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皇子とレジスタンス



現実逃避

 ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…15歳…
神聖ブリタニア帝国第11皇子にして、第17位皇位継承者…
現在、神聖ブリタニア帝国の植民エリアである、エリア11の総督を務め、彼のその西鶴と努力により、他の植民エリアではあまり見られない、元々その地に住んでいた者たちからも支持を受ける唯一の総督とも言える…
現在、その、有能な少年総督は…心の底からこの場を逃げ出したい…という衝動に駆られていた…
普段、執事長やジェレミアからの小言の時には部屋の隅っこで笑いを堪えている彼の専任騎士である枢木スザクも…現在の状況に…少しだけ憐みを感じてしまっていた。
そして、唯一の親衛隊員であるライは…この状況にどうしていいのか解らず、おろおろするばかり…
現在…ルルーシュの周囲には…彼の婚約者候補として集められた姫君たちがこれでもかと取り囲んでいる状態だ。
恐らく、ブリタニアの皇子とはいえ、第11皇子で皇位継承権も17位と云う皇子の資料などろくに見もせずに来た者たちが殆どなのだろう…
彼がこの、ルルーシュの居住区に来て、一度は彼女たちに顔見せをしているのだが…
その時点で、彼女たちの目の色が変わった…
確かに有能ではあっても、出来る事なら見た目も重視したいと思うのは女心と云うもので…
しかし、先行き不透明な皇子の下に嫁ぐなど、考えたくもなかった彼女たちだが…
それでも、実際にその、亡くなったマリアンヌ皇妃と瓜二つのその皇子の姿を見て…そして、噂で聞く、その有能さを思い出し、彼女たちはとにかくルルーシュから寵を頂こうと必死になり始めていた。
本当かうそか解らないような特技を口にしてみたり…慌てて彼の溺愛する妹姫の資料を集めてわざとらしく褒め称えてみたり…やたらと色目を使ってみたり…
それが、ルルーシュの仕事が終わって、プライベートエリアである居住区に戻ってくる度にそんな女たちの攻撃を受けて…
ルルーシュはすっかりやつれ、げっそりとしている。
正式なお妃候補であるのだから…確かに丁重にもてなさなければならない事は解っているのだが…
そもそも、ルルーシュが仕えているシュナイゼルだって未だ、后はいないと云うのに、ルルーシュにこんな見合い話を持ってきて、さっさと后を決めろと云うのはどうかしているとルルーシュは思っているのだが…
しかし…シュナイゼルの場合、話が来たとしても、それを突っぱねるだけの力がある。
ルルーシュにはそれだけの力がない…
それだけのことなのだ…
そして…その力のない自分自身に一番腹立たしく思えている瞬間でもある…
確かにルルーシュはこれまで熱心に色々な勉強をしてきたが…
その勉強してきたカテゴリーの中に…『女』と云うものは一切入っていなかった。

