執事長に泣きつかれ、ミレイが執事長の助手となったお陰で、ルルーシュは結局、このエリア11のルルーシュの住居にルルーシュの奥方候補たちを招く事になってしまった。
正室はともかく、なんで側室まで…ルルーシュの思いはそこにある。
確かに帝国と称する国の皇子として生まれたのであれば、恋愛結婚など望むべくもない。
そんな事を期待していた訳ではないが、それでも、見合い写真の中身を見て行くと、一国の王女や首相、大統領の息女と云った相当身分や立場のVIPな女性たちもいるのだ。(女性と云うにはルルーシュの年齢を考えた時、幼い気もするが)
それにしたって、ルルーシュの母、マリアンヌが急死した時には、向こうから申し込んで来る事など考えられなかったような顔ぶれが揃っていた。
―――ナナリーを守りたいと思ったから欲した地位だったのに…まだ、自力でナナリーを守る事も出来ないのに、こんな結婚話ばかり持ち上がって来るとは…皮肉なものだな…
つまり、ルルーシュの中ではナナリーを守る為の地位とは、そこまで高い地位を必要としなくてもよいと思っていた…
結婚相手など、どうせ、異母兄たちに宛がわれた婚約者候補の中から、どうしても結びつきが欲しい国の姫を押し付けられる形で選ばれると思っていた。
それについては正直、自分でも諦めていたし、皇族として生まれたからにはそんなものであると考えていた。
ただ、ナナリーがその様に国の為に売られる形で他国や金はあるが教養のない貴族の息子に送られる事だけは避けたかった。
母を亡くして目も足も不自由になってしまった妹を…誰が好き好んで娶ると云うのか…
そう思えばこそ、本当はナナリーをずっと自分の手元に置いて慈しんでやりたいと願っていたのだが…
それも…恐らくはルルーシュの叶わぬ夢である事は口には出す事はないが、頭では理解していた。
しかし、ここで、強力な後見となるような家柄の姫を妻に迎える事が出来れば…
相手には大変失礼この上ないと思わないでもないが、それはお互い様だ。
相手も、自国の為、自分の家の為にルルーシュ=ヴィ=ブリタニアと云う、複雑な事情を抱えるブリタニアの皇子に対して求婚をしているのだ。
そして、他国へと送りこまれる姫と云うのは、得てして幼い頃からそう云った教育を受けているか、王宮や自分のテリトリーから出た事のない世間知らずかのどちらかだ。
前者ならうまく取り込んで取引でも懐柔でもすればいい。
後者なら、適当におだてて利用すればいい。
いくら自分の騎士に対して心を開き始めているとはいえ、ルルーシュがここまで来るための道のりと云うのは、その程度で人に対する価値観が変わる程生易しいものではないのだ。
云うなれば…スザクとライ…この二人は特別にルルーシュのテリトリーに入る事が許された…と云うのが正確な表現と云おうか…
にしても…よくこれだけの求婚相手の資料をかき集めたものだ…と、ため息をつきたくなるのだが…
「殿下!お久しぶりです!」
そう云いながら抱きついてきたのは…
「ジノ?お前…軍部の方へ行っていたのではなかったのか?」
ナイトオブスリー、ジノ=ヴァインベルグ…
ルルーシュとナナリーのヴィ家の数少ない後見貴族だ。
「だぁって…最初の着任の挨拶の時以来、全然会えなくって…寂しかったんですよぉ…」
ルルーシュの傍で控えていたスザクもライも目を丸くしてこの様子を見ている。
この間のミレイ=アッシュフォードもそうだが、ヴィ家の後見を務める貴族の子女たちと云うのはここまで主家の皇子に対して好き勝手な振舞いをするのだろうか?
