ではルルーシュと共にいる時間の方が長い筈だった…
それでも…
―――彼らは…互いに言葉にせずとも…その気持ちと通じ合わせて…あのような行動をとる事が出来る…。でも…私は…
そんな事を考えていると…気持ちはいやな方向へと落ち込んで行くのが良く解る。
今もあの時の非礼の詫びにと…パーティーが開かれている。
スザクとライは、あの時のウソがばれてジェレミアから今回のパーティー会場への立ち入りは一切禁止にしてしまった。
しかし、ルルーシュの護衛の事も考え…ナイトオブラウンズであるナイトオブスリー、ジノ=ヴァインベルグと、フクオカから報告の為に一旦呼び戻しているナイトオブテン、ルキアーノ=ブラッドリーを同席させている。
ジノはともかく、ルキアーノがいる事で更にルルーシュは現実逃避したい気分だった。 「殿下?」
主役が完全にボーっとしてしまっていて…流石にルキアーノもあんまりちょっかいを出してこない。
恐らく、毅然とした人間の表情を崩すのが好きなのだろう…
今のルルーシュをからかっても面白くないと踏んだのか…とりあえず、任務放棄にならない程度にパーティーを楽しんでいる様子だ。
大体ルキアーノ自身は別に、ルルーシュを陥れる事を目的としている訳ではないのだ。
単純に、普段、澄まし顔をしている人間の表情を崩す事を楽しんでいる。
戦場へ行くと…またちょっと違うようではあるが…
しかし、平時においては、皇帝から『エリア11で総督であるルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの護衛を背よ!』と云う命令が下っているのは事実のようで、個人的に付き合いたいとは思わないが、皇帝の命令を忠実に守っているらしい。
「ジノ…か…。なんだ?」
もやもやした状態でこの席に出ていること自体、問題があるのは承知の上なのだが…
しかし…こんな形で感情が揺らいだ事は初めてで…正直どうしたらいいのか解らない…

 ジノとしても、こんなルルーシュを見るのは恐らく初めてなのだろう。
心配そうにルルーシュを見ているが…
―――スザクやライとは違う…。恐らく…私を気遣っている事は確かなのだが…
そう思えてしまっている自分に戸惑いを覚える。
公務の中ではルルーシュは決して私情を挟む事はない。
これが戦場であれ、政務の場であれ…
「なんだか…気分がすぐれないようですが…」
ジノが遠慮がちにそう告げて来ると…ミレイやアーニャもその事に気付いたのか…
「ルルーシュ殿下…」
そう声をかけてきた。
姫君たちの敵意をむき出しにした視線など、ミレイやアーニャには通用しない。
この二人の場合、ルルーシュを守る為にここに紛れこんでいる訳なのだから…
「少し人に酔ってしまいましたの…」
「バルコニーに…」
そう云って、二人の少女たちがルルーシュをそのパーティー会場バルコニーへと連れ出す。
そして、ミレイとアーニャがジノに対して目でサインを送る。
ルルーシュはその様子を見て…更にそれまでに悶々としている感情が更に大きくなった。
―――自分には…こんな事出来る相手は…いない…
バルコニーに促されている間も…そんな事で落ち込んで行く。
こんな感情は初めてだ。
これが、戦場であったり、政務であったりしたなら…そう云ったやり取りは至極当然に行われるし、そういった場面に出くわした事もある。
そんな時にこんな風に感情が動いた事はなかった。
と云うよりも、作戦行動であったのなら…そうした行動をとる相手のその先を見通す事が出来たが…
しかし…こと、ルルーシュ本人が絡んで来る事となると、そう云った事をされた時にはそんな事をする人間のやろうとしている事も、思っている事もさっぱり解らない。
それがきっと、ルルーシュにとっての不安であるのだろう。