 しかし、これまで勉強してこなかったからと云って…それが、今ここにいる女性たちに対して無礼な振る舞いをしてもいいという事にはならない。
一応、皇族として、最低限のそうした場での人との接し方は学んできているが…
しかし、ルルーシュの場合、そう云った華やかな席でその勉強した知識を活用するという事など殆どなかったのだ。
時々、異母兄などが開く晩餐会に呼ばれていたが…
その時はまだ、誰の目にもとまらないような立場だったし、人の目に留まるようになってからは、ルルーシュ自身が多忙を極めてそんなところに出席している場合ではなかった。
実際に、このエリアに赴任してきた時に祝いの宴を準備されていたそうだが…当時、スザクが率いていたレジスタンスグループの事で頭がいっぱいでそれどころじゃなく、ルルーシュ自身は参加していないし、その準備された宴も結局どうなったかなど全然解らないままだ。
「ルルーシュ殿下…私、やっと…殿下にお目にかかる事が出来ましたわ…」
だの、
「ルルーシュ殿下の御噂を聞き及んでおります…。私…是非とも殿下の支えとなりとうございます…」
だの…
あまりに稚拙だし、単純すぎる解りやすい言葉をつらつらと並べたてられ…
ルルーシュとしては正直、許されるなら、この場で自分のグロースターで大暴れして屋敷を木っ端微塵に破壊したい気分になっていた…。
そんなルルーシュの様子を窺っている、ルルーシュの騎士たちは…流石に哀れに思い、心配そうな視線を送ってはいるものの…
こう言う時の女たちのパワーと云うのは、いくら戦場で強敵を打破しているとしても、勝てる相手ではないと感じてしまう。
それに…下手な事をすると自分たちがルルーシュに選ばれた騎士である事を考えた時、自分たちの迂闊な行動がルルーシュへの評価へと繋がるのだ。
となると、ルルーシュの命令がない時に下手な動きを見せる訳にはいかないのだ。
おまけに、どう見てもルルーシュに女性に対する免疫があるとは思えない。
確かに腹黒な妹姫ややたらと強い姉姫を見ているが…
彼女たちによってルルーシュの女性に対する免疫ができるとは到底思えないし、確かにシュナイゼルの片腕として名をはせるまでは見向きもされなかった皇子なのだから…周囲に女の影があったとも思えない。
ミレイ=アッシュフォードにしても、再会した時にはかなり久方ぶりな様子だったのをライは見ていた。
とすると、いわゆる、赤の他人である女性をルルーシュが近くに置いていた事がないと考えるのが自然だ。 それが…いきなりお妃候補として100名単位の女性の取り囲まれてしまえば、ルルーシュにとっては、どうしていいか解らない事態に陥った事になるし、どうしていいかも解らないだろう。
スザクやライもそれほど女の事を知っているとは言えないのだが…それでも、これまで、ナナリーを守る為だけに戦場に赴いていたルルーシュよりもある程度の知識はある。
特に、スザクの場合、首相の息子だった事もあり、政治的なそう云った男女関係に関しては子供ながら多少なりとも教育を施されているのだ。
それにしても…世界の1/3を支配する帝国ともなると…少し名前が知られるだけでもこれだけの利害の絡んだお妃候補が集まってくるのだ。

 女の輪の中でげっそりとやつれているルルーシュを見ていて…流石にいたたまれなくなったのか…
ライが自分の携帯の着信音を響かせた。(もちろん、ライ自身が操作したものだが…)
そして、相手のいない携帯電話の相手と会話をし始めて、すぐに携帯を切る。
その行動に驚いたのはスザクだったが…
それでも、ルルーシュの様子を見て心配になったライの行動と察知して騎士らしくライに尋ねる。
「どうした?」
「どうやら、緊急の会議を開きたいと…ジェレミア卿が…」
何とも息の合った演技だが…
それは、今の状況からルルーシュを引っ張り出そうという意味では気持ちが同じである事があったからだろう…
「殿下…ジェレミア卿からの緊急の呼び出しが…」
女の輪の中にいてげっそりとしているルルーシュにスザクが声をかけた。
この状況の中で、武官を入れる事が出来ず、ルルーシュの身を守るのがスザクとライだけだった。
あとで、ジェレミアからの説教を受ける事は覚悟の上での行動だが…
「ジェレミアが…?」
今回の状況をよく理解していたルルーシュはスザクのその言葉に不思議そうな表情を見せるが…
しかし、ルルーシュとしてはこの二人のハッタリであるという事には頭が回らず…現在、中華連邦とのにらみ合いの為にフクオカに出向かせているナイトオブテンから何か報告でもあったのかだとか、キューエルやヴィレッタからナイトオブテンの不穏な動きについての報告でもあったのかと…そちらに頭を働かせる。
「はい…至急、殿下のお部屋にいらして欲しいとのことですが…」
スザクの言葉に、ルルーシュは本気で顔色を変えているが…
しかし、スザクもライも、居住区内の執務室ではなく、ルルーシュの部屋にこいと云う言葉に対しても何の疑問も持たないルルーシュに対して、内心苦笑してしまう。
―――本当に…自分の事よりも…妹君の事ばかりなのですね…
それがライの気持ちだった…
スザクとしても、まだまだ、そこまでの意思の疎通は出来ていないのだと…
少し、不安を覚える。
いつか…こんな形ではなく、真意を言葉にする事が出来ない状態になることだってあり得るのだ。
皇子の騎士であるのなら…それが出来なくてはこれから先…守って行く事は出来ない…
―――確かに…まだ、ルルーシュの騎士になって…そう時間が経っていないからな…仕方ないのかもしれない…
頭では解っていても、実際にこうして目の前に突きつけられると…
元々、スザクはルルーシュとは敵対していた立場ではあったが…
ルルーシュの姿勢に打たれて…協力しようと思った。
日本人の中にはスザクを裏切り者として見ている者だっている事は知っているが…
それでも、ルルーシュのエリア11での日本に対しての貢献度は誰の目から見ても明らかで…
それを理解できない者がいること自体、少ないと思われる。
少なくとも…
他の総督が治めているブリタニアの植民エリアよりも遥かにナンバーズと呼ばれる人間の扱いは丁寧だし、暮らしやすい環境に置かれていると思う。
だから…ここでルルーシュをエリア11の総督から外されるのはスザクにとっても得策ではないと考えるし、人それぞれ、価値観が違うし、正義も違う。
だからこそ…スザク自身、多少の泥は被る覚悟はある…