「「で…殿下…」」
ルルーシュよりも頭一個分は身長の高いジノがどう見ても立っているだけで折れてしまいそうなルルーシュに力いっぱい抱きついているのだ。
スザクもライも慌ててルルーシュを呼ぶのだが…何せ相手は皇帝直属の騎士ナイトオブラウンズで貴族なのだ。
スザクはナンバーズ…ライもブリタニア人と云う扱いだが、平民の立場である事に変わりはない。
平時であり、相手はヴィ家の後見をしている貴族の子息が相手では、ルルーシュの命令がなければ実力行使する事も出来ないし…
かといって、ジノが力いっぱいルルーシュを抱きしめているところを見ると、主に対して不敬を承知で思ってしまう…
『ルルーシュ(殿下)が壊れてしまう…』
と…
しかし、ルルーシュは二人の声に『大丈夫だ』と手を挙げる。
なんだか、小さな子供に大型犬が飛びかかって尻尾を振ってじゃれているような光景だ。
「まったく…お前は…」
ルルーシュにとっても、ジノは後見人の息子である前に幼馴染と云った感覚なのだ。
アッシュフォード家と違い、ブリタニアの帝都に彼はずっと住んでいたので、ミレイほど久しぶりと云う事でもないのだが…
それでも、ジノがラウンズに就任する2年前、皇族の護衛をする為の騎士を育成する為の士官学校に入学して以来なのでかれこれ4年くらいは会っていない事になる。
ジノはルルーシュよりも2つ年上なのに、いつもルルーシュの方が兄のような気分で接してしまう。(これはジノがヴァインベルグ家の四男の末っ子だからかもしれないが)
「ジノ…今回は戦地から赴いたのだろう?次から次へと大変だな…」
「まぁ、それが私の仕事ですし…。それに、殿下の下で任に着くのは初めてですし…ちょっと嬉しいんですよ…。最後に会った時は殿下がまだ、11歳で…シュナイゼル宰相閣下の下に行かれたばかりの頃でしたからね…」
懐かしいような…それでいて、少し切ないような…そんな目でジノが昔語りをしている。
ジノの言葉にスザクとライが少し驚きの表情を見せる。
確かにヴィ家の後見人の息子であれば自分たちの知らないルルーシュを知っていてもおかしくはない。
「それよりジノ…私が騎士を選んだ事を知っているだろう?紹介しよう…」
抱きついているジノを身体から放して、スザクとライの方に向き直る。
「殿下…本当にこの二人を…?」
ジノがなんとなく、納得できない…と云うより、認めたくない…そう云った表情で二人を見ている。
確かに、これまで、皇族の騎士はブリタニアの貴族…と云うのが常であった。
ルルーシュはこれまでの身の回りの環境の複雑さゆえに騎士に名乗り出る者もいなかったし、ルルーシュも望まなかった。
「自らの騎士は自らが決める…それが皇族の特権だ。これは、母親の身分は関係なしに与えられている、皇族としての権利だ。ジノだって私ではなく、父の騎士になったのだから…お前に文句を云われる筋合いはないぞ…」
困ったように笑いそう告げる。
「それにしたって…」
目の前であからさまに『こいつらでは不満だ!』と云われるのは流石に気持ちのいいものではない。
ただ、相手の方が遥かに身分も地位も上なのでここで下手に口を出す事も出来ないし、騎士の立場として主の命令なしに主の傍を離れる訳にはいかない。
それに、こんな事は今に始まった事ではないし、今更…と思うのだが…
「いい加減にしろ!ジノ…お前は父の…皇帝陛下の…騎士、ナイトオブラウンズだ…。自分の品格を下げる発言は慎め!」
ルルーシュの一喝でジノは黙り込んだ。
頭では解っているが、納得できない…したくない…そんな感じだ。
「こちらが私の専任騎士の枢木スザク…。そして、こちらはライ…。一人目の私の親衛隊の隊員だ。ライに関しては…事情があって…まぁ、記憶喪失と云う事なのだが…でも、実力も、人柄も申し分はない…」