そして、自分の騎士たちに対しては…漸く心を許せる…そう思っていたスザクとライだったが…しかし…あの時の二人の行動は…ルルーシュ自身、それが嘘であると見抜く事も、やりたかった事も…あの二人から白状されるまではまったく…見当さえつかなかった。
「どうしちゃったのよ…ルルーシュ…」
誰もいないバルコニーに連れ出され…ミレイがそう声をかけて来る。
「え?」
ミレイのその一言にルルーシュは驚いた表情を見せるが…すぐに、確かにあの場で色々考え事をしていた事を考えれば、そう尋ねられても仕方がない。
「ルルーシュ様…完全に上の空だった…。ジノが…私に合図してくれた…。だから…ミレイと一緒に来た…」
アーニャにそう告げられて…ルルーシュの気持ちは更に沈む。
「アーニャは…ジノの事なら…何も言われずに解るのか?」
思わず出てきてしまった不安ゆえの一言…疑問…
ルルーシュのその一言に…ミレイもアーニャも驚きを隠せない。
「ルルーシュ…どうしちゃったの?一体何があったの?」
ミレイが心配になって…顔色を変えてルルーシュに尋ねてきた。
ミレイとしても確かに、こんな慣れない状況の中でルルーシュ自身ストレスをためているのだろうとは思ったのだが…
しかし、どんな状況でも、こんなルルーシュの姿を見た事も効いた事もないミレイとしては心配になって当然だった。

 元々、ルルーシュには『友達』と云うカテゴリーも『同僚』と云うカテゴリーもないのだ。
心を許す…と云うこと自体…慣れない事であり、知らない事だった。
だからこそ、自分の中で心許せる存在が生まれたことで、自分の中で整理できない事が生まれてきたのだが…ルルーシュにとっては知らない経験だったから…この状況把握をする事すら出来ないのだ。
「ジノは…あの場でずっと私の隣にいた…。でも、アーニャに対して言葉ではなく合図をしたと…アーニャは云った…。ジノがいつ、そんな合図を送ったのかも知らないし…。スザクとライも…さっきのジノとアーニャの様な…事をしていて…。でも…私には…何も解らなくて…」
ミレイの存在があったから…そんな事を口にできたのだろう…
スザクとライの事でなかったら、このバルコニーに出て来る事すらせず、また、あんな公の場でそんな様子を他人に晒す事など…なかったかもしれない。
自分自身で感情をコントロールできなかった事など…なかった筈なのに…と、ルルーシュ自身、自分の失態に舌打ちしたくなった。
「そっか…仲良くなっちゃったルルーシュの騎士たちに…ヤキモチ妬いちゃったわけか…」
ミレイがあっけらかんとそんな風に口にした。
ミレイの方が一つ年上で…アッシュフォード家がルルーシュ達の傍にいた頃には色々と弄られていたし、さからう事も出来なかった存在だったが…
「ジノは…別にただ、同じラウンズってだけ…。命令遂行の時…ラウンズとしての任務の時には…ああ云う事も必要…。ただそれだけ…」
ミレイの言葉にアーニャも続いた。
「別に…ヤキモチなど…。それに…私は皇族だ…。自分の感情など…」
二人の言葉で、ルルーシュがはっとして…ミレイの言葉を否定する事に躍起になる。
そんな様子を見ていて…ミレイは苦笑して、アーニャはまたも携帯電話を取り出して一枚、ルルーシュの写メを撮った。
「慌てるルルーシュ様の顔…記録…」
「あ、アーニャ…やめろ…」
「遅い…もう撮った…。それに、こんなレアなルルーシュ様…誰にも見せてあげない…」
どこまでもルルーシュをいじりたがる連中が集まっているものである。
これが…どこまで許せるかは…正直解らないが…
「ルルーシュ…やっと、そうやって、他人に対して感情を出す事が出来るようになったのね…。このエリアへの赴任…あなたの功績だけじゃなくて、あなた自身の為にも良かったんじゃないの?」