 スザクの進言を受けて…ルルーシュは一応、姫君たちに申し訳ないという表情を見せて立ち上がった。
恐らく、この姫君たちの相手をしている時には相当な緊急事態でない限り、ルルーシュが呼び出される事はない筈なのだ…
しかし、ライが連絡を受けてスザクがそう進言してきているとなると…無視するわけにもいかないとルルーシュは真面目に考えていた。
「申し訳ありません…姫君方…。どうやら、私の部下では対処できない事態が起きたようです…。失礼とは存じますが…親睦を深めるのは…また別の機会に…」
そう云って、ルルーシュはスザクとライを連れて、その部屋を後にする。
そこに集まっていた姫たちからは不満の声も聞こえてくるようだったが…
しかし、そんな中でも仕方ないという表情をしていたのは、正室候補の神楽耶と、側室候補として送り込まれていたミレイとアーニャだった。
特に、ミレイの場合、ルルーシュがこうした事に無頓着にここまで来た事をよく知っていた為、スザクとライが助け船を出した事に対して心の中で感謝していた。
確かに表向きにはルルーシュをおもちゃにしているように見えても、ヴィ家の後見であるアッシュフォード家の息女だ。
ルルーシュが本当に苦しい時には助けなくてはならないという気持ちは持ち続けている。
神楽耶もスザクの従妹と云うだけあり、スザクの行動は納得していた。
アーニャ自身は、あのままその状態が続くようなら立場など関係なくルルーシュを連れ出すつもりでいたのだ…
しかし、アーニャの中ではジノの評価はともかく、あの二人はちゃんとルルーシュの事を見ていると評価した。
アーニャも皇帝の騎士である。
騎士であれば、どんな形であれ主を守る事が最優先だ。
まして、今回のルルーシュの花嫁探しに関しては、ラウンズとして様々なうわさを聞いているだけあり、不安な要素も多く含まれているのだ。
「よかった…」
アーニャがぼそっと呟くと…その後ろから声をかけられた。
「やはり…殿下にはこう言う事は苦手のようですね…アールストレイム卿…」
アーニャがその声に振り替えると、声をかけてきたのは今回、執事長の命で側室候補として紛れていたミレイだった。
「あなたは…確か…ルルーシュ様の…」
「ヴィ家の後見をしているアッシュフォード家の長女でミレイ=アッシュフォードと申します…」
ミレイが自分より頭半分小さなアーニャに対してぺこりと頭を下げる。
アーニャ自身は貴族の出身でもない為、そんな事を気にするそぶりもないのだが…ミレイは貴族としてそう育てられてきているので、あまりに自然な動きで…初めてルルーシュの騎士を紹介された時とはまた別の感想を抱いた。
「私は…ナイトオブシックス…アーニャ=アールストレイム…」
相変わらず人との接し方はぎこちない感じがするが…それでも、ミレイのその何でも受け入れてくれそうな笑顔に無表情ながらそう、自己紹介した。