ルルーシュの言葉にジノが呆気に取られている様だった。
確かに、植民エリアのナンバーズと身元のよく解らない記憶喪失者を自分の側近に加えているともなれば…
恐らく、ジノでなくとも色々と思うところはあるだろう。
「シュナイゼル殿下はともかく…コーネリア皇女殿下が良く許したな…」
ジノの独り言…その辺りはスザクもライも思っていた事だから未だに二人の中では七不思議のひとつに数えられているが…
「ユフィとナナリーがお気に入りなんでな…。そのお陰で異母姉上も納得されたようだ…。それに、異母姉上自身もなんだかんだ言いつつこの二人を気に入っているようだし…」
どこか間違っているが…ここでごちゃごちゃ口出ししても話が進まなくなるだけなので、そう云う事にしておく。
いずれ、ルルーシュもジノも真実を知る日が来るだろうから…
色んな意味で話が色々と飛んだ気がするが…
「枢木スザクです。ジノ=ヴァインベルグ卿…お目にかかれて光栄です…」
「ライであります。色々とルルーシュ殿下の事をお気にかけている事、ただ今のお言葉より拝察させて頂きました。ご期待に添えるよう…努力を惜しまぬ所存にございます…」
二人がジノに対して頭を下げた。
確かに、ルルーシュの騎士…そして、スザクに至ってはかつて、一国を担う首相の息子だけの事はある。
そしてライも…記憶を失っているとはいえ、人格そのものまでは変わらない。
もし、このライの姿が本来の人格の反映であるとしたら…確かにいい使い手である事は間違いないだろう事は解る。
ジノも二人に向き直った。
「否…こちらこそ失礼した…。ルルーシュ殿下はずっと騎士をつけていなかったのでな…私も驚いたのだ…。云い訳にもならないが…大人げなかった…。すまない…。私はナイトオブスリー…ジノ=ヴァインベルグだ…。私がこのエリア11にいる間、共にルルーシュ殿下の御為に力を尽くそう…」
そう言ってジノは二人に頭を下げる。
ルルーシュはやっとほっと息を吐いた。
実際問題、ジノはそれだけの器量があるからこそ、こうした形で紹介する事が出来たのだ。
そうでない相手の場合、下手な混乱も招きかねないので、ジェレミア達や他の重要ポストについている者たちを集めた席で二人の騎士を紹介しなければならない相手もいるのだ。
「ほぉ…シュナイゼル宰相閣下のお気に入り皇子様ともあろう方が…ナンバーズと、得体の知れない記憶喪失者を自らの側近に…とは…。だったら、私もラウンズになどならず、立候補すればよかったかなぁ…」
立ち聞きでもしていたのか…一人の男が彼らの元へと歩いてきた。
「ブラッドリー卿…殿下の御前で無礼ではありませんか!」
ジノがその男に怒鳴るように制止するが…その男は声を噛み殺したようにくっくっと笑っている。
「我々は皇帝陛下の命令にのみ従い、皇帝陛下へのみ礼を払う存在…。そんな、母親はたかが騎士候の庶民と云う皇子殿下に対してそれほどの気を使う意味もあるまい…。私たちのように年若いラウンズの場合、次代の皇帝の動向を見守る事の方が重要…。この先どうなるか解らない皇子に対して礼を払う必要などないだろう?」
ナイトオブテン、ルキアーノ=ブラッドリーのこの言動に対して、ジノよりもルルーシュの騎士である二人がその不快感を露わにして、身構える。
そんな二人の様子をルキアーノは相変わらずイヤな笑いで見ている。
そこで冷静にこの場を鎮めようと進み出たのは…ルルーシュだった。
恐らく、このルキアーノよりもルルーシュの方が遥かに年下だろうし、見た目的に、彼の方が戦闘経験も、皇帝との目通りの経験も多いと思われる。
しかし、ルルーシュはそんな事を気にしない。
ナイトオブラウンズに求められるのは強さのみ…
ルルーシュはその対極にいると云っても過言ではない。