ミレイの言葉に…ルルーシュは不思議そうな顔をする。
そんなルルーシュの顔を見てまた、ミレイは苦笑を零す。
「まぁ、初めてできたんじゃないの?ルルーシュの中で…。部下でもなく、敵でもない…『友達』と云うカテゴリーが…」
ルルーシュは…ミレイの口から出てきた…『友達』と云う言葉に…ピクリと反応する。
これまでにそんな言葉…自分自身の中に出てきた事がなかった。
「友達…」
ルルーシュは…ミレイの言葉に…その一言を口にした…
自分の中に初めてできた…初めての存在…

 ルルーシュはほぅ…と息を吐いて…二人を見た。
「済まない…戻るよ…」
そう云って、その二人をバルコニーに残し、パーティー会場へと戻って行った。
正直、気が重いのだが…それでも、これも、皇子として、総督としての務めであると…
彼女たちの言葉で…少しだけ解った自分の気持ちの中のもやもやの原因…
原因が解ったとしても、解決できた訳じゃないが…それでも、原因が解れば…このもやもやを払拭する方法がある…
そう思えれば…少しだけ気持ちが軽くなる。
そして…会場に戻ると…
先ほどよりも表情が柔らかくなったルルーシュの姿を見つけるや…さっきまでは誰も声をかけて来なかったというのに…姫君たちがわっとルルーシュを取り囲んだ…
その状況に…ルルーシュは…
「しまった…」
と口の中で呟いてしまう。
さっき、落ち込んだ状態では誰も声をかけて来る事はなかったのだが…
「殿下…どちらへいらしていたんですの?」
「殿下がいらっしゃらないと寂しいですわ…」
「なにか悩みごとでしたら…私が…」
矢継ぎ早に、何とかルルーシュの寵を受けようとする姫君たちが取り囲んできた。
一難去ってまた一難…と云うよりも、さっきまではそんな事さえも頭の外に放り出されていたのだが…
「あ…あの…姫君方…」
女の扱い方を知らないルルーシュは…この女たちをあしらうだけのノウハウもなく…
取り囲まれて…
無抵抗のまま、好き放題にされている…。
そして…その輪の外から…アッシュフォード家から送り込まれたメイド、篠崎咲世子がある一人の女の様子がおかしい事に気づく。
その女の眼光は…
余りに…この場にそぐわない…
元々、こんな会場でそんな騒ぎは起きる筈はないと…そんな風に考えていた甘さを…その直後に思い知る…。
「ルルーシュ様!」
咲世子がその場の空気を壊す事を承知で…ルルーシュの名前を呼ぶ…
その直後…
「きゃああ…ルルーシュ様…!」
「ルルーシュ殿下!?」
ルルーシュを取り囲んでいた姫君たちから悲鳴が上がる。
ルルーシュ自身、一瞬何が起きたのか解らなかったようだが…
それでも…腰から感じる痛みが…ルルーシュにいやおうなく状況の把握をさせる。
そして、周囲から見て…はっきりと解る…
顔から血色がなくなっている…
その輪が…一人の女を残して散っていくと…ルルーシュがその場に倒れ込んだ…
「殿下!」
ジノが漸く状況を察して…散り散りになった輪の中に残ったその女を捕らえる…
「貴様…!」
ルキアーノもその状況に会場にメイドとして紛れ込ませていたヴァルキリエ隊にその女の従者たちと捕らえるように指示を出し、ルルーシュの騎士たちに連絡する。
―――ここに…スザクとライがいたら…こんな事にならなかったのだろうか…。以前の私なら…絶対にあり得ない…失態だ…
薄れて行く意識の中で…ルルーシュはそんな事が頭を過っていく。
辺りは騒然となり、ルルーシュの状況把握を急ぐが…
しかし…そんな彼の護衛役たちの行動をあざ笑うかのように…ルルーシュの腰に刺さっているナイフが作っている傷から…ルルーシュの血が…流れ続けていた…

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