 一方、スザクとライに連れ出されたルルーシュだったが…
自室へと連れて行かれたものの、ジェレミアの姿は当然のようになかった。
スザクとライが暗黙の了解で一芝居打ったのだから…
二人とも…
―――後で、こってり叱られるんだろうな…ジェレミア卿と執事長に…
と云う思いを抱いてはいたが…
「誰もいないじゃないか…」
ルルーシュが驚いて…二人に対してそう告げる。
「そりゃ…ジェレミア卿からの呼び出しなんて嘘だからな…」
スザクがあっけらかんと答える。
その日ところにルルーシュはその顔に怒りをあらわにする。
しかし、いつもならそんなスザクを窘めるライもこの事に関して、スザクに対して何も言わない。
ただ、スザクと違って多少…ルルーシュに対して『騙して申し訳ありません』と云う表情を見せてはいるが、あの場からルルーシュを連れ出した事に関しては全く反省している様子はない。
「私に嘘をついたのか!しかも…あの姫君たちの前で!」
ルルーシュはスザクとライに対して怒鳴りつけた。
ルルーシュにとっては、これから先、このエリアで総督をやって行くにしても、ナナリーを守る事を考えるにしても…確かに、得意なことではないのだが…その為に必要な花嫁を選ぶ事は必須である事は承知している。
なんだかんだと忙しいと理由を付けては寄りつかずにいた居住区ではあったが…
それでも、そのまま放っておいてよい案件ではなかったし、下手をするとブリタニアとの関係が微妙な国の姫君たちも集まっていたのだから…どんな事態に陥るか解ったものではない…
ルルーシュの中にはそんな思いがあった。
「申し訳ありません…殿下…。しかし…あの場であと2時間放っておいたら殿下がご自身で姫君方に失礼な行動をお取りになりそうなご様子でしたので…」
遠慮がちにライがルルーシュに対して進言する。
スザクの方も『あれは当然の行動だ!』と云う表情で見ているのだ。
「何を云っている!これが嘘だとばれた時…どうするつもりだ!」
「別に…ルルーシュが気にする事じゃないし、ライが電話を聞き間違えて、俺が早とちりでルルーシュを連れ出した事にすればいい…。あの時、実際にルルーシュは誰かと連絡を取っていた訳じゃないし、姫君方の中にはライが電話に出ていたところを見ている者もいたし、ライが俺にその報告をしているところもしっかり目撃されているから…。大した問題にはならないって…」
スザクの余りに能天気な発言にルルーシュ自身、かっと頭に血が上る。
「何を云っている!これは遊びじゃないんだぞ!」
ルルーシュが怒鳴りつけるが、二人ともとくにそれにこたえる様子を見せない。
「であればこそ殿下が…あのようなお疲れになったお顔で姫君方の前にいらっしゃるのは問題です。今回の事は僕と枢木卿が勝手にした事ですし…。それにこの程度なら執事長に泣かれて、僕と枢木卿がジェレミア卿からこってりお説教を食らう程度で済みますよ…」
ライにそこまで云われてルルーシュははっとする。
そう、こいつらがルルーシュの意に反して行動をしたのはこれが初めてではないのだ。
しかし…そう云う時には…ルルーシュが何かを無理している時で…助けを必要としている時だった…
「……」
ルルーシュはその言葉に対して何も告げる事が出来なかった。
ただ…二人がこうして暗黙の了解で行動していた事に対して…
―――私だけが…彼らを知らないのだな…
そんな思いが…少しだけ過って行った…

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