自分自身の力しか持たないまだ、幼い皇子…
自分の身を守るのが精いっぱいと云う…
「ブラッドリー卿…皇帝陛下の御命令とはいえ、このような辺境の地までご足労…感謝致します。しかし、このエリアの総督は私、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアです。父は確かに皇帝ですが、母は卑しき身分のこの私の命に従うのはナイトオブラウンズとしての矜持が許さないかもしれませんが、皇帝陛下の御命令との事…。暫くはお付き合いください…」
毅然とそう言い放ち、頭を下げた。
身分でいえば、皇族であるルルーシュが頭を下げる必要のない相手だと云うのに…
そして、ルキアーノは負け惜しみのような笑みを浮かべ、スザク、ライ、ジノはそのルルーシュの態度…そして、相手をやり込めるその姿に見惚れていた。
「ふん…まぁ、その、『黒の死神』とやらの采配を存分に見せて頂きましょうか…、ルルーシュ殿下…」
その一言を云い捨ててその場を去って行った。
ルキアーノの姿が消えると、ルルーシュの力も抜けたようだ。
「はぁ…あのくそオヤジ…あんな殺人狂みたいなやつを私に使いこなせと云うのか…。これまで、ラウンズの威光をカサにきて独断専行で皇族の命令さえ聞かず、無駄な殺生を繰り返してきたと云う…」
ルルーシュのこんな言いぐさも初めてだ。
よほどルルーシュにとってもいやな相手なのだろう…
「ジノ…お前はあのルキアーノ=ブラッドリーと同じ戦場で戦った事はあるか?」
「否…基本的にはこうしたグループで出される事はありませんでしたから…。シュナイゼル殿下の軍に派遣された時も、シュナイゼル殿下の命令を無視していたらしいです。シュナイゼル殿下は彼の率いるヴァルキリエ隊と彼を完全に独立させて、先行させたそうです。敵軍の最前線は…見るも無残で…シュナイゼル殿下でさえ、相当な憤りようだったとか…」
ジノの言葉にルルーシュが大きなため息をついていると…
―――パシャッ…
その音で全員がその音の鳴った方を向いた。
「大の男が揃って…ため息ついているところ…」
その目の先には…ルルーシュ達とさして変わらないであろう少女が立っている。
「アーニャ…お前…殿下に対して…」
ジノが慌ててその少女を叱責しようとするが…
「別に…テンよりはまし…この写真、コレクションにするだけだから…」
その少女はジノの叱責など完全に無視している。
そして、ルルーシュの元へ歩いて来ると跪いた。
「ナイトオブシックス、アーニャ=アールストレイム…。宜しく…」
皇族の挨拶としては…ある意味、相手によっては色々うるさく云われそうだが…
しかし、噂では色々聞いている。
史上最年少のナイトオブラウンズである事、その幼い姿からは想像も出来ない程前線での働きぶりは素晴らしいと云う事…
「アールストレイム卿…自分は枢木スザクです。」
「ライと申します…」
スザクとライもアーニャに挨拶する。
アーニャは二人を見て、
「アーニャでいい…。私も…スザク、ライって呼ぶから…」
「アーニャ…様…と…?」
恐る恐るライが尋ねると、多少機嫌を損ねたようにアーニャが返してきた。
「次『さま』つけたら…コロス…」
この一言に流石に戸惑ったが…ルルーシュは再びやれやれと云う表情で口を開いた。
「彼女の云う通りに…。ジノ…どうせお前も堅苦しい呼び方をしたら無視するつもりなんだろ?」
「あ、やっぱり解りますか…」
ルルーシュの指摘にてへへと笑うジノは…年上の筈なのに、同じ年…否、年下にさえ見えてきた。
ここで、これからエリア11で始まろうとしている闘いのメンツが顔を合わせた事になった。
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